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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
後編・魔帝国編

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44・月映宮

「この様子だと、無駄に戦うことなく月映宮までは辿りつけそうだな」


 前で軽快に足を動かすラエル兄さんが、左右に視線を配りながら言った。


 そう……私たちは、あれから無事に帝都内に侵入していた。

 今は月映宮に続く月影通り(シェード・ストリート)を真っ直ぐにひた走っているところだ。さすが魔帝国一の都、煌びやかさと発展度は聖都と遜色ないけど……今はどの店も営業している様子を見られないのが残念。


 そこでアルベール様が聞きたくて仕方なかったという感じで、私に尋ねた。 


「しかし、あのヴィーナのやつれようには驚いたな。シーリ、一体君は何をしたんだい?」

「実は……自分でも少し試してみたんですが、闇魔法の中では、時間がかなりゆっくり流れるみたいなんです」


 先程ヴィーナを一撃で沈めた闇の魔法。

 あれを扱うにあたって、事前に私はいくつか実験をした。どうしても戦いの際、人に用いるにあたって恐怖感があったから。


 自分でも試した結果分かったのだけど、どうやらあの魔法の性質を言い表すと――。

 ……そうだなぁ、マイルドな虚無、といった感じなのかしら。


 分かりづらいと思うからもう少し詳しく説明すると、あの魔法では、周囲と切り離され、ほとんど時間の流れが停止しかけた空間を再現する。虚無みたいに呑み込んだ物体を溶かしてしまうまでのことはないにしろ……そこからは私が解除しない限り、中に入ったものは永遠に出てこれない。

 

 つまり――中に入った人は真っ暗闇の中、こっちでの一秒ごとに数十分ほどの無音地獄を味わうことになる。するとどうも、人の精神はそういったものに耐えられるよう出来ていないみたいで……。


 試しに自らあの暗闇に入り込んで、体感一時間ほどでギブアップして出てきたら……なんと、こっち側ではほぼ時は経っていなかったという。時計の秒針も見ていたけど、すごく動きが遅かったんだ。


 ヴィーナが放った攻撃も、彼女と一緒に取り込んだ闇空間の中で効果が終了してしまったはず。前にアンジェリカに対して反撃した時も同様だったんだろうね。使いどころを間違えれば、人の精神をも壊してしまいかねない凶悪な魔法。


「私の手には余るかもしれないですけど……」


 くらったヴィーナも、人格が変わったように大人しくなっていたようだし……強すぎる効果のデメリットとして、こちらの精神力の消耗も激しい。


 使いどころは十分に見極めたいところだけど……でも手応えはあった。眠ったおかげで少し回復できたし、初実戦のおかげで緊張も解れてる。次はもっと上手くやれる――。


「なんにしろ……すごい力には違いないよ。自信を持っていい」

「そうだな……シーリならば、扱いを誤ることもないだろう。その力があれば、メナがどんな魔法を使おうと対抗できるはず。頼らせてもらうぞ」

「頑張ります……」


 元は他人の能力なので、こうストレートに褒められるとむずむずしちゃう。

 自慢するのもちょっと違う気がして、私は話題の転換を試みた。


「そ、それより、驚きましたね……こんなにも簡単に決着がつくなんて」


 指揮官であるヴィーナがこちらに捕まり、先鋒部隊が退却した後。

 後続の反乱軍が瓦解するまでにそう時間はかからなかった。


 不可解なことに、相手方はこちらの勢いに敵わないと見るや、どんどん正規軍に投降し白旗を振りだしたのだ。


 そしたなんたることか……こちらが辿り着く前に城門はすでに開かれていた。

 まるで、こうなることが分かっていたというように……。


 以降大した抵抗に遭うこともなく……。私たちはやすやすと帝都内に侵入し、今こうして月映宮を目指している――のだけれども。


「捕虜から聞いた話によると、予め俺たちの攻撃が本格化する前に降伏を行うと事前に決められていたようでな」

「どういうことだ……? それじゃ、この反乱は形だけのものだったってことか?」

「……少なくとも、やつらにとって予定調和なのは間違いなきこと。我々を軍では止められぬと見越し、自分の手でまとめて排除するつもりなのかもしれぬ」


 その違和感を気にしたラエル兄さんがこぼすと……アルベール様の疑問には、深く思慮を巡らせた魔女帝が呟き返す。


 にしても、帝都奪還劇の決着が早期についたのは、思ってもみない幸運だった。

 ここでの勝敗が決まったことで、たった今聖王国への侵攻を止めるよう使いが出され……これで一番の懸念事項だった二国間の戦争を止められる見込みとなったからだ。


 なのに……こうして、少しずつ嫌な雰囲気が首をもたげ始めた。

 あちら側は月映宮の守りを固めるだけで、抵抗の気配もなく。

 この静けさが、嫌に私たちの胸をざわつかせる。

 様々な思惑が掛け違い……重大な見落としをしている時のような、そんな感じに。


「あまり……ここで思い詰めても仕方ないよ。まずはメナの身柄を抑えることを第一に考えよう。ルイーゼ様の安全も確保しないとだしね。ラエル、宮殿内の案内は頼んだよ」

「ああ、とはいえそう入り組んだ造りではない。最下部の数層以外は、上層の長く伸びた尖塔に向かい魔道式の昇降機で上がるだけだからな」


 ラエル兄さんの言葉を受け、私たちは、覆いを破るようにして突き立つ漆黒の塔を見上げる。

 そのくっきりとした黒さは……昼空が照らす今も、まるで煌々と輝く星々を背負っているかのような錯覚を、私に与えた。




 月映宮の開け放たれた大門を潜り、中に入り込む。

 宮殿らしく華やかな内装がしばらく続くが、この区画はラエル兄さんの説明によれば、後付けで建造された場所のようだ。古代から残る月映宮の本体は、その中心にある。


「やはり……辺りには誰も抵抗してくる気配がないね。だが……」

「ああ……この先に、大きな魔力の集まりを感じる。総員、戦闘準備!」

「「オオッ!」」


 この時のため連れて来た魔女と魔法騎士の精鋭たちが、私たちの後ろで声を上げた。戦意は十分。

 彼らと共に最上層にある祈りの間という場所にたどり着き……メナを止める。


 そんな中、魔女帝は……視線を下に落とし、ずっと何事かを考え込んでいる。


「あの……なにか不安でも?」

「……違和感を抱いておった。本気で我らを捕えようと思うならば、ヴィーナ頼りでなく、魔女含むもっと大規模な部隊をホルドキア領に寄こしてもよかったはず。なのに……それをよしとせず宮殿に魔女たちを集め、やつらは何を――」


 その言葉を終える前に、兄さんが全体へと叫ぶ。


「いたぞ、反逆者どもを蹴散らせ!」


 月映宮の広い回廊の先で、周りと異なる質感の黒柱が突き立ち、その周囲に数多くの魔女帽子の集団が群がっている。

 あそこに見えるのが、月映宮の本体――。


「者ども、メナ様の命に従い……元魔女帝を捕えろ!」


 こちら側に、一斉に雨あられと魔法が飛んで来た。それを、私たちは各々の防御方法で食い止める。


「くっ……由緒あるこの宮殿を戦場にするか! 貴様ら、この魔帝国の大事に何をしている!」

「そんなこと言ってる場合か! ラエル、魔法騎士たちは僕たちが!」


 魔法の合間を縫って駆けて来た反乱軍騎士たちと、兄さん率いるこちらの魔法騎士が剣を合わせる。

 私も、彼らを援護しつつ……魔女たちの数を減らしていかないと。


「……ぬるい」


 だが、そこで涼やかな声が、不思議な響きをもって場を凍らせる。


 私の隣から進み出た、その女性は。

 いずこからか呼び出した長杖を床に突くと……一歩ごとに、地面を白く(こご)らせながら相手陣に近づいていった。


「ヴァシリーサ様!」

「いや、いい……陛下もお怒りだ。ここはお任せしよう」


 彼女を守ろうと飛び出すこちらを抑えたのはラエルさんだ。その口元は獰猛な笑みを湛えている。


 その間も私は目を丸くして見ていた。

 彼女に向けて放たれる数々の魔法が、片っ端からその形のまま凍らされ、粉々に崩されてゆくのを。


 そしてその破片は、再び寄り集まって新たな氷の槍となり、次は相手陣にどんどん降り注いでいく。

 ひゃ、百人にも及ぶ魔女の攻撃を完璧に跳ね返してる。

 こ……これが、この魔帝国を束ねる魔女帝の実力なの?


「く、くそ! もっと攻撃の密度を上げろ! でないと――」

「私たちの魔法が、全く通らない……! ぎゃあああぁぁぁっ!」


 ものの数秒でこちらへの攻撃は止み……死屍累々。

 あちこちに倒れ伏した反乱軍の面々を冷たく見下ろすと、彼女は言った。


「たわけどもが。余に逆らう大愚は理解できたか? ならば、よもや命は惜しくあるまい――?」


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