表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
後編・魔帝国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/66

43・裏切りの乙女


(ア、アルベール様……いつ彼女とそういうご関係に?)

(違う、信じてくれ。こちらに一切そういう気持ちはないし、事実もない)


 意表を突かれたこちら側が完全に固まる中、ヴィーナはアルベール様にものすごく情熱的な視線を向けている。一方で見たことないくらい険しい顔をしたアルベール様はヴィーナに向き直るときっぱりと告げた。


「誤解の招く発言はやめてくれ! 僕に君に対しての恋愛感情はゼロだ、一切ない。そもそもなぜそんなことを言い出した? こちらを動揺させて隙を作るためか?」

「クク、アンタも罪な男だね。あれだけ思わせぶりな態度で追い回させておいて。こっちを弄ぶだけ弄んで去っていく時のあの見下した目……アンタほど自分のものにしたいと思った男は久しぶりだ。さあ、どうする? アンタさえ身を差し出せば、この戦争を止めるのに一歩近づくかもしれないよ」

「ぐっ……」


 アルベール様は品を作るヴィーナに青ざめながらも、ギリッと奥歯を噛む。げんなりとした青い顔からは、聖王国騎士団長としての責任感と、目の前の女性とは絶対に結ばれたくないというその内心が伝わってくるようだ……。


 だが、やがて彼は意を決したように前に出る。


「い、いいだろう、君の提案に乗ろう。しかし、僕らは任務中だ。こんなところでお互いの気持ちを確かめるわけにもいかない。せめて、この事態が落ち着くまで……」

「おっと、アタシを口車に乗せようったってそうはいかないよ。後で嘘でしたって逃げられても困るんでねぇ。このまま腕でも組んで仲良く聖王国に帰ろうじゃないか」

「そ、そんなわけには……」


 ヴィーナがあちら側の陣形から進み出て、ゆったりとアルベール様に近づいて来る。敵意はないというように、手を広げてアピールしながら。


 一方で恋の矢印を向けられた彼はというと――退きたいのを無理やり抑え、その場に留まっている感じだ。嫌で仕方ないけど、自分ひとりの離脱で、ごく平和的に敵の大きな障害を取り除けるのならと――。でも口元が引きつっている。


 こんなの……どうすればいいか、色恋沙汰に疎い私には判断がつかない。

 合理的に考えれば、多くの人を救うためにはやむを得ない犠牲なのかもしれないし、議論を交わしている時間も……ない。

 けど、やっぱりなんだか納得がいかない……!


 ヴィーナの手がアルベール様の頬に触れようとした瞬間、私は衝動任せに叫んだ。


「待って! なら勝負です……私とあなたで!」

「なんだって……?」


 周りの視線がこちらに降り注ぎ、ぶわっと顔に血が昇るような恥ずかしさを感じつつも、なお私は言い募った。


「ヴィーナ……あなたが勝ったなら、私を捕まえようがメナに引き渡そうが構いません。今回の罪だってなるべく減じてもらえるよう、聖王国に交渉だってしてみせます。アルベール様だって、恋人にするなり夫にするなり好きにしたらいいでしょう。でも、私が勝ったら……あなたは大人しく聖王国に帰還して裁きを受けてください!」


 私は自らの意志を示すよう、奇跡で生み出した一枚のカードに交渉の内容と自らのサインを綴り、ヴィーナへと投げ渡す。すると彼女は――。


「ふ~ん……面白いじゃないか。お前に勝てば、アタシは大手を振って男連れで聖王国に帰れるってわけかい」

「ちょ、ちょっと。本人の意向を無視して話し合うのは」

「「ちょっと黙っていてください(黙っててもらおうか)」」


 アルベール様の文句はふたりでぴしゃりと止める。

 口角を上げたヴィーナは足元に突き立ったカードを拾い、指先を弾き出した火花から煤を生むと、それで自らのサインを描き、投げ返して来た。


「決闘を了承するよ。……ここまで言ったんだ。あんた、自分がぼろきれみたいに燃やされる覚悟はできてんだろうね?」

「あなたこそ。苦い地面を味わう、いい経験ができると思いますよ。では皆さん、私たちから離れてください!」

「シ、シーリ! 君の力はこの先必要なんだ。温存できる機会があるなら……」

「大丈夫ですから。アルベール様は下がって見守っていてくださいね」


 事態が二転三転しずいぶん動揺した様子のアルベール様の言葉を、私は笑顔で遮った。これでどうにか、事前に立てた作戦と同じ流れになったはず。


 とにかく深呼吸――さっきのもやもやした気分を落ち着けよう。


 アルベール様を恋愛的に好きだとか、そういうのじゃなく……彼には色々恩義も感じてるから、こんな人と強引に結ばれるなんて許せない。それだけ。

 悪いけど、ヴィーナの思惑は全力で阻止させていただく……!


 周囲の兵士と心配そうにしたアルベール様もやがてじりじりと下がり、周囲に円形の空間ができあがった。その中で、私と対になるようにヴィーナは向かい合うと、くすりと笑う。


「それじゃあ、始めるか? アンタ、ずいぶんアタシを舐めてくれてるようだけど……所詮紙だろう? 攻撃も防御もこっちにゃまるで通用しない。それでどうやってアタシを倒すつもりなのかね?」


 言うまでもないけれど、よほど格上の相手だ。

 ヴィーナはよっぽど油断しているのか、無造作にこちらへと歩を進めてきた。それでも、今も強い聖力で自分の身体を覆っているのは分かる。このまま攻撃しても、きっとなんのダメージも与えられない。


 そんな彼女を倒すには、色々知恵を絞らなければ。なにせ、今後の戦いも控えてる、ここでは全力は使わない。


 ミシェル班長にも訓練で教わった。聖力の源泉は心の強さ。まずはそれを少しでも乱させ、制御をおろそかにさせるため、挑発してみよう。


「あなたこそ、私を甘く見てません? 先日あれだけ醜態を晒しておいて、まともな勝負になると思ってるんですから。権力を盾に、大して聖女としての力も磨かず成り上がった人なんて相手にならないですよ。……どうです? 大勢の前でコテンパンに打ちのめされる前に、潔く降伏しちゃうっていうのは――」

「……小娘がっ」


 ひゃ、図星をついたのか怒りゲージがぎゅんと上昇。若干心が痛まなくもないけど……これも罪なき人々を救うため。この調子でどんどん怒らせて、冷静な判断力を奪っていこう。


「あなたのために言ってるんですよ? 本気出して負けちゃったら、その魔女より高ぁく育っちゃったお鼻も、ポッキリへし折れちゃうかもしれないでしょ? もう慰めてくれる人もいないのに……」

「どうやら……あんたはよっぽどアタシにお仕置きしてもらいたいみたいだねぇ」


 ぶちりと――血管が切れた音がしそうなくらい、その表情が歪んだ。ヴィーナのこちらに向かう足音が荒々しさを増していく。ここで、もういっちょ……。


「私を小娘っておっしゃいますけど……それを言うならそろそろ引退後の生活をお考えになっては? お・ば・さ・ま?」

「――っ殺す! アタシはまだ二十二だっ!」


 かなりのことを言ってしまった自覚はあり、ヴィーナの目の色が変わる。見た目ルイーゼ様やマール様と同年代かと思ってたけど、そういえば彼女はその一世代下なんだよね。


 よっぽど気にしてたのか、彼女が猛然と両手に火を宿し向かってくる。

 うわ~ん、ちょっとばかり、焚きつけ過ぎてしまったかも――⁉



 火というのは、通常では物質の燃焼反応を差す言葉だ。

 だけれど……奇跡で生み出す火はわざわざ何かに点火させ、燃やしているわけではない。聖力を媒体として生み出した、完全なるイメージの産物……ゆえに簡単には消えない。


「炭になっちまいな! 白髪娘!」

(……なんて早さ!)


 怒りのままに突っ込んできたヴィーナの攻撃を、私は汗を滲ませなんとか交わした。聖騎士じみた聖力の使い方になれている彼女と、最近聖女になったばかりの私では、身のこなしに雲泥の差がある。


 そして、攻撃に掠ることも許されないこの状況は脅威。ヴィーナの火は薪や油などを燃やしたものよりもずっと勢いが強く、地面に転がったくらいでは消せそうにない。


 二度目の攻撃までは、運よく躱せた。でも、このまま逃げていてもいつかは捕まる。


「威勢がいい割には芸がないねぇ。ヒヒヒ、ここでアンタの勝ち筋をひとつ潰しておいてやろうか。アタシに時間稼ぎは通用しない。この状態で一日だって戦ってられるからね」


 加えて、彼女は聖力量だけなら聖女随一。その点に関しては、貴族の働きかけを得たとはいえ、誰よりも早く金盞花の乙女の座を射止めただけはあったのだろう。


 相性も悪く、経験も足りてない。

 勝てるはずもない、普通なら(・・・・)


「やあっ!」

 

 私は、自身の身体を隠すように、床だけを抜いた正方形の建物をその場に打ち立てた。

 聖都で貧民街再興を手掛けた経験からして、これくらいはお手の物。だけど……。


「ああん? バーカめ! こんなものでアタシの炎を止められるか!」


 ヴィーナは突進し拳でやすやすとそれを突破――。


 構わない、計算ずくだから。

 私はそれを承知で内側にある仕掛けを施しておいたんだ。


「どこだっ――いないだと⁉ っひ……ああああっ⁉」


 紙に引火して上がった煙の中から悲鳴が上がる。

 その後、何かが叩きつけられるような重たく鈍い音がした。


 一方で、私はというと――……。


「…………ぷはっ、うまくいったぁ」


 少し離れた地面をもこもこと突き破り、ヒョコっと飛び出す。

 手には一本の白いパラソル。掲げて穴から這い出すと、私は金切声と共に消えたヴィーナの動向を見守った。

 しばらくして……。


「ぶはっ……げほっ、貴様、厄介な小細工をかましやがって! この卑怯者が!」


 噴煙が立ち昇る地面から、這い上がってきた彼女が暴言を喚き散らす。

 髪も立派な赤いドレスも、煤と土にまみれて、あちこち泥だらけ。


「よくよく考えないで突っ込むから、そういうことになるんじゃないですか」


 この紙製パラソル、実はドリルがわりだったのだ。さっき……私は目晦ましの建物を生み出すと同時にこれを生み出し地面を掘り返しにかかった。いくらか垂直に降りた後横道を掘ってさらに真上に脱出、ヴィーナが落とし穴に嵌まるのを待ったってわけ。

 きっと考えなしの彼女なら煙で前がよく見えない状況なら、簡単に引っ掛かってくれると思った。


「あらら、ずいぶん汚れちゃいましたね。そのドレス」

「チッ、こんなもの……」


 ヴィーナは苦々しい表情を浮かべていたが、すぐにそれを嘲りに変え、纏い火を強くする。ジュッと煙が立ち、彼女の被っていた土や泥が消えた。どうやら聖女服と同じくそういう力を弾く素材みたいね。


「ククッ、こんなお遊びでアタシをどうにかできると思わない方がいいよ。聖騎士並みの身体能力に、聖女としての膨大な聖力。このアタシを足止めはできても、倒せる奴なんていやしないのさ。あのルイーゼ以外にはね」

「…………」


 確かに、ルイーゼ様は水の奇跡を操る。それはヴィーナからすれば相性難。不意打ちで彼女を襲ったのも、まともに戦えば勝機が見えてこなかったからか。


「でもまあ……これ以上は近づいて攻撃しない方が無難かもねぇ。こういうのはどうだい?」

「――っ!」


 腕を突き出したのはほぼ反射だった。

 ヴィーナが唇に乗せた笑みを深くし、その瞬間、ごうっと高温の炎が彼女の手のひらから噴き出す……。

 それは握っていたパラソルを塵芥に変え、炎で起きた上昇気流で空へと巻き上げていった。


「はぁ、はぁ……」

「どうだい、アタシの火の味は」


 肝を冷やした。ヴィーナは得意そうに顎を反らし驚愕するこちらを見下ろしてくる。


「気付いただろ? アタシはもうこないだまでの欠陥品じゃないのさ。他の奴らみたく奇跡を遠くに飛ばすこともできるようになった。弱点はもう消えたんだ! アハハ……つまり、アタシこそが、聖女会で最高の聖女……。あのルイーゼなんかよりよっぽど頂点にふさわしい! お前もそう思うだろ?」

「誰が……」


 ヴィーナの聖力の勢いが増し、私は顔の前を腕で覆う。聖女服とポピアのマントのおかげでかろうじて耐えていられるけど、これ以上近づいたらそれだけで肌が焼かれそうだ……。


「さあ、もうアタシから逃れることはできないよ! 目の届くところ全て、焦土に変えてやる!」


 彼女は上がったテンションそのままにこちらに手のひらを向け。


「これで……ネタは尽きたかな」

「――なっ⁉」


 放たれていた火炎は、確実に私を焼く軌道だったはず……にもかかわらず。

 

「……お前、一体何をしやがった⁉ 答えろ……」


 吸い込まれるようにして消失する。

 私はさっきと同じ場所に平然と立っている。

 そして……憎々しさと訝しさを同時に表情に浮かべた彼女に向けて告げた。


「お願いします。降参してください……できればこの攻撃、誰かに使いたくはないので」

「はぁ⁉ まぐれで一度防いだくらいで調子に乗って! 紙が火で燃えないはずはない……次は、特大のをお見舞いしてやる! 影も残さず蒸発しちまいな!」

「……残念です」


 言葉に偽りはなく、ヴィーナが全身の聖力を集め……まるで太陽のミニチュアめいた火の塊を産み出すと、私に向け放つ。でも……。


 ウォン――――――……。


 それは何も起こさなかった。代わりに不気味な音がして。


 こちらに辿り着く前に、呑み込まれた。

 ヴィーナごと……私が生み出した、光を通さない真っ黒なドームへと。


「さん……しー……ご……」


 私は古ぼけた懐中時計を取り出し……。

 荒野がしんと静まり返る中、静かに目の前の闇の魔法を維持したまま、秒数を計る。


「……これくらいかな、解除」


 懐中時計の跳ね上げ蓋をパチンと閉じ、いいところで魔力の供給を止めると……そこには。


「う……ぁ……。誰か……ぁ……」


 見る影もない状態で蹲ったヴィーナの姿が。


「誰か……ここから、出してぇ。アタシは……アタシは、誰……?」


 完全にこちらなど眼中になく、精神を失調している。


 私が普通に近づいていっても、ぶつぶつとうわごとをこぼすだけで顔を上げる様子はない。

 ……これでも少し長かったか。


「すみませ~ん、誰かこの人を拘束して、戦場から出してあげてくださ~い」


 私が手を挙げ、数人の兵士が駆け寄ってくるまでかなりの間が空いた。

 彼らは恐る恐るヴィーナを抱え上げるが……先程まで居丈高な態度を取っていた元金盞花の乙女は、ろくな反応を示さないまま手枷を掛けられ、陣外へと運ばれて行く。


 私は決闘の結果を知らしめるため言い放った。


「反乱軍の皆さん! そちらについた裏切り者のヴィーナは敗北しました。あなたたちも、まだメナに従うべきか、よく考えた方がいいですよ」

「く、くそ……一旦下がって防衛体制を整えるぞ! 退け、退けぇっ!」


 あちらも急に指揮官が消え、泡を食った副官の命令で、部隊を立て直すために引きさがりだす。

 そこでいつの間にか隣に現れていたアルベール様が問いかけた。


「い……一体何をしたんだ? 僕には、ヴィーナがとんでもない攻撃を仕掛けたところまでしか理解できなかったが」

「攻撃ごと闇の魔法で包んだんです。詳しいことは後で……ふわぁぁぁ」

「……君はつくづく――いや、ありがとう。今回もまた助けられたな」

「どういたしまして」


 運ぶよ――そう言ってアルベール様は背中を見せ、私は今回は遠慮なく彼に身体を預ける。まだ戦いは始まったばかり……。聖王国の騎士団長様を運び屋に使うのは気が引けたが、休める時は全力で休むべき。


 相手方が逃げ腰になったのを見越し、すでにラエル兄さんは手を打っていた。正規軍が退却する反乱軍を追撃していく。その後ろに続きながら、私はアルベール様の背中でひとたび微睡む。


 あっけなくヴィーナとの決着をつけたこの力は……やはりおいそれと扱い切れるものじゃない。


 けれど……今は怯まずに向かおう。メナとルイーゼ様の待つあの月映宮へ――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ