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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
後編・魔帝国編

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◇幕間 決戦を睨んで(ヴィーナ、アルベール視点)

◇(ヴィーナ視点)


「ううっ……眠れないっ!」


 魔帝国に寝返り、メナ様から魔女帝追討の任を仰せつかっていたアタシ――ヴィーナ・レグマーは……天幕に置かれた堅くて薄いマットレスから飛び起き、頭を掻きむしった。


『ははははは! 悔しかったら捕まえてみるがいい、称号だけのポンコツ聖女め!』


 このところろくに眠れた試しがない。

 何度も聞いたアルベールの嘲笑の声が、頭の中で木霊する。 


 ペストゥリ川での敗北後……死にそうな思いで氷の檻から抜け出したアタシは、預けられた五千名の兵と共に、魔女帝を追ってホルドキア領へと向かった。


 だが……そこに至るまでの道中で、アルベールの執拗な足止め工作にあってしまう。

 やつは狡猾で……時折姿を見せては我々の注意を惹きつけ、吊り橋や入り組んだ一本道などにアタシたちを誘導していく。


 恐ろしいことに、そこには、予めことごとく法具や魔道具を使った罠が仕掛けられ、我々はまんまと吊りだされてはその被害を受け、延々と遠回りをさせられたというわけだ。その間に魔女帝たちは挙兵を済ませ、帝都へと出発してしまった。


 つまり、さんざん無駄足を踏まされたあげく、全速力でやつらを追いかけねばならなくなったのだ。後から地図と自分たちの導線を見比べ、巧妙な計画の元に時間稼ぎされたのだと分かっても、後の祭り――。


「くそぉっ! 無能な味方に足を引っ張られたせいだ! 逃げられないようにして一対一で戦えば、あんな男一匹くらい……どうとでもなったものを!」


 せめてアルベールの身柄さえ押さえられておけば、人質交渉の手段にもなり、今後の戦いがどう転ぶにしても有利な札のひとつになったはず。


 なのにその目論見は破れ、連日の強行軍で軍の士気はがた落ちだ。アタシも寝不足で肌はボロボロ。ただでさえこっちの国じゃろくな化粧品も手にはいりゃしないってのに……。

 金盞花の乙女として何年間も磨き続けた美とプライドも完全に地に堕ちた。


 メナからの覚えもめでたくなく……。もしやつらが帝都に辿り着くまでに所定の配置に付かなければ、逆賊として名を晒し、明るい陽の下で生きていけなくしてやるとの通達が来る始末。


 まさか、金盞花の聖女となってたった数年のうちに……ここまで追いつめられることになるなんて。


(冗談じゃない、アタシは……頂点でいい景色を拝みかっただけなんだよ! くそ、これじゃ聖王国にいた時の方がマシだ)


 ベレニュスが始末され、アタシはメナの誘いに乗ることでなんとか命を取り留めた。だが、このままじゃやつらに利用価値を証明できない。そうなっちまえばもう終わりだ……!


「あぁ……ちくしょう。あっちにいた頃はよかったなぁ。なんせ、金盞花の聖女ってだけでちやほやされ、ちょっと奇跡をちらつかせりゃあ、どいつもこいつもアタシの望むようにしてくれた」


 今思ってみれば、あの頃が最高の状態に近かった。

 仕事は手下に任せ、聖都の贅沢な屋敷で男を何人も侍らせて。

 王族でも簡単に飲めない美酒を片手に寝っ転がって管を巻いてりゃ唸るような金が入ってくる。


 他国との交渉だって、アタシが聖女だってことをちらつかせりゃ、どこも袖の下をわんさか送ってきやがるのさ。アタシにとっちゃ聖女の仕事なんて、ただの小遣い稼ぎだった。生きてるだけで皆がどんどん貢いでくれる……その価値があると、アタシは社会に認められていたんだ。それを……。


「アルベール、アルベールアルベールぅっ……寝ても覚めても、あいつの顔が脳裏に浮かんで離れやしない。くうぅぅ……」


 アタシの指の爪がシーツを耳障りな音を立てて引き裂いていく……。

 本来この怒りは、あの成り上がりの小娘シーリに向けるべきなのかもしれない。しかし、アタシの意識は、それどころではなく……ずっとあの金髪男に占領されている。


 やつがこんなにもアタシの心を掴んで離さないのは……文字通り、絶世の美男子に他ならないからだ。


 黄金にも劣らぬ輝きを放つ美髪に、くすみひとつない真珠のような柔肌。なよなよしくはない程度に鍛えられた美しい身体付き。女が望むものみんな持ってやがる……やつに比べれたら、これまで聖都で贅を尽くして囲った最上級の男娼どもすら霞む。


 あいつを追ううちに芽生えた妙な感情が、どんどん膨らんでくる。

 ああ……アルベールを手に入れたい。自分の下で縛り付け、一生アタシにしか触れられないように監禁して、その身も心も全て貪り尽くしてやるのだ……。


 アタシはベッドから身を起こすと、暗い笑いを漏らしだす。


「フ、フフフフフ……。やつらさえ片付けりゃあこっちのもんさ。メナのやつは約束してくれたんだ……。今回の働きをこなせば、新たな国で、アタシの地位を保障してくれるって」


 ルイーゼを騙し討ちにして帝都に連れて行ったとき、アタシはあれ(・・)を見せられた。

 聖女から堕ちることで得た、あいつの恐ろしい力……。それに加え、あんな悍ましい道具まで持ち出そうだなんて、本気で狂ってやがる。


 メナにゃあ誰も敵わない。やつこそが本物の魔女、いや……悪魔。

 聖王国のやつらのやってることこそ、全部無駄足なのさ。


「クク……そして王国のボンクラどもの中で、アタシだけがあいつに価値を認められた。当り前さ……なにせこれまで自分の力を大して磨きもしないまま、ここまで来れたんだからね」


 アタシだって、再びやつらとまみえるために何もしていなかったわけじゃない。

 進退の危機に陥り、これまでまったく試してこなかった努力っていうやつをしてやったのさ。吐きそうになるくらい苦々しい時間を訓練に費やし……そのおかげで、やっと自分の力がどのようなものか分かってきたんだ。


(アタシが持つ奇跡は、形のない火。だからこそこれまで扱いが難しかったが……。一度コツを掴んじまえば、この通りさ!)


 部屋の一角に置かれた蝋燭に向けて腕を振り下ろす。すると手のひらから火球が噴出し、刺してあった燭台ごと焚き木に変える。


 聖力の操り方を覚え、外に放てないっていう弱点は克服した。次やつらに会えば、これまでのようにはいかせない自信がある。


 アタシは明かりの消えた暗闇の中で自らの灯した奇跡の火を睨み、ひとりこぼした。


「待ってなよアルベール。男である限り、聖女や魔女には絶対に敵わない。それを心の底まで思い知らせ、服従させてやるからね……ヒヒヒヒヒッ」 




◇(アルベール視点)


 東の方角へ、ヴィーナ率いる反乱軍の一部隊が動き出し、その背中が少しずつ小さくなってゆく。

 僕はそれを見届けると連絡用の法具に聖力を込め、来たる戦に向けて最後の報告を行った。


「――というわけだ。部隊の進軍速度から見ても、相当急いでる。君たちが帝都に到着する前に、ヴィーナたちもやつらの陣営に合流するだろう。すまないが、これ以上の足止めは地理的にも厳しいかな」

『正面衝突は避けられん……か』


 その通信を受けているのは、今頃帝都に向かう魔帝国正規軍を率いているであろうラエルだ。

 僕は一応彼に、ここ数日で奇跡の使い方が変わり始めたヴィーナの脅威を警告しておく。


「腐っても元金盞花の乙女というところかな。恐ろしい速度で奇跡の扱いを習熟させていってる。帝都に辿り着く頃には大きな障害となっているかもね……。どうだい? 君の目からして彼女を含み、帝都に集まった敵方を突破できそうかい?」


 ラエルはその質問に対し、慎重な態度を見せた。


『問題ない……と言いたいところだが、戦力だけで言えば、やや厳しいといったところだ。魔女、通常の兵士と共に、やつらの陣営の方が倍ほど多いしな……だが』


 彼はそこで言葉を切ると、背水の覚悟を覗かせてみせた。


『我々がやらねばならん。帝国で生きる多くの同胞たちに加え、聖王国の民の血も無駄に流させないためにはな。それを、言葉にして俺たち伝えてくれたのは、他ならぬシーリだ』

「へえ……」


 ラエルの話によれば……出立前の決起集会でシーリは、自らが魔女帝の姪に当たる存在であり、聖王国で生き繋ぎ聖女となったことを明かしたらしい。そしてふたつの国は争うべきではなく、手を取り合い未来への道筋を見出してゆくべきだと説いたのだとか。


『立派なものだったぞ。その意思に多くの兵士が共感し、士気は十分だ。例えメナに従う自国民たちを相手にしても、恐れることなく立ち向かえるだろう。俺は身内として、彼女のことを誇らしく思ったぞ。兄らしいことは何らやれていないにしてもな……』

「そうか……(くそっ、羨ましいな)」


 う~ん、役目があったとはいえシーリの活躍を見逃してしまうなんて残念極まる。彼女の晴れ舞台だけはぜひこの目に収めたかった。


 しかしちょっと情けないけど、ラエルがシーリの兄であることが判明し、一安心といったところか。


 彼については、こちらに留学してきた頃からの結構古い付き合いで……。

 お互いこうして軍のまとめ役になったこともあり、来訪の度に情報交換も交わす仲だ。


 口数は多くないけど、義に厚い真っ直ぐなやつで……同じ男としても尊敬している。だからこそ、あの時シーリが彼に興味を抱いたことに、実は大きく動揺していたんだ。


 表には出さなかったけど、この先ラエルと彼女を巡り対立することになったりしたら――そんなことを考えると戦々恐々とした気分になった。実際はそんな心配は無用だったようで、なによりだ。


 話が逸れたけど……ラエルが父と母を死に追いやった帝国内の内紛を抑えるため、精力的に活動しているのは聞いていた。彼のこの戦に起こしたメナに対しての怒りは、人一倍大きいはず。

 そこで僕は、この一連の出来事に対して抱いていた大きな疑問をぶつけてみる。


「しかし……メナは、どうやってそれほど多くの人間の支持を集め、国の乗っ取りにまで漕ぎつけたんだ?」


 いくら水面下で色々な人間に働きかけようと……たった二、三年程度の準備期間で、まったく人脈のなかった帝国内でそれほど多くの貴族たちを寝返らせることができるとは思えない。

 それこそ、魔女帝やラエルだって、国内で大きな反乱の前兆があれば気付けたはずだし……。


『おそらく、やつが操る奇跡……今は魔法か、それに関係があると見る。ルイーゼ殿に、メナは“本”の魔法であらゆる事象を再現できるはずだと聞いた。陛下はホルドキア一族の不幸を悲しみ、帝国内で同族内での無用な争いを禁じるいくつかの改革を近年断行している。その方針に不満を抱く貴族たちの精神を、利益を餌に従属へと誘導するくらいなら、わけもなかったのではないか』

「なるほどな……」


 微かな悔いが胸に広がる。僕だって、あの三年前の出来事とは無関係ではない。当時自身が騎士団長ではなかったとはいえ……あの時王宮に居て、メナの暴走を止められていたなら。ロバート医師を助けることができていれば……こんなことは起きていなかっただろうから。


『あまり考え込むな。魔帝国へと潜入したメナの暗躍を掴めなかったことは、現政府に反抗する者たちの手綱を緩めた我々の落ち度だ』

「ふっ……心配してくれなくとも大丈夫さ。気を落としてなんかいない。むしろ……」


 騎士団の捜索でもメナの遺体はついに見つからず、死んだものと安易に決め込んでしまった。その甘い判断が数年経って世界を脅かすほどの火種となり、今僕たちを追い詰めている。


 だからこそ、ここ彼女を絶対に止める。例え聖女や魔女のような力がなくとも……。それが、この王国の守護を任された僕の責任だから。


「必ず……次でこの戦いを終わらせよう。そうしたら、改めて君たちに世界書の件で協力を仰ぐよ」

『そうだな、本来はこんなことをしている場合ではない。聖女、魔女……それだけではなく多くの人間が知恵を絞り、世界存続の方法を導き出さねば』


 僕たちは互いの意思を共有し、必ず生き残ることを約束する。

 彼らに合流するのは、帝都奪還戦の直前になるだろう。その旨伝え、通信を切ろうとした僕だったが……そこでこの状況にそぐわない質問に意表を突かれた。


『ところでアルベール。お前、シーリとはどのような仲なんだ?』

「……ん?」


 一瞬言葉を無くすと――実のところどうなんだ? と、僕は自問自答し始めた。


(いや……僕自身の気持ちは改めて問うまでもない、けど……。シーリは? なんとなく彼女は僕に恩を抱いてくれているような感じはするんだけど……。知り合い、男友達……現状そんなところか?)


 ごく自然に僕に接してくれるようになった彼女。でも、それは一緒にいて居心地がいい反面……恋愛対象からは除外されているような気が、しなくもなく……。


 関係性を言葉にしにくく無言を続けてしまった僕に、ラエルはぴしゃりと告げた。


『言っておくが、あの子はまだ若い。もしお前にその気があろうと、無理に距離を詰めるようなことは許さんからな。あいつを悲しませるようなことをしたなら……わかるな?』

「な、なんだよ急に……」


 やたら低重たい声で牽制された僕は、鼻白みながらも口答えした。  


「言っとくけど、シーリを孤児院から連れ出して聖女にさせたのは僕なんだからな。それからずっと定期的に会ってるし、保護者的な役割もしてたし、今のお前よりかは親密なはずだ……!」

『血の繋がった家族の間に時間など無用だ。シーリが望むなら、この事態が済めばすぐにでも、俺は魔帝国に彼女を迎える準備がある』

「なっ、お前⁉」


 聞き流せないこと言い出したラエルに、僕は声を荒げて反駁した。


「ふざけるなよ! もう彼女は聖王国民で、国のかけがえのない柱のひとりなんだ! それを引っこ抜こうだなんて、誰もが黙っちゃいないからな!」

『知ったことか。俺にはあの子との失われた時間を取り戻す権利がある。それでもお前が私情を挟むというなら……腕ずくで俺を納得させてみろ』


 時間がいるだのいらないだの、どっちなんだよ……!

 ずいぶんとプレッシャーを掛けてくる、いきなり生えた自称兄の言葉に、僕も引かずに対抗する。


「言ったな……。その言葉、覚えておけよ。全部終わったら、シーリを巡って決闘だ!」

『ふん……誰が渡すか』


 一方的に通信が切れ、僕はややこしくなった事情に頭を抱えた。


 はあ、ラエルがあんな頭の固いやつで、まさかシーリを魔帝国に連れ戻そうとしているなんて。たった数日一緒に居ただけで、ずいぶん気に入られたものだなぁ……。


 それでもいいさ……もし、彼女自身がそれを望むなら。僕も……。


「とにかく……この件は全てが終わってからだな。っと……」


 気付けば、地平の遠くに反乱軍の背中が消えかけている。

 さて……ここからはやつらに見つからないよう追い越して、ラエルたちに合流しないとな。

 身を潜めていた大木の枝から飛び降り、僕は帝都の方角へと急ぐ。


 シーリ……彼女と出会ったことで、僕は長年抱えていた呪いのような思いから解放された。今は身体がとても軽い。彼女を喜ばせるためなら、なんだってできる気がする。


 でも……無理に自分のものにしたいとか、そういうことはまだ思わない。ただ、出来る限り近い場所にいて、彼女の幸せを見守っていたいんだ。


(僕はきっと、たったひとつの特別なものを見つけられた。これを幸せと言わず何と言おう)


 自分よりも、誰かの幸せを一番に願えること。そんな純粋な気持ちを自分が持つことができるなんて、思いもしなかった。


 今僕の胸中を言葉で表すならば、たったの一言。

 シーリに早く会いたい――その想いは、まるで風に乗ったように僕の足を速めさせた。


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