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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
後編・魔帝国編

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41・合わさる真実②

 そこから魔女帝が話してくれたのは……帝国内の裏で起きた政争の果てで、クラリス――シーリのお母さんが下すことになった決断のお話だ。


 ヴァシリーサ様が新たな魔女帝となった翌年。お母さんが産んだふたり目の子供であるシーリは両親に見守られすくすくと育っていった。


 だが……その力の片鱗はすぐに表れたらしく、生まれつき彼女は、母親と同じ力を使うことができたという。本来、親から子へとは受け継がれないはずの魔法、“闇”の力を……。


 それ自体はむしろ喜ばれるはずのものだった。だが、時期が悪すぎた。

 そのころ、ホルドキア領が誇るふたりの魔女にして――魔女帝の座を掴んだ姉と、病魔に苦しみそれを逃した妹の噂は、魔帝国中に広がっていた。闇の魔法の強大なる力は、国中に惜しまれるほどのもの。それが病魔を除いた完全なる形で子に引き継がれたとすれば……次の魔女帝を狙う多くの帝国貴族たちの目が、向かないわけがなく。

 その中に、よからぬ考えを抱いた者も多くいた。権力への欲望とは、それほどまでに強いもので――。


 そこからホルドキアに冬の時代が訪れる。当時、帝位を継承したばかりの魔女帝の地盤は完全なものではなく……隙あらば彼女を排し取って代わろうと、まだ幼い娘を攫おうとする者が後を絶たなくなった。そうした人間たちが国中から殺到し、ホルドキアの地は大きく脅かされ、お母さんは強く心を痛めていたのだとか。


 そして……ついにその刃が屋敷で彼女に尽くしてくれた乳母にまで及んだ時。彼女は決断したんだそうだ。娘が亡くなったことにして、この国の人間の手が届かない国外へと逃がすことを――。


 だが、下手な国へと逃亡させたところで、強大な魔法の力に対抗できず、何者かに連れ戻されるのが落ち。魔女の暗躍に対抗できる力を持つ人間たちなど……そうはいない。娘を託せるのは、魔女たちに匹敵する力――奇跡を操る聖女たちの国、聖王国のみ。


 以前は敵国としていがみ合っていたあちらに娘をやるのは、お母さんたちも抵抗があっただろう。

 でもそれを迷う時間も存在せず、すでにあちこちの領地から強力な魔女たちが迫っているという報を受けていた。そこでお母さんは、お父さんにシーリの身を託し、自らは娘の身代わりと共に領地で魔女たちを迎え撃った。いつの日かまた娘がこの国に戻ってこれるよう……自らの誇りである魔女の証。ダスクムーンのペンダントを半分に割り、片方をお父さんに渡して――。


「名だたる魔女がホルドキア領に向かった時も、余は愚かにもやつらと結託していた戦争推進派の対応に忙殺され、戻るのが遅れた。そんな中、妹はフレドと協力してそなたを国外へと逃がし、ホルドキアに敵対する魔女、延べ三十余名を葬ったと聞く。全てのことが終わり、故郷に帰りついた余にできたのは……。変わり果てた妹の亡骸を弔うことと、そこに泣き縋るラエルを帝都に連れ、自身の庇護下に置いてやることだけであった……」


 帽子の陰で魔女帝の表情は見えないが、声は乾き……その手は自らを傷付けるよう胸に指を突き立てている。


 私はてっきり……聖王国と同じように魔帝国も平和を謳歌できているのだと思っていたのに。でも、彼女たちは、想像もしない苦痛と絶望の日々と闘っていた。


「その後……聖王国に逃亡したフレドを戦争推進派の魔女たちが追ったと聞いた。余も手の者を差し向けたが……数名の刺客の死を確認しただけでふたりの足取りは掴めず、十年以上の時が流れていった」


 そこで、はっきりと魔女帝は私たちに頭を下げた。


「余は……そなたたちに陳謝せねばならぬ。国民の身命を守れなかった王としても、クラリスの姉としても。王国の式典でそなたが聖女として出てきた時、余は目を疑った。容姿は多少違えど、間違いなくクラリスの娘であると確信したからな。だが……余がラエルに接触を禁じた。この国で聖女として幸せに生きるなら、わざわざ辛い過去を突き付ける必要はないと。互いに家族を求める、そなたたちの寂しさも分かろうとはせずに……」


 ふたりとも、済まぬ――その謝罪にどう答えればいいのか分からず、私は何度も首を振った。


 しばらくの間、花畑は沈黙に包まれ……そして、辺りを陰で覆っていた雲が過ぎ去った時、ラエルさんが口を開いた。


「俺もあの時の事は覚えている……。無力な子供だ、どうしていきなり父と母から引き離されたのか分からずにずっと塞いでいた。だが――」


 護衛の任を全うし、立ったままでいた彼は、力強く胸を張り、その前で堅く拳を握る。


「陛下は、そんな俺を気にかけ、この身に宿る少ない魔力で戦う方法を教えてくれましたね。謝られることなど何もない。あなたも、母も、俺をここまで大きくしてくれた、誇るべき家族に違いありません……!」

 

 その姿を見て、私も思った。この場に居る誰かが悪いなんてことはない……。ただただ、厳しい時代の渦に放り込まれ、それぞれが大切なものの為に精いっぱいもがいた結果、今があるのだ。


(胸が……痛い)


 ここでこうして話を聞けることを感謝しないといけない……なのに。

 どうしても心が苦しく辛いのは……この私が、偽物だから。


 ……これから話すのは彼らにとって残酷な真実かもしれない。

 けれど、信じよう。このふたりならば受け止めてくれるはずだって。


「……うっすらと覚えています。フレドさん――父が、血を流しながら私を抱いて吹雪の中を進む姿を。父は私を孤児院に預けた後、すぐに亡くなったそうです。多分、追手から私を守り戦ったんでしょう」

「そうだったか……」


 その言葉の続きを語るのには、少しばかりの勇気が必要だったけれど……。

 幸い、ふたりは急かさずにそれを待ってくれた。息を吸い込んでは吐き出すことを何度も繰り返し……私は、やっとそれを言えた。


「本当のことを言います。信じてもらえるかわからないですが……私は、クラリスさんが産んでくれた本物のシーリじゃないんです。彼女は、フレドさんに孤児院に届けられる前、一度死にました。……側に居てくれない母のことを強く恨みながら。私は、こことは違う世界から来ていて……どういうわけかシーリの身体の中に意識だけが吸い込まれ、息を吹き返したんだと思います」


 私の本当の名前は、シオリって言うんです……そう明かした後、反応を待つ。

 こんなこと、普通の神経じゃ信じてもらえるはずがないけど……。

 ふたりはしばらく考え込むように目を閉じていた後、それぞれの見解を口にした。


「不思議な話ではあるが、少し納得した。赤子であった頃のそなたの髪は母と同じく真白で、瞳も銀に近かったからな……」

「そうか……こことは違う世界などというものが存在するのか。ふたりの名前がよく似た響きだったことも、何らかの関係があったのかもしれない。そしてそれでも……君は長い時間その身体を大事にして、ここまで生きて来てくれた。本当のシーリと同じように、俺たちにとっては大切な存在に違いない」


 意外にも、ふたりは私の言ったことを疑わずに受け入れてくれた。不思議な力を持つ人たちが住む、こんな世界だからこその懐の深さなのかも知れなかった。

 私は膝を折り、魔女帝の隣に座り込む。そうすると瑞々しい花々が、風に揺られて私の手を撫でる。


「クラリスさん――お母さんはてっきり、私をいらなくなったから捨てたものだと。でも……真実は私を助けるため、仕方のないことだったんですね」

「ああ。この国が平和であれば……ひょっとしたらクラリスもフレドも死ぬことなく、お前たちが元気に育つのを見守っていただろう。もし恨むなら、母ではなく余を恨むがよい」

「恨みません……!」


 私は魔女帝の手を取りぎゅっと握る。

 ずいぶん衝動的な行動だったけど、それが間違っているとは思わない。


「本物のシーリだって、絶対にそんなことを望まない。だから私も、この国と聖王国の戦いを止める力になりたいです。どうか……私を帝都へ、メナのところに連れていってください!」


 死の真相は、違う意味で私の心に痛みを与えた。ただシーリが捨てられたと知るより何倍も。


 でも……彼女の両親がそういう人だったと知れて私は嬉しくもあった。だから、シーリの代わりに……クラリスさんやフレドさんが大切にするはずだった彼らと、この国を一緒に守りたい。


 それを告げると……魔女帝は、ほんの微かにだが、口元を綻ばせた。


「ありがとう、シーリよ。そして、大きくなった……。クラリスも祝福している。実は……この花畑にはあの子の遺灰が埋まっておってな」

「えっ……⁉」


 私は驚きのあまり、大地に両手を突く。


「幼い頃、あの子に頼まれたのだ。もし……自分が死ぬことになったら……大好きな故郷の地と一緒になって、皆を見守っていけるようにして欲しいと。ろくに外に出かけられぬあの子にとって、あの庭と、この場所の花々も……家族と同じようなもの。それから……クラリスが眠りし時以来ずっと、ここでは季節を問わず花が咲く。この中で生き続け、我らのことを見守ってくれているのだろう」

「お母さんが……」


 日当たりの良い大地から、両の掌へと伝わる微かな熱。私にはそれが、触れたことのない母の背中の温もりのように思えて……。


「……少しだけ、ここにいていいですか」


 私はふたりの目をはばかることなく、その場所に蹲った。


「ああ……心ゆくまで」


 すると魔女帝とラエルさんは席を外し……私は、大地の感触を身体中で噛み締める。

 ゆっくりと太陽が下る中……胸がきゅうっとなるような喪失感に、どうしても頬を伝うものが止まらない。でも、それは柔らかい土が受け止めてくれた。


(シーリのお母さんは、私が思ってたような人じゃなかったよ……。約束を果たせなくて、ごめんね)


 たくさんの花に囲まれ、私は仰向けになって目を閉じる。

 

 シーリを捨てたと思っていた母親は、我が子を愛してやまないひとりの女性でしかなかった。

 本当は分かっていたのかも……自分の命も省みず子供を平和な土地に送ろうとする父親の伴侶が、素敵な人でないはずはないのだから――。


 そのまま私はいつしか……眠りに落ちる。


 夢の中ではクラリスさんとフレドさんが手を広げて迎えていて……私と同じ姿をした女の子は、少しの間ふくれっつらをしていたけど、結局は顔をほころばせ、その胸に飛び込んでゆく。彼女は楽しそうにお喋りをした後、こちらに嬉しそうに手を振って……。


「あ……」


 夕日の残光が……瞼の隙間から夢の景色を塗りつぶし、現実へと引き戻す。

 でも、私の身体から浮き出した光の粒が、花畑に吸い込まれて行くのははっきりと見えた。


(お母さんと、会えたのかな……)


 ぼんやりと身体を起こした私の耳に、声が届く。


『これからは、あなたのおもうように――』


 予想とは違う形だったけれど、ひとつの区切りがついたみたいだ。


 私はこれからもシーリとして……本物の彼女を大事にしてくれた人や、今まで出会ってきた人たちと一緒に生きていこうと思う。


 夕日を背に、ラエルさんと魔女帝が近づいて来る。


「……帰るか」

「――はい!」


 私は立ち上がると涙を拭いて笑顔を浮かべ、彼らに駆け寄った。


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