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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
後編・魔帝国編

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36・様々を背負って

「ふう……いけるかな。これで……」


 小さめの旅行用トランクに、これでもかと詰め込んだ荷物を前に、息を吐く。


 私は本日これから、聖王国の東部国境線へと向けて出発するつもりだ。ある大きな任務を任されて。

 結構な長旅になるかもしれないけど、行軍の内容を考えるとあまり余計なものは持っていけない。数日分の非常食と水、着替え、応急処置道具くらいがせいぜいかな。後は多少の金貨……これが地味に重くて困るんだよね……。


「あっ……閉まらない。この、このっ」

「あーあ、なにやってんの」

「ポピア!」


 トランクを上から抑え込んでぎゅうぎゅう抑えていると、寮の扉の入り口から、ポピアが顔を見せる。

 彼女は私の雑に畳んだ服を、トランクの中に入れ直してくれた。


「こんな風に畳んだら、そりゃ入らないわよ。ここはこうして……」

「あ、ありがと……。じゃなくて、あなたどこいってたの⁉ ミシェル班長がカンカンだったよ⁉」


 第五班は数日後に聖都を発つまで、前線に向けて旅立った兵士や医者たちの代わりに街で出来る限りの見回りや医療支援を行っているのだが、その中にポピアの姿はなかった。どうも実家に籠りきりになっているとかで、様子を見に行ったけど会うことはできず。戻ってきたら反省室行きだと班長が息巻くのを見て、宥めるのに私がどれだけ苦労したことか……。


 でもまあ、変な病気にかかったり、気鬱になっていたりするわけじゃなくてよかった。


「元気なら、さっさと第五班に合流して皆を手伝いなさいよ。私は別の仕事があるから先に行っちゃうけど」

「うん……わかってる。それでさ、えへへ……渡したいものがあるんだよね~」

「ええっ、これ以上荷物増やせないんだけど……」


 なんとかポピアに整理してもらったことで、ぎりぎりトランクは閉まるようになったけど、さすがに限界なのに変わりはない。何があるか分からないから片手は開けておきたいしと、私が口をへの字に曲げていると――。


「じゃ~ん! これ……着て行ってよ! あたし、聖力と気合を込めて作ってみたんだ!」


 ポピアは後ろ手に持っていた紙袋をがさがさとやると、そこから、ぱっと一枚の衣装を広げた。


 それは……純白の糸で織られた、美しいマント。距離を離してみると……わずかに色合いの違う糸で、うっすらと透けて見えるのは、この国の国旗にもある金盞花。


 とても繊細な細工で、それは比喩でもなく表面がきらきらと輝いていた。


「す、すごい……」

「でしょ? さっすがあたし、これじゃ聖女失業したって、お針子で食っていけそうだわね。ふふん」


 強がって、化粧で隠してるけど……よく見れば目の下には隈、頬もやつれていて。

 これだけのものを数日で仕上げるなんて……どれだけ大変な思いをしたのやら。


 言葉を無くした私に目をぱちくり瞬かせると、彼女は私の背中をバシッと叩いた。


「何も言わないでよ。あたしやだもんね、シーリが居なくなった後も聖女会に残るなんて。だから、無事で帰ってきてよ、絶対に」

「……うん!」


 明るい表情で歯を見せて笑う彼女に、私はぎゅっと抱きつく。よかった、ここでもし泣き出したりされたら……私も泣いちゃうところだった。私は、皆と一緒には戦えないから。


「ありがと。やっぱりポピアは私の最高の友達だよ。聖都に戻ってきたら……そうだなぁ。お互いを一日貸し切ってデートしよっか。せっかく聖都に来たのに、仕事が忙し過ぎてほとんど遊びに行けなかったもんね」

「それ、名案! でも……あたしと一緒に出掛けるんなら、翌日の体重がどんと増えるのは覚悟しといた方がいいよ~。で、その後は着せ替え人形にでもなってもらおっかな~」


 くいしんぼな彼女のことだし、一日中食べ歩きに付き合わされるのは間違いないだろう。その後ドレスを着るためにぎゅうぎゅうコルセットを締められるのは、勘弁してもらいたいけどね。


「じゃ、私の方は戻ってきてのお楽しみ。え~と……ちょっと待って。それじゃ、これあげる」


 私の方も何か餞別をあげようと思ったけど、よさそうなものが見当たらなくて……。なので、私は両手を閉じてぐっと祈る。


 そして、手の中に生まれたその物体を、彼女の手のひらに乗せる。


「お返しになるか分からないけど、よかったら使って。紙製だけど強くしたから水に濡れても大丈夫」

「わー……綺麗」


 それは、純白の指輪だ。通常石が乗る台座の上には、ポピアを真似して金盞花をあしらった細工を付けておいた。強度マシマシで作っておいたから、多分そこらの金属よりよっぽど丈夫なはず。お守りくらいにはなるだろう。


「へへ……いいものもらっちゃった。一生の宝物にしちゃお~」

「そんな大袈裟な。とにかく、危ないことはしないで、ちゃんとミシェル班長の指示に従いなさいよね。多少の怪我は自分で治せるからって、無理はしないこと――」


 少し照れ気味に言う私を、今度はポピアの方から抱きしめて来た。

 

「うん、約束する。本当はあたしもついていって、怪我とか治してあげたいけど……でも多分、間抜けで足手まといになっちゃうし」

「その気持ちだけで嬉しい」


 大好きな親友の存在を身近に感じつつ、いつまでもこうしていてしまいそうなので私たちは身体を離し、お互いに笑い合った。


「それじゃ行ってくる」

「うん、出口まで送るよ」


 こうやっていつも通りの姿を見せてくれるポピアがいてくれるから、安心してここを出発できる。

 マントを着けさせてくれた彼女と一緒に大聖殿の出口まで向かうと……。


「シーリ、お前を待っていた」


 そこでが腕を組んで待つマール様の姿があった。



「……先日は済まなかった。自分でも、どうかしていたと思う」

「いえ、あんなことがあれば仕方ないですよ」


 ぺこりと頭を下げた彼女に、私は小さく首を振る。


 この間、金盞花の乙女ヴィーナの裏切りによりルイーゼ様が捕まったという一報を私に届けた後……彼女はしばらくその場で泣き崩れていた。


 だがなんとか気持ちを立て直すと、彼女は私に教えてくれた。

 数年前、この聖女会で何が起こったのか――ルイーゼ様と恋人だったロバートという男性について。それから魔女帝となったメナのことを。


 マール様はその報せを受けた時、ショックでトラウマとなっていた行為を……“記憶”の奇跡で自分の未来を覗くことを、してしまったらしい。それはほんのわずかの時にせよ、未来に待つ大きな破滅を垣間見せた……それもあって、あれほど心が押し潰されそうになっていたのだ。


 だが、それにはただひとつ……救いに至る道が隠されていた。私の存在が、ルイーゼ様を助けるための鍵になる――彼女はそう言って、私に依頼したのだ。秘密裏に魔帝国に潜入し、囚われの身になった彼女の元へ向かうことを。


「私は、自分の無力さが恥ずかしい。こんな仕事をお前のような……つい先日聖女になったばかりの若い娘に任せなければならないなんて」


 マール様とルイーゼ様の関係は、言うなれば私とポピアみたいな。ううん、色々な事件を一緒に乗り越えてきた分、もっと深い絆で結ばれているんだと思う。本当は、彼女自身が自らの手で助け出したいんだろう。


 でもそれは現実的に無理だ。なんせ、こちら側に残る金盞花の乙女は今やマール様だけ。聖女たちのまとめ役として、全体の指揮をしっかりと執ってもらわなければ。


「顔を上げてください。保証はできませんけど、ルイーゼ様を助けることに全力を尽くします。幸い、魔女帝と軍団長も無事でいるみたいですし」


 ひとつだけ朗報があった。通信用法具でマール様にその出来事を伝えてくれたのが、他ならぬ魔帝国のふたりだったことだ。彼らはどこかに身を隠しているらしく、まだこの戦争を止められる可能性は潰えていない。


「彼らと合流し、ルイーゼ様の代わりに必ず無事に帝都まで送り届けてみせます。それで、戦争を止めてもらったら、ふたりでこっちに戻ってきますから。それまでここで帰りを待っていてくださいね」

「ふふ……。最初に会った頃は、なんてことない普通の娘だと思っていたが、見誤っていたな。今は私もお前を信頼している。そのマント、よく似合うぞ。戻ってきたら、それにふさわしい英雄として迎えてやるからな」

「あはは、そんな大袈裟な」


 ひょっとしたら怒られるかもしれないと思ったけれど、マール様は三乙女にしか許されない金盞花の図案を背負うことを許してくれた。このマントが……聖女会の伝統を長年守ってきた乙女たちの加護を、私に与えてくれると信じよう。


「後、これを持っていけ――」


 マール様は、自身の胸元から金色のサンホワイトブローチを外すと、私に渡した。これがないと彼女が困るのではないかと思ったが、強引に押し付けられてしまう。


「私も、自らのトラウマと向き合うことで、新たな力に目覚めたようでな。それを込めた。持っていけ、きっとどこかで必ず役に立つ」

「……わかりました」


 マール様が言うならそうなのだろう。お守りが増えたようでありがたく、私はお借りしたそれを、落とさないよう自前のブローチの隣に付けた。


「それじゃあ、そろそろ」

「ああ……頼んだぞ」

「シーリ、帰りを待ってるよ!」


 見事に立ち直った様子のマール様と、明るい表情のポピアは……成功を疑うことなく送り出してくれる。湿っぽくない門出のおかげで、気持ちよく旅立てる。


「――行ってきます!」


 さあ、不安が疼きださない内に、もう行こう。大聖殿を見上げると、他にもちらほらと知り合いの聖女たちが手を振ってくれている。

 たった数ヶ月過ごした建物だけど、確かにここが私の帰る場所だ。必ず、また――その意思を込めて私もそれらに大きく振り返すと、敷地の外へ。


 まずは東部へ向かう馬車の停留所へ足を運ぼう……そんなことを考えながら街路樹の下を歩いていると――。


「お嬢さん、旅の馬車をお探しではないかな?」


 一台の馬車に寄りかかったある人物に呼び止められ、私は軽く噴き出した。


「……っアルベール様⁉ どど、どうして⁉」


 その顔をしげしげと眺めるまでもなかった。こんな美男が世の中にごろごろいてはたまらないのだ。それにしても……彼は聖騎士団の団長として、とうに東部の国境線に赴いたはずなのでは⁉


「辞表を提出してきた。おかげで、今はただの旅の剣士って感じかな」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」


 その思い切りのよさに目を丸くした私の手を、彼は強引に取ると、馬車へ乗り込む。


「君の役に立ちたかったのさ。大丈夫、騎士団には他にも優秀な人材がいくらでもいる……。そもそも戦争なんて止めてやれば、それで万事解決だろ?」

「そんな簡単なことじゃ……」


 アルベール様は爽やかに笑うが、魔女帝たちがどういう状況に置かれているのかは、まだはっきりしていない。潜伏場所を確保したのちまた再度連絡すると言って以来、通信が途絶えてしまっている。


「どんなことになるかはわからないんですよ? ヴィーナ様やメナとは、間違いなく戦いになるかと思いますし」


 金盞花の聖女ひとりに、新たな魔女帝となろうとするもの……そのふたりとの戦いは避けられない。聖騎士の彼にとっては、勝ち目の見えない敵に挑むことになる。


「でも、君は行くんだろ? だったら、僕は何を捨てても付いていく。ずっと前……そう誓ったからね」

「どういう意味です?」

「気にしないで。男の意地みたいなものだから」


 にこやかなその表情は、私の話を聞かない気まんまんと言った感じで。

 どうやら、いくら頑張っても説得は通じなさそう。


「はぁ~、どうなっても知らないですから」

「じゃ、決定だね」


 彼は重たい溜め息を吐き出した私に、相好を崩した。

 まあ、彼ならば同行者としては申し分ない。幾度となく危ないところを助けてもらったし……正直、誰かひとり付いて来てくれる人を選べるとしたら、彼を選ぶ。私にとって誰よりも信頼できる、そんな人だから。


「ありがとうございます。正直、心強いです」

「うん。必ず帰って来よう、ルイーゼ様を助けて三人で。僕たちにできる精一杯の力で、奇跡を起こすんだ」


 私たちは握手すると頷き合い、東を目指して発つ。


 奇跡は……ただ待つだけのものじゃない。

 きっとそれぞれが尽くせるだけの力を尽くして、やっとチャンスが訪れるもの。

 手繰り寄せよう……私たちにとって最高の結末を……!

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