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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
後編・魔帝国編

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32・再び孤児院

 大昔、ひとりの聖女がこの世界を形作った。

 ある滅びゆく世界から、多くの人々を生き残らせるために、自らの人生を犠牲にしてまで――。


 かつては違う世界に住んでいた私の目から見ても……。

 あの空も鳥も、地面や草木、揺れる花々も――作り物とは到底思えない。


 その偉大な聖女が持っていた特別な力は、“奇跡”――そう呼ばれるようになって、今も人々に受け継がれている。この世界の人々を守り、絶やしてしまわないために。


(この辺境で暮らしてた頃は……まさか、こんなことになるなんて、思ってもみなかったな)


 異世界人にもかかわらず、最近その奇跡に目覚めることになった私は……そのことがきっかけで暮らしていたこの地を離れることになったんだ。

 そこからは、本当に色々な体験があって……思い出しても自分があの壮大な出来事の渦中にいたなんて……全然実感が湧いてこない。


「シーリ、どうかした? もしかして、僕が付いて来たことで、気を遣わせてしまったかな?」

「あ、いえ……そんなこと、全然」


 馬車の揺れる窓枠にもたれ掛け、密かに吐いた感慨の溜め息は、隣に座る人にも伝わってしまったようだ。


 今言葉を発したのは、流れる金髪を後ろ首で結わえた、ただごとではない美青年。

 彼の名は、アルベール・セイモア。この聖王国を守る聖騎士団の団長であり……継承権は持たないにせよ、この国の王妃様の血を引くという、とんでもなくスゴい御方。


 それで……こうしてぼんやりと浸っていた私の方は、シーリ・アンテノア。

 前世、異世界の日本で交通事故に遭って死んだ後この世界に引き寄せられ、亡くなった赤ん坊の身体に魂だけが吸い込まれた……いわゆる転生者。


 私が聖女であることが発覚したのは、たった半年ほど前。

 なのに、そんな未熟者がつい先日、たくさんのエライ人たちと世界の崩壊を止めるハメになるなんて。


 おかげで、周りと比べて滅茶苦茶なスピードで昇進してしまったり、同期の侯爵令嬢に敵視されて殺されかけたりととんでもない目にあうことになったけど……。

 正直、私自身は奇跡を使えることを覗いたら普通の人間だもの。達成したい目的こそあるけど、とくに壮大な野心なんて持ってない。


 だからこそこれからはなるべく目立たず騒がず、自分にできる仕事をそつなくこなし分相応に生きていきたい。まあ、そうも言っていられない差し迫った事情もあるんだけどね――。


 そんな私だけど、現在ちょうど聖王国の南側にある辺境の街に帰ってきたところだ。

 所属している聖女会では、半期ごとに二週間ほどの長期休暇が取れる仕組みがある。そこで今まで慌ただし過ぎて酷使した精神と肉体を休めるべく、昔生活していた孤児院の様子を見に来ることにしたのである。


「子供の成長って早いから、君もあの子たちがどう変わっているか楽しみじゃないか?」

「そうですね。他人のふりでもされちゃったらどうしよう……」

「そんなことはないだろうけどね」


 そんな私の都合になぜ、この騎士団長様が合わせてくれているのか。

 それは国王陛下から直々に、私の果たすべき目的の手伝いを命じられたためだ。


 孤児である私――というかこの元の身体の持ち主は、両親……特に母親のことを全く知らずに亡くなった。

 この世界に呼ばれた時、その場面を魂の状態で目の当たりにすることになった私は……彼女の境遇を自身の前世と重ねて、この肉体に乗り移った後もそのことを割り切れない思いとして抱えて来た。


 そこでいつか必ず、この身体を使わせてもらうけじめとして、彼女を母親に引き合わせてやろうと考えたんだ。


 その後、幸運なことに私は聖女の力に目覚めることができ。

 少し前、聖王国を揺るがす大事件の解決に携わったこともあり、聖王国に広く顔の効くアルベール様たちの協力を得られることになった。

 そうした経緯で、過去の調査のためにもこうして一緒に里帰りをすることになったというわけ。


「前は君の育った街をしっかり見て回れなかったし、今回は僕も観光がてらゆっくり羽休めさせてもらおうかな」

「どうぞどうぞ。田舎だから、何もないところですけど……」

「あ~、そのことだが……。どうやらあのお婆さん、転んでもただじゃ起きない人みたいでね……」

「…………?」

「まあ、その内わかるよ」


 彼が言葉を濁したのが、どうも気になる。

 あの強欲婆さん――孤児院を我が物顔で支配していたシスター・ラミニが、またなにかやらかしたのだろうか?

 私と交代で院に送られた世話係の人たちから何か連絡を受けたのか、面白がるように肩を竦めて見せたアルベール様。これは現地に付いてのお楽しみ、ということかな。


「ふふ、こんな旅行もたまにはいいね。隣に話し相手が居てくれて、心が休まるよ」


 彼は牧歌的な外の風景を眺めながら、朗らかに笑う。この機嫌の良さは、ずっと仲の悪かった弟との和解と、瀕死の母親が回復したことへの賜物か。


「家族水入らずで過ごさなくてよかったんです?」

「どうせデュリスは勉強詰めだ。母上も……陛下と夫婦同士積もる話もあるだろう。対話不足はおいおい解消していけばいい。それより、今は少し心身の調子を整えるタイミングだと思う……僕も、君もね」

「……そうですね」


 彼もずっとこの王国の騎士団長として、平和維持に気を張り詰めてきたはずだ。騒々しい都会よりも、何もないこの場所の方が、かえってゆっくり羽休めできるのかもしれない。私も肩の力を抜いて笑った。


「向こうに着いたら、改めてみんなに紹介します。よかったら騎士団での武勇伝でも聞かせてあげてください」

「ああ、構わない。もっとも……あのお婆さんとだけはうまくやれそうにないけどね」

「あの人は、なんていうか……山の天気みたいなもんですから」


 数十年かけてねじくれ曲がったシスター・ラミニの性格が今さら変わるところは想像できないし……何か言われたら、突然雪や雷が降ってきたくらいに思うのが、やりすごすコツ。

 そんな強欲婆さんの対処やここ数日の予定を話し合う間に、ようやく街道の先に立ち並んだ家々が見えてきた。


 聖都と比べたらそりゃみすぼらしい、なんてことない街なのだけど……。でも一応、私が十六年間過ごした街だもの。窓から外を覗いた私は久しぶりの帰郷にややはしゃいでしまう。


「あっ、あのお爺さん知り合いなんです! お~い!」


 大きく手を振れば、農作業をしていたお爺さんが屈んでいた身体を持ち上げ、手を振り返してくれた。街外れで農場を営んでいる彼は、たまにお祈りついでで教会に食料を寄付してくれたりして、ずいぶんとお世話になったものだ。


「おや、あんたさん帰ってきなさったか。またエライべっぴんさんを連れとるな。聖女になって、都に呼ばれたと聞いたから、もうここいらには戻って来んものだと思っていたよ。立派になってのぉ」

「そんなことないです。これからもちょくちょく里帰りするつもりですし、お世話になった方へのお礼もしなきゃ」


 私は馬車を少し止めてもらうと窓から身体を出し、聖都で買ってきたお土産のひとつを渡す。

 べっぴんさんとは、アルベール様のことだろうなぁ……。ま、ふつうに突っ立っていると男装の麗人にしか見えないし。彼は苦い顔を隠しきれていない。


 にしても――。


「ところで……あれは?」


 街が近づくにつれ、私はさっきからあることが気になって仕方がなかった。


 なんだか街の入り口が、妙なアーチでごてごてと飾り立てられているのだ。そこに書かれている文字には、なぜか私の名前が無断使用されているように見えるんだけど。


 農場主のお爺さんは、弱りきった様子で言った。


「すまんなぁ……ラミニの婆さんがまた妙なことを思いついたみたいでの。街に入ってみれば、わかると思うよぉ」

 

 あまりお仕事の邪魔をしてもなんだし……私たちは素直にお爺さんに別れを告げ、そのまま街道を進んでゆく。


 そして……その先で私が見たものとは――。


「はぁ~……噓でしょう⁉ あの業突く張り婆さんめ……」


【~紙の聖女シーリ・アンテノアを生んだ、聖なる街へようこそ!!~】


 私は盛大に頭を抱えた。


 ここでは見たことないくらい、大勢の観光客で賑わう街の入り口では。

 ストロベリーチョコみたいに派手なピンク色のアーチの上……デカデカと、白地の横断幕に金ぴかの文字で私の名前がアピールされていたのである。


 もう……最悪っ!



「くくく……あははははっ! いやあすごい。あのお婆さん、ここまでやってるとは……」

「笑ってる場合じゃないですよっ! やだもう……!」


 馬車から降りた私は両手で顔を覆った。だぁって、今まで辺境の一集落でしかなかったこの街が、異様に賑わっているんだもの。それもこの私のせいで。


 聖なる街⁉ ただの寂れた田舎街の間違いでしょうが!

 ご丁寧に、それらしく見せるためか街の建物の大半までが白く塗り潰され、まるで知らない街に来たみたいだ。


 身バレすると不味そうなので、私はアルベール様にフード付きのマントを借りて姿を隠しながら街中を進む。そんな中、彼は腰を低くしながら説明してくれた。


「ごめんごめん。実は孤児院に派遣した世話係の者たちから、この街のその後の話は色々と聞いていてね。どうやら、あのシスターがシーリが立派になったことを利用して、金儲けを企んだみたいだ。街おこしになると思って、住民もそれに乗っかったみたいだね。それにしても……」

「ええ……」


 なんだか街中が凄いことになってる。これまでなかった屋台などが立ち並び、聖女クッキーやビスケット、木彫りの聖女人形、謎のミニ肖像画(白髪であるところをするとおそらくモデルは私なのだろう)などなど……ありとあらゆるものが私に紐づける形で売り物になっている。普段私がシスターのお遣いや街人のお手伝いで訪れることがあった建物も、なにかと商売のダシにされていたりして。


(聖女が触った籠だとか鎌だとか鍋だとか……あんなもの大事そうに額に入れて飾らないでよ! ああ、群がる人々の神経がわかんない……!)

「こりゃ、見つかると挨拶くらいじゃ済まなそうだ。しっかりフードを被っていてくれよ」


 アルベール様の指示通り、私は布地ですっぽりと頭を覆い、絶対に誰にもバレないようにこそこそ道の端を歩く。幸い、視線の方は美人のアルベール様が惹きつけてくれる。地味な私の印象なんてこそこそしてればそんなに残るまい……。


 だけど、大体こういう時に人ってうまくいかないものだよね。


 通りを向こうからやって来た顔見知りの子たちが、すれ違う際に私と気付いてしまった。


「あれ……シーねえじゃない?」

「シーねえちゃん、かえってきたの⁉」

「バカッ、今こんなとこで声をかけたら。あ、ロロ……!」


 リオン、アミ、ロロの孤児三人組。

 さすがに最年長のリオンは私の様子に気付いていたのか、あえてここで声はかけてこなかったけど、そんなのまだ幼稚園を卒業したてくらいのロロには関係ない。

 背の高いアルベール様の姿が目印になったのか、その隣にいた私に飛びついて来た。


「シーねえちゃん、お帰りっ!」

(シーッ、ロロ、今は騒いじゃダメ!)

「えー、なんでぇ?」


 少女の甲高い声に気付き、途端に街を歩いていた人たちの視線が一斉にこちらへ。


「おい、今シーなんとかって聞こえたぞ。もしかして……」

「い、今王国新聞の聖女ランキングで大幅上昇中の紙の聖女シーリなのか⁉ おい、握手してもらおうぜ! ご加護があるかも!」

「ま、まずいんじゃないか……彼女の名前をこの街の売名に使ったって知れたら、女神様から罰が――」


 なんだか色んな感情の籠った歓声がわぁわぁと周囲を取り囲み、どんどん私の姿を確かめようと人垣が折り重なってくる。


「ごめ~ん、あたしが余計なこと言わなかったら……」

「話は後だ。姉さん、こっちの路地が空いてる!」

「こう言う時は……逃げるが一番だね!」


 リオンとアミが、素早く脇道を指示してくれ……。

 ほよんとした顔のロロを抱えると、すぐさまアルベール様が私の腕を取った。

 

「ああもうっ……アミ、リオン! また後で!」


 そこから先はとにかく教会兼孤児院までの道を全力ダッシュ。アルベール様に荷物を全部持ってもらったにせよ……そう体力のない私には、ロロを抱えてのマラソンはキツい。


 それでもなんとか、土地勘があったせいで観光客の追跡をふりきって、院へと続く見慣れた細道が見えて来た。


「はぁはぁ……聖女って、聖都以外じゃこんな扱いなんですね。甘く見てましたよ……」

「まあね。特に、国民にとっては力のある聖女ほど尊敬の対象になるから。君もこれから他の街へ行く時はある程度絡まれる覚悟はしておいた方がいいと思うよ」


 聖都では、白薔薇級くらいの聖女でないと早々注目を浴びることもないので、改めてその影響力の強さを思い知った気分。

 がっくりと疲れた私を見て、腕の中のロロがしょんぼりと謝った。


「シーねえちゃん。ごめんなさい、ロロ、あえてうれしかったから……」

「ううん、いいんだよ。私もこんなことになるとは思わなかったし。それより、また会えて嬉しい」

「うん!」  


 私がロロを抱え直すと、彼女はぎゅっと首に抱きついて来た。ふふ、この感触久しぶりだ。

 にしても……。


「へえ……ずいぶんと大きく建て替えたんだな。どうやら君の名前でよっぽど儲かったらしい」

「そんな……」


 言葉を失くす。見覚えがある街路樹をくぐり、柵で囲まれた敷地の前まで行くと……そこでは。


 教会の方はいい。年季の入った建物で、その方が威厳があるからなのか、別に前と変わったところは特にないから。問題は、孤児院の方。


 まえは鶏小屋みたいにぼろっちい木造家屋がぽつんと立っていただけだったところに……。

 どん――と見上げるほどの豪勢なお屋敷が出現しているではないか。こんなの、聖都の貴族だって住んでないぞ……どれだけ儲けたの⁉


 そしてそこで気付く。


「――街の方がどうも騒がしいと思ったが……聖都じゃずいぶんご活躍だったみたいじゃないか」


 扉の前に寄りかかり、ひとりの老女がニヤついた表情でこちらを眺めているのを。

 その顔を見て、私の頭は沸騰しそうな怒りに一瞬支配されかけたけど……。


「まあ、入んな」


 顎をくいっとしゃくって建物の中に入っていくその仕草と、前と変わらぬ彼女の後姿に……なんというか、敵わないなって感じがして思わず笑ってしまった。どうやら、老女のしたたかさはまだまだ健在みたい。それでよかったと思う私は、甘いのかな。


「……ただいま」


 私は小さく帰郷の挨拶を口ずさむと、合流してきたふたりを含む皆と一緒に豪邸の中に入っていった。建物は変わっても、皆が居ることで変わらないその雰囲気にどこかほっとしながら。


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