31・手掛かり
窓を開けると、やや熱く爽やかな風が吹き込んで来る。夏の到来だ。
「……大分暑くなってきたなぁ」
世界書の件からひと月が立ち、今は八月を少し過ぎたところ。
聖女服も夏使用に代わり、肩から手首にかけての生地がうっすらと透ける水色のシフォン生地になった。
窓際では、相変わらずアルベール様に貰った鉢植えが置いてある。
めでたいことになんとこの間ようやく花を咲かせたところだ。スズランのように連なった、白い花たちは見る度私の心を癒してくれる。
いつも通り水と聖力を与えてやると、心なしか元気になったように揺れ、私は口元をほころばせた。
そうそう、この花を見て思い出すのはアンジェリカに加担させられてしまったリナの件。
『――シーリさん……本当に色々とごめんなさい。私が愚かだったんです。あの後父にもすごく怒られたんです……子供に親のツケを払わせるような悲しい真似するんじゃないって』
彼女はあの後班を移動し、ペーレ室長の下で働くことになったみたい。
研究室では元々この白い花の生産に関わる人物を求めていたから、室長がお見舞いに来てくれた時、リナのこと相談してみたんだ。花の知識に聖女としての力を合わせ持つまさに打ってつけの人材だったから、すぐに採用が決まったみたい。
その後世界書の件で疲弊した私が数日間寝込む間に、お見舞いがてら謝罪しに来てくれて、無事感謝を伝え合うことができた。
彼女はお父さんと相談し、この花にティオというお母さんの名前を付けたんだって。
未来に向けて希望を残してくれた優しい聖女の花は……少しずつ平和になった王国にゆっくりと浸透してゆくことになるだろう。
そう――あの日を境に魔物は出現していない。世界書の黒ずみは消え、魔物の通る亀裂が全て塞がれたためだ。
それは本当に喜ぶべきことだけれど、同時に私たちはもうひとつの問題に向き合わねばならなくなった。あの日から、少しずつ世界書の存在が希薄になり始めた。
つまり、今日明日のことではないけれど……数年から数十年の先には、この世界は消えてしまう。
聖王国の人たちは、それを防ぐための方法を探そうと躍起になっており、ルイーゼ様やマール様、ミシェル班長なども会議などで日々忙しくしている様子。
マール様は記憶の奇跡で世界書から未来を見通そうと苦心しているみたいだが、未だうまくいった世界線の情報は引き出せていない様子だ。
でも、きっと私の信じる先輩たちなら皆をあっと驚く方法を見つけ、安心させてくれるに違いない。
それから……アンジェリカについては、聖女会を追放されたのち魔帝国に移されることになったと聞く。
“奪聖痕 (ディベスティア)”――奇跡の資質を持ちながら、悪しき心によりそれを濁らせてしまった者は魔女と呼ばれ、あちら側に引き渡すという取り決めが古来からなされているのだとか。
彼女がその力に目覚めたのは、私の黒い髪留めを手にしたせいなのかもしれない。でも、当の私は生まれてこの方ずっと身に付けていて何の異常も感じてない。
私のことはともかく……リナやポピアまでもを巻き込んで危害を加えようとしたことは許しがたいし、同情の余地はない。多少後味の悪さが残ろうと、仕方ないことだと割り切った。
それから……大事件が起こったせいで、例年順繰りで取るようになっていた休暇の時期も大きくずれ込んだ。魔物の出現がなくなり、聖女会の働き方自体も大きく変革を迎えるだろうし、今上層部はてんやわんやだ。
幸い私は下っ端だから、会の内情にも詳しくない。
あと数日もすれば自由の身で、二週間程度の休暇に入る。そこで、一度孤児院に顔を見せに行こうと思うんだ。
(ふふっ、リオンたち……元気にしてるかな?)
ここに来てから何度か手紙をやり取りしてるけど、皆新しい世話係のシスターのもと、元気にやっているみたい。もっとも、シスター・ラミニは相変わらずらしいけどね。
あの小さかったロロがたくさん練習して、お手紙を書いて寄越してくれた時は感動しちゃった。早くお土産に聖都で流行りのお菓子をたっくさん持って行ってあげたいね。
貧民街の再興計画も順調に進行中だ。
だけど……やはりあれ以来ラトラさんは姿を見せておらず、グループの皆も心配していた。しばらく旅に出て帰って来ないと伝えてはおいたけど……。
(あの時の続き――あれはどういう意味だったんだろう?)
化けていた白い魔女メナの言葉をルイーゼ様に伝えはしたけど、目立つ反応はなかった。
だけど、瞳には何かを期する光が宿っていた気がする。
メナは、あの時私が使った不思議な力についてもなにか知っていそうな様子だった。その辺りも含め、私自身の本来の目的も忘れないようにしないと――。
「シーリッ! そろそろ行こうよ! 王妃様たちをお祝いしてあげないと!」
後ろからぴょんと抱きついて来たポピアのおかげで意識が引き戻され、私はちょっと意地悪に言った。
「そんなこと言って、王宮で着替えさせてもらえるドレスの方が目当てなんでしょ」
「へへ、バレた?」
ポピアは舌をぺろりと出し、潔く認める。
窓から外を見下ろすと、丁度お城から迎えの馬車が到着したみたい。
粗相しないか心配だけど、お城なんてこんな機会を逃したらいつ行けるかわからない。せっかくの王妃様のお誘いなのだし、しっかり今後の人生経験の糧とさせていただこう。
「行こっか」
寮の扉を閉め、門の近くで留めてあった馬車へ赴くと……私たちはゴージャスな内装に驚きつつ仲良く乗り込んだ――。
◇
白亜の宮殿に降り立つと、そこは凄まじい吸引力で私の目を惹き付けた。
大聖殿を初めて見た時以上の衝撃に、しばし立ち尽くす。
「聖女シーリ様、ポピア様でございますね。王妃様より、おふたりには礼を尽くすよう言付かっております。ささ、こちらへどうぞ」
到着すると、丁寧な案内係の侍女たちから出迎えられ、煌びやかな衣装が立ち並ぶ一室に連れていかれる。
「ここにあるものはご自由に使いいただけるよう、仰せつかっております」
「うっそー、素敵ぃ! あー、こんなことならもっと早く呼んでもらえばよかった。ねえシーリ、色々着せてもらっちゃいましょうよ!」
「う、うん(本当に大丈夫かな……)」
絶叫しながら飛び跳ねて喜びを表すポピアを見ても、侍女たちは眉ひとつ動かさず微笑みを維持している、さすがプロ。
しかし私は衣装のことなど全然わからないし、こだわりってほどのものもなぁ……。さすがにすべてを見て回る時間もないし、侍女の方々やポピアのアドバイスを受けつつ、着るものを絞っていく。
「ポピア様はあの、チャップ服飾用品店のご息女であらせられるのですね。さすがに素晴らしい知識をお持ちで、うちの若い者にも見習わせたいくらいですわ」
「えへへ~、そんなに褒めないでくださいよぉ」
そんな会話を侍女長らしき人と交わしていたポピアはとっとと自分の分を決めてしまい、私が着けるものに注文をつけていく。オレンジ髪にサンライトイエローのドレスは中々にゴージャスで、細身かつ腰の位置が高い彼女のスタイルが栄えるなぁ。
一方私はというと、されるがまま。
「白い髪とは珍しい。このところどころ差すように入った黒髪もまた、よいアクセントになっていてお綺麗ですわ。では……ドレスの方はやや主張を抑えめにした方がよろしいかしら」
「ええ、でもお色が迷うんですよね。白ってなんでも合いますし。でも赤とかの派手な色より、落ち着いた感じの方がいいかな。青、紫……う~ん、黒はちょっと湿っぽい感じがして、今日の場にはそぐわないか。見送るとして……緑も穏やかさが出て悪くないかも」
もう、好きにしてちょうだい――試着室でとっかえひっかえされ、ポピアと侍女長の着せ替え人形になった私は糸目で過ごす。で、結局最終的にドレスはパープルのゴシックタイプに決まった。
「それと、可愛いアクセサリーも着けなきゃね。シーリはどれが好き?」
「あ、う~んと……。これ、付けたままじゃだめかな?」
アクセサリーに関しては普段あまりごてごてとつけないし、いつもと同じ方が気持ちが落ち着くかと思って、私はあの半欠け黒石の髪留めを指差す。
すると、ポピアも侍女長さんを顔を見合わせてくすり。
「ご本人がそうおっしゃるのでしたら」
「ですね。それに、この髪留め……地金の質はも悪くないし、そんな安物でもなさそう。大丈夫よ」
じゃあそれで、と私は頷き……他にもシンプルなダイヤのネックレスと、指輪を身に付けた。王室のものだし、うっかり持ち帰ったり紛失しないよう注意しないと。
短い時間で手際よく仕立ててくれた侍女の皆さんにお礼をいうと、私たちは祝賀会の会場となるホールへ急ぐ。
(おおぅ、これは紛うことなき異世界……)
そこには、すでに百人は越えようかという雅な方々がお集まりになっていた。
扉から一歩入った私たちは、その煌びやかさに目が眩む。
聖女様方が住む大聖殿も大概だけど……あそことはまた違った格式の高さ。誰もが一部の隙もない身なりで、息が詰まっちゃう。
「うわぁ、場違いだね。あたしたち」
「うん……」
「――お。来たね本日の主賓たち」
「――待ちかねたぞ、シーリ!」
しばしぼんやりと突っ立ったまま挙動不審でいた私たちにいち早く気付いてくれたのが、広間の入り口近くに陣取っていたアルベール様と、デュリス殿下だった。
別々の方向からゆったりと近づいてくるふたり――その交差する地点に一気に注目が集まり、視線を浴びた私たちは身を固くする。
そして当のふたりはなんと、合流するなりお互いを威嚇し始めた。
「なんだアルベール。シーリには声をかけたのはオレだぞ。用があるなら黙って待つのが筋ではないか」
「先に声をかけたのはこっちだよ。それに僕も母上から彼女のエスコート役を仰せつかったとあっては譲れないね。君も国王の後継者……ここは聖王国の模範として寛大な姿勢を周りに見せてはどうかな?」
あの一件があったことで和解したはずのふたりだけど……。
うーん、アルベール様が以前より遠慮なく接するようになった分、険悪さが増したような気がしないでもない。
だが、大勢の人目を気にしたか……最終的には兄の方が大人しく引きさがった。
「ま、せっかくの祝賀会を台無しにはできない。僕はポピア嬢をエスコートさせていただくよ」
「ちっ……無駄に張り合わず最初からそうしておけ。ほらシーリ、近う寄れ」
大人の対応を見せたアルベール様に先を譲られ、私はデュリス殿下のまだ細い腕に手を預ける。
さすが次期国王と言うか……先日の件で精神的に成長したのだろう、殿下は幼いながらにしっかりと周囲の視線を受け止めている。まだ私より頭半分小さいけど、すぐに背丈も、手の大きさも追い越されてしまうんだろうな。
「で、どうだ? 最近は魔物もいなくなったし、聖女としての仕事も減ったであろう。こほん……お、お前さえよければ、空いた時間で城の方を案内してやらんでもないが」
「いえいえ。それがですね……これまで魔物の対処に人手が取られていた分、他のお仕事が滞っちゃって。しばらくは暇にはなりそうにないんですよ」
「そ、そうか……なら仕方ない。またオレの方から大聖殿に出向いてやる」
脅威が去っても、民間にはまだまだ聖女の手を必要とする人達がいる。
長い休みの後は、また働き詰めの日々に戻りそうだと伝えると、殿下はやや顔を曇らせた。さすがに王妃様の命が助かった今、大聖殿で見かけることはもうないだろうけど、社交辞令でもそんな風に言ってもらえると嬉しい。
「ずいぶんと若い聖女たちですが、どなたでしたかしら……?」
「おや、ご存じないのかね。彼女らは見習いながらも王妃を救うのに一役買った誉れある聖女たちだよ。しかも、白い髪の方は、半年も経たぬうちにすでに黄雛菊の称号を与えられた今一番の出世株。顔を売っておくなら今だろうな」
「ふうん……殿下の覚えもめでたいようで、羨ましいことねぇ」
(なんか、土地や株みたいな扱いでやだな……)
真っ直ぐ伸びる赤絨毯を進みながら聞こえるそんな声に、私は小さく身を縮める。
それでも、奥ではにこやかに王妃様と、国王様と思しき方がお待ちになっている。なるべく恥ずかしくないよう胸を張り、殿下の隣を歩いていった。
やがて、後数歩でこの聖王国が誇る王族たちの下に辿り着こうという時。
(あ~っ……そういえば、ご挨拶の内容とか、何も考えてなかった‼)
色々と目まぐるしい日々を送っていたせいで、頭がパンクしてそこまで気が回っていなかった。
ど、どうしよう、こんなセレブリティ溢れる人たちへの挨拶なんて即興じゃ思いつかない……そんな後悔を抱く間に、彼女たちは目の前に迫っていて。
「ほっ、本日は――私どもを王妃様快復の宴にお招きいただき、まこと感謝の念に堪えません! そのご威光を浴すことができ、子孫代々宝にして語り継ぎたく存じます~っ! はは~っ!」
そこで混乱する頭から出てきたのが、そんな大袈裟な挨拶で。
多分誇張された前世の物語知識とか、聖女教育とかが色々入り混じったのだと思う。私はおふたりの前にがばっと跪き、室内がシーンと静まり返る。
こ……これは大失敗なのでは――?
背中に変な汗を掻き、赤くなった顔を中々あげられずにいた私の頭の上から降り注いだのは……。
まるで少女のように朗らかな笑い声だった。
「うふふふふ……そんなに畏まらなくたって。立ってちょうだい、聖女シーリ」
なんと王妃様は、悪感情の無い純粋な笑みのまま近づくと、御自ら私の手を取ってくださった。
その後、私よりもずっとそつなくこなしたポピアの挨拶を受け取り、彼女は嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「よく来てくれました、私の命を救ってくれた新たな聖女たちよ。私こそ、あなたたちが身を粉にして奔走してくれたことを、大いに感謝させていただかなければね。さあ、私たちの隣に……ここに来た皆さんも、その役目を担ったのがどんな素晴らしい聖女たちか、楽しみでここに来たのだから」
「うむうむ、その通りじゃ。新たに国を背負うに足るそなたたちの姿を、よく皆の者にみせてやってくれい」
デュリス殿下の父とは思えない恰幅の良い国王陛下も、優しく私たちを来場者に紹介してくれる。
世界書が壊れかけていた件についてはもちろん秘密だし……この国を背負うだなんておこがましいにも程があるけど……。
今回こうして私たちが来ているのは忙しいルイーゼ様たちの名代でもあるのだ。聖女会の代表として、そのお言葉はありがたく受け取っておかなければ。
皆さんに小さく手を振ると「素晴らしい働きでしたね!」「よくやった!」とお褒めの言葉をたくさんいただけた。
他にも二、三挨拶の言葉があり、華やかな音楽と共に宴が始まる――。
◇
私たちはそのまま軽い食事をいただきながら、しばらくの間聖王国中から馳せ参じた大勢の臣下から祝いの言葉を受ける国王夫妻の姿を見守っていた。揺るがぬ権力のおかげもあるのだろうけど、やはり彼らの人望はとても篤い様子。回復した王妃の顔を見て思わず涙ぐんでしまう人も多くいた。
「すごい人気ですね、王妃様ったら」
「そうだろう。母上は聖女時代に精力的に聖王国の街々を回り、多くの人々を助けたのだ。不治の病で死にかけた患者の時を止め、遠く離れた異国の医者の元へと連れて行ったり……聖力を利用して民を虐げた悪党どもをひとりで懲らしめたり。封印の聖女といえば、十数年前はどこの街でも名前が知られていたんだぞ」
「よく知ってるじゃないか。その頃デュリスはまだ生まれていなかっただろうに」
「う、うるさいな。城の者が話しているのを聞いたのだ」
アルベール様の温かい視線に、デュリス殿下は頬を赤くしへそを曲げた。きっと、王妃様のことが大好きで、小さい頃城の人たちに話をせがんで回ったんだろうなぁ。想像すると微笑ましい限り。
「お前こそ、任務終わりは決まって大聖殿に向かっていたと聞いたぞ。どうせいい年こいて、母上が恋しくて顔を見に行っていたんだろう?」
「まあ、心配だったことは否定はしないけどね……。デュリスこそ、王宮を抜け出しては母上の下で泣きに行ってただろ? 僕がどれだけ陛下に頼まれて城を抜け出したお前を迎えに行かされたか……」
「だ、黙れ! 泣いたことなどないっ!」
「それぐらいにしておきなさい。女の子たちが呆れているわよ」
そこで、来賓の相手が終わったのか、暇さえあれば言い合いになるふたりを王妃様が窘める。気まずそうに黙り込むふたりに苦笑しつつ、私たちはもう一度本心からのお祝いの言葉を述べた。
「こたびのご招待、光栄に存じます。王妃様が元気になってくださったことで、私たちも未来に希望が持てました。またぜひおふたりとも、大聖殿にお越しになってください。聖女皆が、そのお姿を一目拝見したいと心待ちにしていますから」
するとふたりはにっこりと頷き合い、そして……聞き捨てならない未公開情報を明かしてくれる。
「もちろんよ。そうそう……聖女会全体にも今後手厚く報いることになったから。……そしてこれは内々の話になるけれど、あなたたちの昇級をルイーゼに推薦しておいたわ。多分あの子も断ることはしないでしょう」
「「えぇっ⁉」」
それは初耳。
ということは……聖女としての階級がポピアは黄雛菊に、私は紅牡丹に上がってしまうということ⁉
まだ聖女会に入会して一年も経っていないのに――それはもはや中堅の仲間入りでは。
「今後成長株として、一際大きな注目を浴びることになるでしょうから、頑張ってちょうだい」
「「は、はいぃ……」」
急ぎ過ぎだと断りたいところだけど、王妃様からのお達しとなればそうもいかない。私たちは、精進しますと半笑いでありがたくお受けするしかなかった。
「父上。では、あの件を……」
そこでデュリス殿下が爪先立ちになり、父である国王様にごにょっと囁きかける。王様はなんだか意地の悪そうな顔で何度も頷くと、殿下とアルベール様を交互に見た。
「ほう、息子たちにも春がのう――いやともかく、先程の昇級は国からの褒賞じゃ。妻を助けてもらった個人的な礼として、そなたらの願いをひとつ聞こうではないか。叶えられるかどうかはものによろうがな」
「「あ、ありがたく存じます!」」
そういえば、デュリス殿下からそういう話をされていたっけ。うーん、召使いにされるのもヤだけど……国王様自らに願い事を聞かれるというのも相当なプレッシャー……。
ポピアの方をちらりと見ると、彼女は眉を下げてこう囁いた。
(あたしは大して活躍してないし、下手にお金とかいただいてもなんだしね。後で王宮御用達のスイーツでも頂いて皆と食べよっかなと思ってる。シーリは後悔の無いようにしなよ、その権利があるもん)
彼女が勧めてくれたように、願いたいことはすでに決まってる。
本当に私にとっては大事なことなので、ここはその言葉に甘え、胸を張って伝えさせてもらった。
「実は私……お恥ずかしいのですが、親が何者なのか全く知らなくて。そのことについて……もしできるなら出自を辿る手助けをして頂けたらと」
「ふむ、なるほどのう……」
国王様は余程寛容な人物なのか、そのことを聞いても気分を害した様子はない。大きく頷くと、驚きの発言を言葉にする。
「よし決めた! では……この件の責任者を騎士団長アルベール、そなたに任せることとする! 見事、聖女シーリの親を探し当てて見せるがよい!」
「――――! 畏まりました!」
えっ……それはなんだかすごく申し訳ないような。
でも、ようやく私のお守りから解放されることになるはずだったアルベール様は、なんだかニコニコしているし。
そしてどうしてか、その決定にデュリス殿下が強く食って掛かった。
「ち、父上! それはちょっとズル――」
「なんじゃデュリス、わしの決定に文句があるというのか? そういえば、貴様はこのところ次期国王としての教育にも身を入れずに城を抜け出してばかりおったそうじゃなぁ。教師たちがひどく嘆いておったぞ。さあ、願いは聞いてやった……明日から、いや今からでも存分に後れを取り戻すがいい!」
「ち、父上ぇ~!」
なんと国王はデュリス殿下の首根っこをひっつかむと、そのまま広間を後にしてしまう。
なんだか……ちょっとかわいそうな気もするけど、責任ある立場になるんだから、ここは気合を入れ直してもらわないとね。
アルベール様が、私の肩をぽんと叩いた。
「それじゃシーリ、改めてよろしく。魔物たちがいなくなったことで、僕ら聖騎士も手空きが増えた。情報集めを手伝うから、調べて欲しいことがあったら遠慮なく申し出てくれ」
「助かります。それでなんですが……」
どうやら、彼との関係はもうしばらく続くこととなりそうだ。頼りになるこの人と一緒に行動できるのはとても心強い。
そこで私は、今日はいつもより少し高い位置に取りつけてあった黒石の髪留めを外すと、手のひらに乗せた。
「これについて、ご存じな方はいないかと思って。唯一私があの施設に預けられた時から身に付けているものなんです」
物言わぬままシャンデリアの光を吸い込む黒い石……それを見た王妃様とアルベール様は思い思いの感想を述べる。
「少しいびつな形をしているね。どこかで欠け落ちたような……」
「この聖王国ではあまり見ない石に思えるけれど……」
そこで唐突に、私はある言葉を思い出す。
「あ、そうだ。ダスクムーンという名に聞き覚えは?」
メナがあの時、髪留めを差して言った言葉。
それを聞いた王妃様が一瞬顔を強張らせ――そこで、広間に続く扉から、兵士の報告が届く。
「お楽しみのところ失礼いたします! 賓客の方々が訪れました、お通ししてよろしいでしょうか⁉」
「そうだったわね。つい、時間が経つのを忘れてしまって――通してちょうだい」
王妃様の許可が下り、兵士は一礼すると扉を大きく開ける。
軽快なトランペットの音が皆の注目を集め、真紅の絨毯に靴を埋めながらふたりの人物が歩み寄る。
「…………」
それを見た私は、しばし、考えることを止めた。
先に口を開いたのは、漆黒の桂冠を頭に乗せた壮年の女性。
物静かな佇まいながら、強烈な威圧感を備えている。
そして、もうひとりは……彼女とよく似た雰囲気で黒髪の、鋭いまなざしをした陰のある男性。
そのふたりは、迷いない足取りで真っ直ぐ王妃様の前に進み出ると、こう述べた。
「聖王国に招かれている以上、礼儀は尽くさねばと思ってな。この度の快癒、誠にめでたく思う。当国の代表として祝わせて欲しい……ティリシャ王妃よ」
「主君に倣い、私からもお祝い申し上げます」
「ええ、ありがとう、魔女帝ヴァシリーサ殿。それに、魔帝国軍団長ラエル殿」
国賓たる彼らを笑顔で出迎える王妃様――間違いなく粗相があってはならない場面のはず、なのに。
「――⁉ どうしたのシーリ」
「…………え」
そこでポピアが微かに驚きの声を上げ、周りの視線がこちらへと向く。
無理もない。
なにせ――私の両目からは意識もしないのに、とめどなく涙が溢れていて。
(……止まらない。どうして)
次から次へと頬を滑り落ちる涙をどうにかしなければと思いながら。
私の瞳は、ひとところに惹き付けられてしまう。
魔女帝ではなく……その脇に控え、不思議そうな顔をした男性の方に。
『きみは――』
彼が、一瞬軽く目を見開くと同時に、口の形がそう動いた。
温かく穏やかで、優しく心の扉をノックするような。
陽だまりに包まれて目が覚めたような、この感情はきっと……大切な人と再び会えた、喜び――。
そう確信し、私は一歩踏み出すと、問うた。
「あなたは、私を知っていますか?」
その答えは――。
【~後編へ続く~】
ここまで前編16万字程度、貴重なお時間を割いてお読みいただきありがとうございました。
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より多くの読者様に呼んでいただくには必要不可欠で、こちらの努力ではどうにもならないことですので、ご理解の上ご協力いただけると幸いです。




