表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
前編・聖王国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/66

◇幕間 不徳な侯爵一家の末路(アンジェリカ、ジーレット侯爵視点他)

◇(アンジェリカ視点)


(息苦しい……)


 光源は、壁に掛けられた台の上の蝋燭だけ。三方が重苦しい石の壁に囲まれ……そして前方は、一本が私の手首ほどもあろうかという太い鉄格子で遮られている。


 聖王国、王宮の地下牢――重罪人用の牢獄で。


(私は……こんなところで何をさせられているの)


 私、アンジェリカ・ジーレットはかさついた唇から息を吐くと、ぼんやりと虚空を見つめた。

 腕には、罪を侵した聖女用の手枷が嵌められ、聖力を振るうことも叶わない。


 もう、三日以上もなにも口にしていない……。

 食事は提供されたものの……こんな不衛生的なところでの、虫の入ったような食事を口にするのなんて、侯爵令嬢として耐えられない。あんなものを食べるなら、死んだ方がまし。


 でも……待っていればもうすぐ我が父――ジーレット侯爵が必ず助けに来てくれるはず。

 なぜならば……私は彼にとって代用の効かない聖女の娘、玉座を掴み取るための大切な駒。

 失えば、目論んだ計画が大きく後退する……。


(そうよね、そのはずよ……。ああ、嫌。こんな汚い場所、すぐに出たい! 昨日は蜘蛛に、ネズミも出たわ、病気になる。早く屋敷に帰ってメイドに身を清めさせ、ちゃんとした食事をするの。お気に入りのキャビアチーズカナッペと新鮮なサラダをいただき、ゆっくりお茶を飲んだら一休みして。後々聖騎士たちの口封じも必要だけど、お父様に任せましょう。事態が落ち着いたら、聖女会に――っ!)


 脳裏にあの時のシーリ・アンテノアの顔が浮かび、たとえようのない恐怖が私を襲った。上擦った声を上げ、肩を抱え込む。


 あの力……あれはなんだったの。あの時の星も見えない夜空のような瞳が、頭から離れない。

 あれでは聖女ではなくて、まるで――魔物。


(もう……あいつとは会いたくない。怖い……)


 指先が、服の上から肩口に刻まれた傷痕に触れる。そこからは今も、じくじくとした痛みとともに、あいつに対する憎しみが渦巻いているのに。

 身体も心も、やつに対して完全に屈してしまった。あんな化け物が、どうして私の前に、落とし穴のように存在していたの――。


 カツン――。


「――ひっ⁉」


 固い金属靴の足音がし、それだけで私は取り乱した。

 しかしやがて、使者が来たその理由に思い当たる。


(……あ、もしかして⁉)


 微かな希望の光が目に灯った。降りてきたのは数人の王国兵だが、その手には食事の器や私を痛めつける道具などは持っている気配がない。


 ならばきっと……。いや、絶対に父の命で私を解放しに来たに違いない……!


「ようやくね、すぐにここから出してちょうだい! もうこんな汚いところは懲り懲りよ!」


 私は待ちきれずにその場から跳ね起き、鉄格子に掴まって叫ぶ。

 騎士は無言で追い払うように手を振ると扉から離れさせ、鍵を回した。


「出ろ」

「……ちっ、偉そうに。まあいいわ。――痛っ、何するのよ!」


 騎士は、私が牢屋から出るとさっさと歩けとばかりに剣の柄で尻を叩く。

 こいつら……侯爵令嬢である私になんて無礼を……この仕返しは、後で絶対にしてやる。


 王宮の地下牢から上がると私を迎えたのは、数日ぶりの陽光だ。わずかに生き返った心地になるものの、服装は三日前の汚れた聖女服のまま。こんな姿で衆目の姿に触れるなんて……。


「おお……。あれが、聖女でありながら悪しき力に身を任せた――」

「なんと汚らわしい。呪われたら困るわ、近づかないようにしましょ」


 悔しい、着替えたい……。

 城で働く貴族や使用人の目が、遠慮なく私を刺す。嫌悪、侮蔑、中傷。あらゆる人の悪感情が、私の身体に照射されているように思えた。


 ああ、あんなことさえなければ……数年後にはこいつらも皆、私の顔色を窺わねば生きていけないようになっていたはず。


 こんな屈辱は初めてだ。私は顔を俯け恥で顔面を塗りつぶしながら騎士の後ろをただ歩く。そして辿り着いたのは、王宮の門前に止まるひとつの馬車。


 私は、ぽかんと口を開けた。

 その馬車には、あるべきものが付いていなかったから。


「……迎えは? 父が手を回して釈放の手続きをしてくれたんでしょう? うちの馬車はどこ?」


 ジーレット家の家紋を付けた馬車は、見当たらない。

 代わりにそこで待っていたのは、物々しい黒い馬車と数名の黒甲冑の騎士だ。


 彼らは、明らかにこの国の者たちではない。

 おそらくその装いからして、隣国の魔帝国に使える者たちではないか……?


 こんなやつらと引き合わせられ戸惑う私に、聖王国の騎士は言った。


「何を言う、貴様はこれから魔帝国送りにされるのだぞ? 奪聖痕を身に受けた穢れし聖女など、この国においておけるはずがないがないだろう」

「なんですって――⁉」


 身体中の血液が、一気に氷結した気がした。ドッ、ドッと心臓の音がうるさく迫って来て、汗が体中からダラダラと吹きだす。


「そ……そんなはず! そんなことが許されるものですか! 私はこの聖王国が誇るあの、ジーレット侯爵の娘なのよ! しかも今後金盞花の乙女になることが決まっていた才あるこの私を⁉ ふざけるな!」


 手枷を揺らし、歯を剥き出しにして抗議するも、無情にも騎士は私の背中を強く剣の柄で向こうへと押し出した。


「……言わないでいてやろうかと思ったが……反省のないお前の態度を見て気が変わった。お前の父親の侯爵様はなぁ、もうすでにこの国から逃げ出してるんだよ! 何か大きく国に叛く行いをして、追及する前にとんずらをこいたそうだ。そういうわけだから、恨むのなら今まで好き放題やってきた自分たちを恨むんだな」

「…………え。な、なにを言うの? そんな、バカなっ……。――きゃぁ⁉ 痛い、何するのよ!」


 王国騎士の言葉は到底私には理解できない。だが、ひとりの黒い騎士に髪をぐっと掴み引き寄せられた。

 やつらは抵抗できない私を、馬車の後部についてあった鉄檻の中に、まるで家畜のように無理やり詰め込むと鍵をかける。


「――では、この女は当国に連れて行く。引き渡しご苦労だった」

「ああ。鼻もちならない女だ、しかと世間の厳しさを教えてやってくれ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! こんなの……非人道的すぎるわ! 私はこの聖王国の誉れある貴族のひとりで……」

「黙れ!」

「きゃぁっ!」


 バチンと鉄格子に鞭が叩きつけられ、ひっくり返る。

 そんな無様な私に兜の隙間から瞳をぎらつかせ、黒騎士は言った。


「もう貴様は、貴族どころか……この国の人間ではない。我が魔帝国の所有物となったのだ。くくく……その濁った魂の力、我々の国で存分に振るうがいいぞ。まあ、国の道具、奴隷としてだがな……ははははは」

「い、嫌よ……いや! いやぁぁぁっ! 誰か助けて!」


 絶叫しながら懇願する。しかし誰もが目を背けた。

 馬車はその内進み出し、まるで晒しもののように聖都の大通りの人波を分けてゆく。


 事前にお触れでもあったか、まるでおぞましいものでも見るかのように、人々は私を運ぶ馬車から距離を取った。迷信深い家庭の窓が閉められる。


「……ど、どうして私が、こんな目に遭わなければならないの。どうして……」


 ぼろぼろと両目から絶望の涙が溢れ、服を汚した。

 誰もそんな質問に答えるどころか、私を蔑みの目で見るばかり。その中にはかつて私に遜っていた者たちもいたというのに……。


 やがて……通りの終点、聖都の門を潜ると黒騎士は告げた。


「お前はもう二度とここに戻ることもないだろう。見納めの故郷の景色を、後悔の無いようによく目に焼き付けておくんだな、元侯爵令嬢殿」

「……あ、あぁぁ」


 鉄格子の隙間からぐっと手を伸ばす。

 数百年の歴史を誇る白壁に囲まれたあの街が……大聖殿と王宮を擁すこの国の頂の地が、二度と手の届かぬところに行ってしまう。


 たまらず私は泣き叫んだ。


「ごめんなさい! 私が悪かったの……傲慢だった! もう誰も虐げたり、踏みつけにしたりしないわ……約束する! 贅沢もしないし、お金も要らない! 何もいらないから……。だから私を、あの場所に戻してぇぇっ――‼」


 馬車の檻の中で私は泣き伏したまま、額を血が出るまで床にこすりつけ、神様に何度もお願いした。


 けれど……涙が枯れるまで出し切ろうと、その望みが届くことはなく……。




◇(ジーレット侯爵視点)

 

 ここは、聖王国の東に伸びる街道。先は国境を越え、魔帝国と通じる。

 その道を駆ける数台の車列の先頭。一際豪華な馬車の中で、ひたすら苦汁を噛み締める我が名は――。


「……まさか、こんなことになるとはな」


 ベレニュス・ジーレット。いくつかの計算違いにより、国を左右する重要な立場から急転直下追われた男だ。私の頭には、ここ数日での出来事――人生で一二を争うほどの凶事の数々が、何度も繰り返されていた。



 ――その主たる原因となったのは、娘アンジェリカの失態。


 やつは……聖女の討伐業務中の混乱に乗じて邪魔者を蹴落とそうとし、完全に失敗。のみならず、ある禁忌まで侵した。


 魔女堕ち……。強い憎しみ、恨みなどを抱いた聖女が何らかのきっかけで奇跡の力を邪なものへと変質させ、消しようのない痕を肩口に刻まれる。国内でも、過去に数件その事例は発生し、そうなった者は例外なく聖王国から魔帝国に引き渡されている……奴隷として、だ。


 目撃者を始末できれば、まだ揉み消せる可能性はあった。

 だが、その相手があの……王家とも関わりのある聖騎士団団長とくれば、どうしようもない。


 結果アンジェリカはのみならず、大いに我がジーレット家の権威を損なうはめになった。アンジェリカも、その罪を問われ魔帝国に送り出されたことだろう。


『娘でありながら私の足を引っ張りおって……あの、役立たずがっ! だが、私が生きていれば、まだ勝機はある。再び計画を練り直し、必ずや……この国の玉座を掴んでやる!』


 数十の娘候補たちの中から何年間も手塩にかけて教育し、聖女の力まで受け継いだ娘だ。

 惜しくはあったが……壊れた道具には回収する価値もない。


 拘留中のアンジェリカを見捨てて別邸に移り……聖女会を牛耳る計画の再構築をし始めた私だったが……。しかしあの聖騎士達はそこまで嗅ぎ付けて来おった。王宮法務部の出頭要請まで携えて。


『ベレニュス・ジーレット殿! あなたに、魔帝国の重犯罪者との関りが嫌疑されております。どうか姿を現し、大人しく拘束されていただきたい‼』

『くっ……⁉』


 メナ――裏仕事を手伝わせていたあの魔女崩れから、不都合な事実が露見したようだ。

 やつらとの繋がり――そして聖女会の現上層部を追いやり、ヴィーナを大聖女にさせるため仕掛けさせた、世界を蝕む魔道具のことなど……。


 仕方なく私は、逃走用の魔道具を使って別荘付近の抜け道から脱出。

 その後非常時のために作った裏拠点のひとつから持てるだけの財宝を持ち、敗北感を抱えたまま東へと発つこととなった――。




 それからもう数日が経つが……。 


「……くそっ‼ こんなところで終われるものか!」


 怒りは砂粒ほども収まらない。何度考えても納得がいかず、私は膝に拳を叩きつけて激昂する。


 今頃では、聖都で大きな騒ぎとなっているだろう……二度と祖国には戻れまい。

 

 先祖代々の領地から、成り上がることで築いた膨大な財貨まで抑えられ……私の名は国家に叛いた大反逆者として指名手配されたはず。ジーレットの家名は地に堕ちた。


 こうなれば……もう取れる手段はひとつ。魔帝国へと逃亡し、そこで再起を図る。

 残り僅かな財を使ってなんとしてでもあちらの権力者に取り入り、そこからまたのし上がってやる……。


(ああ……またワインの代わりに靴を舐め、犬のように媚びへつらう日々が始まるのか。いや、それでも構わん。庶民のように慎ましく、今ある金で平凡な余生を送るなど、まっぴらだ! 世の中の凡俗な愚民どもめ、待っていろ。このベレニュス、ジーレットが再び歴史の表舞台に姿を現す時を……!)


 私は自らを信じている。一時は沈もうと、また必ず成功し高みへ浮上する選ばれたし者なのだと。

 魔帝国の国境が近づいた。聖王国のそれとは違い、おどろおどろしい様相で近づく者を威圧する、不気味な門。


 だが私は躊躇わず馬車を進めさせ、一通の書状を持たせた配下を警備兵の元へやる。

 あれは密書。門はすんなりと開き、私は賓客扱いで帝国内へと迎えられる。


「――ぎゃあぁぁぁっ!」

「ぬ⁉」


 そのはず、だった。

 配下の絶叫に、私の身体の血が激しく巡る。今のは誰かに……身体を切り裂かれたような――。


「やつらを殺せ! 我が国の痴れ者と結託した重罪人だ!」

「ヒッ⁉」


 ガッガッとたちまち連続して馬車に矢が突き立ち、私は馬車内から転がり出ると叫ぶ。


「ご、誤解だぁっ! 私はこの国の重鎮セラン・グレイル卿の友だぞ! 矢を撃たれる謂われはない! 貴様ら、後でどんな処罰が下るか――」

「バカめ! そのグレイル卿から、貴様のような輩が現れたら問答無用で処分せよと命を受けだのだ。覚悟せよ!」

「ふ……ふざけるなぁっ!」


 何かの間違い――何かの間違いだっ。

 私は死に物狂いで無事だった馬の綱を切り、跨ると逃亡する。


 連れて来た配下たちが、次々に恨み言を言いながら倒れるが……知ったことか、自分の命くらい自分でなんとかしろ‼


「……こんな、バカげた話があってたまるものかぁぁっ!」


 とにかく――逃げた。逃げに逃げ、逃げ続けて数時間。倒れた馬を置き去りに崖を滑り降り、川を渡って、イノシシに尻を突かれながらも茂みを右往左往し――。


「ハ、ハハッ。どうだ、やってやったぞ、クズどもめ……ハァ、ハァ」


 ついに……奇跡的に帝国騎士の追撃を振り切ってやった!


 どこかも分からない薄暗い森の奥。ぼろぼろの姿で私は地面に倒れ込み、大きく胸を上下させた。

 もう動けない。喉も乾き、腹も減って死にそうだ。こんな感覚は、生まれてから一、二度しか味わったことがない。


「とりあえず、水だ。今は生き延びることだけを考えろ……」


 生存本能に従い木の幹を支えにふらふらと立ち上がると、私は周囲を探索しようとする。再び追手が掛かるまでに、どこかの街で姿を変え身を隠さねば。


「アハッ、しぶといなぁ。よく逃げおおせたものだ」

「――だ、誰だッ!」


 女の声に振り向く。

 先程までの疲れも忘れて身体の汗が一気に冷え、寒気すら感じる。声の主が、木陰の裏から忽然と現れた。


「君も私も、生き汚いという点では似ているね。聖王国ではどうも。色々と世話になった」

「……魔女が」


 三角帽子を頭に乗せた、白髪白瞳のはぐれ魔女メナ。

 本来魔帝国の中枢にいる正規の魔女たちとは違う……グレイル卿から借り受けたあぶれ者。彼女は私に従い、後ろ暗い仕事をいくつもこなしてみせたが……今になって。


 いや、まだ交渉の余地はある……!


「グレイル卿に、私と手を切るよう進言したのはお前だな。……た、頼む! い、今からでも遅くはない。私を魔帝国に迎え入れるよう口利きしてくれ! 私は聖王国の重要な情報をいくつも知っている。あちらを出し抜くには、またとない人材だろう!」


 恥もプライドもかなぐり捨て、地面を額で叩く。私にはまだ利用価値がある……そのことさえアピールできれば、この場はやりすごせる。


「ふふっ……どんな窮地に陥ろうと諦めないその精神はご立派。時が時ならば英雄にすらなれていたのかもね」

「おぉ……では! 魔帝国のために働かせてもらえるな⁉」


 メナの手がこちらに伸ばされた。それが私には天から伸びた助けの糸に見える。

 これを掴めば、再起への道が待っている……!


 だが――。


「ぐはっ……何を!」


 それは寸前で引き戻され。私の身体は乱暴に後ろへ蹴りとばされた。


「う、ふふふふ。残念ながら、君の役目はもう終わり。逆だったんだ……私をうまく使っていたようで、利用されていた」

「な、なんだと……⁉」


 手のひらをくるくると返し蔑むメナに、視界が怒りで赤く染まる。


「必要だったんだ。聖王国で強い野心を抱き、背信すら躊躇わない人間が。すまなかったね……でもいいでしょう? どうせきっと数年もすれば、君の名前を知っている者なんで、いなくなるんだし」

「き、貴様ァ――!」


 怒りのまま殴りかかろうとした私の行動は……生存本能によって中断された。

 近くに馬蹄の奏でる響きが押し寄せて来たからだ。私は急いで背中を向ける。

 

 最後にちらりと見えたのはメナの残酷さと無邪気さが共存する、子どものような笑み。


「さようなら。ただの、ベレニュス・ジーレットさん」

「――がっ」


 ――背中に、いくつもの矢が突き立つ。

 私は前に倒れる。視界が霞み……温かいものが身体から流れ出してゆく。死の気配が……すぐそこに。


「ま、そう悲しむこともない。人生なんて一夜の夢。遠からず、多くの人が同じ末路を辿ることになるから」

(……私は、選ばれた者ではなかったのか)


 ああ……まだ、終わりたく、ない。

 人生はまだ何ひとつ、私を満足させてくれて……いな――。




 聖王国を牛耳ろうとしたジーレット侯爵の最期からしばらくして――怪しげな黒い尖り帽を被った一団がその場に出揃う。


 その中で、ただふたり……黒ではなく濃紺と濃赤の衣装を身に纏った者たちが、部下にジーレット侯爵の亡骸を袋に詰めるよう命じ、また、メナの前に進み出た。


「お遊びはお済になりましたか。我が君」

「ご命令通り、セラン以下、魔帝国に所属する貴族の七割を掌握いたしました。いつでもあなた様の意のままに動くことでしょう」

「はぁ……君らもご苦労なことだ。魔帝国が誇りし双魔の賢女が反逆を――元々帝国民でない私を帝に据えるなんて馬鹿げたことを容認せざるを負えないとはね……」

「この男の生のように、世はままならぬもの。そうだな、エクレ」

「ええ、トルテ。だからこそ絵空事を叶えたくば、思いつく限りのものを捨てなければ……。仲間、誇り、主君……時には我が身さえも」

「…………そうだね。そんな世界を私も嫌うよ――」


 侯爵の亡骸をしばし見つめると、メナは木々の隙間に覗く夕空を目にした。特に異変もなく、いつも通りの穏やかな風景。


「王妃は救われ、世界は虚無による終わりを免れた。見事だったよシーリ。でもその先が果たして思うような未来に繋がるのかは、もう誰にもわからない」


 森の風にたなびいた彼女の髪の隙間から、完全な真円を描く黒石が覗いた。


「全ての人にとって、未来とは幸せの地続きの上にあるわけじゃない。あとわずかで、君たちはそれを思い知ることになるだろう」


 双魔の賢女と呼ばれしふたりが、分厚いコートのそれぞれ片側を持つと、彼女の肩に被せる。

 その背に描かれしもの――国旗にも掲げられる栄えある魔帝国の印――夜闇の月(ダスクムーン)


「今宵我らは、魔女帝不在の隙に都を制圧し魔帝国を掌握する。征くぞ」

「――ハッ」


 真紅の布地に黒月を背負ったメナは、紫のハードカバーから、一枚のページを破り捨てると宙へ投げ捨てた。その場にいた魔女たちの身体が浮かび、メナを先頭にしてある方角へと向かい始める。


 その先にあるのは――夕焼けをくっきりと切り取ったような、黒い居城のシルエット。

 時が経つと共に、その元に帝国全土からも、多くの魔女と兵士が集っていった。



 その後時は流れ……ある日、魔帝国で起きた大異変が聖王国のみならず、世界をも揺るがすこととなる――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ