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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
前編・聖王国編

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29・王妃の危機

 行きは三日の日程を一日と少しに切り詰め、なんとか私たちが聖都に到着したのは、翌日の日暮れ頃。


 道中、ずっとアルベール様は視線を落としほとんど喋らなかった……。

 見かねた私がその手の甲に自分のものを重ねると、ひどく冷たく――彼は頼りなげにぎゅっと握り返してくる。この人のこんな姿を見たのは初めてだ。


 大きな道に近づくとマール様は気を遣って先に馬車を降り、アルベール様の代わりに城に討伐完了の報告へと向かってくれた。

 その際、真剣な目で「お前の存在が、これからの出来事を左右する。しっかりな」と告げたのは、どういう意味だったのか。


 暗くなり人気の途絶えた通りを急ぐと、私たちは大聖殿の敷地内へ。

 馬車から転げ落ちるように飛び降り、そのまま封書室へと向かう。


「よかった! 間に合ったのね……早くこちらへ」


 入り口ではルイーゼ様が険しい面持ちで待ち構えており、すぐに部屋の中に通してくれた。

 そこでは――。


「母上……お願いです。もう封印を解いてください! このままでは、命が尽きてしまう!」


 王妃様が……寝台で滝のような汗を掻き、苦痛に顔を歪めていた。あの時の連絡は、彼女の容体悪化を知らせるものだったのだ……。


 彼女は涙を浮かべて肩を揺さぶるデュリス殿下の声にも、微かな反応すら返さない。


(そうまでして……もしかすると、世界書はもうどうしようもないほど悪い状況なのかも)


 ここまで彼女が魔物の封印に固執するのも……それを止めてしまうと世界中でとんでもなく恐ろしい出来事が起きてしまうから――そう考えるのが自然だろう。


「母上っ……!」


 そんな中、アルベール様は脇目もふらず駆け寄ると王妃の手に触れようとしたのだが……。


「――貴様ぁっ、今まで何をしていた! こんな時に側に居なかったお前に、母上に触れる資格などない!」


 殿下はその手を思い切り払いのけると、血の繋がった兄の頬を拳で強かに打った。


「……申し訳、ありません」


 子どもの拳だ、避けようと思えば避けられただろう。でもアルベール様はあえてそれを受け止めた。


 どちらも同じ母親から生まれ、その人を大事にしているのに……。なぜ、こんな風にいがみ合わなければならないの……?


「よしてください。そんなことをしても、王妃様は喜ばないと思います……」


 部外者だけど見てはいられず。私はもう一度拳を振るおうとした殿下の手首を掴んだ。

 叱られるかと思ったけど、彼は私の肩口に縋りつくようにして顔を伏せる。


「くっ……わかっている。でもそれじゃ、オレはどうしたらいい。……なにもしてあげられることがないんだ。母上はもう、呼びかけても起きてすらくれない……最後までこの国の王妃として、責務を果たすつもりなのだ」


 私は殿下の背中を支えながら、アルベール様と顔を見合わせた。


 彼もひどい顔だ――食事も取らずに駆け付け、目の前で自分を生んだ母親の命の火が尽きようとしているのに……。弟の身を気遣って自分が家族だと主張することもできない。


(このままじゃ、きっとダメだ……)


 もしこのまま王妃が亡くなれば、おそらく兄弟の溝は決定的なものになる。

 目の前で苦しんでいるこの偉大な先人のためにも――私はなんとかして、それを止めたいと思った。


「聖女の治療の力も効かないんですか?」

「ティリシャ様の封印の意思があまりにも強く、受け付けてくれないのよ」


 ルイーゼ様も冷静そうに見えて、目が潤んでいる。

 もしかしたら、彼女も王妃様に聖女として薫陶を賜る機会があったのかも。尊敬する先輩に報いたい、そんな思いがその表情からも見て取れた。


 私は自分の拙い記憶から、必死に何か方法がないか探ってゆく。


(命を救うには、王妃様の封印の力を、無理やりにでも解かないといけない……。でも、筆頭聖女であるルイーゼ様が手を尽くしたというんだから、力技じゃもうムリなんだ。そもそも……封印なんて特殊な奇跡を解除するなんて、どうやったら……)


 奇跡はイメージの賜物だ。もしかしたら、例えば、砂と石だとか似たような属性を持つ奇跡同士なら干渉が行えるのかもしれないけれど……。


 封印は特殊型の奇跡で、それに似たような力を扱う聖女なんてそうそういるはずがない。

 いや、そもそも……封印って何を指すんだろう。やや混乱しかけた頭の中でそれが閃いたのは、まさに天啓と言えた。


「そうだ! 殿下の奇跡で、王妃様の封印に干渉することはできないのですか?」


 そういえば、リナが母親の奇跡をそのまま受け継いだという話を前に聞いた。

 殿下の受け継いだ奇跡が王妃様からからのものだというのなら、彼女の力に影響を与えられる可能性もあるんじゃないか。


 だが殿下は……そんな思い付きをすぐに否定してしまう。


「もちろん試したさ。でも、オレの力は聖女である母上のものよりずっと弱い。封印を解くことおろか、声を届けるすらできないんだ」


 殿下が言うには、封印の奇跡は言うなれば、閉じ込める力。対象となるものを器に見立て、それを丸ごと自らの聖力で覆い、遮断する。

 対して殿下のお力は、閉じる方に偏っているのだとか。


「オレの奇跡は、対象を指定できない、垂れ流しの欠陥品だ。そんなもので元金盞花の乙女たる母上の封印をどうこうなど、できるはずもない……」


 そう言えば食堂では、殿下を中心として誰彼構わず力が作用していた。あれは多分、私個人に力を集中させられなかったからなのだ。


(欠陥品の奇跡……でも、本当にそうなのかしら) 


 諦め悪く私は思考を続ける。

 奇跡というのはひどく恣意的な力で、扱う人の望みに強く依存する。王妃に選ばれたほどの優秀な使い手が……そんな中途半端な形で殿下に力を受け継がせたのは、はたして偶然によるものなの? 


 何か、そこには重大な意図がある……そんな、気がして――。


(殿下に欠けたもの……対象を定める力……。え……それって、まさか!)


 はっと目を見張り、私は目線を勢いよく上げた。


「アルベール様!」

「……?」


 憔悴した瞳が私を捉える。


 そうだ……彼は言っていた、自分は物や人を探すのが得意だって。

 事実、最初会った時もこないだも私の場所をすぐに探り当てて――!


「殿下……できることがあるかもしれません!」


 私は覚悟を固めた。単なる憶測に過ぎないけど、試す価値は絶対ある。


「なんだ、母上を救うためならなんでもする!」


 ここにいる人達の思いは皆同じだ。言い切った殿下に頷きかけ、私はその背を押すと、アルベール様と向き合わせた。


「なんでも、とおっしゃいましたね。なら……アルベール様と力を合わせてください!」

「は……⁉」



 表面上アルベール様を嫌っている殿下は、その要請に予想通り拒絶を示した。


「何を言う、こやつは母上から力を受け継げなかった只の聖騎士。そんなやつに何かできるはずがあるか!」

「……デュリス殿下の仰る通りだ。僕はここにいて、王妃様を看取る資格すらない――」

「違います……! 自分を蔑んでる暇があったら、私の言うことを聞いてください!」


 でも私は引き下がらずにアルベール様に精一杯働きかけると、組み立てた推論を明かす。


「アルベール様にも、ちゃんと奇跡は受け継がれていたんです! でもきっと、それはあまりにも分かりづらい力で、他の人もご自身も見落としてしまった。あなたの奇跡……それは殿下の授からなかった、対象を定める力そのものなんです‼」

「な、なんなんだい、それは……」


 おそらくこちらも特殊型の……殿下が“封”じる力なら、アルベール様は“印”をつける力。距離、場所の制約をなくして……心に強く思い定めたものを認識する、そんな能力――。


「確かに僕は、探そうと思ったものは大抵見つけられる自信がある。だけど……それがただの勘じゃないと、証明できるのかい?」

「断定はできません。でもそもそも……奇跡自体、私たちが無理やりひとくくりにしてまとめている不思議な力じゃないですか。今はそれより、そう信じることだと思います。それとも、他に何か王妃様を助けられる手立てはあるんですか?」


 命をかけて世界を救おうという高潔な意思を持つ人が、生まれてくる子を差別なんて、するはずない。 

 それにアルベール様は王妃様にとって最初の子供なのだ。


「おい、シーリ! いくらなんでもこんなやつと協力するなんて――」

「いい加減にしなさい!」

「――っ!」


 パン――と、軽く殿下の頬を張った手に衝撃が伝わる。

 誰かを自分の意志で殴るなんて初めてだ。でも……今は時間をかけて説得してる暇なんてない。


「罰を受けろというなら後でいくらでも。でも殿下……あなたが苦しむ母親を見つめ続ける傍らで、アルベール様も自分の力不足を悔やみながら、必死に国を守ってきた。その努力だけはわかってあげてください」

「…………」


 デュリス殿下は言葉を詰めた後、ぐっと奥歯を噛み締めた。


「オレは、こやつのことが大嫌いだ……」


 しばらくそうした後、アルベール様を睨みつけるように見つめて言う。


「だが、覚えてる。母上は、こいつを兄として、兄弟仲良くするよう、ことあるごとにずっとオレに諭していた。だから……今だけ、協力してやる」

「……ええ、やってみましょう。ふたりで」


 やっと……ふたりが素直に真正面から向き合ってくれた。

 私はほっと息を吐き出すが、問題はどうすれば王妃様の封印に介入できるかだ。

 そしてその後のことも……。


「さあ殿下、どうか手を。僕たちで王妃様を……母上を止めるんです」


 先程とは打って変わってしっかりとした表情で、手を差し伸べるアルベール様。


「ちっ……主導権を握ろうとするな。封印を解くのは、あくまでオレの力だ」


 それに手を重ね、意地を張りながら殿下はしっかりと握ると……ふたりで精神を王妃様に集中する。


「行くぞ!」


 白い光が、殿下の方からアルベール様へ伝わってゆく。

 それは周りに発散されることなく、肩に触れたアルベール様の右手を通し、王妃様に流れ込もうとした。


「――くっ!」


 そこで、バチッと電光のような光が走る。封印に干渉しようという力に、王妃様が抵抗しているのだ。 

 実際に苦痛もあるのか、手元から白い煙が上がり、アルベール様が顔を顰める。


 だが、彼はその手を離さない。


「殿下……もっと。もっと力を出してください!」

「ぐっ……お前こそ、オレより聖力が弱いくせに偉そうに――」

「――デュリス!」


 そこでいきなり呼び捨てにされ、殿下がはっとする。

 アルベール様は顔に似合わない野太い笑みを浮かべると、彼を煽った。


「そんなことでどうする。お前はこの聖王国の国王になるんじゃないのか。その程度の力しか出せないなら……奇跡があると知った今、僕が変わってやるぞ?」

「――舐めるな!」


  プライドに触ったデュリス様の放つ光の出力が、大きく上がった。そしてそれに合わせるようにアルベール様も……。


「それでこそ……この国の世継ぎの王子だ。僕も……兄としてお前には負けない!」


 眩しく、純粋な決意の光が部屋を覆う。まるでフラッシュを当てたように部屋全体が輝き、目を開けていられない――。


「母上……戻って来てくれ!」

「オレたちはまだ、あなたに返したいものがたくさんある!」


 微かに見えた。激しい光が、徐々に王妃様の放つ力を押し返し……。

 ピキ、ピキッ――亀裂が、身体を薄皮一枚隔てた表面に走って、次の瞬間。


「きゃあぁぁっ!」

「封印が……解けたのね!」


 ――高周波のような破砕音。

 それが一気に振動と共に広がり、私とルイーゼ様は耳を塞ぐ。世界書と、王妃様を覆っていた封印が……今、砕けた。


「ぅ…………」


 ほんの微かなうめき声……王妃様が目を覚ましたの⁉


「母上!」

「ルイーゼ様、治療を!」

「あなたたち、急いで!」


 兄弟が駆け寄り、その顔を覗き込んだ。ルイーゼ様が、部屋の隅に待機させていた聖女達を呼ぶ。


 しかし……王妃様はそれを厭うように手を出すと、無理やり身体を起こした。


「封印を……、解いて、しまったのですね……」

「母上の決意に水を差しました。でも……オレたちは、どうしても」

「かけがえのない家族の命だ。見過ごすことはできませんでした」

「ええ、わかっています。ですが……」


 兄弟を責めず、荒い息を吐きながら微笑みを浮かべると、王妃様は世界書を見据えた。


「書の封印は解かれてしまった。今まで私が封じていた世界の穴が……一斉に働きを取り戻すでしょう。そうなれば、魔物達が再出してこの国を――いや、世界のあらゆる場所を蹂躙する。誰かが、それを止めねば……」


 そこで私の腕を引き、ルイーゼ様が一歩前に出る。


「お任せてくださいティリシャ様。あなただけにこの国の命運を背負わせはしません! 何か策があるのよね、シーリ」

「……はい!」


 皆に見つめられ緊張したけれど、私ははっきりと返事をする。


 うまくいくかは私たち次第だけど、勝算はある……この場に居る皆で、この世界を救うんだ――!


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