28・巨大な亀裂
『と、とにかく陣形の維持だ! 団長が戻ってくるまで持ちこたえろ! ありったけの聖筒を……うわぁっ‼』
『怪我人を先に逃がして! あんなの……倒せるわけないわ!』
近付くにつれ、聖騎士や聖女達の悲鳴が直に届く。
見上げるほどの巨大な物体が迫ってくる様は、人では太刀打ちできない天災かなにかを想起させた。しばし見上げるままになった私は、アルベール様の苛烈な声に身を打たれる。
「降りてくれ! 僕は前線に戻って指揮を執る! シーリは、マール様の下へ!」
「はい!」
私が地面へ降りると、彼は馬に乗ったまま金髪を靡かせすさまじい速度で駆けていった。
私は周囲を見渡し聖女達が集まる一団を見つけると、そこで声を張り上げていた金盞花の乙女の下へ走り寄る。
「マール様!」
「バカ者、どこにいた⁉ いや、それより今は撤退の準備だ。あれは……倒せない。足止めできる戦力を残して、聖都から援軍を呼ぶ。私の奇跡があてにならず……まさか、こんなやつが出てくるとは」
私は渋面のマール様に、省略した先程の出来事を説明する。事件に魔女が関わっていたこと、メナという女が怪しげな黒い栞をこちらに飛ばしたことなど。
それを聞いたマール様は顔色を変え、がっと私の肩を掴んだ。
「メナ……だと? もしかして、白髪に白い目の女か!」
「は、はい。そうですが」
なぜ生きて――そう唇を噛んだ後、彼女は声を張り上げ宣言した。
「とにかく、倒すほどの戦力が揃うまでやつはここに貼り付けておく! 余力のある者は交代で攻撃、少しでもやつを牽制し、時間を稼げ。焼け石に水だが、それしかない」
この場に白薔薇以上の聖女はマール様のみ。
速やかに伝令の兵士に聖都に送る内容を伝えると、元々戦い向きでない彼女も武器となる法具を取った。聖力を光の弾に変えて打ち出す、特別製の杖らしい。
「戦闘向きの班は一旦距離を取って集結し、聖騎士たちを援護しつつ、やつを山側に追い込め! 人の住む街へは決して近づけるんじゃないぞ!」
こちらに構う余裕すらないのだろう。マール様は大声を張り上げ集まっていた聖女を散開させると、空へ飛び立つ。
今できることはなんなのか……私は必死に頭を悩ます。
改めて魔物を仰ぎ見るが……巨大すぎだ。青空を隠すようなサイズのあんなやつ、私ひとりの力が加わったくらいで影響を与えられる規模じゃない。
どうしてか、使い果たした聖力はほとんど回復していたが……さっきアンジェリカに対抗した時のような力は出せそうにない。あの不思議な声が、今聞こえればいいのに……!
(考えなきゃ……別の方法を。そうだ――魔物自体がどうにかできないなら、追い返すってのはどう?)
そこで目を付けたのは、魔物の頭上に開いたままの巨大な黒い亀裂。やつらの出入り口となった部分だ。
私は地面を走り、地上から魔物に向かって光球を乱射するマール様へ叫んだ。
「マール様ぁ~! あの穴って、いつも討伐した時どうなってるんですか⁉」
「お前、まだうろちょろしていたのか⁉ あれはやつらが消えるまであのままで、本体を倒すとたちどころに消滅する! 関係ないことを聞いてないで早く下がれ!」
怒られてしまったけど、肝心なことは教えてもらえた。つまり、あの亀裂は魔物の本体ともなんらかの関連がある……そんな気がする。
(もっと近くで見てみれば、何か分かるかも!)
決心した私は、聖力で生み出した大量の紙吹雪を、翼の形にして背中に生やす。
こんなことを試すのは初めてだけど、地上でバサバサはためかせると、それは私をゆっくり空中へと運んでいった。
大丈夫だ、多少コツがいるけど、なんとか飛べる。
私は風にあおられコントロールを失いかけながらも、よろよろと魔物の遥か上空へ浮かんでゆき、そして目のあたりにした。
「これが……魔物の通り穴」
巨大な亀裂の奥に広がる虚無に私はぐっと唾を飲みながら、ペーレ室長から聞いた話を思い出した。
『不思議なことに……魔物の出現する直前に世界書に現れた黒ずみは、じわじわと一定の大きさまで成長した後、討伐後もそこに残る。つまり、穴は見た目塞がったように見えても上辺だけ。依然として存在し続けると考えられるのだよねぇ……』
魔物の本体は出入り口の奥の虚無で、こちら側にいるのは分身のようなもの――室長はそんな可能性も語っていた。
となると――目に見える魔物を倒しただけでは、ここから再びやつらが出てきそうなものだけど。なぜ、それが起こらないのかといえば……おそらくは歴代の聖女や今の王妃が世界書に封印をかけてくれているおかげ。
なら……この穴を塞げば、下の魔物になにか、よくない影響を与えることができるんじゃ……!
(とはいえ……どうすればいいかな)
亀裂の奥は光も通さない真っ暗闇で、何も見えない。こちら側と、何らかの境目で隔てられた、裏側の世界。
(触れてみる? でも……)
そんなことをすれば聖女とて、身体にどんな影響がでるかわからない。
でも眼下を見れば、皆が必死に戦っている。恐れている暇はないんだと言い聞かせ、私は聖力を身に纏い近づくと、その端に指で触れた。
「痛っ!」
バチッ、と電気に触れたような感触が返る。傷は負わなかったりしろ、感じたのは明確な拒絶……。だけど、手掛かりはあった。
(ちょっとだけ存在感が薄くなった? なら……もっと試してみる!)
触れた部分がすうっと狭まり、元の空の青に戻った気がする。それを見た私はこの穴を塞ぐ、というイメージの下……聖力による紙を使い慣れた細切れの形に変換し、端から覆ってゆく。
「ん、うう、く~っ……」
効果はありそうだけど、しかし、途方もない作業だ。なにせ、何百、何千人の人を丸ごと包めるくらいの穴。せっかく回復した力でも、足りるかどうか……。
(せめて、協力してくれる人がもうひとりいてくれたら……)
戻ってこの推測を伝えるにも時間がかかる。そんなことしてる間にも、皆が……!
その時だった、迷う私の眼下から、ものすごい勢いでふたつの人影が急浮上してきたのは……。
◇
「シーリ、何やってんの⁉ 目が覚めたら滅茶苦茶なことになってるじゃない!」
「急に魔物の動きが鈍り始めたが、お前のせいか⁉」
(よかったぁ……ポピア、身体に異常はないみたい)
さっきまでどれだけ騒ぎが起きてても目を覚まさなかった我が友が、杖に跨るマール様の背中に掴まってわーわーと騒いでる。それにしてもあの法具、空中浮遊の効果まで発揮できたんだね。びっくりだ。
ふたりの聖女が合流してくれたのは心強い。それを見て私は喉の奥から叫んだ。
「手を貸してください! 多分……あの真下の黒いのって、魔物の本体じゃないんです! あいつを倒して消えたように見えても、それは見せかけだけ! この穴を、聖力を当てて塞がなきゃ!」
「なんだと⁉ ……にわかには信じ難いが」
マール様は、真下の状況を見やりつつ思案する。そこへポピアが手を挙げた。
「ハイハイっ、シーリが言うんなら間違いないっ! あたしがやりますっ! こちとら、かぎ裂きほつれを直すのはお手の物なんで!」
マール様は疑い半分だったが、ポピアはこちらの瞳からある種の確信を読み取ってくれたようだ。私の真似をするように聖力で巨大な布を生み出すと、亀裂にあてがう。
するとその部分だけがすーっと元に戻ってゆく。
「ほんとだ、すっご、面白~い!」
「楽しんでる場合じゃないだろう! だが確かに、魔物のサイズが縮み始めたようだ……」
眼下を観察していたマール様もやっと納得してくれた。
でも、直接的な奇跡の扱えない彼女よりも、ここは私とポピアの出番。
「ポピア、この調子で、どんどん穴を塞いでいこう! マール様はポピアのサポートを! 後は真下にいる皆に、この状況を知らせてくれたら」
「無茶を言うが……それくらいならやってやる」
マール様は大きく上空を旋回して聖女達の注目を一旦ひきつけると、一定の周期で杖を瞬かせてみせた。
予め合図のようなものを伝えていたのか、数人の聖女がそれに気付き、周知することで部隊の士気が大きく上がる。
おかげで私たちはこっちに集中できそうだ。手当たり次第に亀裂を消していく。
「ポピア、まだいける?」
「ずっと寝てたみたいだしまだまだ元気だよ! だけど、穴が大きすぎて……これじゃ力が持たないかも」
ポピアはもともと聖力がそう多いわけでもなく、すぐに疲れを見せ始める。
だが、ある時彼女は思い付いたようにやり方を変えた。
「ええ~い、なら端と端を結んじゃえ! これでどう⁉」
なんと、聖力で生み出した巨大な針を亀裂の淵にジグザグに突き刺していくと、光の糸で強引に繋ぎ始めたのだ。
やるやる……!
これもイメージのなせる技か。一見滅茶苦茶だけど、目に見えて封鎖のスピードが上がった。空間の膜って、意外と伸縮性があるのかな?
「シーリ、一気に進めちゃおう!」
「うん!」
とはいえ彼女も真っ赤な顔でギリギリ。
サポートするマール様も、少しでも引っ張る力の助けになろうと、杖の推進力を上げて頑張っている。
(絶対に塞ぎきる!)
私もすべての聖力を使い切る勢いで、閉じかけた巨大な亀裂に紙吹雪をぶつけていった。不気味な漆黒の筋が途切れ途切れになり、空が段々と明るさを取り戻していく。
そして――。
「「これで……最後ぉっ!」」
不思議と息がぴったり合い……私は翼の半分を、ポピアは生み出した針を力に戻して捧げ、最終部分に集中。
残っていたわずかな裂け目が……閉じる!
「――ゥオオオオォォォーーーン!」
悲しげな呻き声が地面から立ち昇った。
半分以下に縮んでいた真下の巨大魔物の身体が大きく揺れ、やがてうっすらと透け始めて……。
「「や……」」
……消滅、した。
「や、やったぁ!」
「す、すごい……。シーリ……すごいよ! あたしたち、あんなに大きな魔物をやっつけたんだ!」
それを見下ろしながら、ポピアと喜びを交わし合った瞬間。
がくり――体が傾く。翼の聖力を使いすぎたせいで浮力が保てず……ああ、落ち――。
「バカ者っ、やり遂げた後の余力くらい残しておけっ」
キャッチ。落下は途中で止まり。
「ふぅ~、間一髪だったね」
素早く移動したマール様の杖の上から、ポピアが私の手を両手で掴んでくれていた。
地上では、半数の兵士は放心し、半数は私たちがやっていたことに気付いたのか、手を振ってくれている。墜落は免れたし、さあ、後は凱旋だけ……。
「あれ……?」
なのに、こ、高度がっ……どんどん下がってない?
「悪いが……この杖の最大出力では、二人乗りが限界だな」
「「うそぉっ!」」
マール様がやけに冷静な顔でぼそりと言う。それって、結局地面へ真っ逆さまって――こと⁉
私たちがさっと顔色を悪くした途端、杖は傾き、そのまま錐もみ状態で地面へと落下していった。
「「きゃぁぁぁぁ! し、死ぬぅ~!」」
「――大丈夫だ、目を開けて下を見ろっ!」
だが、さすが金盞花の聖女。こんな事態も彼女の思惑通り。
すでに救援要請の信号を送ってくれていたのか、できる限り落下位置をコントロールしつつ、人が集まっている場所を指差す。
そこでは――。
「お見事でしたよ、聖女様たち!」
「安心して落ちてきてね~! 私たちが受け止めるから!」
大勢の聖女や兵士が私たちを助けようと待ち構えてくれていて。
そこかしこに広げられた、テントの布や、聖女の奇跡で作ったクッションの上。
帰還を待つ彼らの歓声に打たれながら……私たちはまるで飛行機の不時着のようにふらふらと落ちてゆく――。
(ふう、よかった。誰も……失わずに済んだんだ)
トラブル続きの本作戦だったけど……終わってみれば収穫は非常に大きなものとなった。空間にできた亀裂を閉じたことで、世界書に生じた黒ずみにも、おそらくなんらかの変化が起きただろう。それを調べることで、王妃を救う方法にも大きく近づけるはず。
アンジェリカもあんなことになってしばらく身動きは取れないと思うし。魔女メナの件に関しては、またゆくゆく考えないといけないけれど……。
「――そろそろ限界だ。お前ら、うまく助けてもらえよ」
「ええっ⁉」「そんな無責任な!」
そこで。地面まで十数メートルといったところか、マール様の操る杖からふっと光が消え。
浮力が保てなくなった私たちは三者三様の形で墜落する。
けれど、どうにか――。
「お前たち、頼むぞ!」
――マール様は騎士たちの広げたテントの上に。
「ちょっ……それはないってぇ! うぎゃあ!」
――ポピアは治療チームの誰かが生み出した巨大な薬壺の中に飛び込み。
そして私は――。
「よっと……功労者のお帰りだな!」
なんと、落下する途中で横抱きにされてしまった。
私だけ特別扱いで申し訳ないような気がするが、笑顔で迎えてくれたアルベール様に身体を預ける。
「た、助かりました」
「それは僕らの台詞だね。あの巨大魔物をあんなやり方で消し去るなんて。ここにいる皆や、近隣の人々……これだけ多くの王国民を君は救ったんだ。誇っていい」
彼は私を下に降ろすと、王国式の敬礼を向けた。他の聖騎士たちも、それに倣う。
「わ、私だけの功績じゃありませんから! 魔物を勇気をもって喰い止めた全員が称えられるべきです! ね、ポピア、マール様!」
恥ずかしがった私は慌ててふたりの方を振り返ったが……そこでは。
「……うっぷ、目が回って……」
「うえぇ……あんまりだよぉ。助かったのはいいけどこの薬、なに? 苦いし、髪も服もべっちゃべちゃ……」
四つん這いで吐き気を堪えるマール様と、薬塗れでお化けみたいな状態になったポピアの姿が……。せっかく王国の一大事を解決したって言うのに、これじゃ格好がつかないよ……。
「ぷっ……あは、あはははははっ……!」
それを見て一気に気が抜けた私は、不謹慎かもしれないと大笑いしてしまう。
笑い声は次第に伝播してゆき、周囲を朗らかな雰囲気で包み込んだ。
「さあ、これで討伐は完了だ。大手を振って聖都へと帰ろう! 皆、帰還の準備を!」
(ん……? あの光は……)
完全なる勝利宣言の最中――アルベール様の耳元でイヤリングがチカチカと瞬いた。
すぐに気付いたのだろう。彼は笑顔で部下に指示を下すと、それに呟きかけながらこちらへと歩いてくる。
「すまないシーリ。マール様を呼んで来てくれないか、話があるんだ」
「は、はあ……」
どうやらあれは長距離連絡用の法具だったみたいだ。私がそれに従う間も、彼は外したイヤリングにしきりに何かをぼそぼそと話しかけている。
たくさんの聖女や兵士に囲まれていたマール様を連れ出し、彼の下に急ぐ間。
遠くからその表情を覗くと――。
(何か……あったのかな)
勝利の余韻を微塵も感じさせない呆けたような表情で固まっている。
それを見た私は、季節外れの冷たい風に背中を撫でられたような気がして――彼の臨む聖都の方角を見据える。
そこではゆっくりと、濃い雲が立ち込めていて。
(まさか――)




