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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
前編・聖王国編

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26・恐ろしき力

 私は全身全霊でリナに叫んだ。


「リナ、お願い! ポピアはこんなことに巻き込んじゃいけない、大切な友達なの! 今彼女を助けることは、あなたにしかできない!」

「…………」


 彼女は顔をぐっと俯かせたまま表情を見せない。

 だが私は必死に届くと信じて何度も語り掛ける。


「あなたはいいの⁉ アンジェリカが恐ろしいからって、ずっと言うなりで! いったい何に、あなたはそんなに怯えているの⁉」

「無駄なことを……」


 訴えかける私に鼻を鳴らすと、アンジェリカは馬鹿にしたように嫌らしい口調で言う。


「この子はねえ、生まれながらの小物なのよ。父親のせせこましい店を潰したくないなんて、くだらない理由のために聖女になって。くくっ、あげく私の命令に従って髪留めを盗み、今はこうして人殺しにまで加担している。こいつに誰かを助けるために私に逆らうなんて真似、できるはずもないわ」


 リナは耐えられないというように自分の肩をぐっと掴んで後ろを向いた。

 だが、私は諦めず彼女の背中に、言葉をぶつける。


「リナ、目を背けないで! あなたの気持ちはわかる……お母さんを亡くして苦しんだお父さんに、もうこれ以上辛い思いをさせたくなかったんでしょ! でも、そのために……あなたがこうやって恐怖で、やりたくもないことに従わされるのは……違うよ」


 何も知らないくせに――拒絶する彼女の背中はそう語っているようにも思える。なんとなく、その姿には共感を覚えた。


 私も昔はそうだったんだ……あっちの世界で、誰かの拒絶や裏切りを恐れては、差し出してくる手を無視してた。その中には正しいものも、間違ったものもあっただろうけど……自分の目でちゃんとそれを見分けようとする気持ちを、捨ててしまったんだ。でも、今は――。


「失われた命は、返らないっ! その辛さを知っているあなたが……選ぶ選択は、これでいいの⁉」

「……う、う」


 彼女は背中を振るわせ、耳を塞ぎながら大きく頭を振った。

 ひどいことを言っているのは分かってる。でも……今私が大切な友達を救うために、彼女に掛けられる言葉は――できることは、これしかないから。


「もしここで、あなたが私たちを助けてくれたなら! これから何があっても、絶対に私はあなたを助けにいく! だから……お願い、今だけは、勇気を出して!」

「…………‼ う、うぅぅ――っ!」

「なにっ⁉」


 心の底から叫ぶと同時……。

 涙に塗れながらも振り返った三つ編みの少女の行動に、アンジェリカは驚愕する。

 リナが渾身の聖力を振り絞り、解き放った奇跡で攻撃したのだ。


 詳しくは知らないが、おそらくそれは植物を操る類の奇跡。両手を突き立てた地面から勢いよく植物の蔦が伸び、予想外の勢いで 怯む侯爵令嬢を搦めとった。


「貴様、裏切ったわね!」


 そしてそれは、同時に狙いを定められていたポピアの救出にも成功していた。緑の紐がポピアの腰に巻き付くと、アンジェリカの足元から遠ざける。


(――今だ!)


 私は、自分の身体がどうなっても構わないという思いで、いっそ暴発しろと聖力を両手に集める――! 


 それはわずかながら、魔女たちの力を上回ったのか、不安定ながら聖騎士の剣によく似た形を取ってくれた。剣を勢いよく振り回して魔女たちを遠ざけ、一気にポピアの元へ走る。


 だがその時には――もう。


「やってくれたわね。下級平民風情が!」

「きゃぁぁっ!」


 奇跡により呼び出された植物が焼け落ち。

 吊られていたポピアが吹き飛ぶのをすんでのところで抱き留めた私は……リナが、アンジェリカの目の前で崩れ落ちたのを見た。


「お前ごときが一瞬でも私に対抗できると本気で思った? ちっ……あんな女の言葉に惑わされて。いいわ、そこまで逆らいたいなら、後々父親と一緒にまとめて始末してあげる」


 アンジェリカは倒れたリナを蹴りつけ、気を失わせると再度こちらへと向いた。


 私はポピアを後ろに庇いつつ、鬼のような形相でこちらへと迫る侯爵令嬢と対峙する。

 さっきの無茶な奇跡で、相当体力を消耗した。呼吸がおかしい……これでは、ポピアを連れて逃げられない。


「はぁ、はぁ……ポピア、起きて! 逃げるの!」

「……う、ん……」


 これだけの騒ぎが起きても、未だ彼女は目覚める気配を見せない。

 ポピアを背負おうとするも、今の私の力では、ぐったりした彼女を抱え起こすことも無理だ。


 彼女の方も、それなりに力を消耗したのだろう……。苛立った様子のアンジェリカがゆっくりとこちらに近づいて来た。


「手こずらせてくれたわね……もういい。後始末のことも考えないといけないし、そろそろ終わらせる」


 彼女のその手には、一本の灰で出来たレイピアが。その切っ先が私に向けて引き絞られ――数秒先には私の身体を貫いて燃えさしへと変えてしまうのだろう。けど……。


「う……うぅ」


 私の後ろでは、苦しそうにポピアが呻いている。彼女を放り出して逃げる――それができたなら、今ここでこうしてぼろぼろの姿で蹲ってたりしない。


(防ぐんだ……)


 剣をから身を守ろうと生み出せたのは、手のひらほどの小さな板だけ。聖力が尽きかけている。これでは数秒の時間稼ぎすら……。


「くく……あっけない幕切れ」


 突き破り、ドスッと――。


 板の燃えかすが散り、お腹の中心に死の色をした細い杭が突き立つ。


「うぁ……」


 痛みを越えた、途方もない熱感がそこを中心として生じ、私の意識を燃やす。


 熱い――私の身体は今、どうなって?


「~~~~~~! ~~~~~~……‼」


 アンジェリカが罵声をかけているようだけど、何も、頭が受付けない。



 ……私は。



 ……死ぬ、の?



『――まだだよ』



 …………痛みのせいか。視覚が遮断され、何もかもが灼熱の赤に染まって見える中。


 その声は、身体の内側から直に届けられた。


『――まだ、やくそくをまもれてないじゃない』


 それは、切実な思いを私に訴えかけ。水を掛けたように、私の意識を冷やしていった。


『――おかあさんを、いっしょにさがすんでしょう』


 真っ赤だった視界が、洗い流されるように。上端からクリアに戻って……ゆく? 


 いや……わずかに薄暗い、あの一面の雪景色を覗いていた時のように。

 気付けば私は、突き刺されたレイピアを、素手で掴んでいた。


「お前……どうして死なない? ――なっ⁉」


 訝しがる声が、驚愕に変わったのは……その手が剣先を握りつぶしたから。痛みも、お腹に刺さった固い棒の感触も、まるで雪のように儚く溶け、消えていく――。


「はぁ……⁉ まあいい! そんなに丸焼きがお好みなら、骨も残さず消えろっ!」


 アンジェリカが今度は奇跡で大量の灰を生み出し、覆い被せるようにして私にぶつけて来た。必殺の一撃。下手をすれば、山火事でここら一帯の生態系ごと一変しそうな熱量だったはず……だが。


「…………」


 ただ、手を翳しただけ。

 それだけで、一瞬で闇夜のような色をしたシートが広がり、包み込んだ全てを消し去る。


「な……っ……」


 絶句するアンジェリカ。


「…………へえ。それが、君があの石を持っていた理由――」


 成り行きを傍観していたメナが呟いたが、今の私にはろくに聞こえていない。身体が乗っ取られたかのように、勝手に前へと進んでゆく。


「くそ、死ね、死ねぇ!」


 アンジェリカは、一歩一歩後ずさりながら攻撃を繰り返す。だが、それらは全て……私が纏った奇跡ではない力に、吸い取られて無に帰す。


「くそっ……⁉」


 いつしか、アンジェリカの背中は木の幹に着いていた。

 彼女がそれを奇跡でどけようとする寸前に、私はその腕を掴む。


「は、離せ! お前のような下賤な身が、直接私に触れていいと思っているの⁉ や、やめろ! 私にそれを向けるな……!」


 それ、とは――?


 思考がぼんやりとして、空いた方の手に何が握られているかも定かでない。

 けれど、視界の外側でゆっくりと翳されるのは見えていた。光を吸い込む、漆黒の刃が。


「や、やめなさい……やめて。わ、わたしはこの国ありきと呼ばれた、あのジーレット侯爵の娘なのよ。手に掛ければどんなことになるか、わかっているのよね?」


 しかし、今の私はそんな言葉では止まらない。止まってくれない。


「ひいぃ、魔女たちよ! 私を助けろ、何を黙って見ているのっ!」

「生憎だけど、契約外だね。君から頼まれた仕事は、リナ君がシーリを連れて来られなかった時の保険と、あくまで彼女をここから逃がさないようにすること……」


 恐怖で竦むアンジェリカを前に、後ろでは魔女メナのへらりと笑う気配がする。


「今のシーリは私たちにとっても脅威だよ。それから守って欲しいというのなら、追加契約を結ばせてもらう必要があるかなぁ。果たして、お嬢様のお小遣いで払い切れるものやら」

「い、いくらでも払う! 王妃になったら払うから! だからこいつを早くどうにかして!」

「生憎と、口約束は信用しなくてね」


 そんなやり取りを待ち、私でない私は嬲るようにじっと刃を近づけていく。そしてついに、アンジェリカは命乞いを口にし出した。


「ねえ……お願い、許して! あなたの力はもうわかったわ……も、もう金輪際関わらないから。そ、それでも気が済まないなら……こういうのはどう? 私が家の力であなたを後押ししてあげる。それほどの力と貴族の権力さえあれば、絶対に当代一……いえ、歴史に残る聖女となれるわ! そうしたら、私たちでこの聖王国を支配っ、計画を今父が進めていてだから必ず叶っ……いやぁぁぁぁぁああ!」


 どんどん早口になる彼女の毛先が、少しずつ近づけられる刃に触れて、塵に帰る。

 それを見たアンジェリカは恐慌状態に陥って泣きじゃくった。


「いやぁぁぁぁ! 誰か、誰か――! こんなところで死ぬのは嫌! お父様、お母様ぁぁ!」

(……ダ、ダメだ。止まって……殺しちゃダメ)


 そこでやっと刃がピタリと止まった。私がようやく意識の舵を取り戻しつつあったのだ。

 意思を総動員し、懸命に振り上げられた腕を押しとどめる。でも――。


『こいつはジャマだからって、あなたをころそうとした。おなじめにあわせてなにがいけないの?』

(それでも……ダメなの!)


 純粋さを伴うその声に、私は必死に言い聞かせる。命は奪えば、取り返しがつかない。たとえどんな悪人からでも、奪ってはダメなんだ!


 ……だが、その大切さを説くにはあまりにも時間が足りなかった。


『しんじゃえ』

(ダメぇーっ!)


 無情にも。刃がアンジェリカの頭の上から降り降ろされ――。


「ひ――!」


 アンジェリカの瞳が白目に変わり、喉から悲鳴が迸る。


 ――だが。


 それは寸前でピタリと止まった。なぜか。


「――シーリ、無事か!」


 私の身を案じる、優しい声。


 その主は、道なき道を突っ切ったのか。草木をはりつけ乱れた必死の姿で駆けつけ――この身体を後ろから抱きしめ、制止してくれていた。


「君は、そんなことをしなくていい」


 見上げると……違う場所で戦っているはずのアルベール様の姿が、そこにはあった。


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