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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
前編・聖王国編

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25・狡猾なる侯爵令嬢

 逸る気持ちのまま足を動かしていると、あれから十分もしない内に、森の入り口が見えて来た。


 途中で治療チームの聖女を見つけ、ポピアを見かけてないか聞いたが、作戦が始まる少し前から姿がどこにも見えないのだという。


 やはり……誰かに攫われたのだ。

 そう確信し、このことを誰かに伝えるか迷うも……万が一のことを考えるとそれはできない。


 作戦に携わる兵士や聖女たちから身を隠して進んでいると、ついに荒野の東側に広がる森林地帯へたどり着いた。


「来てしまったんですね……」

「リナ……」


 そこでは、私をふたりの人物が待っていた。

 ひとりはあの手紙を出したリナ。そしてもうひとりは……三角帽子をかぶり、黒い外套に身を包んだ怪しい人物。


 私はその姿を見て少しドキッとした。私以外に真っ白な髪の人を初めて見たからだ。でも、その瞳は私のものと違って(めし)いたように白い。


 いや、今はそんなこと気にしてる場合じゃ――。


「ポピアはどこ⁉ あなたたちが攫ったんでしょ⁉」

「着いてきてください」


 質問にはろくに答えず、リナは悲しそうな顔で踵を返す。代わりに白髪の人物が私に応えた。


「この先で、侯爵令嬢様と一緒にお待ちだよ。しかしいくら友のためだとはいえ、単身でよく乗り込んできたものだ」


 この声、どこかで聞いたことがあるような。

 記憶のどこかが刺激されたが、それよりも関係のないポピアを危険に晒した怒りが勝る。


「当たり前でしょう。彼女に傷でも付けていたら、許さないから」

「怪我は……させていません。私の奇跡の力で眠らせただけです」


 リナが、罪悪感に耐えかねたようにボソリとこぼす。こんな形で奇跡が使えることを聞きたくはなかった。後ろに続いた私は突っかかる。


「どうしてこんなことをしたの? アンジェリカに脅されでもしたんでしょう?」

「あなたが知る必要はないことです」


 だが、彼女は感情を押し殺したようにそう告げると、早足で森の中を進んでゆく。

 これ以上は事情を話してくれなさそうだ。私はここにいるもうひとり……見覚えのある格好の女性からも情報を聞き出そうと試みた。


「あなた……魔女っていう人たちよね。なんでそんな人が、アンジェリカに使われているの?」

「おや、ご存じだった? まあ、魔女にも色々いてね、君らと仲良くしたい者、したくない者もいる……。私たちは後者で、ちょっと色々物入りだったんだ」


 こないだの表彰式でも彼女らの姿を見かけたように、魔女たちの所属する魔帝国は聖王国とは同盟関係にあったはず。となると……国の思惑とは別の方向に動く人たちがいて、アンジェリカたちと手を組んだ……そういうこと?


 私は彼女たちのことをよく知らないけど……。


 魔女というからには何か特殊な力、それこそ魔法みたいな技を使ってきてもおかしくはない。仲間も複数名いる可能性がある。

 そんな中、ポピアを助け右も左も分からない森の中を逃げ出すのは……相当に厳しい。


 それでも、やるしか……。

 討伐作戦中で皆そちらにかかりきりだ。助けが来る見込みなんてないんだから。


 私の固い表情から決意を察したか、白髪の女性は苦笑した。


「勇ましい顔付きだ。まさかひとりで戦おうと? ここは穏便に捕まるのをお勧めするよ。そうすれば、依頼主も私たちも満足するし、お友達も無傷で帰してもらえる。そうだ、ここは友好のために自己紹介でもしておこうか。私はメナというんだ……かつてこの聖王国に住んでいたこともあるんだよ」

「誘拐犯の名前なんて知らない」

「手厳しいな。その態度がいつまでもつやら」


 女性は楽し気に笑い、指で前方を示した。


 目的地はそう遠くなく……その先ではぽっかりと切り拓かれた窪地に、意識を失った聖女の姿が。


「ポピアっ‼」

「おっと、雇い主のご登場だ。ここは大人しく見守っていただこうか」

「うっ……」


 駆け寄ろうとした私の手首を掴み、後ろ手に捻るメナ。

 そこで奥の木陰から悠々と歩んできた人影の斜め後ろに、リナが控えるように寄り添い――。


「ふふ……いい様ねぇ。聖女の資格無き下賤の娘」


 私の唯一の敵――侯爵令嬢アンジェリカ・ジーレットがまるで悪びれた様子もなく、目の前に姿を現した。

 


「……アンジェリカ」

「お前ごときに呼び捨てにされる覚えはないのだけど……まあいいわ。どうせすぐに自分から頭を下げたくなるでしょうし」


 その御大層な登場の仕方と落ち着きように、私は唇を噛む。

 まさかここまで、時と場を弁えず私を排除しにかかるだなんて……。

 とにかくまず臨むべきは、ポピアの解放だ。


「目当ては私なんでしょう? まず、その子を引き渡して」


 ポピアはぐったりとして、目覚める気配はない。微かに肩が動き、息はしているようだけど……。

 そんな彼女にアンジェリカは足で土を蹴ってかけ、くすくすと喉を鳴らした。


「構わないわよ。こんな女、ただの撒き餌だもの。だけど……それならまずお前には私に対する今までの非礼を存分に詫びてもらおうかしら」


 ぐっと彼女はポピアの背中を踏みつけにし、私に命じる。


「さあ、この娘の命が惜しかったら、私に許しを乞うがいい! 地面に額を擦りつけ、『グズな貧民の癖に、身の丈に合わない活躍をして、申し訳ございませんでした』とね。はっきりと、こちらに聞こえる声で言ってちょうだいな」

「くっ……」


 油断しているようでいて、アンジェリカは腕に聖力をこめ、いつでもポピアを傷付けられる準備をしている。メナとリナの存在もあるし、ここは従うほかない。

 拘束を解かれると、私は言われた通り地面に這いつくばった。


「『グズな――……申し訳、ありませんでした』。どう、お気に召した? なら私たちを戻らせてよ。今はこんなことをしている場合じゃないの、わかるでしょ」

「謝罪に誠意が足りてないわね! もっと強く!」

「くっ――」


 それから執拗にアンジェリカは、私が息を荒げるまで何度も同じことを繰り返させた。

 やがて満足したのか、「もういいわ」と、手で合図し私を立ち上がらせる。


 ――こんなことくらいで、彼女に心が屈したりなんかしない。

 そう言い聞かせ、ポピアの元まで歩いていこうとした私の前を、数人の人影が塞いだ。メナと同じ黒ずくめの女たち。彼女の仲間か――?


「くく……は、あはははははは!」


 そこでアンジェリカはおかしくてたまらないというかのように哄笑し、身体を前に倒した。


「本気でその程度の謝罪で済むと思っていたわけ? 高貴な私を差し置いて金盞花の乙女たちに認められ、いい気になったお前を……私がどれだけ苦々しい思いで見てきたか!」


 アンジェリカは腕を振り払うと、狂ったように喚き散らす。


「ああ、腹立たしい……。貴族の血には、聖王国の歴史自体が詰まっているのよ! それをお前たちのような雑種が、小知恵を回し貶めようとするだなんて虫唾が走るっ! 人は、決められた分を弁えて生きていればいい! 泥は泥のまま床にへばりつき、一生輝ける宝石を見上げていればいいのよっ! 国が決めた秩序を、民が乱すな!」


 その言葉に、私はつい黙っていられずに言い返した。


「そんなのおかしい! 生まれつき何も持たない私たちから、努力する権利まで奪うの⁉ 人は誰だって、夢を見る権利があるはずよ! それが許されない仕組みなんて、絶対に間違ってる!」


 私たちの視線は激しく交わり、お互いの怒りをぶつけ合った。

 アンジェリカは憎しみに顔を歪め、断言する。


「心を入れ替え、生涯私に尽くすというなら、命だけは助けてやってもよかったのに。お前は私の尊厳を傷つけ過ぎた……ここで、殺す!」


 やれ――その命を受けた魔女たちが、腕をこちらに向けた。咄嗟に私は奇跡で盾を作り、彼女らが打ち出したものを防ぐ。氷や石の矢――やはり……魔法を使うのだと判断してよさそうだ。


 後ろのメナだけは、聖女同士の争いを楽しむよう静観している。私は魔女たちの攻撃を防ぎながらじりじりと後退した。それにしても――。


(いくらなんでも、ためらいが無さ過ぎない? 私のしたことは、こんなにも恨みを買うほどだった……?)


 煽る様な事を言っておいてなんだが、アンジェリカの行動は行き過ぎだ。聖女にまで選ばれた人間が、こうも簡単に殺人に手を染めようとするものか。


 魔法を防ぎながら、私はアンジェリカの髪に、あるものが付いているのを発見する。


「私の髪飾り……! あなたが持っていたの⁉」

「ようやく気付いたわね? お前如きの下賤な持ち物、砕いて捨ててしまおうかと思ったけれど……これは私の力を引き出してくれた。聖女会を支配するに相応しい力をね」


 彼女はアピールするかのように黒い髪留めに触れた後、手を突き出した。彼女の得意とする、“灰”の奇跡が襲い来る。


「これが貴族と凡人の力の差よ! 思い知れ!」

「……きゃぁぁっ‼」


 アンジェリカが生み出した灰の槍は、私の紙の盾を簡単に破ってしまった。灰は火から生まれるもの、相性難……そんな言葉が頭に浮かび――隙間を縫った魔女たちの攻撃が身体を掠める。


(うっ……あれは、なに⁉)


 ぞっ――と背中が粟立つこの感じはなんだ。

 殺意の籠った攻撃だからというわけではなく、普段なら白く光り輝く聖力が黒いものと混じり合い、本来の輝きを濁らせてしまっている。


 ただごとではない力の源が、彼女の鎖骨の辺りから流れ出しているのを見た。

 そこに光るのは妙な痕。生地の下からうっすらと明滅する、卍を逆さにしたような砕け十字。

 痛めつけられる中、メナという女の言葉が妙にはっきりと耳に届く。


「魔女が力を引き出すための石、ダスクムーン。どうして君がそんなものを持っていたのか知らないけど……。彼女は、君から奪ったあれの囁きに取り込まれ、自らの内なる欲望を解放させてしまったのさ」


 ある記憶が、唐突に頭を刺す。そうだ、先日私はラトラさんの肩にも同じものを見なかったか――。

 多くの情報が唐突に流れ込んで整理できずにいる私を嘲笑い、アンジェリカが宣言した。


「魔女ども! やつは私が直々に処刑するわ……捕えて目の前に引きずり出せ!」


 せめて、打ち出された灰の槍の進路を逸らし、なんとか躱したものの……その間に魔女たちは私を左右からがっちりと拘束する。


 奇跡を発動し振り払おうとするも、なぜかうまくいかない。魔女の放つ、私たちとは違う力が聖力のコントロールを乱しているの……?


「紙だなんて貧弱な奇跡で、よくも多くの人々をだまくらかしたものねぇ。ふふっ、安心なさい。お前を消した後、周りにはしっかりと広めておいてあげる。シーリ・アンテノアは大した力を持たないペテン師だったとね! でも、その前に――」


 なんとアンジェリカは、眼前に連行された私から、定めていた力の照準をポピアへと変えてしまう。


「ひとり始末するのなら、ふたりも一緒よねぇ? お前には、私に逆らったことを、心の底から後悔して死んでもらわないと……。さあ、お友達も仲良く連れて行ってあげなさいな。地獄へとね」

「や、やめて‼ 何でもするから、それだけは!」

「きゃははははは! もう遅いわ……さあ、断罪の時よ!」


 抑えつけられながらも、無我夢中で私は暴れた。その姿を引き出したアンジェリカは愉悦に笑みを深め、堪え切れない興奮の吐息が唇から漏れ出す。


(ポピアっ……ごめん‼)


 ――私が傍にいなければ、きっとポピアはこんなところまで付いて来ることはなかった。

 聖女会で初めてできた、一番の友達。大変な時期を一緒に乗り越えた最高のパートナー。


 失いたくない……その一心で私は、視界の奥に捉えた最後の希望に縋る。


「リナ……お願い! ポピアのことを助けて!」


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