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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
前編・聖王国編

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23・夜空の下で

 この世界の夜空は……なんて言えばいいのか、くっきりと間近にある感じ。

 星の光が、目に眩しいくらい強く届く。それが空気が綺麗なのか、本当に距離が近いせいなのかは分からないけど。


 今は建造物に囲まれていないから、見上げるとどこまでも境なく、遮るもののない星空に包まれる。それらを、近くの手触りのいい岩をベンチがわりに……外の空気を吸いに出た私はたっぷりと堪能していた。


(ポピアは……いっか。よく寝てたし)


 夕食作りに腕を振るった疲れもあったか。

 寝袋の中でぐーすかいびきを掻いていた彼女を起こすかどうか迷ったけど、明日から治療班の仕事で忙しくなる彼女を引っ張り出すのはかわいそうだ。親友との天体観測はまた次の機会に取っておこう。


 前の世界で名の知れたいくつかの星座を見つけようとはしたけど、やはり見当たらない。

 代わりに、こちらの夜空はカラフルな星々がまるで熱帯魚みたいにゆったりと動き回り、いつまで見ても飽きがこない。


「……お疲れ様。眠れないのかい?」

「え……あ、ありがとうございます。お気を遣っていただいて」


 真横から湯気の立つカップが突き出され、私は一拍置いてそれを受け取る。夢中になっていたせいでアルベール様が隣に来たのに全然気づかなかった。


「大変ですね、上に立つ方々も」

「なれれば楽なものさ。皆、こんな若造の言葉によく従ってくれている。君こそ、色々な人とうまくやれているじゃない。貧民街にいた彼らとか」

「あはは、あれは私じゃなくてラトラさんが……」


 他愛もない話を交わす中、紅茶が夜気で冷えた私の身体を温めてくれる。

 周りでも、警戒に当たる傍ら、仲間と語らう兵士たちの笑い声が時折聞こえてきた。


「見えるかい。あの緑の星がシェルジア、豊穣の神だね。あっちの赤いのが、灼熱の神グズエルトで、シェルジアとは犬猿の仲と呼ばれ、時々ぶつかって火花を散らすんだ。あの、青、赤、黄と連なる三ツ星は、サンとヨーとリメル。全能の女神メディスの息子たちで、三人でいつも仲良く天界を引っかき回してるんだとか。それから――」


 私がこの世界の星々について興味を持つと……隣に腰を下ろしたアルベール様はカップを片手に空を指差し、説明をしてくれた。どうやら目立つ星々はいずれも神様の化身だとされ――それぞれ信仰の対象となっているみたい。


 それから、あんまり星が多くて空が明るいせいか気付かなかったけれど、この世界には月がない。代わりに、夜空をバックにまるでくり抜かれたように――光を映さぬ真円が、夜になれば忽然と姿を現す。


 あれはどうしてなのか――聞こうとした私の口が、その神秘的な横顔に縫い留められ、別の考えが頭に生まれた。


 前に旅した時も思ったけど……アルベール様は貴族で頭もよくて、美しくて。なのにどうして、あえて戦場に出るような大変な仕事を務めているのか。


「あの……」

「ん?」

「すみません、やっぱりいいです」


 よく考えずに尋ねようとして、躊躇う。

 私の知る彼は優しい人間で、争いを好まないように見えるし、そこに立ち入りがたい事情がないはずはない。


「僕がどうして騎士団に所属しているか、かい?」


 だが、彼はそんな私の心情を的確に読み取ってしまった。


「君には、これから頼みたいたいことがたくさん出てくるだろう。だから今のうちに、その代価になるか分からないけど、話せることは話しておくよ。悪いけど、ここだけの話にしておいてほしい」

「はい」


 そして私が参ったという顔で頷き返すと……彼は自身について教えてくれる。


 だが、その一言目からしてが、言葉を失うに足る驚きの内容で――。



 長い足を組み替えた彼は、やや歯切れ悪く衝撃の事実を語ってゆく。


「僕はセイモア姓を名乗ってはいるが……実は聖王国の王妃ティリシャの、最初の息子なんだ」

「……ってことは、ええっ⁉ デュリス殿下と、本当はご兄弟であるってことですか⁉」

「うん、そう」

「な、なんとなく似ているな、とは思ってましたけど……。じゃあ、アルベール様の方が、王位継承権の優先順位が高いってことに」

「――それはない」


 対して……続けざまに質問を投げかけた私にきっぱりと言い切ると、アルベール様は星空の下唇に指を立てた。

 慌ててこちらが声のボリュームを落とすと、彼は片膝を抱え視線を空へと向ける。


「なぜなら……僕は、国王の血を継いでいないからね」

「それって……」

「僕は王妃が、国王と結ばれる前に授かっていた子供だってことさ」

「っ――」


 聞きたくなかった話だ……下手に誰かに話せば首が飛ぶ類の。夏場なのにスッと背筋が冷えた私に彼は羽織っていたマントを掛けると、語りを続ける。


「いつ僕が生まれたかとかの詳しい話についてはよしておくよ、憶測にすぎない部分もあるし。でも、それともうひとつの事情のせいで、僕は、殿下……弟のデュリスに次期国王という大きすぎる役目を担わせてしまった」

(事情……?)


 星明かりがなぞる彼の表情は静か過ぎて生きているか分からないくらいだ。だが、その声には、深い後悔が宿っているように聞こえた。


「聖女達の献身によって成り立つこの国でも……その長を務めるのは男子たる国王。だからこそ、その地位につくには国民を納得させる……王たる特別な資質が必要となる。わかるかな」


 アルベール様は、ぼんやりと聞くだけだった私の手を取り、まっすぐ目を見つめた。その時、私は気付いた。


「“奇跡”の有無……」


 彼は無言でうなずく。


 前にデュリス殿下から奇跡が扱えることは聞いていたけど――。

 驚くけばいいのか慰めたらいいのか、迷う私に彼は、まるで物語を聞かせるかのようにゆっくりと事情を話す。


「奇跡を扱える唯一の男子。聖王国の歴代の王はその力を示すことで臣下の支持を得て来た。でも僕は、母からその力を受け継ぐことはできなかった」


 羨むように私の手を握りしめた後、彼の手はだらりとしなだれ元の位置に戻る。


「そして、本来第二子であったデュリスに母親と同じ奇跡が発現したんだ。僕の存在はそれまで国王の命でずっと秘され、物心ついたころデュリスが第一子として発表された。それを期に母の遠縁の実家で育てられていた僕も、宮廷に呼び戻されることになった」

「そんな……。じゃあ、国の命令で騎士団のまとめ役や、殿下のお守りをやらされてるってことですか?」


 ちょっと勝手すぎないかと、私は憤りを覚えた。王様の子か不明だからと今まで遠くに追いやっておいて、跡継ぎが決まったから今度はその手伝いのために城に呼び戻す?

 私が他の世界から来た人間だから思うのかも知れないけど、他人の人生を何だと思ってるんだ……。


 でも彼は小さく首を振ると、私を宥めてみせた。


「怒ってくれてありがとう。でも違うんだ……聖騎士団入りはあくまで僕が志願した。一貴族として、胃が痛くなるような政権の奪い合いに手を出すよりかは余程健全だったし。それに母から受けついだ聖力を無駄にしたくはなかったからね。騎士団に籍をおけば、まだ小さい弟を将来自分の手で守ってやることができるかもって考えたんだ。でも……」


 再び美しい星空を仰くと、彼は溜め息を宙に逃す。


「宮廷で暮らすうちに、力不足を痛感したよ。守るどころか、弟は僕よりもずっと優れた力を持っている。そしてそんな彼も、衰弱してゆく母の助けにはなってやれない。僕ができることは、せめてこのささやかな平和を波立たせず、維持してゆくことだけ……」

「……このことを、殿下は?」

「知っている。どれだけ秘密にしたって当人同士顔を合わせばわかってしまうものだね。彼は兄のくせに不甲斐ない僕を嫌ってる。それはそれでいいんだ……きっと」


 アルベール様は夜空に向けていた顔を降ろし微笑んだ。だがその笑みはどこか寂しそうだ。彼の頑張りは、一番に理解してもらいたい人たちに伝わっていないから。


(この人も……家族だと認めてくれる人がいないまま、ずっと生きて来たのかな)


 アルベール様は多分、自身の恵まれた生まれは理解した上で、それ以上を周りに返そうと気を張って生きて来た。そして周りも、そうすることを当たり前に求めた。


 そして、また。私のことだってお荷物みたいに背負おうとしてるのか。


「……ごめん。ここまで話す必要はなかったな。言っておきたかったのは、君はとてもよくやってくれているってこと。巻き込んでおいてなんだが……聖王国のことがうまくいかなくとも、君が悔やむ必要なんてないから。全て僕らが責任を持つ……それだけだ」


 じゃ、あまり夜更かししないように――。そう言い残すと、彼は岩から腰を上げようとした。


「――待って」

「え――」


 そこで私はぐっと袖を掴んで引き留め――。


「……うわっ、何するんだ!」


 ぐしゃぐしゃっと、力任せに綺麗な金髪を思い切り掻き混ぜてやった。なんだか無性にムカっときたのだ。腰に手を当て、彼に顔を寄せて子供を叱るときのようにぐっと覗き込む。


「あなたがずっと、そんな態度でいるから悪いんです! どうせ今までいつでも誰にだって、自分はなんでもできる、みたいな上から目線の接し方しかしてこなかったんでしょ?」

「そ、それは……舐められないためにも立場上必要で」


 本当は年上の男の人にこんなことをするべきじゃないんだろうけど……。彼はもう、私にとって大事な恩人で友達だから。誰も言うべき人がいないなら、言ってあげなきゃ。


「たまには自分の顔を鏡でちゃんと見てください! 辛そうにしてるのに気づきませんでしたか? きっと苦しいことがたくさん胸の中に溜まって、どうしようもなくなってるんです。あなただって、普通の人間なんですから!」

「僕が……苦しんでいる?」

「ええ、そう」


 私の前世での後悔のひとつに、誰にも頼ろうとしなかった、というのがある。


 家族もおらず、周りの誰も信用できなかった。けれどそれにしたって私自身、交友関係を広げる努力を怠った。明らかな生活苦を、意地を張って自分でどうにかしようとして……。誰にも大変な現状を伝えようともせず、最後は潰れた。


 人はきっと皆、誰かに頼ることでしか解決できない問題を抱えて生きているものだと思う。


 彼の場合、私より身分も能力もある分、それをずっとこじらせてきた。なまじ人当たりがいいだけに周りの期待も責任も、すべて受け入れて。気付かない内に自分を擦り減らし、どこかで静かに消えてしまう、そんなパターン。そして彼が逝った後で誰かが嘆くんだ……こうなる前に、どうして誰も気にかけてやらなかったのかと。


 そんなの……許せない。

 私は彼に感謝してるから……だからそうなる前に、嫌われたってお灸を据えてあげなきゃ。

 遠慮なんてしてやるもんか、精神年齢で言えばこっちの方が上なんだし。


「アルベール様は自惚れ過ぎです! 誰も、自分の人生の責任をあなたに取らせようなんて思ってない。そんなやつがいたら、ただの恥知らずのバカだから、ほっとけばいいんです!」

「……急に手厳しいことを言うね、君は」


 彼はムッとした……。感情が動いたのはいい傾向だと、私はさらに言い募る。


「あなたが自分で自分を理解してあげないなら、誰かが言わないと。あなたはいつだって……どうせ誰も助けてくれない、最後の始末は自分でつけるなんて思ってる。聖女に関すること以外は」

「そんな……」

「そしてそれがダメならもう仕方ない、諦めるしかないって思ってるんでしょ。こんな打ち明け話をしたのもその証拠。私がたまたま、自分にできないことをできる聖女だったから。無意識に助けを求めようとしたんです」


 聖女>自分>その他――そんな図式が彼の中では完全にできあがっていて。

 そのことに日々劣等感を感じていた上、母親の窮地が重なって心の許容範囲を越えてしまった。だからこんな回りくどいやり方で、条件に合う私に相談してきたんじゃないだろうか。


「そう……なのかな」


 自覚でも湧いて来たのか、ショックを受けたように黙り込む彼を私は諭した。


「自分の心すら守れない人に、他人を守るなんてできませんよ。あなたにも、少し落ち着いて周りのことを見直す時間が必要なんでしょう」


 優しい彼のことだ、母親のことで心にダメージを負っていないはずはない。それに……わざわざ自分の境遇を納得してるように言い聞かせるなんて、完全にどうにかしたいっていう気持ちの裏返しじゃない。


「私が殿下から、あなたをどう思ってるのか聞き出してあげます」

「――っ! それは……」


 彼はばっと顔を上げたが、視線はふらふらと彷徨う。でも今は自分のプライドなんかよりも――。


「卑怯だとか、格好悪いとか考えなくていいんです。大事なことは、あなたたちがちゃんと話し合える関係性に戻ること、でしょ?」


 母親の危機だというのに、彼らの兄弟らしい会話はまったくなかった。

 それでも実のところ、殿下がアルベール様を本当に嫌っているのかなんて、分からない。


 もし可能なら……ふたりが仲良く笑い合うところを、私も見たい。


「やって、くれるの?」

「ええ。任せてください。だから、これからあなたはもっと、自分のことを大事にしてください」


 縋る様な眼差しをしたアルベール様にしかと頷きかけると。

 彼は自分の今の感情を噛み締めるように俯いた後、その場を立ちあがった。


「ありがとう……なんだか気持ちが軽くなった。もう寝るよ、君も身体を冷やさないように」

「はい」


 そしてどこか夢遊病者のようにふらふらと歩いていってしまう。予想と違う反応だけど――納得はしてくれたみたいだし。ま、いいか。


 もうちょっとだけ賑やかな星空を楽しもうと、私は引き続き空を見上げた。


(そう言えば、この世界に来てから寂しさだけは感じてないな……)


 ――厚手のマントは明日返そう。

 包まりながら背中に仄かに残る温もりを感じていると……夜空に今まで出会った人たちの顔が次々と浮かんでは消えた。



 そうして翌朝。


「よく寝たぁ……」


 あの後ポピアの隣で寝袋に潜り込み、ぐっすり朝まで眠り込んだ私が身体を起こしていると。


「おはよーシーリ。顔洗ってきたら? さっぱりして気持ちいいよ」

「うん」


 テントの垂れ幕が上がり、朝日と共にポピアが顔を出す。昨晩早寝だったぶん先にお目覚めだったようだ。


(ふう……気持ちいい朝)


 外に出て清々しい空気に触れ、仮設水飲み場で身支度を済ませていると、隣に誰かが並び声を掛けた。


「やあ、おはよう」

「おはようございま……わぁっ!」


 タオルで顔を拭うと、いきなり現れたのがアルベール様の笑顔だったので卒倒しかけた。後ろにぐらついた私の手を引っ張って元に戻すと、彼はいきなり現れたわけを弁解する。


「ごめんごめん、預けたマントを返してもらおうと思って。指揮官がこれじゃ格好がつかないからね」


 なるほど、よく見れば背中が寂しい。

 それもそうだと私は慌ててテントに取って返し、畳んでおいたマントを彼に手渡す。


「すみませんでした。昨日は言いたい放題言って」

「いや……正直目が覚めたよ。これからは自重して、無理は控えることにする。ところで……」


 そこでやや口籠ると、彼は私に尋ねた。


「昨日のこと、本気にしてもいいのかい? 僕の個人的な悩みごとで、君を頼りにしていいのか、とか」


 確かに、昨日はずいぶん偉そうなことを言ってしまった。その本人が素直に頼ってくれた人の願いを突っぱねるわけにはいかない。言葉には責任を持たないとね。


「もちろんです。ちゃんと殿下の内心も聞き出してみせますし、私でいいならなんだって相談に乗りますよ」

「――ありがとう! そう言ってくれると、とても嬉しい」


 その言葉を受けてアルベール様はぱっと顔を明るくし、私に手を差し出した。これから友人同士上手くやって行こう――そんなふうに解釈した私は遠慮なくその手を取ろうとして。


 ぐっ――と前に引かれ、そっと彼の腕の中で抱き止められる。


「代わりに僕も、君の望みを叶えるから。どんな願いだって言ってくれて構わない」

「そんな大袈裟な」


 勢い余った末のいきなりの抱擁を私は苦笑いしながら突き放すと、彼の顔を見上げた。 

 でも……その頬や目元は、なんだかいつもより赤みがかかったように見え、色っぽくて……。


「大袈裟かどうか、試してみてよ。それと君のこと、もう子ども扱いはしないから」


 これからは対等な関係で――そうウインクし、彼は手を離して去ってゆく。


(うーん……私のことを認めてくれた、ってこと?)


 それにしてはちょっとばかり情熱的な感じもして……やや首を傾げる。

 でもまあここは異世界、外国みたいなものだし、あれぐらいの反応おかしくないか。


「シーリ~! 早く着替えないと朝ご飯がなくなっちゃう~!」

「うん! すぐ戻る」


 探しに来てくれたポピアの声に反応し、私は大急ぎで寝間着を着替えに戻る。

 今ではすっかりと馴染んだ聖女服に着替えると、否が応でも身は引き締まった。

 大きな任務を控え、もうすぐここは戦場と化すのだ。しっかりしないと。


 それからすぐに野営地は人の気配で満ち……。

 大所帯での朝食が済むと、少しずつ兵士たちが放つ剣呑な気配で張り詰めていった――。


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