22・討伐業務
洋画の舞台にありそうな、サボテンの一、二本突き出てそうな寂れた荒野。
そこへ馬車で三日をかけて辿り着いた私たちは、愕然とした。
すでに聖騎士たちによる巨大な野営地が形作られていたからだ。
「わ……こんなに大きな規模なの⁉」
踏み台を降りつつ同乗していたポピアが驚くと、出入り口から顔を覗かせた私も目を見張る。
広大な土地に張り巡らされたテントの数は百を超えようか。
こんなにも多くの人間が対処に当たるほどなんて。改めて、どれだけ魔物が脅威とされているか思い知らされた気分だ。
「教本を読んできたのか?」
大地に降り立った私たちに――後ろから鋭い指摘が飛ぶ。
「基本的に小型魔物一体辺りの戦力比は聖騎士五人分。並みの兵士では二ダース分……今回は十体以上の魔物の出現が予測されているから、これでも少ないくらいだ」
堅い表情で続いて降りてきたのは、明らかに私たちとは格の違う、深い知性に品格を宿した聖女。
それも只者ではなく――金盞花の乙女がひとり。
爽やかな緑の短髪を肩口で切り揃え、胸に特別な金の紋章を輝かせたこの方は、“知”を司る、マール・ソレシオ様。彼女がルイーゼ様の代わりに、今回私たちをここまで連れて来てくれたのだ。
筆頭聖女の許可があるとはいえ、私たちはまだ聖女会に入って半年しか経たぬ未熟者。どうしても誰かお目付け役が必要になる。
それは本来なら所属班のリーダー、ミシェル班長がこなすところなのかもしれないが、彼女も多忙なため、今回マール様がその役目を買って出てくれたのであった。
「じゃ、あたしは治療チームのほうに挨拶してくるね!」
「ん……気を付けて」
ちなみにポピアは別行動だ。明るい彼女が消えると、どうしても私とマール様の間には、なんとも言えない張り詰めた空気が立ち込めてきてしまう。
……私、ちょっとこの人と合わないかも。
「あの……本日はすみません。我がままを聞いてもらっちゃって」
「ルイーゼから説明は受けた。聖王国の未来のためだ、仕方あるまい。……くれぐれも言いつけておくが、魔物をみつけてもお前自身は動くな、対応を他の聖女や聖騎士に任せて逃げろ。それが厳守できないならば、即刻回れ右させて聖都へ帰らせる」
「は、はい! わかってます!」
見ての通り、彼女の私に対する態度はちょっとキツめだ。最近の出来事でやや悪目立ちしている自覚のあった私は、イエッサーと敬礼し、歩き出したマール様の後に大人しく続いた。
今回聖女側討伐班の指揮を取るのは彼女だ。扱うのが戦闘向きの奇跡ではないため、後方指示役が適任なのだとか。
「私はお前を特別扱いする気はない。まだ……どう事態が転ぶかはわからんのだからな」
そう、前にルイーゼ様が話していたあの予言。
私がこの聖都に来ることができたのも、彼女の持つその力のおかげだったのだ。
この聖王国の未来を人知れず導いて来た、“記憶”の奇跡の――。
――初顔合わせの時、マール様は初めましてと挨拶した私にこう言った。
『初めまして……か。不思議なものだ、私は自らの奇跡で覗いた未来よりお前の存在を知ってから、その姿を度々頭の中で目にしてきた。どうも旧知の人間と再会したような、やや懐かしい気分でいる』
彼女の役割は、その奇跡によって聖王国に災いが起こらないよう監視すること。
その力は、物に宿る記憶を垣間見るという特殊なものだ。
過去から現在へ…そしてそこから延々と続く道筋を辿って、未来までも。
『じゃあ、その力で私が聖女に目覚めるところを見たと?』
『正確には、聖女になったお前がしでかしたこと、いくつかをな。あの世界書に触れることで』
マール様はこの奇跡で、直接人の記憶を見ることはできないようだ。
膨大かつ生々しい感情が付随した人の記憶を流し込まれることで、一度心が壊れかけてしまったらしい。
だから彼女は物に宿る記憶を見る。
それは人に比べ小さく断片的なものだが、持ち主などが強く想いを込めた時、縁のある物体も、微かにだがそれを記憶として蓄積する。
それにより、マール様は現在の守護役となった王妃ティリシャ様の記憶を世界書から読み取り、そこから分岐してゆく未来のいくつかで私の存在を知ったと、そう説明してくれた。
『お前がこれからいずれの道を選択するかは、正直私にもわからない。ある未来では国をも滅ぼす悪女となり、ある未来では多くの人を救う指折りの聖女となった。そんな不安定なやつに国の命運を賭けるのは抵抗がある……が、もうお前に託すしか未来を残す術はないのだ。私の知る限り、それ以外の可能性は途絶えてしまったからな』
そして彼女は、重たい責任を押し付けられてどんよりする私に、悔しさと悲しみの入り混じる顔で言い添えた。
本当はかつてもうひとりだけ、次の世界を担うべき聖女がいたのだと――。
◇
「……入るぞ。ぼさっとするな」
「あ、はい」
気になる言葉を思い返してぼんやりしていたせいで、マール様に叱られてしまう。
(『次の世界を担うべき聖女』、か……)
マール様の口ぶりでは、やはり私などではなく、聖王国の未来を託すに足る存在がいたみたいだ。その人は、一体今どこでどうしているのだろう。
現地に立てられたテントの内、一際大きなものの垂れ幕を潜ると、内部には大勢の人たちが集まっていた。殺伐した雰囲気に身体が強張る。厳しい顔で配置の確認を繰り返す聖騎士の面々、気合を入れて緊急時の対応を頭に叩き込む聖女たち。見るからに作戦本部といった様相。
「――シーリ」
だから、優しげな声の主が後ろから現れた時はずいぶん気持ちが落ち着いたものだ。
「よく来たね。君の席はあそこだよ」
「アルベール様!」
「黄雛菊級になって早々魔物との戦いを見学したいだなんて、少々無鉄砲だけど……。事態が急がれる中だ、柔軟に行動しないとね。ただ、マール様の指示にはちゃんと従ってくれよ?」
埃っぽい荒野にいただろうに、かの聖騎士団長の身なりには相変わらず一部の隙も無く。
いつも通りの様子にほっとした私は、あきれ顔でこちらを睨むマール様の隣へと着席する。そこで、あることに気付いた。
(――アンジェリカ⁉ どうしてここに……)
討伐チームの聖女たちの末席には、堂々と座るすまし顔の侯爵令嬢が。黄雛菊級に昇格していたとはいえ、どうしてわざわざ危険を伴うこんな場所に?
(まさか、私と張り合おうとか、そういうわけじゃないよね?)
さすがにそんなバカな理由で自分の身を危険には晒すまい。
いつもの取り巻きはいないようだが、なぜだか隣にはリナの姿もあった。ちらちらとそちら側を見ても、彼女たちが私を気にする様子はない。
「あの侯爵令嬢と何かあったのか?」
「……いえ」
今話すことではないので、マール様の問いには口を噤む。
周りには他の聖女もいるし、さすがにこんな大きな討伐作戦中に突っかかってくれば、下手なお咎めでは済まないはずだ。
大丈夫、何も起こるはずがない――そう決め込むと、私は背筋を正し作戦会議に集中した。
「では責任者も揃ったし、ここに作戦会議を始める」
そこからは、アルベール様が全体の音頭取り、マール様が聖女側のまとめ役として会議が進行してゆく。
「今回、聖女会法研の想定では、計二十三体の魔物が出現するということだ。その中の一体は中型で、かなりの危険が予想される」
会議用の黒板に貼られた大地図には、周辺地形や魔物の予想出現範囲が描かれている。
実は、事前にこうして魔物の発生位置や規模を特定し、体制を整えられるのはマール様の奇跡のおかげだけじゃない。法研のペーレ室長を始めとしていた上層部の人員には、王妃の封印と世界書にまつわる問題が開示され、予め協力が要請されているのだ。
長年の研究では、世界書について以下のことがわかっている。
よく見ると本のページに浮いた、夥しい数の黒ずみ。
今まで経年劣化のせいだと考えられてきたそれらは、法研の調査によればどうやら虚無――魔物の発生規模や時期とリンクしているらしい。そして一度魔物が出現した場所からは、時を置いてまた魔物が現れることもあるのだとか。
その事実が発見された当初から、黒ずみの発生の防止が世界書の劣化を遅らせることに繋がる、と色々な方法が試みられたそうだが……未だ有力な手立ては見つかっていない。黒ずみは王妃の封印をもってしても止められず、今も広がっている。
やはり魔物の出現が鍵を握っている。
その原因さえ分かれば世界書の崩壊を止め、王妃を救えるかも――。
「本作戦でも、もちろん切り札は聖女の奇跡となる。僕ら聖騎士で露払いは務めますから、あなたがたには中央に出現する大物……中型の相手をお願いしたい」
「了解した。では、今回作戦に参加する聖女達のうち、戦闘向きの奇跡を扱えるものを四つに分け、東西南北に配置させよう。もし聖騎士に危機が及ぶようなら協力し、くれぐれも怪我人を出さないよう、うまく処理してくれ」
「「はい!」」
意識がそちらばかりに向き、作戦内容から気が逸れていた私は聖女達の返事で気を取り直した。
マール様に選抜された四班のリーダーが詳細な持ち場を確認しつつ、各メンバーの役割分担を振り分けていく。そこで参考にされるのが魔物の成長度合いによる危機区分。やつらはサイズにより、大・中・小とランク分けされるんだとか。
基本的に出現するのはほぼ小型。孤児院にいた時に私が出くわしたのもこれね。サイズも人間大で、法具さえあれば一般人でも対処できるレベル。
だが、それも放置しておくといずれは中型――民家以上のサイズにまで成長する。そうなると、自らの意志をもったかのようにあちこちを這いずり回り、成長速度や物質の吸収速度も加速度的に増大する。並みの法具や聖騎士ですら手に負えなくなってしまう。
そして……一番放ってはおけないのが大型。
昔は発生場所を掴めずに放置され、比喩ではなく山みたいなサイズにまで成長したものがいたのだとか。
これは聖女会が結成されて以後、二、三度しか出ていないらしく……聖女が総出で戦ってなお多くの犠牲が出たらしい。伝説の戦いとして、物語にもされているくらいなんだって。
(二度とそんなのが出ないことを願うわ……)
それに比べると今回の中型はかわいいものだろうけど、これでも年に出現は一、二度の十分危険なサイズ。周囲の誰の顔を見ても、余裕が見られないのはそのせいか。本当に場違いな場所に来てしまった。
しかしアルベール様だけはいつも通り、涼しい顔で参加者たちの不安を受け止めている。
こういうところが、若くして皆からの信頼を得られた由縁なのだろう。
「今年最大規模の作戦になるかもしれないが、これだけの聖女に聖騎士と兵士たち、備えは十分だ。皆が一丸となれば、王国の平和は必ずや守られる。心配はいらない、ここにいる者たちは全て支え合う仲間だからね。苦しい時にも手を取り合い、全力でこの戦いを乗り越えよう!」
「「おうっ!」」
芯の通った響きのいい声で鼓舞され、全体の士気が目に見えて上がる。
作戦決行は明日の正午……それまでは待機時間で、各自準備を怠らないよう厳命され、その後は解散の運びとなった。
私たちは指揮を執るアルベール様とマール様を残し外に出ていく。
(私もポピアと合流して、周囲の地形を見回っておくかな)
付近には、東にちょっとした森があるくらいで、後は大体赤土に覆われた大地ばかり。この見晴らしのよさなら、魔物がどのあたりに現れたって気付けるだろう。
あっ……あの岩の上なんて、やつらがどこから出現してどんな行動を取るのか、観察するにはちょうど良さそう。
(…………?)
岩によじ登っていると、不意に視線を感じた気がした。
だが、振り返るもそこには誰もおらず、視界の奥にうっそうとした緑が広がるだけ。場違いな私が気に入らない誰かに睨まれたりしたのかと思ったけど……。
「神経質になりすぎかもね……あ、ポピア~!」
「シーリ! ちょっと手伝ってぇ、これから皆の晩御飯作るんだって~! ……え、薪をくべすぎ? わちゃちゃちゃ~!」
ここまで本気の戦いに出くわすことなんてほぼなかったし、きっと気が昂っているだけ。
結論づけると、私は近くで兵士たちに混じって火起こしを練習しているポピアに苦笑し、岩山から滑り降りていく。あらら、彼女の手や袖、煤で真っ黒だ――。
その頃――。
『あれを始末するのに協力して。おびき出すのは、この子がやるわ』
『いいだろう……侯爵は上客だからね。ただ、聖女殺しなんて面倒事の手伝い、礼金はたんと弾んでもらうよ』
離れた東の森の陰では――その後ろ姿をみつめ、穏やかでない囁きを交わす者たちがいたことに、シーリは気付いていない……。




