◇幕間 王国連議会(ジーレット侯爵視点)
聖女会の中間表彰式から三日。
我が娘アンジェリカがめでたく次の階級に昇ったという知らせが届いた、その午後。
「なりません、この男の甘言に乗っては!」
聖王国ランシルエルトの王宮内議会場では、鋭い声の応酬が響いていた――。
「大聖女制度を復活させるなどもっての他! 国王様、懸命なご判断を……あれが、過去どんな悲劇を招いたかご存じでしょう!」
「いや、失敗とは乗り越えるためにある! 長き歴史により聖王国が洗練の境地に至った今こそ、過去を払拭し大いなる栄光を掴む時! 国王と大聖女による二本柱が国の礎となれば、今に倍する勢いでランシルエルトは覇道を突き進める! 我が国と同等とされし魔帝国より抜きんでる時は、今しかないっ!」
対面では、短い緑髪の聖女――“知”を司る金盞花の乙女マールが激しい反対意見を申し立てている。
そしてそれと意見を戦わすのが、この私。
四十代で国王の側近という立場を確かなものとした大侯爵、ベレニュス・ジーレットだ。
対立する私たちの意見を耳にし、聖王国の国王――ガルベ・ソラス・ランシルエルトは深い溜め息を吐く。愛する王妃が長年臥せっていることの心労もあってか、その顔色はどうも優れない。
「双方の言い分はわかった。大聖女制度復活の提案に関しては検討の上、次の議会までには答えを出そう。しばし待つが良い」
この期に及んでも、慎重派のガルベ国王は制度の復活を決定しなかった。
しかし……極秘裏に掴んだ情報によれば、王妃はもはやいつ身罷ろうとおかしくはない。となれば、もはや制度の復活は時間の問題。私は余裕の表情で口角を引き上げ、会議の閉幕を見届ける。
「くっ……」
(ふん。その様子だと打てる手立ては限られているようだな。せいぜい足掻いて醜態をさらすがいい)
知の乙女マールは、私を強く睨みつけると早々に議場を後にしていった。
制度復活賛成派を見極め、牽制するつもりなのだろうが、そう簡単に事を進ませるつもりはない。私の目算で国王は九割がた、制度の復活を決断するだろう。
件の大聖女制度というものだが――簡潔に言えば、現聖女会の金盞花の乙女による三頭制を廃止し、組織を組み替えて大聖女ひとりに権限を集中させる試みだ。これにより、聖女会の意思決定の速度は早まるが、反面その方向性は大聖女となる人物の意思で染まることになる。
そして当然、私の目的はその大聖女に息の掛かった人間を据えること――貴族が中心となった聖王国の体制を取り戻すために。
「――上手く話を持っていったじゃないか、ジーレット侯爵。これで後は、アタシがあいつとルイーゼを追い落とし、聖女会の頂点に収まりゃ話は終わりなわけだ」
「声を抑えろ、レグマー伯爵令嬢。いや……力の乙女ヴィーナと呼んだ方が通りがいいか」
「どちらでも。アタシはアタシさ」
そしてその座を将来射止めることになるのが、会議中、マールの隣で沈黙を貫いていた妖しい美女。
もうひとりの金盞花の称号を持つ紅髪の女ヴィーナだ。
自身も身分があり、我々貴族連合の協力者である彼女のおかげで、計画は速やかに進行している。
でなくばアンジェリカが成長し、金盞花の乙女の座を手にする数年後まで待たなければならなかったところだ。連れ立って王宮を退出しながら、我々は密談に耽る。
「とはいえ、まだ油断はならぬがな。大聖女制度が復活し、貴殿がその地位に居座れば、自ずと聖女会における貴族の地位も確固たるものになろう。そしてこの王国のふたつの頂点、貴族連合と聖女会両方の権力を束ねることになれば――おっと」
その先を口にするのは、さすがに私にも畏れがあった。
だが、数年後には現実のものとなる可能性は、十分にある。ヴィーナもその手ごたえを感じているのか、滲む喜びを抑え切れていない。
「くっくっくっ。聖王国の全てを手にしようだなんて、ずいぶん大それた計画だよ。しかし……そのためには、このあたしにさらにデカい功績をくれないとねぇ」
力の乙女ヴィーナはその強大な聖力と奇跡を武器にライバルを蹴落とし……ルイーゼの七年という最短記録を塗り替え、入会から五年も経たぬ内に金盞花の聖女へと抜擢された逸材だ。
だが、達成の裏ではとある事件の混乱と、王国側の強い押しがあったことはほとんど知られていない。私はそれを主導しながら、現在の計画を大筋を固めていったのだ。
「あの時のやり取りがあったればこそ、私も魔帝国とのパイプを作れた。魔女と魔道具……あれらはずいぶんと役に立ってくれた。ふ……いつの世も不思議なものだな。こんなにも恵まれた国家でさえ、不満を抱き、安定を望まぬ人間が出てくる」
「アタシらのようにね。ったく、つまんない時代だよ……自分で何か起こさなきゃ、成り上がる機会すら訪れやしない」
ヴィーナは自慢の紅髪をがしがしとかき乱すと、粗暴な笑みを浮かべた。
「くふふ……下っ端聖女どももかわいそうに。まさかあいつらが駆けずりまわって死ぬ思いで対処してる魔物騒ぎが、同じ国の人間の仕業だと知ったら、どんな顔をするか」
そして彼女は周囲に誰もいないことを確認すると、馬車の陰で私の耳元に顔を寄せ、囁いた。
「それをアタシが収めてみせりゃ、大層な評価がもらえる。逆にこれまで手をこまねいたルイーゼは失脚だ。んで筆頭聖女の座を射止めた暁にゃ、制度を復活させ、二代目大聖女として会を欲しいままにするってわけだね。くひひ、そうなったらもちろん、後で礼はたんまりとくれてやるさ。なんだってね……」
「期待しているぞ」
ヴィーナは微かに首元に唇で触れると、その場から消えた。
私も迎えの馬車へと乗り込むと、窓から見える平和な景色に鼻を鳴らす。
(……まったく。何も知らん下々が。目の前のことにあくせくと汗を流せば、何の不満も感じず生きていける。その恵まれた生活を維持するために、貴き我々がどれだけの時間と犠牲を払っているか……。そんなことだから国の裏で何が起きているかも気付かんのだ)
誰もが、自分が生きている間は戦争などなく、魔物も聖女や聖騎士が勝手に対処してくれると思い込んでいる。命懸けで何かと戦うことなど想像もしない。あり得ないことだと、そう信じ切ってしまっているのだ。
だが、もうすぐそんな日常は破壊される。
今まで常識だと思っていた全てが覆り、大勢の国民が血を流すやもしれん。だが、その犠牲が今の王国の形を大きく崩し、新たな国家へと組み変えてゆく。
(そう……貴様らがなるのだよ。私が頂点へ上り詰めるための踏み台にな。フ……ククククク)
元は中級貴族の倅でしかなかった私が、この平和な時代で国王の側近にまで上り詰めるのは、相当な苦汁を飲む必要があった。
魂を悪魔に売る覚悟で上司の靴を舐め、恩人友人は蹴落とし陥れ、家族すら蔑ろにし……あらゆる者から奪い尽くして二十余年……。
しかしここまで来ても、生まれついての権力欲は私を突き動かすことをやめない。この渇望は、誰よりも高みで全てを見下ろさねば収まるまい。死ぬか、昇り詰めるかだ。
「お父様、お帰りになったのですね!」
「おお、アンジェリカよ。うまくやっておるか?」
屋敷に戻ると、珍しくアンジェリカが帰って来ていた。
私は唯一家族の中でこの娘に目をかけている。聖女の資格を持ちながら、自分と一番近しいものを感じていたからだ。
「お父様、折り入ってお話がありますの。すぐにでもよろしいかしら」
「……書斎で聞こう」
すなわち我が跡継ぎの内で、一番欲望に忠実かつ、勝利に憑りつかれた人間。
この娘も私と同じく、障害となるものを排除するのにためらうことはしないだろう。口を……封じることさえも。
思った通り、なんら罪悪感のない無邪気な顔で、アンジェリカはその言葉を舌に乗せる。
「邪魔な人間がいるの。私はお父様の娘として、いずれ金盞花の乙女にならなければならない。ならば、同期に私に並ぶような者がいてはいけないはずよね?」
「うむ、そうだな。そんなことがあってはならない。お前は絶対の存在として誰よりも早く金盞花の乙女へと上り詰め、いずれ至尊の王妃の座を勝ち取るのだからな」
我が肯定にニタリと口元を吊り上げ、アンジェリカは瞳を黒く陰らす。
すでにできているようだな、邪魔者を自らの手で葬る覚悟が――。
「手の者を数人用意する。とはいえ相手も聖女だ……簡単には始末できまい。うまくやれ……成長したお前の力を試す良い機会となるだろう」
「ええ。いつもありがとう、お父様」
それだけ言うと、娘は頬に軽くキスをし、部屋を後にする。
無論、私とアンジェリカの間に愛情など一切存在せず、あるのは互いの利害の一致だけだったが。
(このようなところで躓くことは許さんぞ。お前もまた、私の望みを叶える駒のひとつでしかないのだから……)




