19・封じられた場所
聖王国のお世継ぎ様が、目と鼻の先で眦を吊り上げている。
あまりの事実に、サーと青ざめた私はへなへなと腰を落とし。
そんな私の肩を、素早くアルベール様が支えてくれた。
「っと。シーリ、すまない……驚かせ過ぎたな。先に僕から連絡を入れておくべきだったね」
「い、いえ……。それにしてもとんだご無礼を! これまでの分を弁えぬ行い、どうかご容赦を!」
こっちの世界で通用するか分からないが、ひらにひらにと速やかに土下座の形に移行した私。
幸いにしてその態度はこの国でも通じたか、デュリス殿下はやや機嫌を戻すと、真上から声をかけた。
「そう、それが正しい。殊勝な態度に免じ、今回は特別にオレと言葉を交わす栄誉をくれてやろう。くれぐれも敬意を忘れぬよう心掛けることだな、ひよっこ聖女め」
「はは~っ、ありがたき幸せ」
何とか修羅場にならずに済んでくれた。
私は立ち上がると、おそるおそるデュリス殿下のお顔を見つめる。
やはり美しく、時が経てば乙女たちの誰もが焦がれる絶世の美男子に育つだろう。隣のアルベール様と雰囲気が似ているのが、わずかに気にかかる。
一方すでに傾国の美男の趣きすらある騎士団長様は、やや苦労の滲む表情で私に囁いた。
「僕らには、色々と事情があってね……」
「――余計なことは言うなよ」
それをぴしゃりと遮ると、デュリス殿下はルイーゼ様に命じる。
「そんなことより、用事を済ませるならさっさとせよ。オレとて忙しい最中求めに応じ、こうしてわざわざ姿を見せてやったのだからな。ふん……そこなひよっこに、あの事態をどうこうできるとは思えんが」
相変わらず一言多い彼だが……それよりも気になるのは、そのもったいぶった口ぶりだ。成り行きを見守っていたルイーゼ様が申し訳なさそうに詫びた。
「ごめんなさいね。一度ゆっくりとあなたと話してみたかったのは本当。でも、今はそれより聖女としての任務を優先させてちょうだい。あなたにもぜひ、協力してもらいたいの」
(ど……どういうこと? アンジェリカとの諍いを仲裁してくれるとかじゃなくて?)
てっきり勘違いしていた私に多くは語らず、「では、参りましょう」とルイーゼ様は先に立ち場所を移しだす。
殿下はこちらをちらりと見て後に続き、私は不安ながらもアルベール様の隣りに付いてゆく。
「あ、あの……。今からどちらに?」
「心配せずとも、目的地はこの上さ」
彼が天井を指差した通り……ルイーゼ様は大聖殿の昇降台に私たちを乗せ、最上階の三階へと運んだ。道すがら彼女から、もうすぐ直面することになる出来事の概要が明かされてゆく。
「ふふ。あなたからすれば、ここにいることが不思議でならないでしょうね。でも……私たちは以前からあなたとの出会いを楽しみにしていたわ。三乙女のひとり、“知”を司るマールの予言によって」
「予言……まさか、未来予知ってやつですか⁉」
知の乙女――確かルイーゼ様と同じ壇上に立った、緑の短髪の女性のことだ。
まさか聖女とはいえ、そんな荒唐無稽な能力まで扱える人がいるとは――目を瞬かせた私の反応に、ルイーゼ様はくすりと笑った。
「確定的なものではなく、色々制約も多いらしいわ。力を使うと、彼女が知りたいと願った時期での、ある場面が頭に浮かび……分岐先の未来がいくつか見えるというの。その奇跡で得た情報により、私たちはあなたのことを知り、アルベール様に探しに行ってもらった。あの日、聖王国の未来を左右する重要な聖女が生まれるはずだからって」
「人探しは得意だから。マール様に教わった特徴を聞いたら、近くまで行けばすぐにわかったよ」
嬉しそうなルイーゼ様に、相槌を打つアルベール様。しかし、彼らの視線を私は真っ直ぐに見返すことができない。
「ご……ご存じでしょうけど、私の奇跡ってそんなたいした物じゃないんです。“紙”、ですよ? そんなものが、王国の未来を左右するだなんて――」
それこそさっきの予言みたいな、もっとすごい力がいくらでもあるはず……。
実力と大きく隔たった評価に居心地が悪く、なんとも言えない気分で黙り込むうちに三階へと到着する。
ルイーゼ様はそんな私に特に気を悪くした様子もなく、昇降台から降り立った。
向かうのは白薔薇以上の聖女しか住むことを許されない区画の奥。この辺りになると、私たち聖女であっても軽々しく出入りすることができない場所だ。
最奥に辿り着くと、驚くことに存在を知らされていないひとつの階段があった。
そこは上下に通じ、さらに上層があったとは知らなかった私は目を見張る。
「構いませんね? アルベール様、殿下。シーリを封書室の中に入れても」
「ええ。僕は彼女に期待します」
「勝手にしろ。どうせ、何も変わらない」
対照的なふたりの許可を受け、ルイーゼ様は上り階段の先へ。
いったい、封書室とは――?
何も知らされずに同行し、疑問ばかりが膨れ上がっていく私の前に現れたのは、ひとつの重厚な扉だった。
大聖殿にはそぐわない、鋼板を何枚も貼り付けたかのような堅固な表面。
そこに描かれた複雑な幾何学模様の中心には、見たことないサイズの宝玉――おそらくサンホワイトの大物が、ぼんやりと浮かび上がる。
それはルイーゼ様が触れると虹色に煌き、反射光で彼女の身体を照らしながら模様を伝い光を走らせてゆく。
やがてそれが全体に行き渡ると、石が擦れるような重い音がして、ひとりでに扉が開いていった。
「この扉は王家の血筋の者か、それに認められた金盞花の乙女たちしか開けることはできない。くれぐれも、内部のことは秘密にしておいてくれ」
「は、はぁ……」
さらっと国家機密的なことを説明されて背筋を冷やしつつ、私はアルベール様の後ろに付いて部屋に入った。
“封書室”なんて呼ばれる辺り……確かに本だらけだ。四方の壁は窓を除いてくまなく本棚と古書に囲まれている。でも定期的に換気されているのか、埃っぽい感じはしないな……。
不思議だったのは、それらの背表紙にはひとつとして題がなかったこと。
みだりに手に取って確かめることもできずそのまま踏み入ると……ある時、ルイーゼ様の肩越しに見えた光景に、私は息を呑んだ。
「これ――――なに……?」
まず目に入ったのは豪華な寝台。
そしてそこに白い顔で横たわる、痩せ細った金髪の美女。
しかし、それら以上にあるものが私を動じさせた。
脇に拵えられた石の台座。その上で、何かがゆっくりと旋回している。
こぼれる金色の光に目を細めながら近づき、じっくりと眺めて、ようやく私はその正体を認識する。
――本だ……一冊の。
近づくまで判別できなかった理由は、その歪な形状にある。
背表紙の役目を果たす螺旋を描いたスロープ状の板紙の上に……延々と、上から下まで夥しい数の紙片が綴じられているのだ。
まるで、気の触れた芸術家が作りあげた先鋭的なオブジェのごとく。
それは奇妙な存在感をもって、私の好奇心を吸い寄せていた。
(いったいルイーゼ様は、ここで何をさせようと……?)




