17・貧民街の再開発計画
アルベール様に助けられて以後、一月。
あれから、アンジェリカたちから直接的な手出しがあった、ということもなく。
妙な噂にも怯えずに済み、意外と図太く平常心で過ごせていた私はというと……。
「――ふーっ! やっと終わった」
今、貧民街の一角で、両手を前に出したポーズのままどさっと腰を下ろしたところだ。
長くそうしていたせいで焦点がしばらく定まらないが……やがて瞳は像を結び、見上げるように巨大な物体がひとつ、視線の先に現れた。
『家』である。それも、真っ白けでサイコロみたいな形の。
これがたった今、私が奇跡によって生み出せしもの――。
先日のようなアンジェリカの襲撃に備え、私も手をこまねいていたわけじゃない。
あれから自分なりに奇跡の使い道を探り、聖力を鍛えて、こんなサイズの物質までを創り出すことができるようになったのだ。
班長から、創造型の奇跡は一般的にサイズや強度、性質……修練次第で使用者の想像力の赴くままあらゆる要素を操れると教わった。なので私は、生み出す紙のさらなる変化に取り組んでいった。
形状の変更をマスターしたら、まずは圧縮し密度を高くしたカチカチの板紙を作成。こうすると、元が木材繊維だから並大抵のことじゃ壊れない。緊急時、盾や武器としても使えそう。
加えて弱点の克服。紙は温度変化や水濡れに弱い。それを乗り越えるため参考にしたのは前世の紙コップ。
化学的なコーティング剤なんてこちらの世界にはないので蜜蝋で代用。耐熱性への難は、私のイメージ力の出番だ。貧民街で精力的に活動するチームポトフの手を借りて練習する内、熱と水分に長期間耐えられる紙素材を生み出すことに成功した。
結果耐水性と硬質化、ふたつの力を紙に持たせられるようになり……それを利用して私は貧民街にてある計画に着手し始めた。
それが【王都貧民街の再開発計画】。
私の力でここを、新たな住宅地に変えるのだ――。
「へぇ……よくできてる。奇跡っていうのはとんでもない力だね」
「でしょ。自分でもちょっとだけそう思うわ」
差し伸べられた手を借りて立つと、私は隣に佇む赤毛の女性に笑い返した。
彼女はラトラさん。お察しの方もいるかもしれないが、この間アンジェリカと結託して私を陥れようとしたその人だ。
「ラトラ姐さん。それじゃ、俺らで中を調べさせてもらいます」
「ああ、よろしく」
手下の若者たちが、ずらずらと建物の玄関を潜る。
私がどうしてこの人と行動をともにしているのか、その辺りも色々あった。リーダー格の彼女が仲間の後ろに続き、私もそれに伴い建物の中へと入っていく……。
(ちゃんと協力してくれるようになってよかったな……)
ラトラさん含め、あの時捕えられた若者たちに関しては――聖騎士団の調査で事件前にジーレット侯爵配下との接触が確認された。今は一旦釈放され、アンジェリカの手の者と再び接触するかどうか、監視状態にある。
とはいえ、尻尾切りにあった可能性は濃厚で、このまま貧民街に戻ったところでろくな仕事も就けそうにない。そこで私は、再開発計画を進めるため彼女たちの手を借りることにしたのだった。
ラトラさんは、彼らを含む十数人の身寄りのない若者たちと、レッドテールというグループを作っていた。ほとんどが社会のはみ出し者だとはいえ、中には計算がよくできる者や大工仕事に長けている人間もいる。
元々、この世界の建築基準についてはそこまでしっかりしたものではないらしく……彼らは私の建てた素人住宅が住めるものか判断してもらうのにぴったりだった。
というわけで――。
「しかし君もよくわからないな。罪を問わないと思ったら、私たちみたいなのに仕事まで斡旋して。憐みかい? それとも恩を売って何か得でも?」
ラトラさんは間取りや柱の位置、床の分厚さなどを器具で測る仲間の仕事ぶりを見張りつつ、ちらりとこちらを見る。
「さあね」
それに対し、私は両手を軽く上にあげ応えた。
別に同情でも単なる気紛れでもない。強いて言うなら……う~ん、罪悪感かな。
彼女たちを見捨てることは簡単だけど……でもそうしたら、一緒に育ったリオン達に顔向けできなくなっちゃうような気がして。
そりゃ、この事業を始めるに当たって面倒事も多々あったよ。
アルベール様に手を借りて、貧民街に打ち捨てられ所有権も定かではない土地の持ち主を確認したり。国に返還されているものは格安で買い上げられたけど、そうでないものは手に入れるのに交渉が必要で、頂いてた支度金も結構使っちゃった。
でも、そこからは彼らも手を借してくれ、スムーズに再開発に乗り出すことができている。
今後はどんどん古くなった家屋を撤去し、住宅を建てていくつもり。
半分公共事業のようなもので、国から出る助成金をラトラさんたちの給金に当てられる。
だから、皆も張り切って動いてくれていて……。
「ゆくゆくは、この建物を使って身寄りのない人たちが安心して住めたり、事業を始めたりしてさ。立ち上がる力になったら素敵じゃない?」
彼らが頑張る姿を見てると、こっちも自然とやる気が出てくる。
今後の目標について私が明るい顔で言うと、ラトラさんは呆れ顔で浅い溜め息をついた。
「そのお人好しなやり方が、どこまで通用するか見物だけど……せいぜい利用させてもらうよ」
まだ彼女達も、恵まれた私たちに対しての不信感が払拭されたわけではないんだと思う。
でも、私だって孤児であった頃のことは忘れていない。
貧しいのは確かに苦しい。けど、慎ましい生活の中でも自分を認めてくれる人たちと暮らせる場所さえあれば、きっとすべてが不幸じゃない。
(そんな場所を、ここに作りたいな。ん……あの傷は?)
床の強度を確かめようとかがんだラトラさんの鎖骨あたりに、妙な傷跡が。赤黒く……十字の四方が折り砕かれたような。
そういえば彼女ったら、ほっぺたのナイフでざっくりいった傷を治さなかったんだよね。何でも、自分への戒めのために残したいんだってさ。それと同じようなものなのか……なかなか頑固なところがある彼女に、再三の治療を申し出ようとした時――。
「シーリ~! こっちも終わったから、一緒に帰ろ! ――あーっ、悪者!」
別の場所で仕事していたポピアが、私の居場所を嗅ぎ付けて室内に駆け込んできた。彼女はラトラさんを見るなり私を自分の方へと引っ張ると、ぐるっと唸りをあげた。
「変なことしなかったでしょうね……!」
「そう毛嫌いしないで欲しいね。雇い主の恩人に喧嘩を売ったりはしないさ」
「ふんだ、あたしはまだ許してないから! 行こ、シーリ」
ラトラさんはあの頬の傷をアピールするようになぞる。
それでもポピアは納得せずに舌を出すと、強引に私の手首を掴み連れ出した。
最後に直近の予定表をラトラさんに預け、引きずられるようにして貧民街から離れていく。
「危なっかしいよ。あんな人たちと仲良くしてさ」
「でも、皆が根っから悪い人ってわけじゃないよ。結局怪我もしてないし」
「ダメだよ! そういうのが、後で後悔の元になるんだから」
未だに心配なのか、頭から湯気を立てポピアは私のことを怒ってくれた。
でもそれも無駄だと悟ったのか、手を離すと話題を早々に切り替える。
「はぁ……お小言はここまでにしとこ。そういえば明日の中間表彰式、楽しみだよね~」
「ああ、そういえば……」
明日は聖女会の大講堂にて、今年度前期の中間成績優秀者を讃える表彰式があるんだとか。最近忙しかったし、ごく身近な人にしか興味のない私は全然意識してなかった。
金盞花を除く各階級から一~三名、そして今期の入会者から特別に五名。聖女会の活動にて、多大な貢献をしたと認められた人間が表彰台に上がるのだとか。
けれど、たかが内輪の表彰式と侮るなかれ。聖女は国家の象徴、権勢を左右する。
なんせ歴代の国王の結婚相手として軒並み名を連ねるのが金盞花の乙女たちなのだ。そうなれば、その試金石となる各期の表彰式の重要性は自ずと知れたもの。
さらに……この結果を踏まえて来年の年度末。改めて班別の総合成績や本年度の最高成績取得者が決まるとなれば、どの聖女も無関心ではいられない。昇級すれば祝い金も頂け、国中に素晴らしい聖女だと認知される。今後の生活で困ることもなくなり言うことなしだ。
そうそう……ちなみに聖女の力のピークは概ね二十代後半からか三十代。四十を過ぎるとほとんど失われてしまうとされる。よって多くの聖女がそれまでに業務を退き、然るべき家柄に嫁ぐ、あるいは聖女会傘下の教会関係者として生きることになるのだとか。
その際にも、聖女時代の活動実績が物を言うため、このイベントは私たちの今後を占うかなり重要なものとなる――のだけど。
(そんなことより、私にとってはアンジェリカの暴走を抑えてくれる人探しの方が重要かなぁ……)
侯爵令嬢である彼女の策略から身を守るには、同等以上の権力者の協力が必須だ。アルベール様やミシェル班長にも相談してみたけど、まだ明確な方針は定まってない。
今のところ自分達で最低限、身の回りの警戒をするしかなさそう。
「うっふふ。もしかしたらシーリやあたしが表彰台に上がっちゃったりして。いや~、明日から街でひっきりなしに声掛けられちゃうかもしれないわ! おめかししとかないと~!」
謎の自信を窺わせるポピアの能天気さが羨ましく……私も張り詰めすぎても仕方ないかとしばし現実逃避してみた。
さぁて、今日の夕食の献立、何かしら~……?
◇
――そして翌日。
「うっひゃ~……さすがにこれだけの人数が揃うと、壮観ねぇ」
「うん。なんせ聖女だけじゃないものね……」
聖女が所属する班が計二十、それぞれに二、三十名の班員が在籍しているとして、それだけでも五百人余り。
プラス国内外から集まった物見高い権力者たちが集っているのだとすると、来場者は千人を越えるかもしれない。普段周りの視線を意識しない私でも、なんとなく圧迫感で背筋が伸びてしまう。
あ、アルベール様も来てる。聖騎士団団長ということでか、貴賓席に招待されているようだ。美しい身なりは相変わらず衆目の目を余すとこなく惹き付けて――あれ?
(あの隣にいる子……どこかでみたような)
「どうかした?」
「う、ううん……なんでも」
あれって、こないだ大聖堂でアルベール様が探してた少年だよね。
こんなところに連れてくるなんて、相当お偉い貴族の息子さんなんだろうか。
美形がふたり並ぶあの一角だけ、スポットライトが当たってるみたいに眩しい。
他にもつい物珍しく、私はお上りさんよろしくきょろきょろ周りを見渡してしまった。するともうひとつ、とある一角に異彩を放つ一団が。
人数は少ないけど――ひっそりと佇む黒装束の人々がこちらの関心を惹き付ける。
「ねえ、ポピア。あれどこの人? 王国ではあんまり見ない衣装な気が……」
するとポピアはあわわと口に手を当て、私の顔の向きをぐいっと変える。
「ダメダメ! あれ、多分お隣の魔帝国のお偉いさんだっ! じろじろ見たら魔女に呪いを掛けられちゃうよ!」
「え、そうなの?」
私はよく知らないけど、普段能天気なポピアがこんなに怯えるくらい怖い人たちなのかな。確か座学でちょっとだけ齧ったけど、彼らと戦いがあった時代もあったらしいし……。
「…………(ぎろっ)」
(――っ! やばっ、一瞬目が合っちゃった)
ちらちら視線をやっていると――黒い三角帽子の女性たちの脇に控えた、これまた真っ黒な軍服を纏う男性がこちらを向く。
彼は険のある黒瞳を見開き、私を凝視してくる。気分を害させたのかと、すぐに目線を床へ向けた。
(ふ~、怖かった)
しばらくそのままでいたが……何事もなく、ほっと息を吐き出す。
あの一角に再度顔を向ける気にはなれない……。でもなぜだか、今は恐れとは違う感情が胸に湧き、自然と指先が頭に付けた髪留めに触れた。日本で見慣れていた黒髪に親近感でも覚えたのだろうか。
「ねえ、ポピア。魔帝国って――」
「あっ、始まるよ!」
しかし、そんな疑問ははしゃいだ声に掻き消され。
「お見えになるぞ、あの方たちが……」
参列者の期待の籠る呟き。
静まり返った場内で、コツ、コツ、コツ……と。
ヒールで床を叩く音が開始の時の訪れを告げ――。
壇上に現れたのは三人の女性。
いずれも、普通の聖女とは一線を画す美貌に、超然とした雰囲気。
ひとりは――柔らかみのあるペールグリーンの髪を短く切り揃えた、物静かな女性。
ひとりは――燃えるように豪奢な深紅の髪を見事に結い上げた、気の強そうな女性。
そして、最後にそのふたりの間から進み出てきたのが――目も覚めるような青の長髪を緩やかにウェーブさせた、深い慈愛を宿す女性。
語られずとも知れた。
いずれの胸にも輝く金の紋章が示す通り、彼女たちこそがこの聖女会の頂点に君臨する……最も尊き三人の聖女に違いないと。
「――では、皆様」
凪いだ海のように静かな。
しかし、全てを包み込む穏やかな声で、青髪の女性が告げる。
「此度はお集まりいただき、誠にありがとうございます……。ここに、聖女会第480期・中間表彰の式典を開催いたしたく思います」
――ワアァァァァッ……!
その言葉だけで会場が大きく湧き、ボルテージが最高潮に達した。
それほどの威厳と説得性を持ち合わせた、聖女の中の聖女たち。
それは――普段は身分だとか地位とか、高価な装飾品だとか、そんなものに心動かない私の記憶にも。
眩く触れ難い、神の使いのような存在として刻み込まれる……!
(あれが、当代最高の聖女たち……‼)




