16・民間支援業務②
「どうしたというのです? この事態は……」
その場に計ったかのように現れたアンジェリカが、わざとらしくも赤毛の女性を労わるように事情を尋ねかける。
すると、さも苦しそうに息を荒げた女性は、腕に縋りついて私を指差した。
「私たちは、仲間とただ楽しく過ごしていただけなのに。急にあの聖女様が現れ攻撃してきたんです! 『聖都に蔓延る汚いウジ虫どもめ。お前たちに安息の場など必要ない! この街から追い出してやる』だなんて――。宥めようとしても、話すら聞いてくれませんでした」
(よく言う……いきなり襲い掛かってきたのはそっちの癖に)
やけに芝居慣れた様子で、彼女は私を憎々し気に睨み、糾弾する。
「私たちが一方的に傷つけられたことが、何よりの証! あなた方が来てくれなかったら、殺されていたかもしれません。いくら我々が立場の弱い民だとしても、ひどすぎます!」
野次馬たちが同情を示し、私は唇を噛む。
茶番だと言い返したいとこだけど、完全に向こうのペースだ。私が無傷なことに加え、男を含めた大勢を小娘ひとりが圧倒したという異常が、周囲の判断を鈍らせている。
そこに拍車をかけるように、アンジェリカが詰りかけた。
「国民を虐げるなど、聖女会の者として失格! 聖女シーリ、今すぐ私たちの下に投降なさい! でなくばこのことを上層部に報告し、然るべき処罰を与えてもらうわ」
この迷いない態度からも窺える。
彼女は端からならず者たちに私を襲わせ、私が捕らえられればよし、失敗すれば周囲を巻き込んでの問題行為を追求しようとこうして現れたに違いない。どちらにしても私を聖女会から排除するつもりなのだ。
こちらからアンジェリカに敵意を向けたつもりはないのに……あの優しそうなリナさんまで巻き込み、ここまで大掛かりな罠を仕掛けてくるとは。
せめて私は毅然として言い返した。
「私は攻撃なんてしてない! 傷は彼らが自ら刃物で付けたものよ、調べてもらえば分かるはず――」
「おっほっほ、よくもまあ白々しいこと。どこに自分を自分で傷付けるバカがいるの。このような嘘つきが同じ聖女だとは嘆かわしい限り。――どう思われますか皆さん、彼女は聖女の立場を笠に着て、力の弱い民をいたぶろうとしたのです‼」
彼女の演説に、様子見半分だった周辺住民もだんだんと、辛辣な目で私を見るようになっていく。状況は、かなりよくない。
「ミシェル班長を呼んで。彼女なら、私の潔白を証明してくれるわ」
公正なあの人であれば、相手側ばかりの発言を鵜吞みにはすまい。きちんと調べ上げてくれるはず。だが、彼女たちが私の言葉に耳を貸すはずもなく。
「はっ……仲間を呼んで言い逃れするつもり? そうはさせないわ……ローザ、ミレル!」
「「はっ!」」
アンジェリカはすぐさま取り巻きのふたりに命じ、私の後ろ手をロープで拘束させた。
「何するの、離して!」
「もちろん、このまま聖王国に引き渡すのよ。どのような判断が下るのか楽しみね」
「くっ……」
瞬く間にできあがった正義と悪の構図。背中が嫌な汗で濡れた。
王国側に引き渡すとは言うが……それがもし、彼女の父親ジーレット侯爵の息がかかった者たちなら?
聖女の資格を剥奪されるだけならまだしも、さらなる汚名を着せられることもありうる。
「何の証拠もないのにこんなこと……おかしいわよ! お願いです、どなたか別の聖女に知らせて!」
「反省の様子が見られないわねぇ。皆さん、これが彼女の本性! このような者が聖女としてのさばることを許せますか!」
「そ……そうだ、そうだ!」「国民はあんたらの玩具じゃないぞ!」と――人垣からのヤジに加え、石やごみが投げられて身体にぶつかった。たとえ誤解だと分かっていても、助けようとしていた人たちから拒絶されるって、こんなにも苦しいんだ……。
「さあ、ふたりとも。その恥知らずを引っ立てるわよ」
悔しい……私の言葉はこの街の誰にも届かないのか。
それでも……心ある誰かがこの騒ぎを収めてくれることを祈らずにはいられない。
(……お願い、誰か気付いて!)
◇
アンジェリカの取り巻きたちに背中を蹴飛ばされ、無理やり廃墟から引きずり出されようとした――その時。
「――君たち、何をしている!」
重苦しかった私の気分が一気に晴れる。
覚えのある声と共に、堅い靴音と数名の集団が駆け寄ってくるのが見えたからだ。
先頭にいた白服の男性が、堅い表情で告げた。
「これはどういう事態だ。誰か、説明してもらえるかな?」
雰囲気を一変させたのは、部下を伴って現れた聖騎士団団長、アルベール様の姿。
「セ、セイモア卿⁉ それに聖騎士団の方々、どうしてここに」
「我々がこの街を巡回して周っているのがそんなに驚くことかな。それより……」
想定外だったのか、アンジェリカの態度にわずかな動揺が生まれた。
私は精一杯彼に視線を送る。助けて――と。
微かにアルベール様が頷いたように見え、彼は周囲を見渡すと状況を把握し、こう告げた。
「何らかの傷害事件が発生したようだね。詳しい説明をもらえるかな? ジーレット侯爵令嬢」
アルベール様はまず、この事態を掌握するアンジェリカの言い分を聞き始めた。
彼女がこちらに罪を着せようと好き勝手言うのは明白だが、ここは彼を信じるしか――。
「見ての通りです。あろうことか聖女シーリは奇跡を用い、廃墟で友人たちと過ごしていた若者たちを襲撃しました! 神に賜った力を私憤のために用いるなど、聖女会の恥。私たちは責任をもって彼女を衛兵たちに引き渡そうとするところだったのです」
アンジェリカは自信満々に告げ、怪我をした女性に憐れみの目線を向けた。
だが自らでいっこうに治療するそぶりを見せないその姿に、アルベール様は思うところがあったようだ。
「失礼……。かわいそうに、綺麗な顔が台無しだね」
「あっ」
アンジェリカをやんわりと押し退けると、赤毛の女性の顔の傷を優しくハンカチで拭う。女性の方も虚を突かれ、思わず顔を赤らめた。だが……彼は顔をじっと覗き込む視線を突如白けたものに変えると、後ろの部下たちに命じる。
「皆、応急処置がてら倒れている人たちの傷口を改めてくれ。念入りにな」
「――っ、なぜ⁉ 必要はないはずです、彼らは私が聖女会の方たちを呼び、責任を持って治療させます! 聖騎士たちの手を煩わせるまでもありません!」
それにはアンジェリカも過剰な反応を示した。
彼女は聖騎士たちを制止しようとまくしたてたが、アルベール様は無視して赤毛の女性の腕の傷をハンカチで縛り、静かに尋ねる。
「お嬢さん。あなたの傷は、あちらの白い髪の聖女によってつけられたものだということで、間違いはありませんか?」
「え……ええ。我々はその聖女にひどい仕打ちを受けました! どうか報いを、聖騎士様!」
「そうですか……」
はっきりとした言質を引き出した後……彼は強くアンジェリカを見据え、こう発言した。
「ではこれは茶番だ。即刻聖女シーリを解放し、己が過ちを認めることです、ジーレット侯爵令嬢」
「な、なんですって‼ 公正な聖騎士団団長のお言葉とは思えません! 何の証拠が⁉」
目を見開き、食って掛かるアンジェリカ。
しかしそれを眼力で黙らせると、アルベール様は押し殺した低い声で淡々と証拠を提示していく。
「これらの傷……どれも明らかに浅くいびつなためらい傷だ。刃の入る角度からも、他者から付けられたものとは判断しがたい。お前たち、そちらはどうだ?」
「ハッ! どれも団長の言われた通り、刃物による傷です」
アルベール様は部下の返答に頷き、さらに続けた。
「あの倒れている人らを包むシート状の紙は分厚いものだ。角などを利用したならともかく、血がついた箇所もばらばらで、あれを武器として血を流させたというのは無理がある。お嬢さん、君の話したことは本当に正しいのかな?」
冷ややかに見下ろされ、赤毛の女性は言葉に詰まる。
そこでアンジェリカが助け舟を出した。
「きょ、凶器は別だったのでしょう⁉ あの痴れ者が、追及することを恐れて消したに決まっています!」
確かに、聖女は自らが生み出した物を消すこともできる――けれど、その言い訳は彼には通用しなかった。
「ふむ。だとすればあなたは何をもって、彼女が住民たちを傷付けたと決めつけたのかな? あなたは事件が起きた後この場に駆け付け、すぐさまシーリを犯人と断定し連行しようとした。少しばかり判断がせっかちすぎますね?」
「……それ、は」
侯爵令嬢の視線は、痛いところを突かれたというように左右に惑い……そこでアルベール様は、とどめの一言を投げかけた。
「ジーレット侯爵令嬢。あなたがあやふやな推測の元、聖女シーリが傷害事件を起こしたと訴えるなら、我々も聖王国の法に則り綿密な調査を行わざるを得ません。結果、どのような事実が裏に隠れていたとしても」
それでよいのか――と彼は視線で問う。
「な、なんだよ……。じゃあ結局、俺らは騙されてたってことか?」
「大きな声じゃ言えないけど、お貴族の聖女様が貧民の肩を持つなんておかしいと思ったのよ」
ひそひそ周りからそんな声が聞かれだし、敵意の視線が外れてアンジェリカたちの方へ向かい始める。逡巡するような沈黙がしばし流れ……。
その中でふっと、アンジェリカは微笑んだ。
「失礼いたしました。私としたことが、怪我人に寄り添い先走り過ぎてしまいましたわね。ローザ、ミレル、聖女シーリの拘束を解いて差し上げて」
「「は、はい」」
戸惑いがちの取り巻きにロープを外させ……こちらを一瞥もせずにふたりを呼び戻すと。
令嬢は優雅にスカートを開いてお辞儀をする。
「騒ぎを大きくさせたこと、陳謝させていただきますわ。では、ごきげんよう」
これ以上場を混乱させることは望まない――そんな様子でアンジェリカたちは人垣に目配せし、この場を抜け出してゆく。住民達はわけがわからない様子で、不満の声を漏らした。
「さて、お嬢さん。真実を話す気はあるかな?」
「見捨てられたか。こちらの負けだね……捕まえるなり拷問するなり、どうぞお好きに」
「ね、姐さん!」「あんただけでも逃げてくれ!」
聖女を陥れた上、まだ罪を重ねるか――質問の意図は明確に女性に伝わり、あっさり赤毛の女性は非を認めた。
周りに転がるならず者たちが叫ぶ中……その様子を見た私は、アルベール様の隣に駆け寄り、小声でささやく。
(あの、アルベール様。このことは、大きく追及しない方向で進められませんか?)
(シーリ……それは――)
(助けていただいたことには感謝してます。でも彼女たち、アンジェリカに無理な条件で従わされたのかもしれないから)
(だとしてもだ。君は自分にひどい罪を押し付けようとした彼らを、許せるのかい?)
(分かりません。でも、後味の悪い思いをしたくなくて……)
やや不満そうな口調のアルベール様に、私は左右に首を振った。
このまま彼女たちが罪を問われ、アンジェリカとの関わりまでを口にしたなら。
立場の弱い人間達だ、口封じに存在を消されてしまう可能性まである。それだけは避けたい。
(……まあ、どうせこのことを問題にしても実質、ジーレット侯爵側を罪に問うことは難しい。相手側を刺激したくないという君の考えはわかった。今回はなるべく穏便に済ませよう)
アルベール様は肩を竦め、女性にその意思を伝えた。すると彼女は軽く目を見開き、信じられないという顔でこちらを見た。
紙による拘束を解いた後、ならず者たちは応急処置を受けた上で拘束され、聖騎士たちに護送されていく。それらを見届け、アルベール様は言った。
「気を付けてくれ。今回は運よく助けられたが、もしジーレット侯爵令嬢が本格的に君を排除しようと動き始めたなら、これだけで危機が終わる可能性は低い」
「そうですね……」
正直、ここでアルベール様が来てくれなければ私の人生は詰んでいた。
次の策略で自分だけじゃなく周りの人まで巻き込まれた時のことを思えば、あらかじめ対応を考えておく必要がある。
「上司に相談してみようかと思います」
「うん、それがいい。僕の方でも、有効な手立てを考えておく。しばらくは決してひとりにならないように」
アルベール様は何かあればいつでも連絡するように告げると、手を挙げて去ってゆく。
本当に……彼には力になってもらってばかりだ。聖女として国に貢献することで返せていけたらいいんだけれど。
「すみませ~ん、どいてどいてっ! 知り合いが騒ぎに巻き込まれたんですってば――シーリっ⁉」
「……聖騎士たちと入れ違いになったようですね。大丈夫でしたか?」
「ポピア、それにミシェル班長!」
騒ぎの情報が伝わったのか。真っ赤な顔で飛び出して来たポピアが勢いのまま私に抱きついた。ミシェル班長も厳しい表情で、こちらを気遣う。
「来る途中で第八班の面々とすれ違いました。焦っている様子でしたね。彼女たちがあなたになにか仕掛けたのですか?」
「はい。幸い騎士団のアルベール様が助けに入ってくれて、事なきを得たんです」
事件の収束を察した周辺住民も、それぞれが腑に落ちない表情を浮かべたまま元の場所に戻ってゆく。
私はふたりに事情を説明がてら感じていた。
ここにくるまで、ふたつの世界で誰かを明確な敵として認識したことはない。
あのシスター・ラミニでさえも。でも……。
(アンジェリカだけとは、きっと話し合いでは分かり合えない。そんな気がする……)
今になって出た肩の震えを抑え、指先に強く力を込めた。
聖女会に来て数ヶ月。私を取り巻く聖女会の状況は、もう大きく動き出している――。




