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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
前編・聖王国編

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◇幕間 脚光にふさわしきはただ一輪(アンジェリカ視点)

 ソーサーに置いたカップがカチリと音を立て、私の苛立ちを余計に助長する……。


「気に入らないわね……。その話、本当なの? ローザ、ミレル」

「間違いなく。他班の聖女から、同じ話を幾度も耳にしましたもの」

「あたしもです~」


 優雅なティータイムだったはずが、たったひとつの報告でぶち壊しになるなんてね。


 ――我が名は、アンジェリカ・ジーレット。

 聖王国が誇る大侯爵家の長女であり……いと高き血を継ぎながらも、聖女の資質まで天上から賜った選ばれし者。


 この側に侍るふたりの少女も、下級とはいえ同じく貴族の出身である私の賛同者だ。家の力を使い、他班からこの第八班へと移らせた。


 班の長もすでに抱き込んでおり、班員はいずれも私がいち早く上の階級に上り詰めるための援助を惜しまない。


 必ずや私は、この第八班を足掛かりに多くの聖女の忠誠を集め、聖女会に確固たる地位を築く。


 そして誰よりも早く金盞花の聖女の一角を射止めるのだ。

 目標とするあの深紅の髪の乙女のように――!


(だというのに……あのような孤児風情が、聖女会を悩ませていた大問題を解決に導くなんて!)


 私は改めて決意する。

 聖女会に存在することすらおこがましい、下賤の白髪娘め。目障りなやつは必ず、私がこの手で聖女会から追い出してやる……!


「でも――今はそれよりも罰せられなければならない者が、目の前にいるわね」


 その宣告に肩を強く震わせ、足元に跪いた少女が竦んだ。


「リナ……どうして私に教えなかったの? 聖力を溜め込む性質を持つ種のことを……」

「も、申し訳ありません、アンジェリカ様!」


 リナ・ハストン……聖都の寂れた区画で暮らすとある花屋の娘。


 三つ編みにしただけの、飾り気のない焦げ茶の髪に陰気な顔。

 本来なら私と向き合って話をすることすら憚られる卑しい下級平民だけれど……今は慈悲深くこうして同室に招き(かしず)くことを許している。


 だってこの聖女会、前時代的な規則で特例を認めず、使用人の帯同すら許さないというんだもの。高貴な者の時間を奪わぬためには、それなりの待遇が必要だというのに。


 だけれど……彼女のような不調法者では、いない方がマシというものね。


「アンジェリカ様は理由を訪ねていらっしゃるのよ、このボンクラ!」

「そうよ、お前みたいな大した奇跡も使えないクズ聖女。アンジェリカ様が拾ってくださらなければ、聖女会を追放されても文句は言えない。ご恩に報いようとするなら、お役に立つことは細大漏らさずお伝えするのが義務でしょう!」

「で、でも……あの種があんなことに役立つなんて」

「それって口答え? 生意気ねぇ」

「ぁ……」


 ミレルに前髪をがっと掴まれ、リナはか細い悲鳴をあげた。


 下級国民など、躾のなっていない犬と一緒ね。この子も母親がいないせいで、まともな教育も受けられなかったんでしょう、嘆かわしいこと。


 はぁ……神はなぜ身分を問わず聖女の力を賜るのかしら。


 いいえ、御心を疑うなどもっての外。やはりこれも我々に課された試練と捉えるべきかしら。神々はおそらく我ら貴族の優れた資質を持って聖女会を(ただ)し、そのご威光を世に知らしめよと仰っているに違いない。


(ならば私が上に立ち、新たな制度を打ち立てて聖女会を変えましょう)


 私は理想の聖女会の在り方を頭の中に思い描く。


 まずは、出自による明確な区別を徹底させ……家格の低い者を、徹底して聖女会から排除してやる。最近は、聖女と言うだけで卑しい血筋の者を家に迎え入れる貴族も多くて、王国貴族の血脈が汚染されているもの。


 そして今後は王国と同じように、聖女会も高位貴族が中心となって運営させる。

 これはお父様のお考えだけど……その改革を進めることにより、聖女と貴族に分かれた今の権力は一本化される。さすれば必ずこの聖王国は、今をも凌ぐ栄華の時を手に入れることでしょう。


 そのためにも、あのような下賤のものに今後出しゃばらせる機会など、与えてはならない。今後馬鹿な考えを抱く者が出ないよう、あれと周囲の者には自分たちの不遜をたっぷりと思い知らせてやらないとね……ふ、ふふ。


「――ああ。いいことを思いついたわ」


 発した声に、ローザとミレルは罵声を止め、リナは慈悲を乞うような顔でこちらを見上げた。席を立つと震える彼女を笑顔で覗き込み、はっきりと命じる。


「リナ、お前に挽回の機会をあげる。シーリ・アンテノア――身の程知らずのあの娘を陥れ、聖女会からの評価を大きく落とさせなさい」

「そ、そんなこと、できませ――」


 乾いた音が手のひらで弾け、リナの身体がどっと横倒しになる。

 ローザとミレルが引き起こし無理やり顔を向けさせた彼女に、私は気持ちよく痺れた腕を振ると、そのまま言って聞かせた。


「やれ。今度丁度いい舞台があるわ。複数班合同での民間支援業務……そこでお前はあいつをうまく誘き寄せるの。そうしたら後は私たちでやってあげる。それとも、あれの代わりにお前が聖女会から追い出される方が好みかしら?」

「そ、それだけは……!」


 途端に涙目になり、彼女は足元に縋りつく。

 知っているのよ、この娘が貧しい父親の店を立て直すなんてみじめな目的のために聖女になったことくらい。ふふ……今さらここを追い出されて、おめおめと実家に帰れるわけがないわよねぇ。


「じゃあ従うしかないわね。……そうねぇ、見事あのシーリを騙し、聖女会から締め出すことができたら、今後のことも配慮してあげてもいいわ。お前の働き次第では、父親の店を陽の当たる表通りに戻してやってもいいかもしれないわね?」

「っ――⁉ …………わ、かり、ました」


 唇を噛み、ぎゅっと手のひらに爪を立てリナは頷く。

 覚悟は決まったようでなにより。


 これで後数ヶ月もすれば、あの目障りな孤児の話で耳を汚すこともなくなるでしょう。聖女会の頂点に昇り詰めるためにも、不要な雑音はさっさと取り除くに限るわ。


「長き歴史を乗り越え、洗練された我々の貴族だけが、聖王国の未来を担うにはふさわしい。その要となる聖女会を手中に収めるため――」


 私は手を、テーブルの上に置かれた花瓶の中身……リナが実家から持ち出してきた田舎臭い花々に伸ばすと。


「余計なものは、こうしてやる!」

「あぁっ!」


 掴み出し、思い切り床へとぶちまけた。

 そして悲痛な鳴き声を無視すると、原型を留めなくなるまで花々を踏みにじる。


 最後に一輪だけ……完全な状態で残った薔薇は持ち上げ、元通り器の中に戻す。


「輝くのは私だけ、他の花は要らないわ。お前たち、わかったわね?」

「はっ!」「もちろんです!」

「…………」


 掠れ声で何かを呟くリナ。見下ろす私と遜るふたり。

 これが正しい。私を阻む者は居てはならない。存在するのは従う者と敗者だけ。


(でもまあ、余興くらいはあっても構わないかしら)


 どんな物語も、英雄だけの活躍では物足りない。

 ふさわしい愚か者がいてこそ、勝者の徳は際立ち、賛美される。もう一輪、萎れかけの白い花を見つけると拾い上げ、薔薇の隣に低く差した。


(ふふふ……精々無様に足掻き、枯れゆく様で私を楽しませてちょうだいな。シーリ・アンテノア)


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