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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
前編・聖王国編

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14・新たな聖筒

 名残惜しくも、食後に追加で頼んでくださったハーブティーをひといきで胃の中へ流し込むと――。


 ふたりで一緒に向かったのは、寂れた区画の一軒の花屋だ。

 正直、アルベール様が通うのならもっと目立つお店を想像していたけど、今はどうだっていい。売り物の花が立ち並ぶ店先を潜り、勢いのままカウンターの奥へと声をかける。


「お忙しいところすみませ~ん! 少し聞きたいことがありまして!」

「ああん、なんだぁ? 聖女と、あんたはこないだの……」


 厳めしい顔をした店主さんは突然店に来た私たちを訝しがったが、事情を話すと、すぐにあの鉢植えの種がどのようなものかを明かしてくれた。


「なるほどな……。実はありゃ、亡くしたカミさんが作ったもんなんだ――」


 聞けば、あの種は病没された奥様が品種改良の末に作り出したものらしく、長らく使い道もないまま倉庫にしまわれていたのだとか。彼は奥から大量の種が入った袋を持ってきて、その一粒を私に渡してくれた。


 指先ほどの、乳白色の丸い種。

 聖力を込めてみると、種はしっかりと漏らさずに与えられた力を溜め込む。


 内で輝く淡い光に懐かしむような目を向けると、店主さんは告げた。


「うちのカミさんはなぁ、聖女の力はあったが病弱で仕事を続けられなくてな。聖女会を退いた後、俺と結婚して実家の家業を継いだんだ。可愛い娘を生んじゃくれたがその後……色々あってすぐに亡くなっちまった。この種はあいつの品種改良の成果でな……まだ聖女の力を使って誰かの役に立ちたいって未練があったんだろう」


 大事な人を失った悲しみは未だ癒えないのか、しばらくじっと目を閉じた後、彼はぐっと大きな袋をこちらに押し出してくる。


「――んなわけで、ほらよ。これは持っていきな」

「で、でも、奥さんの形見みたいなものなのでは……?」


 好きに使ってくれていい――そう言ってお金も受け取ろうとしない店主さんに戸惑う私たち。しかし彼は、しんみりした表情を照れた笑顔に変え、鼻の下を擦ってみせた。


「へっ、気にすんなって。あいつも苦しんでるお仲間たちの役に立てるなら本望だろ。こいつらだって、ずっとこの倉庫で活躍の機会を待ってたんだ。いい潮時さ。連れて行ってやってくれ」

「そういうことなら……はい! 大切に使わせてもらいます!」


 私たちは約束すると、大きな袋を抱えこじんまりとした花屋を後にする。


 店主さんは気難しそうに見えてとても優しい人だった。

 彼のような温かい人々がこの街にもたくさんいるだとしたら――私も。

 これから仲間たちと一緒に彼らの生活を盛り立てていこう……今回の件はそんな風に思わせてくれる出来事となった。



 そしてこれは、その後のお話。


「――今日はありがとうございました!」

「――転ばないように気を付けて!」


 私は、店を出た後アルベール様に大聖殿まで送ってもらい、お礼もそこそこに真っ直ぐ研究室へ。そしてペーレさん改め研究室長に、「新しい聖筒の素材候補が見つかった」と伝えた。


 その報せに室長はすぐさま緊急で主だった人を集め、会議を開いてくれた。

 そこで私は来る間にまとめておいた計画を発表する。


 筒は従来のものをそのままに、中に水分をたっぷり含ませた土を詰め、あの花の種を植えておく。すると聖力を籠めることで種が目覚め、力の受け皿となってくれる。


 当然種の成長にも力は使うが、それは以前垂れ流れされていた量に比べてごくわずか。発芽までかなりかかることも、実際に育てている私が実証済みだし、聖力を宿したまま長期間の保存が可能となる見込みは高い――というわけだ。


 これを聞いたペーレ室長は大いに反応を示した。


「――お、お手柄だよシーリ君。こ……このアイデアは、法具界に革命を起こすぞっ!」


 そして彼女は、「君主導でこの研究を進めてみないか?」と申し出てくれた。

 だが私とてまだ見習い、ずっとこの研究室に入り浸りになるわけにもいかない。後のことはお任せしたいと伝えると、喜色満面で請け負ってくれたんだ。


 そうして――あっという間に新聖筒の製造計画は立ち上がり……花の種の温室と、実験用のたくさんの数の聖筒が直ちに配備されたという。


 以降なにかと暇を見つけて研究室を訪ね、話を聞いたところ。

 新聖筒の製作は順調で、当初想定期間の三倍以上の保存が可能となる見込みなのだとか。


 冷暗所で保存すれば、筒の外まで芽が出ちゃう……なんてこともないみたいで。

 大聖殿の一角に作られた温室も、心の荒みがちな研究班の人たちにとってよい憩いの場になったみたい。


 ――それから店主さんの奥様のことだけど……。


 その花を作り出した聖女がいることを伝えると、室長は感激し王国へ掛け合ってくれた。どうも、その花の育成者権(品種に関する特許みたいなもの)が存在するから、それが家族のものと認められるよう手配してくれたんだって。


 当の聖女が亡くなった後だし、時間はかかると思うけど、多分あの店主さんも喜んでくれると思う。


 これで私の果たすべき義務は、一応果たせたはずだ。



 そこからさらに日数が経過したある日……。


 無理な過重労働に終わりが見え、活気が出て来た研究室の中でペーレさんは嬉しそうに話す。


「シーリ君、本当に感謝するよ。これで多くの聖女達が激務から解放され、我々の研究も聖女会から大きく評価してもらえることだと思う。皆……喜ぶがいい! 来月からはいくらでも休暇申請を受け付けてやるぞ!」

「やったー! やっとゆっくり眠れる! 八時間なんてみみっちいこと言わないで、一日中ベッドの中から出ないもんね~!」

「ひゃっほー! 私、この忙しさが落ち着いたら、彼と旅行に行くって決めてたんだから!」

「私は実家に里帰りする! 楽しみね!」


 イベントフラグになりそうな宣言がそこら中から聞かれ、聖女たちの歓声は中々鳴りやまない。多くの聖女達が未来への希望を感じてくれたみたいで、本当に良かった。さて……私はそろそろお暇したいところなんだけれど――。


「うーむ、素晴らしい功績だよシーリ君。ミシェル班長にもこのことはしかと伝えておこう」

「はあ、それはありがたく存じますけど。その……?」


 なぜかさっきから、室長がギュウと握りしめた手を離してくれない。

 私が疑問符を浮かべていると、室長はぐっと身を乗り出し、真剣な表情でこう言った。


「そこでなんだが……シーリ君。君にはぜひ、見習い期間が終わり次第我々の班に移籍し、共にこの研究室で働いてもらいたい!」

「えぇぇっ⁉」


 ひ、引き抜きのお誘い⁉

 研究へのひたむきな情熱を瞳に宿した室長は、驚きを隠せない私に次々とまくしたてる。


「大問題をたちどころに解決してみせた、その素晴らしい発想! そして、苦しむ同僚のため労を惜しまないそのサービス精神! 君の力は必ずや、この研究室にとって不可欠なものとなるであろうっ! なあなあ~頼むよ、我々の班に移籍してくれたまえよ~! 副室長……いや次期室長のポストを用意するからさ!」

「いやいや……」


 言い逃れのため、ベテラン聖女達がなんていうかと周りに視線を送ったものの、彼女たちまで期待の眼差しでこちらを見つめているじゃないか。


 それを見てなんとなく理解した。

 おそらく、研究室の仕事がハード過ぎて、誰も室長の後釜に座りたくないんだ。

 そんなの私だって、法具開発にこの先の人生を捧げる覚悟なんてないんだから……!


「ご、ごめんなさい! 私、まだまだ他の仕事も体験してみたくて。代わりに、またお役に立てるようなことがあれば協力しますから! じゃ、今日はこれで!」

「逃がすかっ、こうなったら、全員でシーリ君を捕まえろっ! 多少無理やりでも構わん、契約書にサインさせるんだっ! やり遂げた者には私から金貨五百枚のボーナスを出そうっ!」

「室長太っ腹!」「シーリちゃん、私たちと一緒に働こうよ!」

「――っ⁉」


 五百万円のボーナス、正気⁉ 

 大金につられた研究班員たちが、私を生贄に捧げようと群がってくる。


 だがこっちだって聖女の端くれ……身を翻すと紙の奇跡を駆使。

 白っぽい研究室の壁や床に擬態してどうにか姿を晦ますと、へとへとの状態で扉の外に退避した。


(はぁ~疲れた。もうしばらく研究室には近づかないんだから……)


 汗をハンカチで拭うと時刻はもう二時を回り、ある約束への時刻が迫る。

 敷地外へ続く正門へ急ぐと、そこには――。


「おそ~い。あんまり待たせるから、迎えに行こうか迷ってたんだよ」

「ごめんごめん。ちょっとひどい目にあってさ」


 待ちくたびれて口元を尖らせたポピアを始めとする、第五班の面々が待っていた。


(その様子だと、ペーレからの話は断ったのですね)


 中でも一際威厳を放つミシェル班長に小声で訊かれ、私もこっそり囁き返す。


(もちろんです。まだまだ私、この班の皆と色んなお仕事をしたいですし)


 どうやら彼女には、予め移籍の誘いは伝わっていたみたい。

 何も言わなかったのは、きっと私の考えを尊重しようとしてくれたのだ。

 うん……やっぱり、法具の研究に興味がないわけじゃないけど。今はまだ、ここにいる皆たちとの絆を深めていきたい。


 本日は、こないだアルベール様に連れられたあのカフェを皆に案内する予定だ。

 ポピアにお土産を買って帰るのを忘れた、その埋め合わせも兼ねて。


 そして私たち見習いの歓迎会及び班員の親睦会ということで、費用はミシェル先輩持ち。色々と丁度いいタイミングが重なったみたい。


「滅多にないチャンスだし、たっくさん高いケーキ頼んじゃおうよ。ベル」

「班長に叱られない程度にしておきなさいよ、リアナ。ケーキもいいけど、私はお茶の方が興味あるわね~。新物が出回るいい時期だわ」


 いつも元気な治療班の両先輩に、まだ交流を持ったことのない人たちもいるけれど、皆上下なく笑い合えるこの雰囲気が、私は好き。


「では行きましょう。シーリ、案内役はお願いしますよ」

「はい!」

「待ってよぉ~」


 先をゆこうとした私の手を、ポピアが後ろから引いて、じゃれつきながら隣に並んだ。ちょっとくすぐったいけど……でも、こういう時間がいつまでも続くといいな。


 皆と一緒なら、ここが自分の街だって胸を張れる日も、きっとそう遠くない――。


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