13・アルベール様との面談
「う~、くるぢいよぉ~。もうあたししばらく外に出ない……」
「バチが当たったんだよ、ポピア」
大聖殿、寮内のベッドにて。
シーツをひっかぶり寝間着でぐったりとうつ伏せたポピアを、よそ行きの格好の私は腕組みして見下ろしていた。
聖筒の件で悩まされつつ仕事漬けの数日が過ぎ――せっかくゆったり過ごせる数少ない休日が訪れたっていうのに。
先日法研から脱走したポピアだったが、運悪く寮の部屋でサボっていたところを捕えられ、治療チームのリアナ先輩たちに連行されたそうな。聞くところによると、夜遅くまで包帯ガーゼ生産にぎりぎりまで聖力を搾り取られたんだってさ。
そんな自業自得な彼女を見捨てて、今私は出掛けんとしているところ。
いや、別に遊びに行こうというわけじゃない。本日は聖女になって以後、初めてアルベール様に生活状況を報告する日なのだ。実はちょっとだけ、そわそわしている。
「うぅ、シーリィ~、あたしを見捨てないでぇ」
「聖力の使い過ぎぐらいで死にゃしないって先輩に言われたでしょ。お土産買って来るから、ベッドで大人しくしてなさい。何が食べたい?」
「……バルミィ・ブリーズ堂のレモンタルト。ワンホール」
「ホールで⁉ 冗談でしょ⁉」
バカ丸出しの宣言に振り返ると、ポピアは人差し指と親指で丸を作り、青い顔でよだれを垂らす。
バルミィ・ブリーズ堂はポピアお気に入りの洋菓子店で、上質な素材を使いつつも庶民に手の届くリーズナブルな値段を実現した素晴らしいお店だ。ファンも多く、貴族の人もお忍びで買いに来るほどらしい。
にしてもワンホールはどうかと思うけど……ま、食べ切れなかったら研究室の人たちへの差し入れに回せばいいか。
「わかったわよ。太っても責任は取らないからね」
「うへへ……いってらっしゃい。早く帰って来てね」
シーツの下で丸くなったポピアの背中をポンと叩くと、私は忘れまいと出がけに、窓際の鉢植えに水と微量の聖力を注いだ。
手を包んだ仄かな光がふわっと、中で眠る種子へ注がれ、土を内側から照らす。
まだ芽も出ていないが、わずかずつだが放つ光が力強くなっている。どんな花を咲かせるのか、今から楽しみ。
「元気に育つんだよ~」
そっと鉢のふちに触れ、生命の鼓動を感じるように目を瞑ると、今度こそ私は扉から外へ出る――。
◇
しかし、大聖堂を出発した後でも、なんだか自分の身なりがやけに気になってしまう。
(どーも落ち着かない。服も化粧もポピアにお墨付きをもらったし、間違いないと思うんだけどな~)
思えばこれまで、男性とふたりきりで出掛けるようなことをした記憶は皆無。
特に前世じゃ、親無しの地味な小娘のプライベートに介入してくる奇特な人なんて、いなかったし。
胸に手を当てると、今さら怖気づいてしまってることに気付く。
アルベール様にとって、私が単なる保護対象にしか過ぎないと分かってはいるのだけど。聖都まで気楽に旅してきた時の自分が羨ましい……。
でもまあ、これも乗り越えるべき人生経験のひとつ。割り切った私は深呼吸をすると、待ち合わせ場所へと急いだ。
だが……表門までの道のりを歩いていたら、進行方向で妙な人だかりが。
(あちゃ~……)
「――シーリ! 待ってたんだ、さっそく出発しよう!」
もちろんその中心は、豪華な馬車と外出着姿のアルベール様。
そりゃ、類稀なる容姿と聖騎士団長の肩書を持つ彼のこと。
こんな未婚女性たちの園に姿を晒して騒がれずに済むはずがない。
弱り切った様子で聖女達に取り囲まれた貴公子は、強引に人垣を割ってくるとこちらの手を引いた。
好奇と嫉妬の視線でグサグサ刺されつつ、私たちは馬車の中へ。
「あはは……待ち合わせ場所を間違えましたね」
「ああ、悪かった……。これからは少し離れたところにでも止めるよ」
車が動き出し、大量の女性の相手で早速消耗した様子のアルベール様は引きつった顔で前髪をかき上げる。しょうがないよ……だってこの人、衣装さえ着ればそこらの聖女より、よっぽどらしくなれそうだもの。
私だって女だ、綺麗なのは羨ましい――そんなこちらの視線に気付くと、彼はふと微笑み、今日の格好を褒めてくれた。
「その服可愛いね。よく似合ってる。自分で見立てたのかい?」
「あっ……え~と、ポピアが服屋の娘だから、彼女に見繕ってもらったんです」
正直なとこ、清潔さを意識した白メインの服装は、いつもの聖女服とそう変わりない。だけど社交辞令でも褒められるとまあ、嬉しくはある。ちょっぴり顔を熱くしたまま、私もアルベール様を賞賛した。
「そちらの方が素敵ですよ。さすがにいつもの騎士団服の方が様になっていますけど、細身だからなんでもお似合いになるでしょう?」
「いや、それが僕としては悩みの種でね。横に広がらないから貫禄が出なくって。これでも結構鍛えてるんだけど」
確かに彼のイメージは武人よりも美人というか。
剣よりも舞踏会で女性の手を握った方が絶対絵になるタイプ。騎士団で苦労してるんだろうなと苦笑いすると、彼はうまくいかないものだと肩を竦めてみせた。
「ま、僕のことはいいじゃない。それより、ドレスに興味があるのなら今度宮廷の衣装室でも案内しようか? 試着はできるかはわからないが……聖女だし、部屋に入るくらいなら許可を取って来てあげるよ」
「本当ですか? すみません。なんだか特別扱いしてもらっちゃって」
「構わないさ。僕としても、妹分ができたみたいでなんだか楽しいし」
それは私よりもポピアが喜びそう。友達を連れて行っていいか聞くと、彼は茶目っ気のあるウインクで軽く承諾してくれる。
にしても妹分とは……家族みたいな認識でなんだか光栄だ。そういえば彼に兄弟っているのかしら?
また今度聞いてみようと心に留め、私も新鮮な気分で多くのことを尋ねていく。立派な兄代わりができて、孤児院の皆と再会した時の土産話がひとつ増えたね。
それからも話は弾み、やがて馬車は気付かぬうちに一軒のカフェで止まった。
店に入ると、アルベール様の顔を見るなり洒落た給仕がすっ飛んで来て、奥の席に案内してくれる。
「え~と、こんな服で大丈夫ですか?」
「うん。そう気を張る場所でもないから」
(そりゃ、あなたはそうかもですけど……)
上品かつ要所に高そうな絵画や陶器類が配置された豪勢な内装。
座らされたソファだって、本革製で身体が沈む沈む。このクラスが普通って――。
そりゃ聖女会に来てから少しは私も触れる日用品が昇格したけど……こういう人たちって普段どんな生活してるんだか。
「支払いは済ませてあるから、なんでも好きなものを頼んで」
「あ、ありがとう、ございます? ……うっ、お、お任せで」
それは普通、ものを選んでからすることでは――そんな疑問も値札なき恐怖のメニュー表を前に(多分聞けば答えてくれるのだろうが)あえなく吹き飛ぶ。
青くした顔をメニュー表で隠し、選択も給仕の人に丸投げ。好きなフルーツを聞かれても無難に苺としか答えられない。
そして、余裕のない私を見兼ねたアルベール様とぎくしゃくした世間話を繰り広げた数分後……。
ついにひどく高貴な器のお紅茶と、真っ赤なジュレで覆われた苺ムースが運ばれて来た。
「さあ、どうぞお先に」
「で、では……」
アルベール様の勧めに従い……私は震える右手を動かす。これどこから崩すんだ――そう迷いながら以前の自分の数十食分にも及ぶだろう、宝石のような一皿をスプーンで掬うと――。
(…………‼)
絶句。
瑞々しい苺ムースの触感もさることながら、内側の柔らかな生地、染みだすしゅわしゅわの甘~い洋酒、ぱりっぱりのホワイトチョコ……何種もの味が、調和して――!
「おいしー……!」
今まで食べた中で、間違いなく最高のケーキだ。
堪らない後味を、かぐわしいお紅茶が見事に洗い流した後も――早く次のひと口を、いやここは味わって少しずつ――という葛藤が生まれるほどに。
そこで口の前に小さくカットされたチーズケーキが突き出される。
「これも美味しいよ。よかったら」
その慈愛の瞳には、何の恥じらいも気負いもなく――。
頬杖をしながら極上の美顔でにっこりと微笑まれ、目と鼻の先に魔性の香りを放つスイーツがあっては……うう。理性の制御が利くはずもなく。
「……おいひいです」
「それはよかった」
気付いたら、開いた口にケーキ収納【済】。
底知れない多幸感と餌付けられた敗北感に、すっかり脱力した私が思考能力を取り戻すのには、それなりの時間を必要とした――。
◇
「ふぅ、やっと人心地つきました……」
「気に入ってくれたようでよかったよ」
お茶で余韻を洗い流すことで、しばし浸ったスイーツ天国からなんとか帰還した私に、アルベール様はようやくといった感じで本日のお題をあげてくる。
「で、どうかな? 聖女としての生活は」
「順調ですよ。人間関係にも恵まれましたし」
「それはいい。大変な仕事もいい仲間に恵まれれば楽しめるからね。それで――」
彼が、わざわざ私の生活状況を気にして時間を割いてくれたのを忘れてはいけない。
カウンセリングのように受けた質問を当たり障りなく返す中、申し訳ないと思いつつ私はひとつだけ相談をもちかけた。
アンジェリカのことも相談したかったが……まずは差し迫る、先日の研究室でのことを優先したい。
「実はひとつ悩みがあって。個人的なものというよりは聖女全体の問題といいますか……」
「なんでもいいよ、話してごらん」
お言葉に甘え、聖女たちが聖筒の生産で追い詰められていることを明かすと、なるほどねとアルベール様は首肯してみせた。
「聖筒の聖力充填が大変だとは聞いていたけど、そこまでだったとは。僕らも手伝ってあげられたらいいんだが……聖騎士は聖女のように豊富な聖力を生み出せるわけじゃないからね」
一般の聖騎士は、聖女の一割程度しか聖力を有しないというのは私も座学の講義で学んでいる。それをつぎ込んだところで焼け石に水だし、彼らの活動に支障が出ても困る。
「そこで、聖力と相性のいい素材を探すべきだと思ったんですが……」
「そうだね。僕ら聖騎士も聖力の扱いにおいては日々研鑽しているから、ある程度の知識はあるよ。聖力は人工物、特に金属と相性が悪いから、僕らも鋼の剣とか鎧は使わない。それよりも、直接聖力を身に纏って戦う方が遥かに効率的だからね」
そういえば、他の兵士はともかくアルベール様が鎧を付けているところは見たことない。身に付けた純白の剣も、シェルウッドという特殊な木材を加工して作られたものなんだとか。
彼は背もたれに身体を預け、真剣に候補を考えてくれたが、実用的なものが上がる様子はない。
「さすがにシェルウッドは高価だから弾薬にして使い捨てにはできないし、サンホワイトも同様だ。僕の知る限り、他に素材に適したものは……思い当たらないな。どこかに聖力を溜め込むような……たとえば聖女の体質に近いような状態の物質があればいいんだろうけど」
言われてみれば私たちの身体は自然と聖力を生み出し、貯蔵している。
そうした生命に近いものがあったなら……。
(さすがに命を粗末には絶対できないけど……そもそもの境界線って、どこにあるんだろ)
動物は対象外としても……その肉体の一部とかならありかも。私たちでいえば爪とか髪とか……。
いや、それを言うなら植物でももしかしたら――。
「「――あ‼」」
考え込んでいた私たちは同時に顔を上げた。
「あれ! この間の――」「――聖力で芽吹く花の種!」
思うことは同じだった。私は居ても立ってもいられずに腰を上げ、言い放つ。
「すみません、ちょっと試してみたいことができました。アルベール様、この間いただいた鉢植え、どこで手に入れたのか教えてくれませんか⁉」
「ああ。僕も知り合いの花屋にもらったものだから、よければ案内しよう」
「お願いします――!」




