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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
前編・聖王国編

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12・法具製作業務

 大聖堂内の地下にその施設はある。


 ランシルエルト法具開発研究室――通称法研。そこが、本日の私たちの仕事場だ。


 扉を潜るよりも前に、中からはギュイーン、ガシャガシャと機械音みたいなのが耳に届き、ポピアがなんとも言えない顔で唇を曲げた。


「うーん、さすがにあたしもこの騒々しさには勝てないね」

「競わないでいいのよ。ここは法具の生産体制を整えるのに外部の技術者も出入りしてるから、仕方ないんじゃない。まあ仕事だし、覚悟を決めて入っちゃおう」


 変に張り合おうとするポピアを嗜め、私は足を踏み出す。


 法具製作は、なんとなく一番私がブラックな匂いを感じていた業務。

 ここではほぼ班の区切りなく配属された者全員で、法具の研究や生産に従事しているというのだけど……。


 昇降台と同じく聖力式の自動開閉扉のスイッチに触れかけた瞬間。


「もうやだー! 私こんなところにいられない! 帰る!」


 ひとりでに扉が開き、中からひとりの聖女が号泣しつつ走り去っていった。

 うーん……本当の本当に大丈夫? この職場。


「おやおや……君たちは新人くんかな?」


 言葉を失いそれを見送っていると、私たちの後ろから胡乱なお声がかかった。


 陰から出て来たのは、くしゃくしゃのグレーヘアを肩まで伸ばした眼鏡の女性。

 聖女会の階級では上から三番目、蒼百合の紋章を胸に付けた彼女は、胡散臭い笑顔でニタリと微笑んだ。


「どーもどーも。第十班の副班長で、こちらの責任者をやらせてもらってるペーレ・アドキンスという者です。このところ忙しくて、新人さんが入るのを心待ちにしていたんだ。さあさあ歓迎するよ。中に入って」

(シーリィ……!)

(諦めよ。皆通る道みたいだし)


 ヤバそーだよぅと涙目になるポピアと背中を押され、私たちはついに室内に。


 そこはワンフロアぶち抜きのかなり広大な空間となっていた。

 あちこちで金削る音に火花散り、人々が忙しく行き交う。あっ、あれは前の教会にあったのと同じ聖杖だ。なにかの培養液のタンクみたいなものまである……。


 ペーレさんは制服を汚さぬようにという配慮か、着たものと同じ白衣を私たちに渡すと、両手を大きく広げてみせた。


「ははは、ちと物々しいが心配ご無用。ここで君たちにやってもらうのは誰にでもできる簡単な作業だ。もちろん、ちょ~っとばかり聖力を消費してもらうことにはなるけれども、新米の君たちにとってはちょうどいい訓練になるだろう?」


 なるほど、ここの工具類は多くが聖力を糧とするもの。

 聖女が必要な聖力を供給し、それで加工した素材を民間の技術者が組み上げることで高効率の作業をこなしてるみたい。にしても――。


「ちょっとばかりにしては……皆、目の光が死んでません?」

「…………(にまっ)」


 ポピアのそんな指摘に対し、ペーレさんは何も言わず微笑んでみせた。それが逆に怖い。


 彼女はそのまま私たちを手招きし、見るからに鬱々とした気配の漂う一画へ誘う。そしてそこで両手を腰に添えると、黙々と働く諸先輩方を前にきっぱりと告げた。


「君たちには本日、ここで魔物討伐に重要な【聖筒】の作成に勤しんでもらおうと思います‼」


 「水筒ですか?」とポピアが聞き直したが、ペーレさんはノンノンと指を振る。

 聖、筒……聖なる筒。いったいそれって、なに?



 あの変人っぽい態度からして意外だったが……。

 ペーレさんは入りたての私たちにまず、法具というものについてきっちりとレクチャーしてくれた。


 法具が聖力を動力源にした道具というのは知っての通りだが――その成り立ちは、自らの奇跡を見いだせなかった、または利用法を見つけられなかった聖女たちの研究によるものなのだとか。


 聖女としての才は無くとも努力を怠らない……そんな人たちのおかげで、聖力を利用して簡単な奇跡を再現する道具の作成が進められていったという。


「そしてある日、無名の聖女が聖女の力を蓄える道具を発明したのさ。【聖筒】――そう名付けられたこの道具により、聖女ではなく一般の人間でも限定的にせよ、魔物の対処や聖女にしか扱えなかった奇跡を振るえるようになった……。まるで神の御業さ、すごいだろう?」

「「へぇ~」」


 誇らしげなペーレさんの話に私たちは感心しきり。


 どうも聖力には元々、触れるだけで物を修復したり、それと同化・合成するような働きを備えているんだとか。そう聞くと、なんだかちょっと某ファンタジー小説とかに出てくる賢者の石っぽい匂いがするよね。


 で、だ。

 たくさんの人たちが聖女の力を扱えるようになったまではよかった。でも今度は普及し過ぎて、聖筒の供給が追い付かなくなった。その結果、今も聖女達は連日必死に、聖力の供給に勤しまねばならなくなってしまったのだとか。


「いやあ~、加えて最近国中でどーも魔物による被害が頻発していてね。その退治や侵食された地形の補修で使う聖筒の作成に我々、追われちゃってると言う訳なんだ。おかげでろくに眠る暇も取れてないという訳さ。あはは」


 道理でへらへら笑いに似合わぬ隈がずんぐりと下目蓋に居座っちゃってるわけだ。にしても、ひとつここで疑問。


「怪我とかじゃなくて、地形被害なんですか?」


 するとペーレさんは私の質問に的確な回答をくれた。


「シーリ君は確か、王国外縁部の出身だったね。今までそういう事態に出くわさなかったのは幸運だったよ。そして魔物というのはね、世界にあるものはなんだって捕食対象にしてしまう。存在するだけで、大地も、草木も、水も、なんだって溶かしてしまうのだよ!」

「またまた先輩~、そんな大袈裟な――って、まさか本当ですか?」


 信じられず笑い飛ばそうとしたポピアの表情が強張っていく。口調は変わらないまま、ペーレさんの薄笑いはより楽し気なものへと変わっていった。


「魔物が何によってできているか教えてあげよう……あれはね、物質化した虚無なのだ! ゆえにそこに居るだけで、接触した物体はなんだろうと接合部から吸収、消滅させてしまう! ああ、なんと研究しがいのある――いや、恐ろしい存在なのかっ!」


 「絶対楽しんでるよこの人」「そうねえ」――などとポピアとこしょこしょやっていると、ペーレさんは咳払いで場を仕切り直し、眉根を寄せた。


「ゆえに魔物は発生から即座に聖女か聖騎士によって叩かれねばならない。放っておくと彼らは吸収した物質を糧にどんどん大きくなり、侵食のスピードも速くなるのでね。できれば研究室でも一体飼育を――うぉほん、失礼。しかし……」


 とんでもないことを言い出しかけた彼女は、顎に指を当てしばし考え込む。


「最近ある事情で、魔物の発生件数が増加している。騎士団も我らも奮闘しているが、即座に全てには手が回らない。となると基本聖都から離れた地域ほど対応が遅くなってしまう。配れる法具の数にも限りがあるからねぇ」

(へぇ……いきなり孤児院の近くに魔物があらわれたのは、そういう事情か)


 これまであの小さな街に魔物が現れなかったのは、単に運がよかっただけ。

 そう思うと、残して来た皆のことが心配になった。そんな私を安心させようとしてくれたのか――。


「安心してくれたまえ。今日明日でどうこうなるものじゃないし、そのためにこうして我々が目下法具の大量生産を手掛けているのだから。ねぇ、みんな!」

「…………(シーン)」


 彼女は両手を広げ自慢げな顔で振り返ったが、後ろの聖女達の反応のなさったら。みるからにしょんぼり落ち込んでしまう。


「そういうわけで私たちも、こうして聖力を節約できるようなアイデアの発明に勤しんでいるのだが、中々ね……」


 逃げ出す聖女もいるほどの過酷な労働環境。

 だからといって、今いる聖女たちを休ませれば王国中が魔物の被害で大混乱。なんとか状況改善のヒントだけでも見つけたいところだろう。


「あの~、皆さんが作られている聖筒って、いったいどんなものなんでしょう」


 私はまず問題の根本を把握しようと、素朴な疑問を口にする。

 するとやや元気を取り戻したペーレさんは、机に置かれた一丁のボウガンを手に取った。


「よくぞ聞いてくれました! これが、その問題の聖筒さ!」


 一瞬分からなかったが、彼女はその胴体、装填された短矢(ボルト)のお尻に取りつけられた小さな銀の筒を外した。私は手渡されたそれをしげしげと眺める。


(これが……聖筒。確かに聖力が込められてるのを感じる)

「これを魔物の体内にぶち込んでやる。すると虚無の浸食により筒が溶け、自然と体内に聖力が溢れ出して消滅させられるというわけさ。だが……」


 なるほど、これを使えば訓練次第で近づかずに魔物の対処ができる。

 でもペーレさんの口ぶりだと何か問題がありそうな。


「聖力は、実は金属系の素材とあまり相性がよくなくてね……。籠めた聖力は長期保存できず、一ヶ月も経てば失われてしまうんだ。よって定期的に再補充の必要が出てくる」

「つまりそれってぇ、使ってもないのに消えちゃう聖力を補充するのに、皆がこんなにくたくたになるまで働かされてるってわけです? そんなバカみたいな――」

「ポピアッ」「あっと――何でもないです」


 一言余計な彼女の口を慌てて塞いだけれど、非難の視線が一斉に向くのは避けられない。私はそのフォローのため、すぐさま意見を上げた。


「あ、あのっ! 使わない弾を他の場所に移すことはできませんか⁉」


 しかしペーレさんは静かに首を振っただけ。


「臨時的にはありなのだけどね。輸送にかかる手間コスト、配送の間に聖力が失われる可能性……。各街に配備した在庫数の再計算も必要だし、基本的には推奨されていないんだ。ああ……もっと加工しやすく、聖力を保存しやすい素材があったなら~」


 大げさな身振りで頭を抱えたペーレさんにも次々とブーイングが飛んだ。


「サボってないで室長も作業してくださいよ~」「そーだそーだ、ぶーぶー」

「わかっているとも諸君! でもね、私はあまり聖力が多くないから……」


 そこで、湿度の高いペーレさんの視線がこちらを向く。


「むふっ、そこで今日は、こうして新人くんたちを呼び寄せたのだ。さあ、これだけ懇切丁寧に説明したんだし、君たちには思う存分働いてもらうよ?」

「さあ、私たちの生贄になってちょうだい」

「疲れたら、研究室製の栄養ドリンクをたっぷり飲ませてあげるからぁ~」


 地獄へようこそとばかりに亡者めいた呻き声があちこちから上がり始め――対して相方のポピアの行動はあまりにも素早かった。


「そそそーだっ! 私治療班から緊急で包帯製作を依頼されてたの思い出しちゃった! やっぱり聖女としては人命救助が最優先! お力になれず残念ですが、それじゃ!」

(――裏切り者~~~っ!)


 ポピアはゴメンナサイのポーズで器用にバックダッシュ。たちまちその場から消えた。


 くー、絶対嘘だ。

 連れ戻しにいきたいけど、私まで逃がしてくれる状況ではなさそうだ。


「はぁ、すみません……。彼女の分まで私がやります」

「いやぁ助かるよ。ではこちらの席で、しっかり充填作業をこなしていただくとしよう」


 諦めた私はペーレさんに説明を受け、銀筒を握って聖力を込め始めた。

 なるほど……この筒に刻まれた複雑な印が、放たれた聖力を自動的に吸い取ってくれるみたい。力の放出はアルベール様からいただいた花の種で慣れているし、そう難しい作業でもないや。


「おお君、慣れてるねぇ。補充担当として、追加給金を出して雇いたいくらいだ」

「はぁ、どうも……(嬉しくないけど)」


 嬉々としてドレイ向きみたいなことを言われ、冴えない気分で作業を続けていると気付いた。筒からは、入れた傍から微小な聖力が抜け出していく。確かにこれでは長くは持つまい。


(意識したことはなかったけど、私の紙はどうなのかな?)

「おお、それが君の奇跡なのかい。私にも見せておくれよ」


 思い付きで一旦作業を中断すると、私は奇跡でカードサイズの紙片を生み出す。

 未知の奇跡に興奮するお隣さんはさておき……片手に紙、片手に筒で聖力の流出具合を比較する。


 ……うん、大差ない。残念ながら他の素材を検討しないといけないみたい。


「あ、よかったらどうぞ」

「えっ、くれるの? やった、新しい研究材料だー!」

「室長うるさい!」「給料泥棒、仕事しろ!」


 長なのに散々な言われようのペーレさんは見ないふりをし、私は再度作業の方に集中する。


(聖力……と魔物、かぁ)


 生み出す奇跡と、相反する形で存在する虚無。


 冷たい銀筒を手の中で転がすうちに何か思いつきそうなったけれど……結局その日、解決の糸口が見出されることはなく――。


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