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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
前編・聖王国編

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9・奇跡の発露

 大聖堂に設置されたホールにて実践訓練が始まった時も、私たちの周囲にはぽっかりと空間が空き、妙な緊張感が漂っていた。


 本日の教官役はミシェル班長が務めるようで、彼女も異様な雰囲気を感じ取ったようだが、あえて何も言わず訓練を始めていく。


「――皆さん、各自純心滴(ピュアドロップ)は服用しましたね。では瞑想を開始します。それぞれ楽な姿勢で床に座り、目を閉じて体の内側に意識を集中させなさい」


 この訓練では、内に宿る聖力の高め方や奇跡の覚醒法を教官役から教わり、聖女としての能力の発展に臨む。しかし、あちこちから刺々しい視線を感じて、どうも気分がささくれ立つ。


「なによ、私たちなにもしてないのにさ……」

「ポピア。黙って訓練に集中するよ」


 アンジェリカから吹き込まれた噂の誤解を解きたいところだけど、この場では無理だ。私たちは渋々ミシェル班長の指示に従うと目を閉じた。


 すると彼女の落ち着いた声は、目蓋を閉ざした私たちの意識によく沁み込んだ。指示通りお祈りの姿勢で床に落ち着くと、呼吸を深くし心を落ち着けてゆく。


 先に口にしていたのは、純心滴という特別な青いポーション。

 感覚を鋭敏にし、体内の聖力を察知しやすくしてくれる品で、慣れればこの薬がなくとも力を感じ取れるようになるんだって。


「目の前が明るく照らされたように感じたら、合わせた手を開きなさい。内に光が現れていれば、聖力を自らの意志で生み出せた証です」

「……う~ん、う~ん」


 まるで悪夢を見たかのように唸るポピアの隣で、私もミシェル班長の指示に従い集中する。だが、さすがに危機的状況であった先日のようにはうまくいかない。


(祈りっていうけどこれじゃ形だけだわ。いったい何を祈れば……)


 そもそも祈りって、何かお願いごとがあってするものだと思うんだけど……。


 そこでヒントが、ミシェル先輩の厳かな声音によって集中を妨げることなくもたらされた。


「神は正しく強き願いを持つ者を導く……。あなたたちの心にはそれぞれ、奇跡の核となった願いがあるはず。それを自覚できない内は、聖女とは名乗れません。過去を振り返り、自らの手でそれと向き合うのです」


 過去……とは、私にとってどちらのことか。

 ここに来てから……それとも、さらに遡った、前世でのこと?


 薬のせいで頭がぼんやりして、ああ……だんだん夢うつつに――。



 ぼんやりと意識が微睡む中……。


 浮かんだのは、孤児院の子供たちの笑顔や嫌味ったらしいシスター・ラミニの嘲笑。その奥でもっと昔の記憶……しんどいバイトや孤独な生活など、思い出したくもない記憶が掘り返されていく。


 中でも……一際くっきりと鮮明だったのは――。



『紙折ちゃんは、紙で遊ぶのがずいぶん好きなのねえ』

『うん! 私、絵を描くのも、本を読むのも折り紙も、だぁい好き!』

(そうだ、私は……そんな大人しい子供だったっけ)


 前世。施設で小さい頃に優しい職員さんがいて、孤立しがちな私のことをよく気遣ってくれていた。その頃は内向的な子どもで、ひとり遊びばかりしていたから。


 理由は――多分家族がいないことが、あまりにも寂しく割り切れなかったからだと思う。


 周りにいる同年代の少年少女なんかどうでもよかった。顔も覚えてない両親の影を追って、一日中床に蹲って過ごした。ずっと絵を書いたり、折り紙を人の形に折ったり……勝手な物語を頭の中で作り上げたりして――。


『今日は、迎えに来ないかな――』、窓の外をちらちら見ては何度も呟いた。

 ずっと待ってた。こうしてればお母さんとお父さんが、いつか幸せなお家に連れ帰ってくれるような気がして――。


 だからだろう、私にとって紙が願いの象徴なのは……。

 たとえ幻想に過ぎなくとも、そう期待しているうちは希望を持っていられた。


『それ』は……何もなくて潰れそうな小さな私の心を、柔らかく包み守ってくれていた。薄っぺらで、すぐに破れてしまう儚いもの。けれど優しい手触りで、手の内に収まる私だけの世界を形作り、救いをくれた。


『それ』は忘れてしまっていただけで、ずっと私の奥底に、あった――。



「……そうです。それがあなたの願い」


 ――ふいに、目の前がほわっと明るくなるいつかの感覚が。

 背中に温かな手が置かれ、ゆっくりと目を開くとそこに見えたのは。


 あの時と同じ指先ほどの小さな紙片……。

 再会を喜ぶようにくるくると手の内で回っている。


「自らの心は、決して自分を裏切らない。いわば聖女の奇跡とは、己の希望の結晶でもあるのです。いついかなる時もそれを手放さぬよう、精進するのですよ」

「……はい!」


 こちらを覗き込むミシェル班長は聖母のように穏やかな笑みを浮かべており、頷き返すと私はじわり目に浮かんだ涙を拭う。


 両親や家族に愛されたかった。


 今さら、それを認めるには抵抗がある。

 けれど……この身体の持ち主、本当のシーリの親を探さなければと思ったのも、きっと彼女を己に重ねたからだ。それが私の本当の親じゃなくとも……もしそれが出来たなら、小さかった頃の自分の願いも遂げられる、そんな気がしたんだと思う。


(そういうことだったんだね……私)


 しばらくすると光が紙片だけを残して消えた。私はそれを握りしめ大切にポケットにしまうと……改めて絶対に、元のシーリの両親を探し出そうと決意する。


(自分の家族や親のことがなんにもわからないなんて、寂しいもんね)


 それには、一刻も早く聖女としての力を身に着け、多くの人と会って国中から手がかりを見つけ出さないと。誰がいついなくなるか分からない世の中なのだから。


(大変なことだろうけど、やってみせる……)


 今の感覚を忘れまいと反芻していると……私の肩に手を乗せ、ミシェル班長がよく通る声で言ってくれた。


「速やかに奇跡の解放に至れるのは、聖女として有望な証です。皆さんの中ではまだ自らの奇跡の輪郭すら見えない者も多いでしょう。聖女にとって大切なのは出自や人脈ではなく、自分自身と向き合い、いかに力を引き出すか。我々が望む人材は、くだらぬ噂で仲間内の和を乱す者ではなく、周りと切磋琢磨し自分の器を磨いていける人間ですよ。あなたたちも聖女シーリを身近な目標として、修練に励むこと」


 班長の周りを見渡す視線には有無を言わせない力が籠っていて、まばらに上がり始めた拍手が、どんどん大きなものになっていった。


「へへっ、やったじゃない」

「うん」


 ポピアがうりうりと肘で突き、私も笑顔で答えた。

 やはりミシェル班長は頼りになる。これで、少しは私たちに対する冷ややかな態度も収まるはずだ。助け舟を出してくれた彼女には感謝しかない。こうして今後も自分の力を示し、周りの人の信頼を勝ち取ってゆくしかないんだろう。


 予想通り、アンジェリカ一行は不満そうに腕を組み、周囲の変化に歯噛みしていた。そしてすぐまたこちらに敵対的な視線をぶつけてくる。それに応じ、私も彼女に真っ直ぐな一瞥を送り、火花が散った。


(そう簡単に、あなたたちの好きにはさせないよ)


 心の中でそう呟くと、また引き続き奇跡の訓練に励む。せっかく貧しい環境から抜け出せたのに、そこにはまた別の乗り越えないといけない壁が現れてくるなんて。


 こんな調子じゃ、平和で満たされた生活を送れるようになるのは、いつのことになるやら。


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