表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
前編・聖王国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/66

8・新米聖女の忙しい日々

 新米聖女の朝は早い。


「ポピアっ、紋章忘れ! 先輩に怒られるよ!」

「あ、ホントだ! ちょっと待って、わぎゃあ!」


 出がけに身だしなみを指摘すると、ポピアが寮の部屋の扉枠に足を引っかけ、悲鳴が飛んだ。


 そして半泣き顔で戻って来た彼女の胸に輝くは、翠の双葉模様の美しい石。

 サンホワイトと呼ばれる、ランシルエルトでもほとんど産出しない聖力を帯びた超希少鉱石だ。これには特殊な細工が施され、持ち主の登録された階級によって色と表面に映る模様が変わる法具でもあるのだとか。


「ほら、しゃんとして。朝が弱いのが顔に出てるよ」

「うう……お姉ちゃぁん」


 ポピアの姉になった覚えはないが……。

 さっきので乱れた服装を整えてやり、おかしいところはないかもう一度互いに確かめ合うと、私たちは朝一番のお仕事に出動した。


「『奇跡を(オーリア)』――失礼致します。今期入会したシーリ・アンテノアです。お水を届けに参りました」

「ご苦労様。頑張ってるみたいね」

「『奇跡を(オーリア)』――お水のお届けで~す。ポピアと言います、今日もよろしくお願いしま~す」

「ふふ、時間通り届けられて偉い偉い」


 午前七時。見習い聖女は毎日、身支度を済ませた上で大聖殿に配備された寮を周り、所属班の先輩方の居室へと出向く。日頃お世話になっている感謝を示すと同時に、換えの水差しを届けるのだ。どこにでもある上下関係をはっきりさせるための慣例ってやつだね。


 ちなみに『奇跡を(オーリア)』は教会関係者の扱う謳い文句で、「ごきげんよう」だの「幸運を祈ります」だののよくある挨拶みたいなもの。私は孤児院の仕事で馴染みがあったけど、ポピアは慣れるまでもう少しかかりそうだ。


 そういえば、私たちは二十以上からなる班の【第五班】に所属することになった。毎日井戸にて新鮮な水を数十の水差しに移し、銀のカートに乗せたら配膳スタート。


 班員の名簿を見て順ぐりに部屋を訪問し、挨拶がてら手渡ししていく。中にいなければ外の専用の架台へ。この水はランシルエルトでも最高峰の山から伝ってくる湧き水で、聖女の心身を綺麗に保つと信じられているんだって。


「うう、朝早過ぎ。この後もすぐに訓練かぁ~。聖女の生活がこんな忙しいなんて思ってなかったよ~」

「頑張りましょ。その内慣れるだろうし」


 早くもぐったりなポピアに、孤児院の生活でまだ余裕のある私は苦笑い。

 どうやら、向こうでは普通だった朝五時起きの田舎暮らしと、聖都での生活は根本的に時間の流れが異なるらしい。私としては、あんな額の支度金に見習いでも最低限のお給金、豪華な食事に寝床付きとくれば、文句を言う余地もない。


 未だこっくりこっくりしてるポピアを引き連れ、私は広大な大聖堂を早足で行き来していった。ちなみに大半の先輩方がこの時間すでに身支度を整えていて、立派なものだと感心するばかり。


 でもって、隣のポピアは……。


「だわっ! あぁ、寝ぼけてお水こぼしちゃった! 拭かなきゃ」

「あ~もう、手伝うよほら」


 結構おっちょこちょいなところがあるというか……色々と構ってあげないといけない子なのではないかと直感する。

 この子と同室だと、孤児院で子供たちの世話を焼いてた頃と、あんまり変わらないかも。まあ退屈だけはしなさそうだと、ポジティブに考えるようにしよっと。



 ゴー……カチン。

 空洞の中で何かが移動するような音が、ようやく止まった。


「ふ~、これで後は班長だけね。ポピア、出るよ?」

「…………っひ。おひゃようごじゃまひゅ? あぅ……」


 下の階から順に水差しを配り終え、先程見るからに電源が落ちかけたポピアを引きずって乗り込んだのは、大聖殿が備えた聖力式の昇降台。チンとベルが鳴ってガタガタと扉が開き、見えたのは三階の白い床だ。


 聖女会では蒼百合までが一般聖女、白薔薇以降が高位聖女と定められ、この階に住む権利を持つのは高位聖女のみ。


 つまり、ここにおわすのはおしなべて班長以上、下手な貴族など問題にならない権力の持ち主なのだ。各自個室を持ち、一般の聖女とは比較にならない待遇を受けている。くれぐれも粗相のないようにしないと。


「ほらほら。この後はおいしい朝ごはんが出るんだから、頑張るんだよ」

「ふにゅ~」


 緊張感のないポピアの頬を摘まむと、私たちは第五班・班長室の扉を軽く叩いた。


「『奇跡を(オーリア)』――失礼致します。お水を届けに参りました」

「ご苦労、時間どおりですね。規則を守るのは大変喜ばしきこと」


 ほどなくして顔を見せたのは、先日講堂で説明会を仕切っていた年上のあの聖女だ。


 名前は、ミシェル・グランツ。これが本来のサンホワイトの輝きなのか――定位置だといわんばかりに胸元に白薔薇の紋章がびしっと貼り付いている。


「そちらの子は……どうかしたのですか?」


 疑わし気な目付きにひやっとした私は、隣で項垂れたポピアの脇腹をぐいとつねった。


(ポピア!)

「ふにゃ⁉ やはは……いえ、さすがにお姉様方のお部屋は綺麗にしてらっしゃるな~って」


 やっと覚醒し、現在の状況を把握した彼女は、「カンゲキ!」といった感じで咄嗟に両手を合わせてみせる。ふう、先輩の目はなんとか誤魔化せた様子。


「我々は長年の実績により王国から手厚い待遇を受けていますからね。専門のハウスキーパーが全ての手入れをしてくれ、生活面で困ることはありません。水配の行は班員と新人の交流も兼ねて慣習的に残されていますけれど。高位聖女の中には、専用の邸宅を聖都に持ち、そこから通っているものもいますよ」

「わ~、豪華で素敵。あたしも先輩方にあやかって、いずれは何不自由ない生活を送ってみたいものです!」

「これ。そのような精神では高位聖女は務まりませんよ。組織は上に行くほど責任が重くなるようになっています。加えて、我々聖女はそれぞれ役割も違い、代わりが効かない場合も多い。上り詰めようというなら今から相応の覚悟で、奇跡も己の心身もしっかり鍛えておくことです」

「「はいっ」」


 おべっかで取り繕うポピアの態度に軽く鼻をならし、班長はきりっとした表情でお小言をくれた。その言葉に私たちはしっかり居住まいを正す。


 話してみてわかったが、班長は少々厳しいきらいはあっても基本的に間違ったことは言わない。公正で、新人だからと言って偉そうに命令してくることもないし、尋ねたことは納得いくまで説明してくれる。下につく上司として、まず当たりの方だと思う。このように――。


「あっ! そういえばお聞きしたいことが。そのぅ……聖女ってまとまったお休みって取れないんですか? 週に二度の休暇日だけじゃ、あまりに大変というか……その、ね?」

「あなたねぇ……。まあいいです、聖女会では基本不要不急の外出や休暇は認められていません。代わりに半期ごとに、自らの実績に応じた査定を受けた後、階級ごとに交代で二週間の休養期間に入ります。長期の私用があればその時期に合わせるのがよいでしょう」


 心構えを説かれた直後にポピアがズレたことを聞いても、呆れ半分で答えてくれるくらいには、優しい。


「わーい、お休みあるんだって。よかったねシーリ」

「ったく、この能天気娘。すみません班長」

「まったく、この時期にそんなことを聞いて来たのはここ数年であなたくらいですよ?」


 こっちの手を取り飛び跳ねるポピアを嗜める班長。だがその瞳には弟妹を案じるような柔らかな光が宿る。きっとこの人なら、私たちに何かあっても悪いようにはしないだろう。


「何ですかその目は。では水配も終わりのようですし、そろそろあなたたちも戻りなさい。本日の訓練も真面目に受けるように、ああそれと……」


 尊敬の眼差しで見つめると、バツの悪そうな顔でこちらを追い払う彼女。

 だが途中で、ふと手を止め私だけを呼び止めてきた。


「シーリ。あなたは今、奇跡をどの程度まで扱えますか?」

「えっ? いえ、扱うもなにも、ほとんど意識して使ったことが無くて……」


 班長はどうしてこんなことを聞くのだろう?


 孤児院の畑で魔物と戦って以来……特にきっかけもなく。私はまだあの奇跡を一度も発動していない。聖力を生み出す感覚はなんとなく覚えていて、アルベール様に頂いた鉢植えで練習しているけど、それだけだ。


 すると班長は、案じるような表情で頷きかけた。


「そうですか……。では今後もひたむきに修練に励むように。あなたに期待をかけてくださっている方もいますのでね」

「は、はい……頑張ります」


 生返事を返したものの――単なる部下に対しての励ましでなく、どうも要領を得ないおさまりの悪さを感じた。


 期待って……孤児院出で、まだ実力も何もわからない私を知り、応援してくれる人がいるってこと? 


 もしやアルベール様が私を迎えに来たことと、何か関係が――?


「朝ごはん‼」

「っ―――!」

「固まってないで行こーよ。ごはんごはん、朝ごは~ん!」

「わかったってば!」


 悩んでも答えが出そうにはなく、耳元でわめくうるさいポピアに私はその考えを放棄した。班長にお辞儀して、お腹の虫に乗っ取られたやかまし娘の後ろに急いで続く。


 でもなんとなく、どこかから監視されているような妙な気持ちになってしまい。

 昇降台に乗り込むと、鳥肌が立つ二の腕をさするのだった。





 五つ星ホテルばりのビュッフェ型朝食に舌鼓を打ち、世界を作りたもうた全能の女神メディス様へお祈りを捧げた後。


 私とポピアは見習い聖女の講義及び訓練に顔を出していた。

 これは班分け関係なしに全員が合同。教師役は高位聖女が務めるようだ。


(ね……シーリ。これ仕事に何の関係があるの~?)

(さあ。けど、色んな人に会うから話の種として知っとかなきゃなんじゃない?)


 まずは前半、机に向かって座学。

 聖女は時に国の象徴として他国の来賓や重鎮と顔を合わすため、聖王国の歴史や時事、聖女会の沿革や歴代聖女の功績・偉業について精通しておく必要がある。それらに聖女のもたらす奇跡の種別や特徴、法具の構造学などを加えると、覚えるべき事柄は多い。


 机に齧りついて長い講義を受けた後、うんざりしたようにポピアがこぼした。


「は~……やっと終わった。あたしこういうの苦手。シーリは?」

「私はものによるけどわりと好きかな。知らないことを知るのって、わくわくするし」


 対して私は結構それを楽しんでいる。やはり前世の学校教育で理解力が身に着いていたのは大きい。お勉強も何がどうなって~のストーリーが分かれば途端にとっつきやすくなり、興味も出てくるものだし。


 そこで、メモを覗き込んだポピアから素直で素朴な疑問。


「へー、字も上手じゃない。今まで孤児だったのに、どうやって覚えたの?」

「っ――シ、シスターが元敏腕家庭教師で色々教えてもらったの、おほほ」


 私は咄嗟に無茶な嘘をつき、なんとか彼女を納得させることができた。


 もちろん、シスター・ラミニは私たちの教育になんて一ミリも興味はなかったけど、幸い教会にその手の本があって読み書きはこの世界に来てから学び直せた。

 ここでは字は読めるけど書けないって人も結構いるからその辺りがちゃんとできるっていうのは、意外と特技として重宝するのかもね。


 そんな感じであ~だこ~だ話しつつ、次の教室に向かおうと荷物をまとめていたんだけど……。にしても、なんだか周囲の私たちを見る目が冷たい。


 こそこそこっちを見ては「あれが孤児の――」とか「貴族に失礼な態度をとったんですって――」とか、好意的でない囁きが耳に届く。


 だけじゃなく、これ見よがしにあの一団が横を通りすがった。


「はぁ、嫌だ。この聖女会を素性も知れないドブネズミがちょろついてるなんて、まったく不快で仕方ないわ。ねえあなたたち」

「本当よ。やあねえクサくって」「早く自分の巣へ帰りなさいよね」

「っ、あんたら!」

「ポピア! いいから」


 アンジェリカと取り巻きから侮蔑され、反応したポピアを精一杯押しとどめる。どうやら彼女たちはすでに妙な噂をばら撒き、私たちの排斥にかかっている様子。手回しの早いことだ。


 でも、まだ今の段階では所詮陰口、気分を悪くするくらいだ。むしろこれでこちらから手出ししようものなら、それを口実にアンジェリカは貴族の権利を使ってこちらを強く非難するだろう。問題児のレッテルを貼られ、これ以上孤立するのだけは避けたい。


「ごめんね。でもほっとこう。あの子たちも他の聖女の目があるうちは、嫌味くらいしか言えないわ」

「で、でもさ、あたし悔しいよ。あいつらなんて、親が偉いってだけでろくに働いたこともないくせに自分も偉そうにして! 貴族なんて、大半が親から貰った領地で遊んで暮らしてるだけじゃない。この服もご飯も、どんな人が作ってくれてると思ってんだ!」


 ポピアが怒るのも当然だ。この国は聖女がいるおかげで戦争もなく生活も豊かだから、貴族たちも領民の統率や犯罪の対処にそれほど気を払わず、今の立場に座っていられる。そんな環境では、自分たちが選ばれた存在だと思い込んでしまうのも無理はないのかも。


 どうせ努力しても、他人の意識はそう変えられない。

 彼女たちに付き合ってかりかりするのも損だと、私は笑顔でポピアを諭した。


「私はポピアのそういうとこ気に入ってる。だからあなたとの時間をあんな子たちに邪魔されたくないし、無視してようよ。その内頑張って強い聖女になれば、きっと何も言わなくなるから」

「…………シーリィ、あんたってばさぁ~!」


 すると彼女はぎゅっと首に抱きついてくる。

 最初はのらりくらりやっていくつもりだったけど、大切な友達に迷惑をかけるわけにはいかない。私の中でやる気の炎がめらっと燃えた。


 さあ。後半はお待ちかね、奇跡の実践訓練だ。頑張るぞーっ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ