◇幕間 罪を背負って(アルベール視点)
『……すべて、あんたのせいだ。あんたがいるから、オレと母上は……』
自分とよく似た金髪の少年の声が、思い出の中で僕を糾弾する。
そう。僕は生まれながらに…………罪を――。
「――アルベール団長!」
声に瞼を開く。
気付いたら……馬車が聖都の門を潜っていた。
珍しくうとうとしていたらしい。小窓の外に駆け寄ってきた若い門番が、律儀に大きな声で挨拶をしてくれる。
「此度の盗賊団の討伐任務、お疲れ様でした! 首尾はいかがでしたか」
「やあ、上々だ。君たちも毎日ご苦労様」
ランシルエルト聖王国・聖騎士団団長アルベール・セイモア。
それが僕の今の肩書と名前だ。敬礼を返すと速やかに馬車は通され、平和な聖都の街並みを進んでいく。この光景を見ると、無事戻れたことにいつもほっとする。
僕の任務は騎士団長として……大陸の覇者、聖王国ランシルエルトを守ること。
とはいえ、ほぼ外敵からではなく、もっぱら国内での犯罪や魔物たちからなのだが。
……大それた肩書を持つ僕だって人だ。
始終仕事のことばかり考えていたくはない。せめて任務を終えたこの時くらいは、私的な用向きに時間を割く権利くらいはあるだろう。
肩の重さを感じながらも城には戻らず、目立たない路地の近くで御者に下ろしてもらう。
「悪いね。個人的な用事だから、君はこのまま戻ってくれ」
「かしこまりました」
若くして団長に抜擢されて二年、今年で二十一になる。
ようやく団員たちに認められ、舐められなくなってきたのはいいけれど……反面この姿は聖都で知られ過ぎた。プライベートまで関係ない人たちに詮索されるのは、さすがにあまり好ましいことではない。気持ちがささくれだった今の状態ではなおさら。
日々、重い責任に身体が悲鳴を上げる。
最近では、あまり食事も味がしない……それでも、こなさせてくれる役割があるだけ、いい。
そう言い聞かせ、馬車が走り去るのを見送ると、僕はフード付きローブで顔を隠して歩き出す。
そうして人気の少ない裏道を選び向かったのは、一軒のこじんまりとした花屋だ。ここで僕は任務を終えた後、いつも花束を買うことにしている。
「すみません。いつものように、なるべく色々な花を詰め合わせてください」
「あいよ」
花の薫りに、少し気持ちが安らいだ。
ここの店主は寡黙な男で、あれこれ聞かずいつも言われた通りの品を用意してくれる。他店だと人目を引き世間話を長引かされがちな僕にとって、この店が一番気兼ねなく花を買えるのだ。
「よっと。こんなところかね」
「ありがとう」
店の存続を願い、相場より多めの代金を支払い商品を受け取ると、いつもと違う付属物に戸惑う。
「あの、これは?」
手のひらに収まるほど小さな、白い鉢植え。
尋ねると、店主は無骨な顔を微かな笑みの形に変えた。
「ああ。それなんだが、聖力を与えると芽が出る花の種が植えてあってな。娘にも試させてみたんだが、うまくいかなくなぁ。あんた、聖騎士なら聖女の知り合いのひとりふたりいるだろ? 咲かない花は寂しいもんだ、よかったら誰かに渡してやってくれねえか」
店主はそのまま鉢植えを袋に入れてこちらに押し出す。
聖騎士と付き合うことになる聖女も多いから……もしや、この花の届け先がそういう人なのだと勘違いしたのだろうか。
でもまああの人が、鉢植えひとつ増えたところで嫌がることもあるまい。
悪くない手土産に僕は口元を綻ばせた。
「ちなみに、どんな花を?」
「さあね。花も生き物、ひとつひとつ顔が違うもんでな。“咲いてみてのお楽しみ”っうことで、自分の目で確かめてみな」
「ありがとう。大切に育ててくれる人に渡すよ」
「礼には及ばねえ。これからもよろしくな、お得意さん」
店主はそれだけ言うとさっさと土いじりに戻っていく。過度に干渉しないこの距離感が、今の僕には心地よい。
花束と鉢植えを手に店から出ると、明るい日差しが頭の上に差した。
「ふう……そういえば今日はいい天気だな」
気配を消すように路地の端を進みつつ、笑顔で過ごす人々の姿を覗き見る。
この国は今日も豊かで平和だ。
時に小さな諍いはあれど、大勢の人々を脅かすような事件はついぞ起きていない。この幸せを、僕らの努力でどれだけ維持していいけるのか……。
「わぁっ!」
「おっと、気を付けて……」
目の前を駆けていた少年が転び、僕は抱き留める。
「ありがと、おねーちゃん!」
「いや、僕は……」
すると訂正する間もなく彼は走り出し、僕はそれに苦笑い。
(いっそのこと……本当に女として生まれて来れたなら、よかったのだけど)
そんなことを考えたせいか視線の先に見つけてしまう……美しい純白の制服を纏う聖女たちの姿を。大聖殿が佇むこの聖都に限っては、街中で彼女たちの姿を見かけることは珍しくない。それ目当てに観光しに来る客もいるくらいだから。
それを見て心の中に生まれたのは、ほんのわずかな嫉妬だ。
聖騎士――聖女でもなく、只人でもない――多少聖力を扱えるだけの人として生まれた事実に、十分に恵まれていると分かっていても、時折自分で自分が許せなくなる。
どうして僕は、彼女たちのような力を持って生まれてこなかったのか……。
「アルベール様……?」
ほんの瞬きの間――僕の意識は本能的なものに支配され。
知らず知らず近づきすぎていたか……いつの間にか目の前には見知った白い髪の聖女の顔があった。
◇
「その節はお世話になりました」
「あ、いや……。よかった、元気そうな姿が見れて」
シーリ・アンテノア。
僕がこの聖都に連れて来た白髪黒瞳の聖女。あどけなさを残す年齢だが、その相貌には理知的な輝きが見て取れる。孤児院育ちとは思えない。
そして力に目覚めるやいなや、紙を生み出す不思議な奇跡を操ってみせた……王国にとって重要な立ち位置となるかもしれない人物。
彼女は、隣にいた同じく若い聖女の連れ合いを僕に紹介してくれる。
「こっちはポピア、同期で初めてできた友人なんです」
「初めまして! ん~、この方どこかで見たような。……ってもしや、聖騎士団長様⁉」
「ポピア、しーっ! 多分お忍びだから……」
オレンジ髪の聖女ポピアの悲鳴を、彼女は慌てて抑え込んだ。聖女会に入会して早速友人ができたとは、喜ばしいことだ。僕は強張った表情を笑顔に切り替えた。
今日はふたりで仲良く買い物に来たらしく、元気そうな顔が見られて安心した。だがしかし、シーリはまだ十六歳。頼る者もないこんな場所に連れて来たからには、一番身近な大人として僕が相談役を務めないわけにはいかないと、そう思う。
「シーリ、街での生活で困ったことはないか?」
「はい、特には……。あぁっ、すみません……こんな立ち話、お忙しい中ご迷惑ですよね?」
見ての通り、彼女はこちらを頼っていい人間だと認識していない。
あれから連絡もなかったし……孤児として厳しい境遇を生き抜いた彼女のことだ、誰かに助けを求める習慣が身についていないのか。
今後のためにも気安くやり取りできる関係になっておきたい。久しぶりで態度の硬い彼女の気持ちをほぐそうと、僕は慣れないジョークを口にする。
「そんな。こちらはあれから君のことが気になって夜も眠れなかったくらいさ。いやでなければ今度、デートでもどうかな?」
「えぇっ、あなたたち……そうなの⁉」
幸い、側にいたポピア君がいい反応で返してくれた。なのに――。
「ぷぷっ、そんなまさか。ダメですよアルベール様、からかっちゃ」
当の彼女はまるで真に受けない。
よくない言い方だが、僕の容姿は女性の関心を惹きやすい。これで少しはシーリの年頃らしい表情を引き出せるかと思ったけど……失敗だな。正直に話した方がよさそうだ。
「――すまない、冗談だ。肩の力を抜いて欲しくて。気に障ったなら謝るよ」
「い、いえいえ……私こそあれだけお世話になったのに、連絡もせずに」
ふたりして頭を下げ合い微妙な雰囲気になりそうなのを、ポピア君が和らげてくれる。
「なぁんだ、びっくりして損しちゃった。じゃ、それもわざわざシーリのために用意したわけじゃないんだ。いいな~、こんな素敵な花束どなたに差し上げるんですぅ~?」
「あ、ああ。これは身内に。仕事漬けであまり会うことができないから。……そうだ」
物怖じしない少女に花束を覗き込まれ、僕はあることを思いついた。さっきのあれ、シーリとの関係改善にはもってこいかもな。
「シーリ。花は好きかな?」
「はい? ええまあ、割と」
きょとんとした彼女に差し出したのは、先ほど受け取った鉢植えの袋。
「どうぞ。お詫びのしるしに」
「これは……?」
「聖力で芽吹く種が植えられているそうでね。店主が扱いに困っていたんだ。とはいえ正直、僕の力では咲かせることができるか怪しいし、君に預けたい。聖力を操るよい訓練台にもなると思う」
「……はあ。そういうことでしたら」
両手を広げ他意はないと示すと、シーリは素直に受け取ってくれた。これで少しでも、彼女との距離が縮まるといいけど。
さて、注目も集めてしまったし、これ以上彼女たちを引き留めるのもよくない。最後に身寄りのない彼女の相談役として、定期的に近況を尋ねる口実作りだけでもしておこうか。
「じゃあ、お互い用事もあるだろうし今日はこれで。それと、また今度軽く話す機会をもらえるかい?」
「えっ……?」
「君はひとりで生きていくにはまだ若い。他の聖女みたいに親の庇護もないし、定期的に暮らしぶりを確認させて欲しいんだ」
「……そういうことでしたら。また休みの日を手紙でお知らせします」
「頼むよ。じゃあ、また」
申し訳なさげに笑みを浮かべたシーリは鉢植えのお礼を言うと、「団長とおデート、イイナ~」などと指を咥えるポピア君を引きずっていった。
(とりあえず、心強い仲間とスタートが切れたみたいだね)
笑いを浮かべつつ、僕はそのまま踵を返し向かった。本来の目的地へと――。
その後誰にも捕まらないよう聖都を早足で急ぎ、訪れたのは王宮……ではなく。
聖女会の本部、大聖殿。要件を話し中に入れてもらうと、最上階の封じられた扉を開け、その一室へ。
見渡す限りが本棚と古びた書物に囲まれた部屋。ここに入れるのは特別な人間だけ。中央では、豪勢な年代物の寝台に女性が死んだような顔色で横たわる。
そこで――。
(――しまった。来ていたのか)
咄嗟に息を詰めた。
だが、硬い靴音が響いてしまい、傍らで女性の寝顔を見下ろしていた少年が振り返る。
「――ちっ!」
激しい舌打ちをした彼は、こちらを強い憎しみの籠る目で睨むとすぐさま隣をすり抜け外へと消えていった。
(かける言葉も無いな……)
僕は情けない自分に首を振ると寝台に歩み寄り、力ない笑みを浮かべる。
「ティリシャ様、この声が聞こえていますか。今日も王国は平和です。あなたのおかげで……」
花束を花瓶に生けられたものと取り換え、窓から空気を入れ替える。
この活気が、少しでも彼女の生きる力になればいいのだが。ベッド脇の椅子に座り細くなったその手を握ってみるも、やはり反応はない。
鈍く心が痛む。
それを紛らわすように僕は両手で顔を覆うと、幾度となく胸に浮かべた誓いを、そのまま繰り返す。
(この王国の平和は、僕たちが守っていく。だから、お願いです。戻って来てくれませんか……)
僕が生まれながらに背負う罪ふたつ。
――弟から自由に生きる資格を奪ったこと。
――母の偉大な力を継ぎながら、聖女ではなく男として生まれてしまったこと。
僕は覆らない事実のその償いに、生涯この命を捧げるだろう。
……でも、もし。
(そこから掬い上げてくれる者が現れるのだとしたら、僕は――)




