【第二巻】 第十二章「あの日の約束」
翌朝。凛は分隊室で、千歳と瑠衣にすべてを話した。
クロウテック社の名前。武器供給の全容。対狙撃探知システムと外部の狙撃手。そして──制圧弾に偽装された実弾の混入。
凛が話し終えた後、分隊室に長い沈黙が落ちた。
千歳は椅子に座ったまま、自分の手を見つめていた。指が細かく震えている。
「──つまり、楓ちゃんを撃ったのは蒼風の生徒じゃなくて、クロウテック社が送り込んだ狙撃手で。しかも蒼風の子たちは、自分が実弾を撃ってるかもしれないって知らないまま戦ってた──そういうこと?」
「ああ。紫苑の情報と状況証拠から、そう判断している」
「……ひどい」
千歳の声が掠れた。目が赤くなっている。泣いてはいない。だが──泣く手前で、怒りが先に来ている。
「ひどいよ。楓ちゃんが死んだのは──企業の利益のため? それとも、鳴神区の自治をぶっ壊すため? 楓ちゃんの命って──そんなもののために?」
「千歳」
「わかってる。わかってる、凛。怒ったって楓ちゃんは帰ってこない。──でも、怒らなきゃ嘘だよ」
凛は頷いた。千歳の怒りは正しい。
瑠衣は──黙っていた。
ベネリM4をロッカーに立てかけたまま、壁に背をつけて腕を組んでいる。表情がない。凛の話を聞いている間、一度も口を開かなかった。
「瑠衣」
「……聞いてる」
「質問は」
「一つだけ」
瑠衣が腕を解いた。
「凪沙は知ってたのか。実弾のこと」
「紫苑の推測では、知らない可能性が高い。凪沙は蒼風の生徒を守るために戦っている。生徒に知らないまま殺人をさせるリスクを、凪沙が許容するとは考えにくい」
「推測じゃなくて、確認したのか」
「していない。まだ蒼風に接触していない」
瑠衣が凛を見た。普段の粗野な態度が消えている。目の奥に、凛がこれまで見たことのない光があった。静かで、冷たくて、──決意の光。
「確認してくる」
「瑠衣──」
「あたしが行く。凪沙に直接会って、確認する」
千歳が立ち上がった。
「瑠衣、一人で蒼風に行くの? 危ないよ──!」
「危なくない。凪沙はあたしを撃たない」
「そんなの——わからないでしょ!」
「わかる」
瑠衣の声は低く、静かだった。
「あいつは──あたしと話したら揺らぐって言った。それは、あたしの言葉がまだ凪沙に届くってことだ。撃ってくる相手の言葉に、揺らいだりしない」
凛は瑠衣を見た。
瑠衣の判断は──感情的に見えて、論理的だった。凪沙があの日の対面で見せた反応。「あいつと話したら──あたしは、揺らぐ」という言葉。あれは──凪沙にとって瑠衣が、今でも特別な存在であることの証拠だ。
「凛。──あたしに行かせてくれ」
「……作戦として適切かどうかの判断が必要だ。単独で蒼風の支配エリアに入るのは──」
「作戦じゃない」
瑠衣が凛の言葉を遮った。
「これは——あたしの問題だ。凛。あたしは蒼風を出た。凪沙を置いて逃げた。その時から──この問題は、あたしのものだ」
凛は数秒、瑠衣の目を見た。
そして——頷いた。
「行ってこい。──ただし、インカムは持っていけ。何かあれば連絡しろ」
「了解。──ありがとな、凛」
瑠衣がベネリM4に手を伸ばし──止めた。銃を置いた。
「武器は置いていく」
「瑠衣!」千歳が叫んだ。
「武器を持って行ったら──会話にならない。凪沙のところに武装して乗り込むのは、あたしがやることじゃない」
瑠衣はベネリM4をロッカーに残し、分隊室を出た。
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黄昏エリア。旧市街。
瑠衣は朝凪エリアの西端から丘を越え、蒼風の支配エリアに足を踏み入れた。
前回の偵察で見たバリケードは、まだそこにあった。コンクリートブロックと鉄条網。──だが、立哨がいない。裁定戦の中断で、蒼風も前線の配置を縮小したのだろう。
瑠衣はバリケードの横を通り、旧商店街に入った。
見覚えのある景色だった。
一年半前まで、この道を毎日歩いていた。灰色のアスファルト。割れた窓ガラス。閉店したまま放置された店舗。──蒼風の管轄エリアは、昔から荒れていた。凪沙が「黄昏エリアを占拠した」と言っても、ここは旧市街の延長に過ぎない。蒼風の生徒たちが守ってきた──誰にも見向きされなかった街の、一部だ。
瑠衣は歩いた。真っ直ぐに。武器は持っていない。インカムだけが右耳にある。
路地の角で、灰青の制服を着た少女と目が合った。一年生くらい。手にはCZブレン2を持っているが──持ち方が覚束ない。まだ慣れていない。
少女が瑠衣を見て、驚いた顔をした。暁嶺の制服。──敵だ。
「──待って。あたしは武器を持ってない。凪沙に会いに来た」
少女が銃を構えかけて、止まった。瑠衣の手を見た。本当に何も持っていない。
「凪沙隊長に──?」
「ああ。あたしは元蒼風の生徒だ。鷹宮瑠衣。──凪沙に聞いてくれ。あたしが来たって」
少女が通信機に何かを言った。三十秒。返事が来る。少女の目が丸くなった。
「──通して、だそうです。旧市街の──えっと、旧商店街の奥。屋上に」
「わかった。ありがとな」
瑠衣は歩いた。
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旧商店街の奥。三階建ての雑居ビルの屋上。
蒼風が臨時の指揮所として使っている場所だった。屋上にはテーブルと椅子が数脚、地図が広げられ、通信機器が置かれている。防水シートが張られた簡易テント。──質素だが、機能的だった。
凪沙がそこにいた。
テーブルの前に立ち、地図に何かを書き込んでいた。CZ 75は腰のホルスター。Vz.61は椅子の背にかけてある。
瑠衣が屋上に出た瞬間、凪沙のペンが止まった。
振り向いた。
二人の目が合った。
瑠衣は──息を呑んだ。
凪沙の顔を、こんな近くで見るのは一年半ぶりだった。前回は映像越し。その前は──蒼風を出た日。あの日も、こんな風に目が合った。
凪沙は──痩せていた。頬がこけている。目の下の隈は前より濃くなっている。ジャケットの袖口のほつれは修繕されていなかった。左手の人差し指に絆創膏。──テーピングを巻き直す時に怪我をしたのだろう。
「……瑠衣」
凪沙の声は──小さかった。宣戦布告の映像で聞いた、全学園に向けて叫んだ声とは違う。昔の声。蒼風にいた頃、二人で屋上で星を見ていた時の声。
「久しぶりだな、凪沙」
瑠衣は屋上の中央に歩き出した。凪沙との距離が五メートルに縮まった。
凪沙がテーブルから離れた。一歩、瑠衣に近づき──止まった。
「なんで来たの」
「お前に聞きたいことがあるから来た」
「裁定戦が終わったら話すって──言ったよね。まだ終わってない」
「終わってないから来たんだ」
瑠衣の声は穏やかだった。だが──その穏やかさの下に、何かが張り詰めていた。凪沙はそれを感じたのだろう。表情が変わった。警戒。
「──何があった」
「楓が死んだ」
凪沙の目が見開かれた。
「久瀬楓。暁嶺の第三分隊の狙撃手。一年生の女の子だ。裁定戦の二日目に──額を撃ち抜かれて、即死した」
瑠衣の声は震えなかった。事実を述べる声。楓がいつもそうしていたように──淡々と。
「——知ってるだろ。裁定戦中に暁嶺側から戦死者が出て中断したこと」
「……知ってる」
凪沙の声が低くなった。
「戦死報告は──統括事務局から来た。蒼風側の参加者五名のうち、暁嶺側に二名が制圧された。残った三名で二日目に再開して──その後、暁嶺側に死者が出たと。それで中断になった」
「お前は、楓を殺したのが誰か、知ってるか」
凪沙の眉が動いた。
「——うちの子が撃ったんだろう。あの戦場にいたのは蒼風と暁嶺の十名だけだ」
「違う」
瑠衣が一歩近づいた。
「楓を撃ったのは、蒼風の人間じゃない。対狙撃探知システム──スコープの反射光を検出する装置。それと、外部から派遣された狙撃手。両方とも、クロウテック社の人間だ」
凪沙の表情が凍りついた。
「──何を言ってるの、瑠衣」
「クロウテック社。黒羽工科学園のスポンサー企業。お前に武器を渡した連中だ。──お前はそこから銃と弾薬を受け取ったんだろう。CZブレン2を十五丁、弾薬五千発、タクティカルベストと通信機器」
凪沙の顔から血の気が引いた。
「──なぜ、それを知って——」
「知り方はどうでもいい。問題はそこじゃない。——凪沙。あたしが聞きたいのは一つだけだ」
瑠衣が凪沙の目を正面から見据えた。
「お前が受け取った弾薬五千発。あれは全部制圧弾だと思ってたか」
凪沙が言葉を失った。目が泳いでいる。瑠衣の言葉の意味を理解しようとしている。
「制圧弾——? 当たり前だ。裁定戦で使える弾薬は制圧弾のみ。あたしたちが受け取ったのは全部制圧弾だ。セラミック弾頭の——」
「実弾が混じってた」
凪沙の動きが、止まった。
「クロウテック社が供給した五千発のうち、百発から二百発。外見は制圧弾と同じだ。同じケースに、同じ装填で。でも中身が違う。7.62ミリのNATO弾。鋼芯のフルメタルジャケット。——当たれば、殺せる」
凪沙の顔が——歪んだ。
恐怖でも怒りでもない。もっと根本的な何か。自分が信じていたものが、足元から崩壊する感覚。
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「嘘だ——! あたしは確認した。弾薬が届いた時に、サンプルを抜き出して確認した。セラミック弾頭で、制圧弾の規格に合致してた。重量も——」
「百発混じってるうちの一発を、五千発の中からランダムに引き当てる確率は何パーセントだ。お前が確認したサンプルは制圧弾だっただろう。そりゃそうだ。ほとんどは制圧弾なんだから。——でも、全部じゃなかった」
凪沙がテーブルに手をついた。体が揺れている。
「あたしの——蒼風の子たちが——実弾を——知らないまま——」
「そうだ。お前の部下たちは、自分が何を撃っているかわからないまま戦場に出ていた。もし——もし蒼風の生徒が撃った弾の中に実弾が混じっていて、それが誰かに当たっていたら——」
瑠衣の声が——初めて震えた。
「楓が死んだのは、外部の狙撃手が撃った弾だ。蒼風の生徒が直接撃ったんじゃない。——でも、それは偶然だ。蒼風の子が撃った弾に実弾が混じっていたら、その子が——知らないまま人殺しになってたんだよ」
凪沙がテーブルの端を握りしめた。指が白くなるほど強く。
「——クロウテックは、蒼風を利用してる。お前に武器を渡して、戦わせて、その過程で殺人を起こさせる。蒼風が暴走した犯罪者集団になれば、学園自治の正当性が崩れる。そうなれば——」
「——やめてくれ」
凪沙の声が、掠れた。
「わかった。——わかってる。利用されてるのは——わかってた。でも——」
凪沙がテーブルから手を離した。ゆっくりと椅子に座り込んだ。足の力が抜けたように。
「他に方法がなかった。蒼風には金も武器もなかった。訴えても無視された。話し合いのテーブルにもつかせてもらえなかった。——クロウテックが武器を提供すると言ってきた時、あたしは——」
「わかってる」
瑠衣が凪沙の前にしゃがんだ。目線を合わせた。
「わかってるよ、凪沙。お前が好き好んで外部の企業に頼ったんじゃないこと。追い詰められて、それしか選択肢がなかったこと。——あたしがお前の立場だったら、同じことをしてたかもしれない」
凪沙が顔を上げた。目が——赤かった。涙は流れていない。だが、限界に近い。
「楓って子は——どんな子だった」
瑠衣が息を吐いた。
「——いい子だった。口数が少なくて、いつも淡々としてて。M700っていう狙撃銃をずっと磨いてた。あの子は貧しい家の出だった。お前んとこの生徒たちと、同じだ。防弾制服を着て、暁嶺のメシ食って、スポンサーの恩恵を受けてたけど——元は蒼風の子たちと変わらない。金がなくて、家族を養うために銃を取った子だ」
凪沙の顔が歪んだ。
「……そんな子を——あたしが」
「お前が殺したんじゃない。——聞いてくれ、凪沙。楓を殺したのはクロウテック社だ。対狙撃システムで楓の位置を暴いて、外部の狙撃手に実弾で撃たせた。お前の命令じゃない」
「でも——あたしがクロウテックの武器を受け取らなければ。あの裁定戦がなければ——」
「そんなこと言ったら——あたしが蒼風を出なければ、お前はこんなに追い詰められなかったかもしれない。あたしがいればクロウテックに頼る必要がなかったかもしれない。——凪沙、"もし"を言い出したらキリがない。あたしはそれを——一年半かけて学んだ」
瑠衣が凪沙の肩に手を置いた。
「凪沙。——お前の正義は間違ってなかった。弱い奴が声を上げて、戦って、権利を勝ち取ろうとした。あたしはそれを——否定しない。でも、クロウテックはお前の正義を利用した。制圧弾に実弾を混ぜた。お前の知らないところで、お前の正義を——殺しの道具にした」
凪沙が唇を噛んだ。歯の間から血が滲んだ。
「——許せない」
「ああ。あたしもだ」
「蒼風の子たちに——人殺しをさせるために——あたしたちを——」
凪沙の拳がテーブルを叩いた。地図が跳ね、ペンが転がった。
「——クソッ! あいつら——あたしたちを捨て駒にしやがった。最初から——最初から全部——!」
凪沙の怒りが——爆発した。宣戦布告の映像で見せた統制された怒りではない。もっと生々しい、剥き出しの感情。利用されていたと知った人間の——裏切りへの怒り。
瑠衣は何も言わなかった。凪沙がテーブルを叩き、椅子を蹴り、屋上の端でうずくまるまで、ただ——そこにいた。
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どれくらい経ったのか。
屋上の風が冷たかった。曇天。灰色の空。——いつもの鳴神区の空だ。
凪沙がうずくまったまま、小さな声で言った。
「……瑠衣」
「ん」
「——あの日。お前が蒼風を出るって言った時。あたしは——『わかった。行きなよ、瑠衣』って言った」
「覚えてる」
「あれは——嘘だ。あの時、本当はそう思ってなかった。行くなって——叫びたかった」
瑠衣が凪沙の隣に座った。コンクリートの縁。屋上のフェンス越しに、旧市街の灰色の景色が広がっている。
「知ってた」
「……知ってたの」
「お前の顔見りゃわかるよ。——あの時のお前、唇が白くなってた。寒い日でもないのに」
凪沙が——泣いた。
音もなく。涙が頬を伝い、コンクリートの縁に落ちた。凪沙は拭わなかった。
「瑠衣。——あたし、お前が出ていった後、毎日お前の席を見てた。お前が座ってた椅子。——その椅子に荷物置いて、その上に地図広げて。でも、誰かに片付けろって言われる度に、やだなって思ってた」
瑠衣の喉が詰まった。
——あたしも。楓の椅子を、同じように見ていた。座れない椅子。もう誰も座らない椅子。
「凪沙。——あたしはお前を置いて逃げた。それは事実だ。弱かったから。蒼風の現実に耐えられなかったから。——ごめん。あの時、一緒に戦い続ける強さが、あたしにはなかった」
「……謝るな」
凪沙が袖で目を拭った。乱暴に。
「謝られたら——あたし、許しちゃうから。まだ——許したくない。もう少し——怒ってたい」
瑠衣は笑った。涙混じりの、不格好な笑い。
「なんだよそれ。——お前らしいな」
「うるさい」
二人は屋上の縁に並んで座っていた。灰色の空の下。錆びたフェンスの向こうに、旧市街の廃墟が広がっている。——ここが、二人が一緒にいた場所だった。背中合わせで、同じ空を見ていた場所。
「凪沙」
「……何」
「クロウテック社の証拠を押さえる。暁嶺と——紫苑って奴が動いてる。鋼町エリアの物流倉庫に潜入して、実弾混入の証拠を確保する作戦だ」
凪沙がゆっくりと顔を上げた。
「——紫苑って、聖樹館の。白薔薇の」
「ああ。あいつも聖樹館の中で追い詰められてる。クロウテック社の陰謀を暴きたいのは——あいつも同じだ」
「……暁嶺と聖樹館が手を組む?」
「状況がそうさせてる。——凪沙。お前にも手伝ってほしいことがある」
凪沙が瑠衣を見た。
「蒼風が受け取った弾薬の残り。まだ倉庫にあるか」
「——ある。使い切ってない」
「その弾薬を調べさせてくれ。制圧弾の中に実弾が混じっているなら——それ自体が物的証拠になる。蒼風の弾薬庫から実弾が見つかれば、クロウテック社が混入させた動かぬ証拠だ」
凪沙は長い間、黙っていた。
風が吹いた。凪沙のセーラー服の襟が揺れた。カーキジャケットの裾がはためいた。
「——わかった」
凪沙が立ち上がった。
「弾薬庫の確認は——あたしがやる。蒼風の弾薬だ。蒼風の人間が確認する。——外部に任せない」
「わかった。——結果が出たら、凛に連絡してくれ」
「凛って——御崎凛か」
「ああ」
凪沙がわずかに顔をしかめた。
「……あいつ、正論で返すくせに自分は答えを持ってないタイプだな」
「まあ——そうだな」
「お前、よくあんなのの下でやれてるね」
「慣れだ」
瑠衣が立ち上がった。凪沙と向かい合った。
二人の間には、一年半分の空白と、一人分の死と、一つの嘘と、まだ許されていない過去があった。
「凪沙。——あたしは、お前の隣に戻ることはできない。あたしは暁嶺の人間だ」
「わかってる」
「でも——お前の敵でもない。あたしが蒼風を出た時から、ずっとそうだ。お前を見捨てたんじゃない。お前の居場所を——奪いに行ったんじゃない」
「……知ってるよ。——知ってたよ、瑠衣。あたしが怒ってたのは——お前にじゃなくて、お前がいなくなった後の蒼風に。一人で全部やらなきゃいけなくなった自分に。——お前がいなくなって、一番つらかったのは、背中が寒くなったことだ」
瑠衣の目が潤んだ。
「——馬鹿。一人で背負いすぎなんだよ。昔から」
「お前に言われたくない」
凪沙が——笑った。泣いた顔のまま。不器用な、壊れかけた笑い。
「——じゃあ、また連絡する。弾薬庫の結果。——瑠衣」
「何だ」
「楓って子のこと。——あたしからも、弔わせてくれ。直接会ったことはないけど。——あたしの戦いが、あの子の命を奪うきっかけになった。それは変わらない」
瑠衣は頷いた。
「——ああ。楓は、喜ぶと思う。あの子は——みんなが銃を下ろせる日が来ればいいって、そういう子だった」
凪沙が目を伏せた。
瑠衣は屋上を後にした。階段を降りながら、インカムのスイッチを入れた。
『——凛。聞こえるか』
『聞こえてる。——どうだった』
『凪沙は知らなかった。実弾のこと。——本当に知らなかった。あいつの顔見りゃわかる。嘘をつける状態じゃなかった』
インカムの向こうで、凛が短く息を吐いた。
『——わかった。ありがとう、瑠衣』
『凪沙が弾薬庫を確認する。蒼風の弾薬から実弾が見つかれば、クロウテックの証拠になる。——結果は凛に直接連絡すると言ってた』
『了解した。——帰ってこい、瑠衣。無事で』
『無事だよ。——腹が減った。帰りに食堂寄っていいか』
『好きにしろ』
瑠衣はインカムを切った。
丘を越えた。朝凪エリアの街並みが見える。暁嶺学院の校舎。食堂の灯り。——帰る場所がある。
凪沙には——蒼風が帰る場所だ。あの荒れた旧市街が。壊れたバリケードが。二択のメニューの食堂が。
二人は、違う場所に帰る。もう、同じ屋根の下にはいない。
でも——背中が寒くなくなった日が、いつか来るかもしれない。
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