【第二巻】 第十章「二度目の喪失」
翌朝。〇六〇〇。
凛は五階の窓際で目を覚ました。壁に背をつけたまま、いつの間にか眠っていた。首が痛い。P226を握ったままの右手が強張っている。
隣で、楓がM700のスコープを覗いていた。
「──楓。起きていたのか」
「はい。〇四三〇に起きました。それから、ずっと」
楓の声は淡々としていた。疲労の色は見えない。──だが、その目は昨日より少しだけ充血していた。スコープを覗き続けた証拠だ。
「蒼風の動きは」
「ありません。──夜間はこちらに接近する気配もありませんでした。ただ──」
「ただ?」
「西の路地。深夜二時頃、微かな金属音がしました。工具を使うような音。──何かを設置していた可能性があります」
凛の目が細くなった。西の路地──昨日、凪沙が接近を試みた方向だ。
「何を設置する」
「──わかりません。ですが、蒼風が夜間にこのビルの西側で作業していたなら──」
楓がスコープから顔を上げ、凛を見た。
「次の攻撃は、西から来ます」
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〇六三〇。裁定戦二日目が再開した。
統括事務局の電子音が旧市街に響き、灰色の空の下で戦場が動き始めた。
「全員、通信チェック」
『千歳、感度良好』
『瑠衣、問題ない』
『佐伯、受信良好です』
「昨日の報告を共有する。蒼風は残り三名。凪沙を含む。夜間に西側路地で作業音が確認されている。──西方向への警戒レベルを上げろ」
『了解。──西って、楓ちゃんの射線が通らない方角だよね』千歳の声に、わずかな緊張があった。
「ああ。楓は五階西側の部屋と現在位置を交互に使って対応する。千歳と佐伯は三階から西側の非常階段を重点的に──」
楓が低い声で遮った。
「──動きました」
凛はインカムから口を離した。
「どこだ」
「北東。──いえ、二方向。北東と南。同時に。昨日と同じパターンです。ですが──」
楓の声がわずかに硬くなった。
「もう一名──西の路地。建物の影から、何かを──」
楓がスコープの倍率を上げた。接眼レンズに顔を押しつけ、呼吸を止める。
「──先輩。あれは」
「何が見える」
「三脚のようなものです。灰色のシートで覆われていますが──形状から、光学機器か、あるいは──」
楓が息を呑んだ。
「対狙撃探知システムです。スコープの反射光を検出するタイプの──クロウテックのカタログで見たことがあります」
凛の血の気が引いた。
対狙撃探知システム。狙撃手のスコープから漏れる反射光──レティクルレンズの微細な光の反射を検出し、その位置を特定する装置。本来なら軍用の高額機器だ。蒼風が持てるものではない。
──クロウテックが提供した。
「楓。スコープから顔を離せ。今すぐ」
「──了解」
楓がM700から体を引いた。だが──遅かった。
凛は自分が何を恐れているのかを、言葉にする前に理解した。スコープのレンズは光を集める。その反射光は、外から見れば小さな──だが確実な──光点として見える。晴れた日でなくても。曇天の灰色の光でも。レンズは反射する。
対狙撃システムが楓のスコープの反射光を捉えたのなら──楓の位置は、もう特定されている。
「楓。ポジションを変えろ。今すぐ五階西側の部屋に移動──」
「了解。──移動します」
楓がM700を持ち上げ、バイポッドを折りたたんだ。立ち上がる。窓から離れる。五歩──六歩──廊下に出れば、西側の部屋まで十秒。
その時──。
北東と南から、CZブレン2の連射音が響いた。パパパパパ──パパパパパ──。三階に向けた制圧射撃。
『千歳! 北東と南から同時射撃! 壁越しだ、当たらないけど動けない!』佐伯の声が鋭い。
「千歳、伏せろ。撃ち返すな。──あれは足止めだ」
蒼風の狙い。千歳と佐伯を制圧射撃で三階に釘づけにする。瑠衣は一階。上の階には来られない。五階にいる楓が移動する──その十秒を作らせないために。
凛は叫んだ。
「楓、止まれ! 動くな!」
だが楓はすでに窓際を離れ、廊下に半分体を出していた。M700を抱え、中腰で移動している。窓の反対側──壁の陰に入れば安全だ。あと三歩。
凛は五階の窓から外を見た。西の路地。灰色のシートの下の機器。──その横に、もう一つの影があった。
三脚に据えられた、長い銃身。
──狙撃銃。
対狙撃システムの隣に、狙撃手が配置されている。システムが楓の位置を特定し、その座標をそのまま狙撃手に渡す。二つで一組の──対狙撃キルチェーン。
蒼風にスナイパーはいなかった。楓が撃ちこんでいた二名は、いずれもCZブレン2を持つ一般兵だった。では、あの狙撃手は──。
外部の協力者。クロウテックが送り込んだ──。
「楓ッ!」
凛が叫んだ。
楓は廊下の途中で立ち止まり、振り返った。凛の声に反応して──一瞬、窓側に顔を向けた。
大きな瞳が凛を見た。何かを尋ねるような目。「どうしましたか、先輩」とでも言いたげな。銀色がかった黒髪が、窓からの灰色の光を受けて揺れた。
廊下の中間地点。窓から三メートル。壁の陰まで、あと二メートル。──その二メートルの距離に、楓は立っていた。
そして──窓から差し込む光の中に、楓の体が、あった。
その一瞬。
楓の体が、揺れた。
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銃声は──聞こえた。
沙耶の時とは違った。
乾いた単発の音。重く、鈍く、廃墟の壁に反響した。遠距離からのライフル弾特有の音。発砲音と着弾音がほぼ同時に届く──弾速が音速を超えている証拠。
楓の体が、前のめりに倒れた。
M700が手から離れ、廊下の床に落ちた。ウォールナットのストックが乾いた音を立てて跳ねた。楓の体がその上に倒れ込み──動かなくなった。
凛は一瞬、何が起きたのかわからなかった。
楓が倒れた。そこまでは見えた。だが、その意味が──脳が、理解を拒んでいた。視覚情報は届いている。楓の体が床にある。M700がストックを上にして横たわっている。楓の右手がまだボルトの近くにある。──だが、その映像と「死」という言葉が、凛の中で結びつかなかった。
「楓」
凛の声は平坦だった。自分でも驚くほど。感情のない、事実確認のような声。
「楓。応答しろ」
返事はなかった。
凛は壁に張りつきながら、這うようにして楓に近づいた。膝をつく。足が痺れていた。いつから痺れていたのかわからない。手が冷たい。指先の感覚が薄い。──それでも動いた。楓の肩に手をかけた。仰向けに──。
楓の額に、穴が開いていた。
小さな穴。直径一センチもない。額の中央、やや右寄り。──弾丸はそこから入り、頭蓋を貫いていた。
出口創は後頭部にあった。入口よりも大きい。7.62ミリ弾の特性──入口は小さく、出口で拡大する。楓の銀色がかった黒髪が、赤く──。
M700のスコープを見た。接眼レンズに亀裂が走っている。弾丸がスコープを掠めたのか、それとも楓が倒れた衝撃で割れたのか。──どちらにしても、もう楓がこのスコープを覗くことはない。
凛は楓の顔を見た。
楓の瞳は──開いていた。大きな瞳。いつも感情を映さなかった瞳。最後の一瞬、何が映っていたのだろう。スコープの十字線か。灰色の空か。それとも──何も。
表情はなかった。驚きも、苦しみも、恐怖も。何も浮かんでいなかった。弾丸が額に届く前に、楓の意識は消えていた。脳幹即死。痛みを感じる暇すらない。
──最期の言葉は、なかった。
沙耶は、言葉を残してくれた。「守るために──あるんだよ」と。あの言葉が凛の中に今も生きている。だが楓は──何も言わなかった。何も言えなかった。
言いたいことがあったかもしれない。弟たちのこと。母のこと。明日の朝食のこと。──あるいは、ただ「はい」と短く答えるだけだったかもしれない。楓はいつもそうだった。多くを語らない。短く、正確に。でも、その一言一言に嘘がなかった。
「この子は嘘をつかないので」──昨夜、楓はそう言ってM700を撫でていた。
その嘘をつかない銃が、楓の下に落ちている。ストックに楓の温もりが残っている。スコープのレンズが──割れていた。もう何も映さない。
凛は楓の手に触れた。まだ温かかった。
沙耶の時もそうだった。駆けつけた時、沙耶の手はまだ温かかった。あの日も──こうやって、手を握った。
温かいのに、もう──どこにもいない。呼んでも、応えない。
凛の指が、震え始めた。
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「楓、応答しろ」
インカムに向かって、もう一度呼んだ。自分が何をしているのかわかっていた。無意味だとわかっていた。楓のインカムは右耳についている。そのすぐ横を──弾丸が通った。インカムはまだ生きているかもしれない。だが、それを聞く者は──。
「楓。──応答しろ」
静寂。
インカムのノイズすら聞こえない。蒼風の制圧射撃も、千歳の声も、何も聞こえない。凛の耳には──楓が返事をしない静寂だけがあった。
『凛──? 凛、何があった!』
千歳の声が、遠くから聞こえた。
『楓ちゃんの射撃音がしない。──凛、応答して!』
凛は口を開いた。喉が乾いている。声が出ない。
「──楓が」
それだけ言って、止まった。
続きを言えなかった。言えば、現実になる。まだ──楓の手は温かい。まだ──。
「楓が、やられた」
インカムの向こうで、沈黙が落ちた。
千歳の息を呑む音。佐伯の何かを落とす音。──そして瑠衣が、小さく「嘘だ」と呟いた。
『──嘘だろ。楓ちゃんが──? どういうことだ。狙撃されたのか。どこから──!』
「西。対狙撃システムと連動した──外部の狙撃手。クロウテックの──」
凛の声が途切れた。
声を出すたびに、喉が締まる。呼吸が浅くなる。心拍が速い。手が震えている。──一年前と同じだ。一年前の裁定戦で、沙耶が撃たれた後と、同じ。
あの時も、こうだった。声が出なくなった。手が震えた。視界が揺れた。
──でも、あの時は沙耶が言葉を残してくれた。「守るために──あるんだよ」と。その言葉が、凛を繋ぎ止めた。
今は──何もない。
楓は何も言わなかった。何も残さなかった。ただ額を撃ち抜かれて、音もなく──倒れた。
「──────」
凛はP226を握り直した。
立ち上がった。
五階の窓から、西の路地を見下ろした。対狙撃システムの三脚。──その横の、狙撃手。もう撤収を始めている。長い銃身を折りたたみ、路地の奥に消えようとしている。
凛はP226を構えた。手が震えている。照準が揺れる。距離は百五十メートル以上。P226の有効射程を大きく超えている。当たらない。当たるわけがない。
だが──撃ちたかった。
楓を殺した弾が、どこから来たのかは見えた。あの路地の奥。あの三脚の横。あの──人影。
撃ちたい。追いたい。捕まえて──。
凛は窓枠を乗り越えようとした。
五階の窓。地上まで十五メートル。外壁には雨樋がある。降りられないことはない。降りて、走って、西の路地を追えば──。
「凛ッ!」
千歳の声が、背後から響いた。
振り返ると──千歳が階段を駆け上がってきていた。M4A1を肩にかけ、息を切らしている。三階からの距離を全力で走ってきたのだ。
千歳の目が、楓を見た。
廊下に倒れた楓。その額の傷。広がる赤。──千歳の顔から血の気が引いた。
「──楓ちゃん……」
千歳が一瞬、立ち止まった。だが、すぐに凛に向き直った。
「凛。窓から離れろ」
「千歳、退け。──あいつらを追う」
「追ってどうする!」
千歳が凛の腕を掴んだ。強い力。凛は振り払おうとしたが、千歳は離さなかった。
「離せ、千歳──!」
「離さない。──あんたが今あそこに飛び出したら、狙撃手の射線に入る。楓ちゃんと同じことになる!」
「わかってる──! わかってるけど──!」
凛の声が震えた。喉の奥から、抑えていたものが溢れ出す。
「楓が──楓が死んだ。また──私の目の前で。また守れなかった。沙耶の時と同じだ。──私がもっと早く気づいていれば。対狙撃システムに、もっと早く──」
「凛」
千歳の声が変わった。怒りでも悲しみでもない。──冷静な声。千歳が、凛を止めるために選んだ、一番冷たい声。
「あんたが死んでも──楓はもう喜べない」
凛の体が、止まった。
千歳の言葉が──鳩尾に落ちた。重く、冷たく、抗えない一言が。
「あんたが今追いかけて、撃たれて、死んで──それで楓が生き返るなら私だって止めない。でもそうじゃない。楓はもう死んだ。あんたが死んでも、誰も喜ばない。瑠衣も、佐伯も、氷室総隊長も──」
千歳の目が潤んでいた。だが声は震えなかった。
「──楓ちゃんだって、あんたに死んでほしくなかった。あの子は最後まで、『守る側に立つ』って言ってた。あの子が守りたかったものの中に──あんたも入ってるんだよ、凛」
凛の膝から力が抜けた。
壁に背をつけて、ずるずると座り込んだ。P226を持ったままの手が、だらりと下がった。
視界が歪んだ。涙ではなかった。──いや、涙だった。自覚がなかっただけだ。目の縁から溢れた熱い液体が、頬を伝い、顎から落ちた。
「──────」
言葉が出なかった。何も。
楓の手はまだ温かかった。凛から三歩の距離に、楓は倒れている。M700を抱くように。──最後まで、この子を離さなかった。
千歳が凛の隣に座った。M4A1を膝に置き、凛の肩に手を置いた。何も言わなかった。ただ、そこにいた。
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何分経ったのか、わからなかった。
インカムから、佐伯の声が聞こえた。
『御崎先輩。──蒼風が、撤退しています。西の路地から南方向に後退。三名とも──戦場から離脱しつつあります』
凛は目を閉じた。
──撤退。蒼風の狙撃手が──楓を撃ったことで、蒼風は戦略目標を達成した。暁嶺の狙撃手を排除すれば、このビルの防衛力は半減する。あとは時間をかけて消耗させればいい。
だが蒼風は撤退を選んだ。なぜ。
──凪沙。
凪沙は知っていたのか。対狙撃システムが何をするかを。それが楓を殺すことを。「殺す」のだということを──制圧弾ではなく、実弾が使われていることを。
わからなかった。今はまだ。
「──凛。裁定戦の継続は」
千歳が静かに訊いた。
「……中断を申請する」
凛の声は掠れていた。
「戦死者が出た場合の中断申請は──統括事務局の規定にある。楓が──」
名前を呼ぶだけで、喉が詰まった。
「──久瀬楓が戦死。裁定戦を中断し、遺体の──搬送を──」
言葉が出なくなった。
千歳が凛の手からインカムのマイクを取り、代わりに通信した。
「こちら暁嶺第三分隊、桜庭千歳。統括事務局に対し、裁定戦第十四号の一時中断を申請します。理由──暁嶺側参加者一名の戦死。久瀬楓。──以上」
千歳の声は一度も震えなかった。
インカムの向こうで、統括事務局の事務的な応答が返ってきた。「中断を承認する」と。手続きの説明が続いたが、凛の耳には入らなかった。
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瑠衣が五階に上がってきたのは、中断申請の五分後だった。
階段を上がる足音。重い。──ベネリM4を背負ったまま、ゆっくりと。普段の瑠衣なら二段飛ばしで駆け上がる。だが今は、一段ずつだった。
瑠衣が五階の廊下に立った。
楓を見た。
長い沈黙。
瑠衣の顔に、表情はなかった。無表情ではない。表情を作る機能そのものが──停止しているようだった。
「──凛」
「ああ」
「楓ちゃんは」
「即死だ。額を──スコープ越しに。痛みは、なかったと思う」
瑠衣がゆっくりと壁際に歩き、楓の傍に膝をついた。
楓の顔を見た。目を背けなかった。額の傷も、散った破片も。──全部、見た。
「……きれいな顔してんな。楓ちゃん。──怒ってもないし、泣いてもない。いつも通りだ」
瑠衣の声がかすれた。
「いつも通り──淡々としてる。『了解です』って──今にも言いそうだ」
瑠衣が楓の手を取った。凛と同じように。まだ温かい手を。
「──悔しいよ、楓ちゃん。あんたは──正しいことを言ってた。奪わない。守る側に立つ。母親の教えを信じる。──全部正しかったのに」
瑠衣の目から涙が落ちた。楓の手の甲に、一滴。温かかった手が、少しずつ冷えていくのを、瑠衣の指先が感じ取っているはずだった。
「正しいのに──死んだ。正しいだけじゃ──守れなかった」
瑠衣の声が掠れた。喉の奥を絞るような音。
「昨日の夜の食堂でさ──あの子、凛の言葉を聞いて、ほんの少しだけ笑ってたんだ。いつも無表情なのに、あの時だけは。──あんな顔、もう見られないのかよ」
瑠衣が歯を食いしばった。
「──凪沙。あいつは──これを知ってたのか。知ってて──やらせたのか」
凛は答えなかった。答えられなかった。
五階の窓から、灰色の光が差し込んでいた。曇天。風はなかった。──狙撃には好条件だと、今朝、凛は思った。あの時は、それが味方にとっての好条件だと思っていた。
楓のRemington M700が、廊下の床に横たわっている。ストックの木目は手入れが行き届き、艶を帯びている。──「この子は嘘をつかないので」。楓はそう言った。嘘をつかない銃。条件を正しく読めば、必ず当たる銃。
だが弾道は──銃だけでは決まらない。どんなに正確な銃でも、撃つ者の位置が相手に知られていれば。技量では負けていなくても、情報の差で──殺される。
蒼風の生徒たちは型落ちの銃で戦っていた。防弾ベストも満足にない。──だが、クロウテックの対狙撃システムがあった。技術と装備の差を、外部の企業が埋めた。楓の技量を無効化するために。
構造的な不公平。
蒼風が訴えていた不公平を正すために、別の不公平が持ち込まれた。そしてその犠牲になったのは──不公平の中で、それでも正しくあろうとした少女だった。
凛は楓のM700を拾い上げた。両手で。丁寧に。楓がいつもそうしていたように。
重かった。──ライフルの重さではなく。楓が毎日この重さを抱えて、守る側に立ち続けた、その重さが。
「……帰ろう」
凛は言った。
「楓を──連れて帰る」
千歳が頷いた。瑠衣が立ち上がった。佐伯が階段の下から「担架を持ってきます」と言った。
凛はM700を肩にかけた。楓の銃。楓の温もりが残るストック。楓が「この子」と呼んだ、嘘をつかない銃。
灰色の空の下、旧市街のビルから五人が──いや、四人と一人の遺体が、出ていった。
凛は一度だけ振り返った。
五階の窓。楓が最後にスコープを覗いていた場所。──そこにはもう誰もいない。ただ、割れた窓ガラスの縁に、朝の灰色の光が薄く反射していた。
スコープの反射光。それが楓を殺した。
光は、嘘をつかない。弾道も、嘘をつかない。──だが、この戦場の構造は、嘘でできている。
凛はM700のストックを握りしめた。
もう二度と、この銃が火を噴くことはない。
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