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回復魔法が効かない世界で、元鍼灸師の俺が経絡を視て命を救う ~治せないと言われた患者に、鍼一本で向き合う治療師~  作者: 蒼野凪


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第58話 二つの報せ

 十二日目に、報せが二つ来た。


 同じ日に、別の方角から。


 一つ目は、境界からだった。


 灰の谷の男が、旗の手前で待っていた。


 入ってこられないからだ。


 俺は、そこまで歩く。


「治療師さん」


 顔を知っている。


 谷で薪を割っていた男だ。


「聖女さまが」


 それだけで、俺は視線を落とした。


「倒れたか」


「いえ」


 男は、首を振る。


「倒れては、いません」


「だが」


「……三人までと言われた、と」


 俺は、目を閉じる。


「守れなくなったんだな」


「はい」


 男の声が、小さくなった。


「五人の日が、三日続きました」


 三人までと言った。


 四人目は断れと言った。


 彼女は、できませんとは言わなかった。

 簡単だとも、言わなかった。


 正直な答えだった。


 その正直さの、行き着く先だ。


「今は」


「起きています」


「歩けるか」


「……ゆっくりなら」


 もう一つ、と男は言った。


「王都から、人が来ました」


 俺は、顔を上げる。


「役人か」


「軍の方だと」


 男は、そう言った。


「谷の外を、見て回っていました」


 凍結された案がある。


 緩衝地帯の拡大。


 あれは、廃案ではない。


 止めたのは、俺とリリアだ。


 二人とも、今、谷にいない。


 ――片方は、動けない。


 俺は、男を帰した。


 二つ目の報せは、夕方に来た。


 ヴェインの使いだった。


「捕虜の返還を、始める」


 伝言は、それだけだった。


 治さずに、返す。


 俺が断ったからだ。


 断った結果、四十六人は傷を抱えたまま王国へ戻る。


 戻れば、治療棟へ運ばれる。


 回復魔法で塞がれる。


 塞がれた者は、また前線に立つ。


(……俺が断ったから、四十六人が戦場に戻る)


 俺は、火の前に座った。


 断ったのは、正しい。


 正しさは、結果を保証しない。


 治して返せば、四十六人が戦場から消える。

 治さず返せば、四十六人が戦場に戻る。


 どちらを選んでも、俺が戦線を動かす。


 動かさない選択肢は、ない。


 あるのは、どう動かすかだけだ。


(……これが、選ぶということか)


 あの谷で、俺は順番だけを決めていた。


 順番を決めることは、

 誰の側にも立たないことだと思っていた。


 違った。


 順番は、いちばん強い武器だった。


 夜、エルシアが来た。


 鎧のない歩き方は、まだぎこちない。


「聞いた」


「どっちだ」


「両方だ」


 彼女は、火の向こうに座った。


 初めて、座った。


「戻るのか」


「戻る」


 即答だった。


「なら、ここは」


 俺は、答えられない。


 窪地には、名前がついていない。


 夜に来る者は、六人。


 俺がいなくなれば、また誰も診なくなる。


「三月かかると言ったな」


 エルシアが言った。


「私の体だ」


「ああ」


「途中で放り出すのか」


 俺は、彼女を見る。


「そうだ」


「ひどい男だ」


「ああ」


 彼女は、笑わなかった。


 俺も、笑わない。


 同時に、二つは診られない。


 あの日、灰の谷で三人を前にしたときと、同じだ。


 規模が変わっただけで、俺は何も変わっていない。


 ――選ばなければ、両方が壊れる。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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