第51話 降ろしてほしい相手を、指定しろ
翌朝の火は、大きかった。
席は、七つとも埋まっていた。
昨日いなかった二人は、若い。
若いのに、片方は歩き方が違う。
もう片方は、指が三本足りない。
「来たな」
ヴェインが言った。
「頼みを聞く」
俺は、立ったままだ。
座れとは、言われなかった。
「単純な話だ」
ヴェインは、火に木を足した。
「あなたに、王国の兵を治してほしい」
俺は、聞き返さなかった。
聞き間違いではない、と分かったからだ。
「捕虜がいる」
ヴェインが続ける。
「四十六人」
「殺していないのか」
「殺す理由がない」
その言い方は、優しさではない。
効率の話だ。
「返す」
ヴェインは言った。
「治してから、返す」
沈黙。
火が、音を立てて跳ねた。
「……順番は」
俺は、そう聞いた。
自分の声が、少し低くなったのが分かる。
「よく分かっているな」
ヴェインは、笑わない。
「治った者から、順に返す」
「そうじゃない」
「そうだ」
彼は、俺を見た。
「あなたが治した者は、戦場に戻らない」
――そこに、全部あった。
「四十六人を治して返せば」
ヴェインは、指を折らない。
折らずに、数えている顔をしていた。
「王国の前線から、四十六人が消える」
誰も、否定しない。
七つの席が、静かに座っている。
「傷を負わせるのではない」
ヴェインは言った。
「治すのだ」
「……そうだな」
「誰も死なない」
「ああ」
「あなたの技だけで、戦線が減る」
俺は、火を見た。
王都の会議室を思い出す。
あそこでは、逆のことを言われた。
鍼の打ち方を書き出せ。
兵に配れ。
前線に、常駐しろ。
俺は、断った。
治療じゃない、運用だと言って断った。
今、目の前にあるのは、その裏返しだ。
運用ですらない。
ただ、治すだけでいい。
治すだけで、それは武器になる。
「断る」
即答だった。
「理由を」
「治す相手を、他人が決めるなら、俺は関わらない」
ヴェインは、頷いた。
怒らない。
「では、あなたが決めろ」
俺は、言葉に詰まった。
「四十六人のうち、誰を治すかは、あなたが決めていい」
彼は、そう言った。
「順番も、あなたが決めていい」
――逃げ道を、塞がれた。
「それでも、断る」
「なぜだ」
「治した先を、あんたたちが使うからだ」
「使わない治療が、あるのか」
沈黙。
俺は、答えられなかった。
「一つ、教えてやる」
ヴェインが言った。
「四十六人のうち、十一人は自力で歩けない」
「……ああ」
「治さず返せば、道で死ぬ者が出る」
俺は、彼を見る。
「脅しか」
「事実だ」
即答だった。
「脅すつもりなら、もっと下手に言う」
その通りだった。
この男は、材料を並べるだけだ。
並べられた材料で、俺が勝手に追い詰められる。
この六日で、それは思い知った。
子どもは走れるようになり、
走れるから前に出される。
将は治され、
治されたから前に出ない。
俺の技は、いつも誰かの手の中で使われている。
「考えてくれ」
ヴェインが言った。
「急がない」
その言い方が、いちばん重かった。
俺は、端の席を見る。
エルシアは、初めて俺を見た。
目が合った。
彼女は、何も言わなかった。
――言わないことが、答えだった。
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