第50話 将たちの席
六日目の朝、迎えが来た。
使者ではなかった。
鎧を着た、若い兵が四人。
武器は抜いていない。
だが、囲む形で立った。
「来い」
それだけだった。
俺は、荷を背負って歩く。
断る理由が、なかった。
連れて行かれたのは、陣の中央だった。
天幕ではない。
石を並べただけの、広い場所。
中央に、火。
その周りに、席がある。
席は、七つ。
埋まっているのは、五つだった。
誰も、名乗らない。
俺も、名乗らなかった。
視る。
癖だ。
止められない。
(……全員、壊れてる)
右端の男は、肺が細い。
奥の女は、片目の裏の流れが死んでいる。
誰も、隠さない。
ここでは、隠す相手がいないからだろう。
エルシアは、いちばん端に座っていた。
鎧。
背筋。
こちらを、見ない。
「治療師」
声は、正面から来た。
中年の男だ。
角が、片方欠けている。
「私は、ヴェイン」
名乗ったのは、その男だけだった。
「話を、聞かせてもらった」
「どの話だ」
「子どもの話」
俺は、黙る。
「兵の話」
「……ああ」
「老兵の話も」
この土地の噂は、やはり速い。
「一つ、確かめたい」
ヴェインは、そう言って立ち上がった。
右腕の袖を、まくる。
肘から先が、細い。
「これは、視えるか」
「視える」
「言ってみろ」
「五年前。刃物じゃない」
「潰れてる。重いものだ」
沈黙。
誰も、動かない。
「……岩だ」
ヴェインは、袖を戻した。
「よく分かった」
「褒められたのか」
「疑いが、減った」
試された。
この土地の人間は、まず技を疑う。
疑ってから、頼む。
順番が、正しい。
「その技は」
ヴェインが言った。
「誰にでも効くのか」
「効く」
「我々にも」
「効いてる」
「王国の兵にも」
俺は、そこで少し止まった。
止まった時点で、答えたのと同じだ。
「効く」
「そうか」
ヴェインは、頷いた。
その頷き方が、静かすぎた。
俺は、その静けさが嫌いだ。
王都の会議で、何度も見た。
これから何かを頼む人間の、顔だ。
「一つ、確認する」
ヴェインが言う。
「治した者は、戦場に戻らないのか」
沈黙。
五つの席が、全部こちらを向いていた。
俺は、正直に答える。
「戻る者もいる」
「多くは」
「……戻らない」
誰も、驚かなかった。
驚かないということは、
もう調べている、ということだ。
「なぜだ」
ヴェインが聞いた。
「壊れなくても生きられると、知るからだ」
俺は、答えた。
言ってから、それが誰の言葉だったかを思い出す。
エルシアの言葉だ。
灰の谷で、彼女が俺に言った。
――知ってしまった者は、もう戻れない。
俺は、端の席を見る。
彼女は、火を見ていた。
こちらを、見ない。
「よく分かった」
ヴェインが言った。
その声には、敵意がない。
敵意がないことが、いちばん怖い。
「明日、もう一度来てもらう」
「用件は」
「頼みがある」
俺は、荷を握り直した。
この土地に来て、初めて「頼み」という言葉を聞いた。
――嫌な予感が、正確に当たる日がある。
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