第48話 似た形の場所
三日目に、使者が俺を呼びに来た。
「将が、見せろと」
「何を」
「あの場所を」
俺は、立ち上がった。
場所は、陣から少し離れていた。
谷ではない。
窪地だ。
風が抜けない分、灰も来ない。
天幕が、四つ。
旗はない。
白い布に一本の線。
あの印は、どこにも立っていなかった。
「これか」
「はい」
俺は、中を覗く。
誰もいない。
寝床が並んでいるだけだ。
使い込まれてはいる。
人の匂いも残っている。
だが、今は空だ。
「昼は、来ません」
使者が言った。
「夜は」
「夜は、来ます」
なるほど、と思った。
「見られたくないのか」
「はい」
俺は、寝床の一つに触れた。
布が、少し湿っている。
誰かが、昨夜ここにいた。
寝床の並びを、俺は数える。
四つの天幕に、二十人ぶん。
作った者は、二十人来ると思っていた。
来るのは、多くて六人だ。
残りの十四人ぶんの空きが、
この場所の全部を語っている。
「何人だ」
「多い夜で、六人」
「少ない夜は」
「……ゼロです」
沈黙。
エルシアは、こちらに似た形を作った、と言った。
作ったのは本当だ。
だが、根がないと本人が言った意味が、
今、目の前にある。
「ここでは、誰が診る」
「誰も」
使者は、そう言った。
「休むだけです」
「休むだけか」
「はい」
俺は、天幕の外に出た。
空が、低い。
休むだけの場所。
それでも、この土地では大事件だ。
壊れたまま戦うのが当たり前の場所で、
「今日は戦わない」と言える場所を作った。
誰にも見られずに、そこへ来る。
それは、恥を承知で来るということだ。
「将は、なぜ作った」
俺は、聞いた。
使者は、少し黙った。
「……分かりません」
正直な答えだ。
「だが」
使者は、続けた。
「私は、二度来ました」
俺は、彼を見る。
初めて、彼が自分の話をした。
「夜にか」
「はい」
「誰かに、会ったか」
「一度だけ」
使者は、そこで少し笑った。
笑いのような、息のような音だった。
「互いに、顔を伏せました」
俺は、その光景を想像する。
二人の兵が、狭い天幕で、
互いを見ないようにして横になっている。
どちらも、休みに来た。
どちらも、休みに来たと言えない。
(……これは、場所の問題じゃない)
布も、寝床も、揃っている。
足りないのは、言葉だ。
ここに来ることを、
「弱さ」以外の名前で呼ぶ言葉が、この土地にはない。
「一つ、聞く」
俺は、使者に向き直った。
「はい」
「あんたは、なぜ勝手に境界を越えた」
使者は、しばらく黙った。
それから、胸の白い布に触れた。
「将に、生きていてほしいからです」
即答ではなかった。
だが、迷った分だけ、本当だった。
俺は、頷く。
――この土地にも、言葉はあった。
名前がついていないだけだ。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




