第47話 弱くしに来た男
噂は、半日で回った。
人の声がない土地で、
噂だけは、風より速い。
夕方、俺の前に兵が立った。
三人。
いちばん前の男は、背が高い。
右の脇腹に、古い断裂がある。
塞がってはいるが、繋がってはいない。
「お前が、治療師か」
「そうだ」
「子どもに、何をした」
「息を、通した」
男の顔が、動かない。
「なぜ」
「苦しそうだったからだ」
沈黙。
俺は、それ以上の理由を持っていない。
持っていないから、言わない。
「あの子の母は、泣いていた」
「聞いた」
「喜んで、ではない」
「それも、聞いた」
男は、一歩前に出た。
「なら、分かるはずだ」
声は、荒くない。
荒くないから、余計に重い。
「お前は、あの子を戦場に送った」
俺は、答えない。
答えられるだけの言葉が、ない。
「そして」
男は、続けた。
「将を、戦場から降ろした」
風が、天幕を叩いた。
「あの日から、将は前に出ていない」
「知ってる」
「治されたからだ」
「……ああ」
「治ると、戻れなくなる」
男は、自分の脇腹を叩いた。
鈍い音がした。
「俺は、これで戦っている」
「痛むだろう」
「痛む」
即答だった。
「痛むから、戦える」
俺は、その言葉を否定できない。
否定すれば、それは彼の人生を否定することになる。
だが、視えているものは言う。
「その脇腹は、もう限界だ」
男の目が、動いた。
「あと一年もたない」
「一年、もてば十分だ」
「その先は」
「その先は、ない」
迷いがない。
この男は、自分の終わりを勘定に入れて生きている。
俺は、それを軽々しく壊せない。
「お前の技は」
男が言う。
「人を、楽にする」
「そうだ」
「楽になった者は、戻らない」
沈黙。
「お前は」
男は、まっすぐ俺を見た。
「我々を、弱くしに来た男だ」
――誰も、俺を止めない。
王都では、制度が俺を止めた。
異端だと言われ、処分が下りた。
ここでは、誰も禁じない。
禁じる代わりに、誰も来ない。
「違う、と言えるか」
男が聞いた。
俺は、少し考えた。
考えた分だけ、正直に言う。
「言えない」
三人の顔が、初めて動いた。
「治せば、その一人は変わる」
俺は、続けた。
「変わった先で何が起きるかは、俺には決められない」
「無責任だな」
「ああ」
俺は、頷いた。
「無責任だ」
男は、しばらく黙っていた。
それから、背を向けた。
「鍼を、しまっておけ」
最後に、そう言った。
「ここでは、それは武器だ」
三人が、去っていく。
(……武器なら、もう少し重くていい)
俺の武器は、袋ごと持っても、片手で足りる。
夕日が、黒い土を赤くしていた。
俺は、鍼の袋を握る。
技は、変わっていない。
打ち方も、変わっていない。
だが、場所が変われば、意味が変わる。
同じ一本が、
こちらでは救いで、
あちらでは削りになる。
(……善意と、工作の区別がつかない)
俺は、そう思った。
――区別をつけるのは、俺ではない。
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