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回復魔法が効かない世界で、元鍼灸師の俺が経絡を視て命を救う ~治せないと言われた患者に、鍼一本で向き合う治療師~  作者: 蒼野凪


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第46話 その子は、もう戦えない

 翌朝、俺は陣の外れに座っていた。


 誰も来ない。


 鍼を並べても、意味がない。

 鍼が何かを、誰も知らないからだ。


 昼を過ぎた頃、足音がした。


 子どもだった。


 十に届かないくらいの、魔族の子。

 角は、まだ小さい。


 俺を見て、立ち止まる。


 それから、じっと見た。


「……なにしてるの」


「座ってる」


「なんで」


「呼ばれるのを待ってる」


 子どもは、首をかしげた。


 その動きで、俺は視てしまった。


(……喉だ)


 喉から胸にかけて、流れが細くなっている。


 詰まっているのではない。

 最初から、育っていない。


 息を吸うたびに、体が少し余計に働いている。


 この子は、たぶん、走れない。


「息、苦しいか」


 子どもの目が、丸くなった。


「なんで分かるの」


「視えるからだ」


 子どもは、少し考えて、

 それから外套の前を掴んだ。


 隠そうとした。


 この歳で、もう覚えている。


「隠さなくていい」


「……でも」


「今は、俺しかいない」


 子どもは、手を離した。


 その仕草の意味を、俺は忘れない。


「痛くはしない」


「ほんとに」


「痛かったら、殴っていい」


 子どもは、笑った。


 この土地で、初めて見た笑いだった。


 俺は、鍼を出す。


 子どもは、それを見て目を丸くした。


「それ、なに」


「鍼だ」


「はり」


「知らないか」


「しらない」


 この土地には、この道具の名前がない。


 名前がないものを、人は怖がる。


 だから、先に触らせた。


「持ってみろ」


 子どもは、そっと指で摘まむ。


「かるい」


「軽い」


「これで、なおるの」


「治りはしない」


 俺は、正直に言う。


「息が、通るだけだ」


 喉の脇。

 鎖骨の下。

 背中に、一本。


 深くは入れない。


 三本で、終わりだ。


「……終わり」


「もう」


「もう、だ」


 子どもは、息を吸った。


 それから、もう一度吸った。


 目が、また丸くなる。


「……はいる」


「そうだ」


「いっぱい、はいる」


 子どもは、走り出した。


 走れることに、驚いたような走り方だった。


 俺は、それを見送る。


 悪くない一日だ、と思った。


 思った、そのときだった。


 視線に気づいた。


 天幕の陰に、女が立っている。


 子どもの、母親だろう。


 俺を見ていた。


 礼を言うでもなく、

 怒るでもなく。


 ただ、見ていた。


 俺は、立ち上がって頭を下げた。


 女は、動かない。


 それから、ぽつりと言った。


「……あの子は、もう戦えない」


 風が、止まった。


「走れるようになった」


 俺は、そう返した。


「知っています」


 女の声は、静かだった。


「走れる子は、前に出されます」


 俺の中で、何かがずれた。


「……前」


「戦列です」


 女は、頭を下げなかった。


 下げずに、背を向けた。


 俺は、その背中に何も言えない。


 治した。

 息が入るようになった。


 それは、いいことのはずだ。


 だが、この土地では、

 「動ける」ことは「使える」ことだ。


(……俺は、何を渡した)


 子どもの笑い声が、遠くで聞こえる。


 ――喜んでいるのは、俺だけだった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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