第43話 留守を頼むということ
夜の谷は、焚き火の数だけ明るい。
俺は、荷をまとめていた。
鍼。
布。
替えの外套。
それだけだ。
薬は持たない。
向こうにあるものを、俺は知らない。
「本当に、行くんですね」
リリアが、火の向こうに座っている。
「ああ」
「呼ばれていないのに」
「呼ばれてないから、行く」
彼女は、少しだけ黙った。
「……それ、ずるい言い方です」
「そうかもな」
俺は、手を止めない。
呼ばれて行けば、それは依頼になる。
依頼になれば、条件が要る。
条件を出せば、俺はまた誰かの側に立つ。
それを避けたかった。
「どれくらいで、戻りますか」
「分からない」
「……分からない、ですか」
「戻るとも、言わない」
火が、小さく音を立てた。
彼女は、怒らなかった。
それが、少しだけ痛い。
「前に、同じことを言われました」
リリアが言った。
「いつだ」
「村を出るときです」
俺は、思い出す。
あのときも、俺は戻るとは言わなかった。
「あのときは」
彼女は、少し笑った。
「泣きそうな顔をしていました」
「俺がか」
「私が、です」
火が、彼女の頬を照らしている。
今日は、泣きそうな顔をしていない。
それは、成長と呼ぶべきものだ。
呼ぶべきなのに、素直に喜べない。
「レン」
「ああ」
「私の体のことを、心配していますね」
俺は、顔を上げる。
視られていたのは、こっちの方だった。
「ああ」
「隠さないんですね」
「隠しても、視えてる」
彼女は、笑った。
その笑いが、少し薄い。
あの日から、彼女の循環は元の位置に戻っていない。
回復魔法を、限界を越えて使った。
それは、彼女自身を削る使い方だ。
「一日、三人まで」
「それ以上は、使うな」
「……四人目が来たら」
「断れ」
沈黙。
「できません、とは言いません」
「でも、簡単だとも言いません」
正直な答えだった。
だから、俺は頷いた。
嘘をつかないことが、この場所の唯一の決まりだ。
俺は、荷を背負う。
「谷の形は、変えるな」
「はい」
「新しい人は、入れなくていい」
「はい」
「もし、壊れそうになったら」
俺は、そこで少し考えた。
「閉じろ」
彼女の目が、揺れた。
「……あなたが作った場所です」
「作った奴が、いなくなる場所だ」
だから、閉じていい。
俺がいなければ守れない場所なら、
それは最初から、間違っている。
リリアは、帳簿を胸に抱えた。
「戻ってきてくださいとは、言いません」
「ああ」
「でも」
彼女は、まっすぐ俺を見た。
「壊れて戻ってきたら、私が診ます」
――それは、脅しに近い優しさだった。
俺は、笑って背を向ける。
谷の出口で、一度だけ振り返った。
焚き火が、いつも通り燃えている。
明日も、誰かが並ぶだろう。
俺がいなくても。
――それでいい。
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