38話・ふたつのせかいをつなぐおくりもの
「・・・あれ?」
青海の視界が反転する。うずくまる状況から立ち上がろうとした矢先のことである。
立ち眩みや目眩の時のように、視界が定まらず揺れ、それが青海に不快なものをもたらす。
「・・・視覚拡張の酷使による弊害。じきに治る」
そう助言をしたのはポロンだ。
「身体強化は、本人の鍛え方次第で身体にのしかかる負荷、その後の筋肉痛にも耐えられる」
唱紋器での機能は、人間を超人に変える。当然、人を超える負荷は身体に良いもの悪いものに関わらず影響を与える。
「だが、視覚拡張はどれだけ鍛えた騎士だろうと、合う、合わない人間がいる。鍛える方法が無いと言ったほうが正しい」
なら、少なくとも青海は視覚拡張に合った身体ではないことは確かなようだ。
視覚拡張は、その本人に強い視覚と反応を授ける。それは身体強化と同様に身体に、主に頭部に強い負荷を掛ける。だが、その負荷に耐えられるかどうかは身体の強さよりも精神的な部分に依存するところが多い。騎士にも出来る者と出来ない者で二分されるのはそのためだ。視覚拡張は先天的な適応者にしか自在に行使出来ない。身体に毒ではないが、理論上は人類全員が扱える技でもある。
「あのゴーレム兵の動力核を探る『透過』、刀を的確な位置に定める『注視』。正確に投擲するための『照準』。そして、剣をゴーレムの体表を貫くほどに振り絞るための『力付』。それだけ酷使すれば、今の状況は当然」
まだ微睡みのような甘い思考の中、青海はぼんやりとポロンの説明を耳に通す。
やがてなんとか目眩が収まり、上半身だけを起き上がらせる。
視線の先に、ジョルシュに向けた剣を鞘に収めながら、クロノが近づいてくる。その背中を追うように、ジョルシュは鋭い視線を投げつけているが、クロノは知った風ではない。
青海のそれ以上の心配は、投げつけた刀だ。投擲した刀身は、ゴーレムの動力核を貫いて、地面に刃が突き刺さったはずだ。
その刀は、崩れ落ちるゴーレムの瓦礫に飲み込まれ、今はうず高く積まれた破片の中だ。
どうやって取り出そうか考えていた、その時。
「何をやっているのですか!貴方達は!」
その怒声が鳴り響いた先に目を向けると、そこにはディアラの姿があった。
ゴーレムの残骸である瓦礫がまだ僅かに白煙を立ち上らせる中、珍しく、少なくとも青海は見たことのない表情のディアラが、怒りの表情を張りつけながら、一連の現場の中へ歩み進んでくる。
砕ける瓦礫、傷を負っているクロノ。うずくまる青海を見て、全てを察したのだろう。その騒動の中心がジョルシュだということも。
そして、ディアラはジョルシュの腹に含む思いも知っている。操術に誇りを持ち、騎士を軽視していることも。
「貴方が騎士にいい思いを抱いていないのは承知です!でも、世界を、人々の安寧を守る理念は、騎士も操術師も同じなはずです!手を取り合わないで、何のための力ですか!」
これほどまでに激情をあらわにして怒るディアラは珍しい。思わずジョルシュは脂汗を浮かべながら視線を逸らし、あのクロノですら同様に表情を歪め、乾いた口笛が不発する。
「いいですか!我々の存在意義とは・・・!」
そこからこんこんと、ジョルシュとクロノは、ディアラに鮮烈なお叱りを受ける時間が続いた。
「・・・お恥ずかしい」
一転。
顔を真っ赤に染めたディアラが、青海を介抱しつつ、言葉を述べる。
穏やかで、怒りとは無縁な女性かと思っていたので、そこまでの感情を溢れさせる人だとは知らなかった。
「・・・ウォルテルスの操術師が、騎士を目の上のたんこぶだと思っている人間がゼロだとは言いません。だけど、私はそれでも騎士と操術師は、手を取り合うべき間柄だと思っています」
ディアラは、胸の内を開くように、言葉を紡ぐ。
「互いの技術、境遇を羨むのは結構。それがお互いが研鑽されるのであれば、喜ぶべきことではありませんか」
騎士と操術師の軋轢も、お互いが高みに登るための必要な諍いなら、喜んで歓迎しよう。だが、その信念をぶつけるべき相手は、人間同士ではない。
お互いがお互いに、自分の能力に責任を持ち、世界の平和を維持するために振るえば、人を襲う脅威は魔獣程しか存在しなくなる。
ジョルシュはディアラのお叱りを受けた後、バツが悪そうにメガネを押し上げ。クロノも未だ渋面で顔を歪ませたままだ。
「ジョルシュくん、アオミさんの剣を救出してください」
青海の刀は未だゴーレムの残骸の下に埋もれている。
ジョルシュは未だに納得していない表情で青海を見る。だが、すぐにディアラの寄る眉根に冷や汗を浮かべ、指を手繰る。
ご、うん。
と僅かに石が振動し、命が吹き込まれた残骸が浮く。結合し、人形になることは無かったが、無数の大小の石が宙を浮き、瓦礫の波が横に綺麗に逸れていく。
場所を横に移し、瓦礫が高く積まれる。
そして、最初に瓦礫がどいた場所には。
「・・・ああ」
ディアラが嘆息の声を漏らす。
刀身は刀のそれなので、それが青海の刀なのは疑いようは無かっただろう。
青海の剣は、柄は砕け、鍔はひしゃげていた。超重量の石が原因なのは想像に堅くない。
だが、不思議と刀身には一切の変化は見られなかった。
青海は身体をかがめて剣を取る。かろうじて繫がっていた柄は、それ自身が砕けたことにより、自重によって落下した。
反りのある刀身の下部。柄で覆われていた部分は、先端になるほど先細る金属質。むき出しの刀身は、もはや武器としては扱えない、握ることは出来るだろうが、まともな力の伝達もできないそれは、ただのひとつの部品となってしまっていた。
商店街に戻ったら、源次に直してもらおうと考えがよぎるが、骨董品が好きなだけで、鍛冶師でもなんでもないのを思い出す。
「・・・見たことのない形状の武器だし、直せるかどうかわからないかも。ごめんなさい」
何故ディアラが謝るのか、わからなかった。破壊した原因は、ある種粗雑に扱った青海のせいでもあるのだ。
「ウォルテルスには武器を扱う場所が少ないながらあります。元に戻せるか頼んでみましょう」
責任の一端を感じているのか、ディアラが提案してくれる。
武器が使えずとも、帰りもクロノとポロンがいるため、戦うことから外れたところで優秀な騎士がいるので、その辺りは不安ではない。
源次、そして光鍔から預かった刀を無惨な姿にしてしまったことは申し訳ないと思っている青海であった。
ウォルテルスに滞在して数日が過ぎた。
着いて早々、元の世界に戻る手立てが潰され、騎士と操術師の諍いに挟まれ。
旅の疲れとジョルシュとのいざこざで疲労が重なりベッドに微睡み。ポロンの案内がてら街に出るも、ウォルテルスに来た時の周囲からの刺々しい視線がまろやかになっているのに気づく。それどころか、気の良いおっちゃんは昔からの知り合いかのように、青海の肩に馴れ馴れしく腕を回しながら。
「見てたぜ。あの操術師様のゴーレムを一撃で破壊するたぁな」
「エルドルトの騎士にも、まともな信念を持ったやつもいるんだな」
その男達は、青海を騎士だと勘違いしているようで。それは嬉しくない訳はないが、そもそも騎士があんな武器を手放す戦い方を率先してするわけがない。そこに考えられた騎士の戦い方などあったものではないだろうが。
ウォルテルスでの食事も、エルドルトとそれほど逸脱しているわけでもなく。ここが海を隔てていても空を同じくする、ある種地続きなのだと改めて感じる。
あれから街中の武器を扱う場所、店に壊れた刀を持ち込むも、武器を操術以上に重視している部分が無いからなのか(武器は自衛程度、訓練してまで強くなる概念が無いと思われる)、返ってくる返事は芳しくない。そもそもこの世界の住人には珍しい形状なのはウォルテルスでも同じらしい。
「・・・私は操術師であって、何でも願いを叶える魔法使いではないぞ」
最後に頼ったのはレゾンだ。
老獪な表情に眉根を寄せ、目の前に差し出された残骸を困ったように見る。
操術師だからと言って、何もかもが不可思議な力で覆るものではないようだ。
テーブルの上には、刀身と砕けた柄。ひしゃげた鍔が乗る。
金属片である曲がった柄を細い指でつまみ上げ、慧眼で見るも流石に見知らぬものに興味以外の感情は乗っていない。やはり、帰ってからどうにかするしか方法は無いようだ。
レゾンは次いで砕けた柄を手に乗せ、しばらく視線を這わせた後、すぐにテーブルに戻し。
大量の石に押しつぶされてなお、鍔と柄とは違い、変わらぬ力強い銀の輝きを放つ刀身を両手で取り。その鋭い眼光を称えた瞳は、源次の慧眼に通じる。
「ふうむ」
レゾンは操術師ではあるが、まるで刀に造形の深い達人のような錯覚を抱いてしまう。
ウォルテルスでも剣の形は変わらないのだろう。両刃ではない不可思議な型の武器に珍しそうな目を向ける。
先端から反対方向へ向かい、波打つ波紋を目で追いかける。そして、その視点がある一点で押し留まる。
本来柄の部分に埋まっている部分。細い三角形のような鋭利さを持つ部分に、熱心に目を向けている。まるで、値打ちのある骨董品に値段を見定めるかのように。
「・・・この武器は、この世界の物ではないのだな」
レゾンはこちら、青海の方を見ずに、言った。その言葉は何を確認したものなのか。
「ないのだな!」
今度は、何かに焦るようにレゾンは青海の方に視線を送り、問う。その気迫に、青海どころかクロノ、ポロン。直属の弟子であるディアラすらもその変貌ぶりに息を飲んだ。
レゾンは自分の荒げた声に驚いたように、口を噤む。その代わりに目を細め、自らを律するように呼吸を整えた。
・・・何だ?レゾンの焦燥にも似た態度は。
落ち着き払った、歳相応の老人に思えたのが出会った時の第一印象だ。その穏やかな物言いが、崩れかけた。
師父なる地位にいる、ディアラすら敬拝する人物が。レゾン自身がその答えをくれた。
言葉ではなく、まず、行動で。
レゾンは手の中の刀を青海に見せる。刀身の先、切っ先を先端に、それを下り。中腹を越え、柄のない下腹部へ。
先細る三角形で指を止め。
「これを見ろ」
レゾンが言葉と共に指が強調した部分。そこには。
三角形の先細り、金属の上を何かが刻まれていた。
昔、源次から名のある刀剣には、それを打った鍛冶師の名が刻まれている、と聞いたことがある。
「これは、我々の世界の文字ではないな」
青海が見る。確かにそれは青海の見慣れた文字に思える。だが、書道の達筆な文字のように、それは美しいのか書き崩しているのか判断しかねる文字であるのは確かだ。
でも、これは青海の世界、光鍔の家にあった刀だ。漢字が刻まれているのはこちらの世界の住人には驚くことかも知れないが、青海には特段驚くべきことではなかった。これを打った人物がいるのなら、そこに名を残すのはある意味当然だろう。
「問題は、そこではない」
レゾンは慎重に言葉を吐き。そして。
刀身を裏返す。
文字の刻まれた反面側。そこにも何かが刻まれていた。少なくとも、それは漢字ではなかった。
幾何学模様のような、図形のような。
それを見て、青海とレゾンを除く表情が変わった。
「・・・馬鹿な」
クロノは戦慄に表情を強張らせ。
「・・・まさか」
口数少ないポロンも、驚きを含んでで。
「なぜ、これが・・・?」
ディアラも、信じられないものを見る目で『それ』を凝視している。
誰も口を継げない状況に、レゾンが口を開いた。
「これは、この紋章は」
そして、レゾンは信じられない事実を口にした。
「エルドルト王国の紋章だ」




