37話・青海の戦い
青海は何の躊躇いもなく、地を蹴る。刀を携え、疾走する。
ジョルシュはそれをあえて迎え入れる。騎士でもない人間を相手にするのは主義に反するが、ジョルシュの生み出したこの技術のひけらかすのはやぶさかではない。
地面を抉る、掬い上げる剛拳を青海は跳躍して躱し。
掴みかかろうと五指を広げる石の掌底も、素早く身を動かし、回避。
青海は一切攻撃せず、ゴーレム兵の攻撃を回避に徹する。
ジョルシュは、騎士でもない少年のその動きに素直に感嘆する。成程、エルドルトの騎士の代わりに立ち向かうのは無謀な行動だと言い過ぎではないのだろう。
ゴーレムが捉えきれないその動き。その度に断続的に炸裂する魔力の反応。恐らく、ゴーレム兵の攻撃の一瞬にのみ、唱紋器を作動させている。常時身体強化は、負荷が掛かり続けるからだろう。騎士ではないなりに、唱紋器の使い方を考えてはいるようだ。
一方。
「・・・あいつ、どうすればゴーレムを破壊できるかわかっているのか」
クロノは眼前で行われている戦いに目を向けながら、言う。
「貴方みたいに目の前の物を全部叩き壊して終わらせようとしていないことは確か」
指摘され、クロノは思わず呻く。
物質に魔力を込め動かすタイプの操術を崩す方法は、大きく分けてふたつある。死霊術のように、その物質に魔力を流して動かすタイプは、同質の魔力をぶつけて破壊する。
もうひとつのタイプは、操術師が直接魔力を流し、操る。まさに操り人形のように。こちらは対象の動きを正確に操れるものの、常に手綱を取っていなければならないという弱点がある。その止め方も、操り人形の糸を切るように、魔力の糸を断つように、切り裂けばいい。
ジョルシュ・サーラントが行っているのは、物質に魔力の塊を動力源として宿し、それを供給源として動かすどちらでもない方法。完全自立により、術者の手から離れ、己で考えて動く。特定の敵のみしか狙えないという弱点も克服している。
それを砕く方法。魔力で押し固められた動力核を、的確にピンポイントで動力源を潰す。
ただでさえ威圧感のある体躯を目の前にし、それが出来るだろうか。訓練されていない騎士ならなおさらだ。それがゴーレム兵の強みでもある。
そして、それを青海に可能とは思えない。
青海は攻撃を躱してばかりで、まだ一太刀も振るっていない。何を考えているのかはわからないが、体力も無限ではない。
ジョルシュは、青海の動きを見て嘆息した。何のことはない、ただの素人だ。
ジョルシュは騎士に対抗するために、凡百の騎士の動きを研究した。唱紋器の力を借り、魔導の心得の無い者が同じ力を享受するには、心身を鍛える必要がある。
この男は、それが伴っていない。だからこそ身体強化を瞬間的にしか施さない戦い方しか出来ない。躱すことに手一杯で、攻撃に意識を向けられないのだはないのか。
こういう思い上がった人間を是正するのも、操術師の努めだ。唱紋器を得ただけで、人知を超えた力を得た気になっている。
ジョルシュはゴーレムに命令を飛ばす。少し様子見の動きから、確実に敵兵を下す、攻撃の動きへと。
石が連なる指が、拳を握り込み。超重の圧力となった。それが地を滑ることにより機関車のように煙を吹き出し、青海を狙う。
弾丸のように押し迫る石面が、容赦なく放たれた。
クロノやポロン。
それどころか、ジョルシュまでもが驚愕に目を見開いた。
力任せに叩きつけられる拳撃が、簡単に青海の身体を吹き飛ばす未来しか見えなかった。
ジョルシュも、それを疑わなかった。
振り上げた青海の剣が天を切り裂くように振り翳されている。
ずうん・・・っ!
まるで海を左右に割る神話のように。
青海に襲いかかる巨拳は、中指を中心に、左右に裂ける。
操りという戒めから解けた巨石が地面に落下し、振動を白煙を燻らせる。
誰もがその目を疑った。特に青海の実力の底を知っているクロノとポロンは尚更だ。
ありえない現象が目の前で起きている。
剣の素人である青海が、ゴーレム兵の攻撃を切り裂いて、攻撃を阻んだのだ。
それは同時に、青海の剣が普通の武器では無いことの証明でもある。でなければ、一般人の域を出ない青海に、こんな芸当が出来るはずがないからだ。
「ふうっ・・・!」
青海は剣を翻す。その顔に緊張はあるものの、狙ったことが思い描けたように安堵の息を吐き出す。
・・・なるほど。
ジョルシュは流石に面食らったが、その手にある獲物が名のある魔剣ならば、それも可能だろう。
確かに、侮ったのはこちらの落ち度だ。
それに、ゴーレム兵はこれくらいのダメージは無かったことに出来る。
体内の動力核が健在ならば、永遠に戦い続けられる。
砕けた石片が蠢き、切断面から赤い光が湧き出る。それが、切断面同士を結ぶように繋がり、引き合い。切られたことが無意味かのように。
ゴーレムは元の巨石を形作り。ゴゴゴ、と強い振動と共に、砕けた破片は元の剛腕を形作る。
再生ではない。例えるなら、魔力の糸で石を繋ぎ合わせて縫合したのだ。動力核を砕かれない限り、その巨躯を繋ぎ止め続けられる。
石とて紙ではない。一太刀で裁断されたことは驚嘆たる事実だが、再生できればそれは意味をなさない。騎士の研鑽した力は無力なものに成り下がる。無敵、最強の兵と自負する部分がここにはある。
ジョルシュは、目の前で哀れな抵抗を続ける意思を続ける少年に向かって、再度ゴーレム兵に命令を下した。
青海の振るう銀の軌跡は、触れればたちまち圧縮されるような拳撃すらものともしない。もはやその剣に不可思議な力が宿っているのは疑いようがない。
だが。
明らかに青海の動きは鈍り。疲労が見える。
「はあ、はっ・・・」
小さく、断続的に吐く息が加速する。
どういう理屈かは知らないが、青海の持つ刀には、魔を断つ力がある。
エルドルトでの骸骨兵を相手にした時、その理屈が理解出来ず、瓦解する骨はただただ意味がわからず。
ただ、青海にはなんとなくわかりかけてきた。手の中にある刀の力。そして、素人でしかない自分を手助けしてくれる唱紋器の存在。それが掛け合わさった時、自分を強くしてくれるのだと。
チャンスは一瞬。
石の内部に巡る、紅線。
視界拡張により見える景色は、眼前の色を一変させる。まるで、ゴーレムのp体内を巡る血管のように。
身体強化、武器への攻撃力増加。それとは異なる、唱紋器の別の使い方。身体強化から枝分かれした、視認能力の向上。これが、青海に使える最大の力。
まるで視界がサーモグラフィーのように歪み。だが、それは確実に不可視の現象を捉える瞳へと変化させる。
巨大な石巨人は、その体内に熱く燃え盛る鼓動を見せる。そこから四肢を無数の糸を巡らせ、それを伝い全身に行動の意思を伝達させる。
それをいくら断とうと、中心部に熱される心臓部が健在ならば、いくらでも魔力を供給できる。
青海の狙いはそれだった。
青海の剣は、石を裁断出来る。だが、分厚い体内の中心部まで届く斬撃を放てるかと言えば、別である。
2本の巨腕をかいくぐり、手にした剣で突く。的確な、ピンポイントの斬撃を、一撃で動力源を砕く程のものを叩き込まなければならない。
攻撃を躱して、チャンスを待った。だが、躱すだけで精一杯だった。この辺が騎士ではない自分の限界だ。戦いの作法も、経験もまるでない。かつて大きくクロノに抵抗した自分を恥じる。
だが、クロノ達を、エルドルトのみんなを嘲ったジョルシュを許せない気持ちなのは確かだ。
剣の柄を握り込む。
手の中に感じる刀を信じる。青海は確かな決意を滾らせながら、足に力を込めた。
ジョルシュはほくそ笑んだ。
やはり戦闘経験のないガキだ。戦場で、そんな大きな動きは隙を晒す要因でしかない。
地上からでなければ、空からか。
唱紋器の力を発現させ、少年は宙を舞う。
跳躍して、空からの斬撃。
空中では行動が狭まる。あの少年にそこまでの頭があるかと言えば疑問だ。
空中で、はたき落として、仕舞いだ。
ゴーレムが、こぶしを握り込む。引き絞る白腕が、力を蓄積させ。
押し出された岩石が、上空に解き放たれた。
青海の目に映るのは、赤く煌々と輝く、ゴーレムの根幹を成す、核。
もう、相手の攻撃が解き放たれている。その行動を取ったのは、咄嗟だ。考え無しの、ヤケクソみたいなものだ。
接近して斬れないのなら。
投げつけるまでだ。
青海は剣を持つ手を逆手にし、空中でそれを引き絞る。まるで、槍投げの選手のように、後ろに引いた手を刀ごと。
投擲した。
弾丸のように飛来する刃が、ゴーレムを貫く。
ばきんっ、と、耳障りな音を立て、ゴーレムの身体が一瞬震え。
ず。
頭部を構築する岩が、胴体と別れを告げ。
石、岩。レンガ。大小さまざまな固形物がその身体を維持できなくなり、瓦解してゆく。
どどどどど。
断続的に鳴り響く地鳴りと共に、周囲には白煙が吹き出し。
どさっ!
「痛えっ!」
空中から落下してきた青海は、受け身もままならないまま地面に叩きつけられ。
ゴーレムの残骸が砂煙を撒き散らし。その様子を、身体を地面に預けながら眺めている。
・・・届かないのなら、投げつければいい、か。
ジョルシュはまたもや青海の作戦とも呼べない行動に驚かされるも、まだまだ想定内の出来事だ。
動力源が砕かれても、また注ぎ込めばいいだけの話だ。完全自立のゴーレム兵の唯一の難点は、これくらいだ。
ゴーレムを復活させるべく、ジョルシュは手のひらを合わせ、言葉を紡ぐ。
魔力を押し固め、それを石人形を動かす動力炉とする。弾け、熱を放つ紅球。それは無機物である石にすら生命の鼓動を宿す。
練り上げたこぶし大の輝きが、強い波動を放つ。後は、これを解き放つだけ。
その時。
ジョルシュの首元を、銀の刃が振れる。その距離、僅か数ミリ。触れれば裂ける、鮮烈な輝き。
ジョルシュは思わず小さく呻き、目だけでその剣の先を追う。
背後。クロノが剣を輝きを携えるジョルシュの後ろから、剣を首元に差し向けている。
「・・・2対1がルール違反だとは、言ってねえよな」
不敵な笑みで剣を向けるクロノに、ジョルシュは忌々しい呻き声と共に、手の中に宿した熱源は霧散した。




