36話・青海の決意
ジョルシュ・サーラントは、操術という物に並々ならぬ思いと誇りを持っている。
かつての古代の時代から連綿と続く、不可思議なその力。強大な自然の力と、神の恩恵を人の手によって再現する。
一説には、剣よりも先に炎が魔導により灯されたという。
最初、その力は人々の生活を豊かにするために生まれたと聞く。
炎は肌を温め、風は涼を呼び。水は命を繋ぎ。地を耕し、豊穣の実を生む。
時代が進み、人間の業が深くなるに連れ、人と人との間には、軋轢や諍いが生まれる。剣や槍、武器が作られ、そこにさらに争いが生まれた。
魔導や神聖術は、否が応にも戦いの戦力の中に組み込まれ。生命を灯す炎は、人を焼く道具に成り下がった。
誇り高い操術を変えたのは騎士だ。それはジョルシュが生まれるより前の、糾弾するには遠い世界の話だ。
だが、騎士を恨まずして、誇りは取り戻せない。操術師は、もっと羨まれるべくしてある存在だ。
権威を誇示し、悪戯に人をただ傷つけるよりも、命を豊かにする操術師の方が、誉れな存在のはずだ。
だから、ジョルシュは許せないのだ。
騎士という、ただ世界にあぐらをかく存在を。
青海は、自分の目を疑った。
クロノの剣が空を裂き。それと入れ違うように放たれた剛拳が、エルドルトの騎士の鎧を吹き飛ばした。
石の重量の崩拳は、矮小な人間の身体など容易に押し返す。ただ、それは操術による防御が無かった時の話だ。
唱紋器を携えたクロノが、それがわからないはずがない。
クロノは、間違いなく剣を防御に構え、迫りくる剛腕を弾く未来を見通したはずだ。
金属の軋む音と共に、クロノの身体は大きく吹き飛ばされ、砂煙を上げながら石壁へとその身を埋めた。
電光石火。刹那の出来事だ。
数秒前までは、クロノが押していたはずだ。
眼前に迫る巨体も、俊敏な足で躱し。放つ炎蛇を一太刀の元に切り捨て。だが、一撃必殺を狙った斬撃が放たれる間もなく。クロノは剣ごと吹き飛ばされた。
「なんで」
唱紋器での防御なら、あそこまで吹き飛ばされることはなかった。
「・・・キャプチュード」
ぼそり、とポロンが口を開いた。
「その空間上の魔力を吸収、奪取する高等術」
「・・・それで、クロノの唱紋器の魔力を吸い取ったってのか」
がら、と瓦礫が崩れ落ちる音。クロノは忌々しそうに表情を歪めながら、剣を杖代わりにして起き上がろうとする。
「そんなの、ズルじゃないのか・・・!」
「これが正式な武術大会なら。実際の戦争で、そんなことを避難するほうがおかしい」
命のやり取りの中に、そんなフェアさを求める方がおかしいと言いたいのだろう。だが、これは命を賭した戦いではない。
「それに通常、唱紋器には外部からの魔力変化の影響を受けないプロテクトも掛かっている。それを無視して行使するのは、並大抵の技術じゃできない。・・・・ジョルシュは、強い」
あのポロンも強者と言わしめる。ジョルシュという操術師。
「これが、騎士の限界だ」
誇るように、ジョルシュは宣言する。
「所詮、我々の力添えが無ければ、騎士はその地位を誇示することなど出来なかった。全ては、操術があってこそだ」
恐らく、操術が騎士を強くしたのは確かだろう。常人ではありえない動きを可能にし、魔を断つ剣を振るい。
だが、決して、それだけではない。騎士が騎士たる強さを持つのは。だけど、今の青海にはそれを証明できる力もない。
重石の鉄槌が地を抉る。細かい石礫をその身に受けながら、クロノはそれを躱すも、次いで放たれる重撃を剣の腹で受け、再びその身体を吹き飛ばされる。
「このゴーレム兵が完成すれば、この世に騎士はいらなくなる。誰かを守るために、血は流れない。魔獣の脅威もなくなる」
ジョルシュが夢想したのは、人がたおやかに、安全に暮らせる世界。人の恒久の平和。この、ゴーレム兵がその礎。
騎士も、人間だ。
傷つけば血を流す。
エルドルト城で、骸骨兵に貫かれた兵士の血が衣服を染めたのが、昨日のように思い出される。
みんな、痛みを押して、誰かのために戦っているのだ。
青海は、それを、否定されたくなかった。
「待てっ!」
気づけば、青海は足を飛び出させ。
ジョルシュの空虚な冷たい目が、突然の闖入者を見据える。
ゴーレムの巨拳の矛先をクロノに差し向けたまま。
周囲はざわめく。
「・・・何か用かな。見たところ騎士ではないようだが」
「バトンタッチだ。俺が相手をする」
その言葉に、ポロンは驚き。「ちっ」とクロノはあからさまに不快に顔を歪める。
クロノが激怒の声を吐くよりも早く、ジョルシュが可笑しそうに笑いを噛み殺し
「何のつもりかは知らないが、お引き取り願おう。このゴーレム兵は、善良な市民を傷付ける道具ではないのでな」
青海のことは、鼻から騎士とは思っていないのだろう。
「仲間をあんなふうにされて黙っていられる程、お人好しじゃないつもりなんでね」
ジョルシュは、青海の全身を見る。形状は奇妙だが、剣を腰に差し、腕には唱紋器を付けている。それは決して騎士の真似事で手に入るような代物ではない。
クロノとポロンの知り合いではあるようだが。
「・・・いいだろう。条件は同じだ。このゴーレム兵を万が一にでも下せれば、負けを認めよう」
それは、万がひとつにもありえない、絶対的な自信の現れ。騎士でもない雑兵が、ゴーレム兵の秘密をかいくぐり一太刀を浴びせるなど、不可能だ。素人の一太刀で、崩せるものでは決してない。
だが、データは欲しい。なるべく多く、戦闘の記録が。それが多ければ多いほど、ゴーレム兵の完成に近づく。
「俺が勝ったら、クロノへの、騎士への侮辱を謝ってくれ」
青海が出した条件に、ジョルシュは涼しい顔で首を小さく動かした。同意の意、である。だが、それは青海が勝つとは思っていない、空虚な同意だ。
「・・・てめえ、正気か?」
クロノに代わって、戦おうとする。青海の行動は気が狂っているとしか思えない。
「あそこまで言われて、悔しく無いのかよ」
青海はクロノの元まで近づいて、手を差し出す。だが、クロノはそれを受けようとしない。
青海は、側で騎士の働きぶりを見てきた。それは決して剣をぶら下げているだけでは成り立たない職業だ。命を賭した、誇るべき仕事だ。
「だとしても、てめえにゃ関係ねえ。そもそもお前、実戦経験はないだろうが・・・!」
青海が剣を握る理由は、自衛のためだ。戦う能力の無い、商店街のみんなを守るための力が欲しいと願ったこと端とする。そのため、能動的に戦いに参加したことはない。
「アロプスだろ、ドロテアだろ」
今まで戦ってきた魔獣を、青海は思い出しながら指折り数える。
「生態のわかっている魔獣は、こっち次第でなんとでもなる!俺が言いたいのは、それ以外の相手だ!」
魔獣はある意味、クロノの言う通り、生態がわかっていればいくらでも対処ができる。
「あとは、シャロポロとか」
聖域で対峙した、エルドルトを守護する聖獣。今思い出しても怖気がする、切れ味鋭い威圧感。
「・・・それを数に入れるとか、怖いもの知らずだな」
クロノの細めた目が青海を突く。
と。
「・・・ぐえ」
クロノの首元が締まり、背中が持ち上がる感覚。見ると、ポロンがクロノの首元を引きずろうとしている。
「・・・アオミのことが心配なのはわかったから。邪魔にならないようにどいてましょ」
小さい身体に似合わぬ怪力で、ポロンはクロノごと引きずりだす。
「てめえに何かあったら、ミノリやミツバにどやされるのは俺だぞ!」
抗議の声が遠ざかっていく。青海はポロンに感謝しつつ、一歩前へ。巨大な、威圧感を放つ石人形が、青海を見下げる。心臓を握り潰しそうなほどのプレッシャー。
アロプスのように、生きるために人を含めた獲物を狩るのとは違う。明確な、そこには他人への攻撃の意思。戦うために作られた、マシーン。
全身にのしかかる、今までに感じたことのない圧力を振り払うように、青海は手にかけた刀を握り、それを思い切り引き抜いた。
「・・・以外だな。お前がアオミを止めないとはな」
神聖術での治療を受けながら、クロノはポロンの方を見ずに言う。ポロンも、青海を剣の素人という認識は代わっていないはずだ。だからこそ、ドロテア戦の時は必要以上に世話を焼いた。魔獣の真の恐怖を知らないまま、あの時、青海はただ商店街を守りたいと言う思いで剣を振るった。
「私だって、ジョルシュの言動には素直に頷けない」
ジョルシュの妄信的な操術師への気持ちはわからないでもない。だが、それ以外の敬意はない。
世界の全ての騎士が、ジョルシュの言うような存在ではないのだ。ポロンはエルドルトに来て、それを知った。
そして、ここへ来てまだ長いとは言えない青海が、自分達のために怒ったのが、嬉しかったのだ。
「・・・ちんたらしてねえで、早く傷を治せ」
クロノは青海に自分の後釜を任せるつもりはない。傷が癒え次第、再度剣を握るつもりだ。
文句を言うクロノを、ポロンの小さな手が押さえつけ、黙って見ていろと言わんばかりに、傷が入る身体を淡い光で押し付ける。
「うげ」と小さいうめき声を上げて、クロノは黙り込んだ。
それと、もうひとつ気になることがあった。
それは、青海の持つ剣だ。
魔力の魔の字も知らなかった世界に住んでいた青海達が、そんな剣を持っていた理由。
ユラナスは、エルドルトでの戦いが終わった後、青海を呼び出し、その剣を間近で触れたという。
武器に魔力を宿す方法は、大きく分けて2種類ある。
唱紋器で付与するか、そもそも最初から宿っているか、だ。
物質に魔力を込めるのではなく、最初から魔力を宿し、得ているパターン。
魔力は大気に宿り、操術により、それを手繰り、人間が形にする。魔力は、万物に宿るエネルギーなのだ。
地面に埋まる金属は長い時を掛け、地に流れる魔力の流動に触れ。染み込んだそれは、貴重な武器の材料となる。
唱紋器での付与は、それを再現したもので、唱紋器の値段を除外すれば、安価に属性付きの武器を量産できる有益な手段だ。
ユラナスの見立てでは、青海の剣は後者。その刀身が、魔力の染み込んだ金属で打たれたもの。最初から魔力の力を宿した魔法剣なのだと。
しかし、それでは説明がつかないことがある。ならば操術者がそれに気づかないはずがないのだ。
先天性、後天性ではない何かが、青海の剣にはある。それが、この戦いで明らかになるかも知れないのだ。
ポロンは、それを期待している。




