35話・操術師の誇り。騎士のプライド
操術を志す者は、様々な思いを持ってその道へと進む。
誰かを守るためだったり、単純に操術を極めたいだとか。
その誰もが操術に誇りを持つ。
普通の人間には扱うこともままならない、それは才能の領域だ。
自然の代弁者、神の代行人。様々な異能の御業は、操術師に人類の守護者という特権階級を与える。
クレイドルは、その力を持って思い上がらぬよう自制し、操術を正しく、倫理を持って扱うことを学ぶ場所でもあるのだ。
ここで得た知識は、このウォルテルスを守る力でもあり、その力を持って世界に飛び出す者もいる。誇り高いその力で、人々の生活を守るために。
だが、現実には操術師とそれ以外の人間には軋轢があった。
「お前達騎士は、我々操術師の存在を恐れ、我々に必要以上の地位を与えない」
ジョルシュが冷たい目で、操術師にのしかかる問題をぶつける。
「我々の力が、怖いからだ」
その言葉に、クロノは口元を歪め、
「ずいぶんと面白いことをほざくじゃねえか」
クロノと、ジョルシュのの間で目に見えない閃光が弾けた。
「騎士は、我々の叡智でもって、その地位を維持しているにすぎない」
ジョルシュの抑揚のない眼鏡越しの瞳が、意思に腰掛けるクロノを見下げる。
「唱紋器の存在もしかりだ。そのお陰で、現在の騎士は魔を裂く力を得ている。さも、それが自分の能力のようにな」
唱紋器は、その道具の中に魔力を込め、操術の心得が無い者にもその恩恵を授ける。現に、先のエルドルトへの襲撃事件の際、不死の兵士を退けたのはその唱紋器使いの存在が大きい。城という、操術での撃退が困難な場合、剣に魔力を宿らせて、騎士の力で退ける方法が最も適している戦法だからだ。
「ポロン。お前もお前だ」
その視線の矛先を、クロノからポロンへと差し向け、
「誇り高いクレイドルの操術師が、騎士の下で使われる存在に成り下がっている」
だが、ポロンは表情を変えぬまま、ジョルシュを見返す。
「エルドルトは、わたしたちの存在を尊重し、対等に扱ってくれている」
ジョルシュは乾いた笑いを漏らし、
「それはどうかな。ほとんどの国では、操術師はその評価に制限が掛けられているのが常だ。戦闘能力では騎士よりも上なのに」
エルドルトに限らず、操術師を兵として迎え入れているのは珍しくもない。剣とは違い、遠間から攻撃できる戦闘方法があるのは、戦いに置いて有効な戦法だ。
「事実、一国に仕える操術師は、その殆どが地位の上限が決まっている。騎士よりもその肩書が高まることはない。我々に上に行かれるのを恐れている証拠だ」
「エルドルト大隊長のひとりは、操術師。その例には当たらない」
それは青海には初耳だった。
「エルドルトのポーズだろうよ。自分達は操術師に経緯を払っている、というな」
操術師を大隊長のような地位を与えている国とケースは少ない。それが、操術師に与えられている現実でもある。
人とは異なる、人知を超えた力を操る存在は、味方であれば頼もしいが、それは反面、危険でもあるという意味も併せ持っている。
操術師を国が抱え込むのは、戦力としては勿論だが、その力を自分達に向けられたくはないという側面もある。
そこに、対等さはない。そう、ジョルシュは考えている。
「・・・さっきから、何が言いてえんだ」
クロノが椅子から立ち上がり、ガラス越しの双眸を睨み返す。
「・・・我々は、誇り高き存在。誰かに仕え、誰かを守るだけで終わる存在ではない」
居抜きそうなクロノの目に怯むこと無く、あえて真っ向から視線の槍撃を受け止める。
「クレイドルでは、新たな技術が開発されている。騎士をも超える、守護の刃だ」
皮肉を込めた目で、改めてクロノを見る。
そのジョルシュの言葉に、ポロンは僅かに目を細めた。
「・・・『アレ』、実用段階に入ったの?」
ジョルシュが、ポロンへと視線を滑らせ、
「ああ。もう、騎士に大きい顔をさせないで済む。自分の国は自分で守らせる。そして、いかに我々の存在が大きかったかを思い知らせる」
ジョルシュの目に、闘志とも憎しみとも思える炎が灯り。
「『我々』と戦え、エルドルトの騎士。そして、敗戦した暁には、我々の力を仕える国まで持ち帰り、広めてくれると僥倖だ」
どん、とクロノは自分の拳をテーブルに打ち付け。
「面白いことを抜かすじゃねえか。まるで、お前らの勝ちが決まっているつまらねえ言い方だな」
ジョルシュの言葉は、自分達騎士がが、容易にクロノを下せると言っているのと同じだ。
青海の見た限りでは、クロノは、強い。だからこそ、青海は剣の稽古をクロノに教わることもした。決して、大隊長ではないからといって、その力が劣ることを示すものではない。
地位や能力に関わらず、その強い意志を携え、エルドルトを守る存在。それこそが騎士なのだ。
「では、手合わせ願えるか?」
ジョルシュの提案に反応したのはポロンで。
「私用での決闘は禁じられている」
「わざわざ海を渡ってこられたのだ。名高きエルドルトの騎士様との手合わせとあれば、上も断ることはしないだろう」
あくまで名目は私闘ではなく、訓練、練習だと。
「やはり、ダメ」
「あそこまでコケにされて、黙っているわけにはいかねえだろ」
ポロンの静止も振り切り、クロノは強い言葉で避難する。
食堂を出て、クロノ達は、ジョルシュに連れられ、街の中を行く。青海達を見る中には、ジョルシュ同様、騎士に敵意まではいかない、奇異な目が向けられる。
「・・・大丈夫なのか?」
青海がクロノの背後から声を掛ける。成り行きでこんなことになってしまったが、クロノはこちらを振り返らずに。
「同じことだ。あれだけ馬鹿にされて黙っていられるほど、騎士の誇りってものは穏やかじゃねえ」
その言葉に、ポロンは複雑だ。
「俺達は操術師を軽視している訳でもねえ。あの言い方が気に食わねえ。それだけだ」
クロノは、自分の騎士としての立場を誇りに思っているのだろう。短い付き合いながら、それは如実に感じる。クロノに限らず、アルテナ、ヴァルにも。
しばらくジョルシュを先導にして訪れた場所は、開けた場所だ。ただだだっ広い場所ではなく、数人の操術師らしき影もあるる。現実世界で言うのなら、建設現場のような資材の残る場所にも見える。所々に石壁がめぐり、それこそ建設前の家、そんな様相だ。
「唱紋器は、我々の技術が用いられた産物だ。騎士はそれを我が物顔で扱う。まさに、自分の手柄のようにな」
唱紋器が、騎士の力を底上げしたのは間違いない。だが、それを扱うのは人間だ。青海もその片鱗に僅かに触れたことで言うのなら、ただ人間がその力を引き出すのは簡単な話ではない。
その性質を理解し、身体を鍛え上げたという前提がなければ、その力を享受することは叶わないだろう。
騎士は、唱紋器の力を使わずとも、超人なのだ。
あのジョルシュという男は、それを知らず、ただ騎士に対して恨みつらみを抱いているように思える。
異様な雰囲気が生まれる。まるで、ジョルシュとクロノがここで対峙するのを知っていたかのように、会場の周囲には同じ法衣を纏った影が連なる。
「御託はいらねえ。かかってきな。売られた喧嘩、買ってやる」
腰の剣を抜きつつ、クロノは不敵に笑う。
「思い上がったお前たちの鼻っ柱。我らが砕く」
それに対し、ジョルシュが構え。見えない嵐が周囲に吹きすさんだ。
翻る剣撃が、躊躇いもなくジョルシュへと振りかざされ。
例えコーティングが施されていようと、その金属の塊がそのままの勢いで叩き込まれれば、ただでは済まない。
ジョルシュは、クロノの斬撃を腕に纏わせた魔力の壁を持って受け止め、弾き。大きな火花を伴いながら剣の流れを別の軌道に変え、ジョルシュは間合いを測る。
「・・・相変わらず、美しくない、破壊しかもたらさない蛮行だ」
ジョルシュが顔を歪め、灯す炎を構える。その放つ赤い流動から察するに、ジョルシュのカテゴリは魔導。
距離を取りつつ攻撃できることが、最大の魔導の特徴。それを知っているからこそ、クロノは無駄に距離を離そうとしない。常に剣の間合いを保つ。
射程距離を維持しつつ、剣を振るう。
ジョルシュは操術師だけあって、その動きは騎士のそれにも劣る。だが、常に流動する炎の尻尾が剣の動きを捉え、防ぐ。そのおかげで、クロノの致命的な斬撃にも対応出来ている。
青海は、クロノの力の高まりを感じた。唱紋器を起動させた時に見える、魔導の力の輝き。
手にした剣に纏う、力強い輝き。攻撃能力付与。一時的に手にした武具にそのポテンシャル以上の攻撃力を付与させる術だ。
切れ味の増した剣撃が弧を描き、耳ざわりな音を響かせ。
ジョルシュを守る赤い障壁が砕かれる。それと同時に、後ろに飛び、距離を取る。
そうさせまいと、クロノは追う。
新たに生んだ炎の鞭が、迫りくる剣を阻む。
「・・・相変わらず、粘着質な剣だ」
「相手を的確に仕留める剣、と言って欲しいね」
離れた距離は、瞬く間に詰められ、クロノの優位は変わらない。
ジョルシュも動く。何かを手繰るように指を動かし。
「あ・・・っ」
それは、ジョルシュに剣を向けているクロノには見えず。声を上げる青海の行動でそれを察した。
クロノは押し迫る剣を引き、身体ごと飛ぶ。今まさにクロノがいた場所を、重く、強い風が吹き抜ける。
クロノは剣の構えを解かないまま、それを見る。
ジョルシュの放つ魔導の風が、周囲に影響を及ぼした。
積んであった資材、レンガや石が命を吹き込まれたように動き、轟音を軋ませる音を響かせながら、それはひとつの影を形成していた。
クロノより二倍ほどはあるだろうか。レンガや石を組み上げられて作られた、巨大な人形。
「・・・これが、新たな技術、とやらか?」
クロノは、自分すらも覆いかぶさりそうな巨体に怯むこと無く、言葉を吐く。
「ゴーレム兵とでも名付けようか。石材を母体とし、魔力により稼働する不死の兵隊」
それは、エルドルトを襲った呪術師が操った骸骨兵を想像させる。動かぬ者に命を吹き込み、意のままに操り手足とする。
「そんな技術、今に始まったものじゃないだろ」
クロノの言う通り、物質に魔力を流して操る、という技法は存在する。死霊兵という前例もある。
「私の研究しているものは、完全自立の兵隊だ」
それは、一体何が違うのだろう。青海の困惑を察したのか、ポロンが注釈する。
「今までの、物質に魔力を流して操る技法は存在する。ただ、文字通りそれは『操る』を逸脱しないものだった」
ポロンが語るには、物質に魔力を流して操る技は、常に魔力で手繰り、操縦しなければならない。例えるなら、糸の付いた操り人形だという。
「・・・エルドルトを襲ったあの男は、そんなことはしていなかったように見えたけど」
無数の骸骨兵を使役したあの呪術師の手の数では、あの数の骸骨は操れないだろう。
「だから、あの呪術師の使った技は高等技術。ある特徴を持つ人間だけを襲うようにプログラミングされた、半自動のマリオネット」
その骸骨兵の目的は、自分達の村を救ってくれなかったことに恨み。騎士のみを対象にした復讐劇だった。
「私の生み出したものは、自律して動き、戦う。勿論術者の言葉も聞く。完全な操り人形だ」
もし、それが事実ならば、単純に戦力が増やせる。
クロノが相手取るのは、ジョルシュと、それを操るゴーレム兵。
「安心しろ、このゴーレムを倒せれば、君の勝ちでいい。もっとも、倒せるのならの話だがな」
大層な自信を胸に、ジョルシュは笑う。
「ほほう。それは楽しみだな」
クロノはゴーレム兵に怯えるどころか、更に闘志を膨れが上がらせ、剣を構える。ジョルシュの眉が揺れ、不快感をあらわにする。
「そういう、不遜なところが気に食わないのだ。自分達が世界を守る剣だと勘違いをしている・・・!」
握り込む拳に、ジョルシュの想いが込められている気がした。
「行け!騎士のプライドをその剣ごとへし折ってやれ!」
ジョルシュの叫びと共に、クロノが駆けた。




