34話・去る希望と、灯る希望。
例えば。
操術とは、魔力を原動力とする術の総称だ。
そのカテゴリー内である魔導とは、自然に起きる事象を人の手で操ること。
火、水、風。などなど。
神聖術は、神の御業を人の手で再現すること。
傷の治療。保護。
そのどちらも、必要とするエネルギーは同じ。魔力という名の薪を、窯に入れて焚べて、湯を沸かすように。
レゾンは、操術の概念をわかりやすく、噛み砕いて青海に語る。
空間転移も同じだ。
エネルギーを消費し、物質を異なる地点に飛ばす。
ただ、これに関しては明確な成功例がある訳では無い。能動的に、物質を異なる地点に飛ばす実験は、誰ひとりとして成功した報告はないからだ。
「操術には、明確な目的がある」
レゾンは言う。
火打ち石を使わずに炎を灯す。水を欲し、喉の乾きを潤すために水を生む。もしかしたら、火の魔導の始まりは、肉を持て余した人間が、美味くそれを食うことから始まったのかも知れない。風を自在に吹かすのは、涼を得るためだったかもしれない。
空間転移の技術は、どこもいつの時代も考えとしてはあるだろうが、それを実用的どころか、概念として確立させた人間も、またいない。
「私が空間転移を研究しているのは、孫に声のひとつでも届けられたらいいと思っているからだ」
「師父のお孫さん。ここより遥か遠方の地にいらっしゃるのですよね」
ディアラの言葉に、レゾンは頷く。
「私の今の体力では、そこまで赴くわけにもいかんからの。こちらに呼び寄せるのもなかなかかなわん」
もし、転送が現実のものとなれば、レゾンの思い描いていた夢は叶うだろう。
「今、考えられる概念では」
レゾンはそう前置きした上で、
「空間転移とは、ある物質をどこかに飛ばすのではなく、ある物質を、ある地点に飛ばすのがもっとも正しいとされる」
レゾンの語ったその理論は、どちらも似ているように思える。
「すなわち、それは一方的に行われるものではなく、誰かの考えが介在したものである、というのが私の理論だ」
レゾンの思慮深い目が青海を捉え。
「君がこの世界に来たのは、君の住む世界を『どこか』とし、この世界を『行き先』とすれば理論は正しい」
でも、それだとレゾンが青海の力になれないといった意味がわからない。
「・・・消費魔力の問題」
青海の困惑する顔を察して、ポロンが言う。それは、初めてアルテナ達と出会い、突如現れた商店街を空間転移と見定めるも、それを単純に転移の所為だとポロンは言わなかったことと繋がる。
操術の行使には魔力を使う。それは空間転移も同様だろう。
「ディアラの報告が正しいのなら、これだけの規模の建造物を異なる地点に飛ばすのなら、それに掛かる魔力量は尋常ではないだろう」
青海はそんな簡単なことで諦めるつもりはない。素人ながらに食らいつく。
「例えば唱紋器を使えば」
魔力を貯めておける器具である唱紋器を使えば。そして、それをいくつも用意すれば。
「面白い考え方だが、そんな高価なものをいくつ用意すればいいかわからない状況で、それは現実的ではない。一国が傾くほどの量の数を必要とするかもしれない」
そもそも、青海達をこの世界に飛ばした存在が、唱紋器を使って行ったのかは定かではない。
青海は、目の前がだんだんと暗くなく感覚を覚えた。見えていた希望が遠ざかる。どす、と傍らにあった椅子に、力なく腰を落とす。
辺りに、なんとも言えない沈黙が流れる。
ここまで来て。何の成果も得られなかった。元の世界に帰るという目的は、遠い幻想に成り下がった。
「君より長く生き、操術について知識を得ている私から言わせてもらえば」
その沈黙を裂くように、レゾンは口を開く。
「君達は、元の世界に帰る方法を探るよりも、誰が何のために君達をこの世界に招き入れた意味を探るべきだ」
力無い目で、青海はレゾンを見る。
「操術は、誰かが意思を持って行う。決して、自然現象などではない」
操術は、明確な意思を持って行使される。魔導は、自然現象を人の手で再現する。神聖術は、神の力を人間の手で代弁する。
その意味。
誰か、第三者が。
青海達をこの世界に呼び寄せた?
一体誰が?見当もつかない。
「君達の境遇は、確かに興味深い。今は君達の力にはなれないが、いつか空間をも超える術を我々は手に入れるかも知れない。その時は、力になろう」
それは、一体いつになるのだろう。
レゾンの言葉は、今の青海には決して頼りになるものではなかった。
希望の地であるウォルテルスは、今の青海にとっては絶望の場所となり。
微かな望みは、現実に重くのしかかり。
目の前に美味そうな匂いの漂わせる料理を目の前にしても、青海の思考はそぞろで。
ディアラは着の身着のままでレゾンの元に赴いたので、一旦自室に荷物を置きに戻った。
青海はポロンの案内で、ウォルテルスの街中にある食事処に連れてこられた。エルドルトの城下にも似たそのエリアは、それこそエルドルトと同じような雰囲気を放っていた。
適当に注文した料理がテーブルに並び、ポロンはお気に入りのスープを、もきゅもきゅと啜っている中、青海は豪勢な料理を前にも気持ちは晴れない。
それは商店街のみんな。実野梨、光鍔に申し訳ない気持ちだった。
旅費を捻出してもらい、希望にすがって。でも、それはするりと手のひらから溢れ落ちる、掴むことも出来ない朧気な物で。
「・・・メシ食う時くらいは辛気臭い顔はやめろ。美味いメシもマズくなる」
そう辛辣に言い放ったのはクロノだ。
青海はその言葉に態度を顧みるよりも、なぜ、今の自分にそんなことを言うのかという気持ちの方が勝った。
元の世界に戻れるかも、という、手掛かりどころか、成果は皆無と言っていいのだ。
青海が何か反論を言うよりも早く、クロノが口を開く。
「あの爺さんの言い方だと、今は無理でも、将来的には可能性のある話のように思えた。完全に諦めるには早いんじゃないのか、そう言っている」
何しろ、転送の技術は、今はまだ発展途上にもなっていない概念なのだ。クロノの言う通り、いつか世界のどこへでも飛べる技術になるかも知れない。それこそ、次元すらを超える物へと。
「その時、ここにまた来りゃいい。それだけの話だ」
それは、いつになるのか。明日か、1週間後か。・・・10年先か。
スープを掬うスプーンの手を止め、ポロンは横目でクロノを見やる。
「それまでは自分が面倒を見る、と言っているように聞こえる」
ぼそり、とポロンは呟き、鋭く強いクロノの抗議の目も、涼しい表情で受け流す。
希望は潰えたが、青海は完全に未来を失った訳ではなかった。
例え無駄足だったとしても、こうして頼れる仲間が居ることに、青海は重く淀んだ気持ちが少しだけ晴れた気がした。
レゾンの研究所。
老獪な師父は、黒板に張り出した地図をその慧眼で見る。
それはウォルテルスとエルドルトの位置関係を示す地図ではなく。
「・・・・・・」
レゾンの細い指が、地図上の国をなぞる。
エルドルトには若い時に数回訪れた程度で、深い関係も思い入れもない。その時治めていた王は、少なくとも幼い王女などではなかった。
ディアラが記した、そのエルドルト周辺に突如現れたという街。そこに住む少年。
青海に語ったことは何ら偽りではなく。例え転送術が完成の域に達していたとしても、この規模の建築物を移送するには、並の魔力量では数センチ隣に移動させることも出来ないだろう。それは、仮に唱紋器を山程用意したところで解決する問題ではないだろう。
それはレゾンの最初の見立て通り、第三者である何者かの存在が導いたものだと予見する。それが『どこ』の『誰』で、『何の目的』なのかは知る由もないが。 そして、その『第三者』は、物質を他の次元に転送させる術を有していることを示している。
その商店街が現れた場所を、細い指で触れる。
青海達が研究所を後にした後。レゾンは過去のエルドルト周辺の地図を引っ張り出した。商店街が出現したと思しきポイントは、今は何もない草原だ。
そこはすでに魔獣や獣の闊歩するテリトリーで、例え転送を別としても、そこに家を構え、安住の地にする人間は皆無だ。
そこで、レゾンは何かに気づく。
エルドルト、そこより距離を離して森がある。代々エルドルト王を埋葬する聖域である、森。
そして。商店街。
その位置関係が、綺麗に三角を結んでいることに。
それは、ただの偶然なのかも知れない。
だが、商店街がこの世界に来た事実に誰かの意思が介在しているのなら、それには何か意味があるのだろうか。
レゾンの目が、静かに揺れる。
「この国に相応しくない人間が居るようだ」
その言葉に反応して、クロノは肉をナイフで切る動きを止める。
青海も思わずそちらを見る。
そこには。
法衣を身に纏った、男。メガネを指で押し上げ、テーブルの青海達に鋭い目を向けている。
「この国の住人以外の入国条件を厳しくすると進言せねばならないな」
ウォルテルスは厳密には国ではない、だから男の言ってていることは誤りでもあるのだが。
男の目がクロノの横である青海、更にその奥。ポロンへと差し向けられ。
「ポロンか。ウォルテルスの裏切り者が、再びこの地を跨ぐか。何をしに戻った?」
ポロンはこのウォルテルスのクレイドルの出のはずだ。それにしては、男の言っていることは、穏やかなものではない。
「・・・ジョルシュ・サーラント」
ポロンが、男のものであろう名前を呟く。
「君はクレイドルでも優秀な操術師、神聖術の使い手だったはずだ。それが、騎士などという存在の下に仕える・・・。嘆かわしい」
ジョルシュは、わざとらしく大仰に息を吐き、手で目頭を覆う。
「・・・私は私の意思でエルドルトに赴いた」
「それが騎士共を増長させていることに何故気づかない?」
青海は、ポロンとジョルシュなる男のやり取りに、不穏なものを感じた。恐らく、同じクレイドルの仲間であるはずなのに。
「・・・ウォルテルスの操術師は、武器を持つ者、ことさら騎士に対して敵対心があるのさ」
その答えを、クロノがくれた。
「・・・どういうことだよ」
「我らの方が優れて然るべきなのに、この世界は剣を持つ騎士がその優位性を高めている」
その先を、ジョルシュが継ぐ。
「はっきり言ったらどうだ。俺達騎士が気に入らないと」
クロノは肉にナイフを突き立て、椅子を立ち上がる。
ジョルシュ。クロノの視線が、青海の頭上で交錯した。




