33話・ウォルテルスへ
長い船旅を終え、青海達一行はとある港町に着港した。
そこはローデイルとを航路で結ぶ、逆に言えばエルドルトへ向かう玄関口でもある。
もうここは、海を隔てて別の大陸なのだ。初めての船旅行が異世界とは。そう考えると感慨深くもある。
ここからは馬車に乗り継いで、目的地を目指す。
向かう先はウォルテルスだが、そこは山の中腹にある。山の中を切り開き、そこを操術の訓練開発の地にしたのを端に発する街らしい。
操術、すなわち魔導や神聖術の行使には、周囲に多大な影響を及ぼす。そのために人里離れた場所に訓練の場を設けたのがウォルテルスの始まり。
今やそこは、操術師を目指す若者の集う、虎の穴として名を轟かせている場所、らしい。
「私は、将来姉の力になれるよう、操術を勉強してました」
ディアラが、エルドルト出身にも関わらずウォルテルスに身を置いている理由を明かす。
ディアラの姉、アドラがエルドルト王。つまりコッペリアの父に見初められた時、ディアラは彼女を将来支えられるように操術を勉強し始める。騎士のように腕っぷしでは守れず、知略で助けることが出来ないと思ったからだ。
そんな思いに反して、アドラは若くして亡くなってしまう。
だが、ディアラは姉に向けた想いを絶やすことなく、ディアラは自らの叡智をアドラの忘れ形見に傾けることを誓ったのだ。
青海はその行動力と想いに、素直に凄いと賛辞の気持ちを述べた。
「・・・いえ。今まで学んだもので、エルドルトへの恩を返したいと思っただけです」
と、謙遜しているが、その根底にあるのはアドラへの想いだろう。だからこそ、コッペリアの晴れの日にエルドルトへの長い距離を経て、訪れたのだろうから。
悪路を行く馬の引く尻が、ガタガタと揺れる。
街や街道といった舗装された地面と違い、隆起した荒々しい道が続く。
「わざと悪路のままにしているらしいです」
ガタガタと揺れる窓枠を心配そうに見る青海を見て、ディアラが注釈を入れる。
もし、ウォルテルスが敵対勢力に進行された場合、わざわざ舗装した道を敵に献上する必要はない、と。
それほどウォルテルスというのは今や世界でも重要視されている街だという。
唱紋器を始め、戦闘に革命を起こす道具の始まりもまたウォルテルスだ。現実に青海は『空間転移』という点でウォルテルスを訪れようとしている。まだ研究開発途上の概念だが、それが現実化すれば、世界に与える影響は計り知れない。物資の流通。そして、進攻。簡単に転移とはいうが、それは凡百の宝よりも価値がある、未来に続く叡智なのだ。
中腹の開けた場所で馬車を降りる。ここからは徒歩で向かう。馬ならともかく、後ろに巨大な箱を背負わせては通れない荒れた道が続くからだ。
もはや慣れているのか、ディアラは悪路でも息を乱すことはなく。クロノも当然。ポロンもここ出身と言っていたから同等だろう。
青海も、今まで自分なりに訓練しているという自負がある。元の世界ではロクに山道など登ったことのない人間だった。それにしてはよくやっている方だろう。・・・それでも、3人に食らいつくのがやっとだが。
眼前に荘厳な建築物が見え始めた。それはエルドルトの街を守る城壁のように左右に大きく伸びる、何者をも阻む壁。
それはある種、人を遠ざける壁でもあり、中からも人を外に出さない牢獄のようにも思えた。
遠間から見えた感覚は、割と正しいものだった。
エルドルトをも超える高さの城壁が横へ連なる。街の中へと続く門はそこしか無いらしく、周囲は設えた城壁、そして天然の山岳がウォルテルスを守る壁となっている。
正門には、エルドルトと同様に、入場者を審査する場が設けており、ここでチェックされるのだろう。
エルドルトで言う衛兵の役目であろう男が、現れた青海達を応対する。
元々の住人であるディアラは簡単なチェックを受け、入場を許され。ポロンもかつて身を置いていた証拠を示し。
問題はクロノと青海だった。
「・・・エルドルトの騎士が何の用だ」
特にクロノに対する風当たりが強く思えたのが印象的だ。敵意、とまでは言わないまでも、その目が友好的なものではないのは、誰の目から見ても明らかだ。
「あ、彼は私の護衛です」
先日までエルドルトに滞在していたことを含め、ディアラが説明。
男は資料に穴が空くほどに見つめ、
「・・・通ってよし」
ようやく許しを得て、青海達は入場ゲートを跨いだ。
「・・・ごめんなさいね。息苦しさを感じたでしょう」
申し訳無さそうに、ディアラが言う。ディアラの言葉通り、過度とも思えるチェックは気になった。
「ここまで堅固なのは、ウォルテルスの技術の流出、他国の流入を防ぐのが主な理由なのです」
確かに、エルドルトとは異なる閉塞感を感じた。
それでも、街の内部はエルドルトと変わらない。住人と思われる人間が道を闊歩し、生活の音や声がそこかしこに聞こえる。
「では、参りましょうか」
ディアラの先導で、残りの3人が後に続く。
エルドルトと明確に異なるのは、エルドルト城のような建造物が存在しないことだ。
「ここは正確には『国』ではありません。規模こそ一国に匹敵していますが、ここを治めるのは王などではなく、操術者育成機関『クレイドル』の長です」
「『クレイドル』?」
聞き慣れない言葉に、青海はその言葉を繰り返す。
「文字通りの存在と取ってもらって構いません。このウォルテルスを造った、操術師を育成する機関を生み出した『賢者』様を端とする組織です」
だから、世界の命運を握る決め事や、会議に参加する権限はない。
「私が教えを受けた『レゾン師父』は、そのクレイドルの幹部で、私の先生でもあります」
聞いた感じからすると、すごい位の高い、偉い人物を想像させる。
「ポロンちゃんとは、同じクレイドルの出ですけど、クラスが異なっていましたから、もしかしたら初めてかもしれませんね」
後ろを歩くポロンが、小さく頷き。その表情は心なしか緊張しているように思える。
「『放撃のレゾン』と言えば、名だたる操術師で、知らない人間はいない」
「若い時の字名ですね。気難しい人ですけど、今はそんな荒々しい二つ名とは無縁の師ですよ」
その緊張に、ディアラは薄く笑みを零す。
ディアラに連れられて訪れたのは、大きな建物だ。
ユラナスと会った時のような寮を思い出す。外観は3階建て程。騎士団寮とは違い、木造ではなく、石造りの建物だ。
「もし、火事などのトラブルが起きた場合でも、研究物が焼失しにくくする配慮です」
扉こそ木製ではあるが、それは普通のドアよりも堅牢に見えた。
建物内に入ると、青海はそこに学校の校舎にも似た懐かしさを見た。
内部もそんなもので、長い廊下にいくつも部屋が連なっている。
「あ、ディアラ」
声のした方に振り向くと、そこにはひとりの女性が立っていた。
「どうだった?久しぶりの里帰りは」
ディアラは、その女性と2、3言葉を交わし、
「レゾン師父は?居る?」
その問いかけに、女性は、上の階層を目で追う。
「いつもの研究室だと思うわ」
そう、ディアラに対しては笑みを浮かべ、その後ろに続く男連中には胡乱な目を向けて送り出したのが心象的だった。
「操術師以外の人間が居るのが珍しいのだと思います」
青海の気持ちを代弁するように、ディアラは言う。青海にとっては閉鎖的に感じるその理由は、操術師以外の存在を許さないような、排他的な雰囲気がそうさせるのだろうか。
緊張で、居心地の悪さがないまぜになった青海とは違い、ポロンは流石に知っている場所だろうから、その表情に緊張はない。
やがて、とある一室の扉の前に辿り着き。
「失礼します」
ディアラが断りを入れ、ドアを開ける。
内部はそれこそ学校の理科室や科学室を彷彿とさせる。
前方に大きな黒板を有し、そこには見たことがない、というよりも読めない、比重の大きい文字が盤面を大きく覆っていた。
テーブルの上には様々な実験器具が埋め尽くされ。こういう部屋が、他の教室とは異なる匂いを発するのは、どこの世界も同じなのだと、どこか見当違いの考えが頭に浮かんだ。
そして。
室内には入室した4人以外に、何者かの気配があった。
机にうず高く積まれた書物の山の向こう。
白髪の丘が僅かに見える。
「レゾン師父。ただいま帰りました」
ディアラの声に気付き、その老人は、ちらりとこちらを一瞥して、すぐに作業に戻ってしまった。
書き物でもしているのか、そのしわがれた手に込める力も強く、ペンを走らせている。
「・・・どうだ。エルドルトの未来は安泰か」
「はい。とても頼もしく、きっとエルドルトを照らす希望の光であり続けると思います」
自分で問うた答えには興味はないのか、レゾンは耳を傾けているようには思えない動きで作業に邁進する。
「・・・エルドルトの騎士が何の用だ」
その眼光を横に向けること無く、レゾン。
「今日はその件も含めて、師父にお話があって来ました」
青海の喉が鳴る。ウォルテルスを海を渡って訪れたのは、このためだからだ。
ディアラはここを発ってから今までのことを事細かにレゾンに報告。
エルドルトを目前にして魔獣に襲われ、青海が助けたこと。コッペリアの勇姿。
そして。
レゾンは研究の手を止め、老人ながら慧眼で、青海を見る。
「・・・この男が、異世界の、だと?」
俄には信じられないような口ぶりで、青海を値踏みするように全身を見上げる。
「師父の研究が、彼らのためになるかと思い、ここに連れてきた所存です」
レゾンはゆらりとディアラの方へ目を向け。
「お前がこういう冗談を言う人間だとは思わなんだ」
今まで当たり前のように自分の境遇を受け入れていたが、普通に考えたらそれは俄に信じがたい戯言にも思えるだろう。自分が、ここから別の世界から来た人間だ。そう言われて素直に信じる人間の方が少ないだろう。
「でも、事実です」
「事実とは、確かな証明があって初めて口に出来る言葉だ」
それはどこか、咎めるもののようにも聞こえて。
ディアラは、カバンから数枚の紙片を取り出す。それは商店街に関して記した様々な情報。
それをレゾンの前に差し出す。
商店街の全景を、大まかにスケッチで記しており、全長、規模を数字で印し。
商店街がこの世界に現れた経緯を前置きとして話し、
「この規模の建築物が、一晩で建てられるものではないことは、エルドルトの騎士が証言しております」
突如、何の前触れもなく。
青海達にとっては見知らぬ世界に飛ばされて。アルテナ達にとっては見知らぬ建物が出現した。
「・・・それが空間転移によってもたらされたものだと?」
「はい。それが、師父の研究の一役に立つ、とも」
ディアラの言葉に、レゾンはしばし逡巡。その時間、数秒か、数分か。
やがて重い腰を上げ、かたわらの書物が積まれているエリアに手を突っ込み、やがて何かを引き抜く。その腰は老人の齢らしく、曲がり、歪んでいる。
大きくしわくちゃになった紙を、文字が羅列してある黒板に広げ。ばんっ、とマグネットを叩きつけるようにして黒板に貼り付ける。
それは地図であった。
大きな大陸を、海で挟んだ地域の地図。
「ここがウォルテルス」
そう言いながら、レゾンはシワだらけの指で、そのポイントを指す。
「そして」
その指を地図上を滑らせ、
「ここがエルドルトだ」
まさにそれは青海達のここまでの旅路を示すかのような地図だ。
もう一度、レゾンは指をエルドルトからウォルテルスまでをなぞり。
「私のしている研究は、例えばこの距離をゼロにするものだ」
何百とある距離を、無にする。まさに魔法のような所業だ。
「そして、それは研究段階のものであり、今は実用化には程遠い」
もしそれが容易に行使できるものならば、苦労してこうやって旅をすることなど無い。
「はっきり言わせてもらえば、君の身に起きた出来事は、私の手に余ることであり、助けられることなど、何ひとつ無い」
それは、ここまでの旅が無意味であることと、空間転移に関しては力になれない。そういう残酷で、無慈悲な事実だった。




