30話・想いが繋ぐもの
「・・・えっと、加藤、青海です」
そう名乗ると、ミズリィアは笑みを絶やすこと無く手を握り返す。篭手で包まれていても、青海の手には何の圧力もかからぬほどに優しい。この表現は間違っているのかも知れないが、柔らかさすら感じる。
「ユラナスやアルテナから聞いているわぁ。エルドルトの外に現れた異邦街の住人さんですねぇ」
・・・ずいぶんと、ポヤポヤした感じの人だな。大隊長どころか、騎士というのも怪しく思える。
「・・・本当に騎士か?この人」
その疑問を、青海はクロノに小声で問いかける。
「・・・はっきり言って、強いぜ。この国でも指折りだ」
その表情は、不本意にすら捉えられる。が、クロノが言うのだから、その強さに偽りはないのだろう。
「うふふ」
青海とクロノの様子を見て、ミズリィアは穏やかな笑みを浮かべる。
「クロノくん、すっかりアオミくんと仲良しさん、なのですね」
穏やかさ一段階増しで、ミズリィアは微笑む。
「どこをどう見たらそう見えるのですか」
その言葉に、クロノは浅い溜息を吐く。
「クロノくんは異邦街の人達の、この世界への過度な干渉は否定的だったでしょう?それが、今はこうして仲良く遊んでいるじゃあない?」
クロノは頭を掻きながら、
「遊んでいるように見えるのなら、眼科に行った方がいいですよ。・・・唱紋器の使い方を教えているだけです」
「それも、以前のクロノくんなら、思いもしないことだったでしょう?」
クロノは青海に唱紋器どころか、剣を握らせることすら否定していた。戦えない者に、武器を持たせることをしなかった。
「コイツをとっとと一端に鍛え上げれば、騎士団の負担はなくなるし、俺等のお守りの人数を割くこともなくなると思っただけです」
それは本音だ。
異邦街の人間、商店街まるごと元の世界に戻る算段がつけば、騎士はエルドルトの守護に意識を完全に傾けられる。引いては商店街への街道の計画も白紙に出来る。
その街道計画の金策も、商店街には払う能力はないだろうし、9割9分エルドルト持ちとなるだろう。となれば、騎士団の仕事はこれ以上に圧迫することになる。
クロノが青海に力を貸すのは、明確な理由があり、決して青海のためなどではない。自分たちの負担を減らすための先行投資に過ぎない。
と、いう旨をクロノは以前にもミズリィアに告げたはずだ。
だが。
「あらあらうふふ」
ミズリィアはそれをまともに受け取ってはいない。
ミズリィアは過剰、いや、異常とも言える友愛主義者だ。
誰かが誰かに力を貸す時、それはその相手を重んじ、想い、動くと信じている。
立場、生まれ、年齢が違えど、人には人同士が繋がる手があり。それが人を動かす力となると。
すなわち。
クロノは青海のことを想って力を貸している、と信じて疑っていないのだ。
そこがミズリィアの悪癖であり、転じて強さの根幹となっている。
「『友』を『愛する』と書いて『友愛』!なんて素晴らしい言葉でしょう!」
ミズリィアは両の指を絡ませ、少女のように頬を緩め、目を蕩けさせている。
そんな姿を見て、クロノは呆れたように顔を手で覆う。
「クロノくん、気難しい子でしょう?これからも仲良くして上げてくださいね?」
それはまるで母のような包み込む温かさを放っていて。
対象的に、考えを改める様子のないミズリィアに、クロノは深い溜息を付いたのだった。
実野梨は深い溜息を付いた。
「どうしたの?ミノリ」
シルヴィの目が、その吐息の先が空虚な空を追い、聞く。
『銀竜亭』でのアルバイトも板についてきた。実野梨は今や、ここではシルヴィと人気を二分するウエイトレスと成長した。
物怖じせず、穏やかで笑顔を絶やさないその姿は、酒場に入り浸る男達の清涼剤であると誰かが言った。
対するシルヴィは、酒を注文する躊躇いがなくなるかのような壁のない態度は、長年連れ添った友人のように。
それに加え、誰にでも懐に入り込む人懐こさ。それが財布の紐を緩める最大要因だ。お陰で酒を提供する店ではエルドルト随一。そこに豪快かつ繊細なランドが手掛ける料理が合わされば、男どもの胃袋を満たす、桃源郷と化す。
その一員を成す、片翼の元気がないと慣れば、心配しないはずがない。
「まあた、アオミくんのことでしょ」
その指摘に、実野梨は苦笑いを浮かべる。
青海から、数日も立たない後に商店街を発つと報告された時は、元の世界に戻るヒントを得られるかも知れない、という嬉しさよりも、当然の如く心配が上回る。
ディアラと言う女性と出会い、彼女が身を置くその国は、魔法に長けた国だと言う。
操術全般は元より、転送に関する技術の研究も行われているという。
商店街がこの世界に来た要因がその『転送』だとするならば、そこに何かしらの手がかりが埋まっていると思うのは当然だろう。
青海は、そのウォルテルスなる国に赴くと言い出したのだ。
『この世界』が自分の世界ならば、海外に旅行に行くような感覚だっただろう。だが、ここは所詮異世界なのだ。
いつでも電話で話せる訳では無い。声が聞ける訳ではない。メールも届かなければ、手紙なんて、どこにどう出せば良いのかもわからない。
クロノやポロンが付き添うとは言え、心配じゃないわけがない。
もしかしたら、何かの手違いでバラバラになるかも知れない。以前、自分が攫われかけた時みたいに、離れ離れになるかも知れない。
実野梨は、それが怖い。
シルヴィは、実野梨にその話を聞いた。ウォルテルスに、元の世界に戻れるかも知れない、青海が僅かな希望を探しにいくことを。
「自分が言うのも何だけど、エルドルトの騎士は優秀だよ」
大隊長という絶対的なシンボルは勿論、その下に仕える騎士も優秀な戦士だと言いたいのだろう。でも、青海は戦いに関しては素人なのだ。
それに、およそ戦いには向かない、優しい性格を知っている。商店街に戦える人間がいないから、その肩に一手に剣を握ることを引き受けているだけだ。
いつか、青海自身が傷付くのではと。それが、恐ろしい。
できれば、自分も付いていきたい。でも、絶対に足手まといになる。守られて終わるだけ。それに、青海はそもそも付いて行かせようとはしないだろう。
以前、実野梨が攫われかけた時、青海はそれを悔い。誰かを守るためには力がいる。それがこの世界で生きていくために能力なのだと、強く、深く思わせるきっかけとなった。
「ミノリって、アオミくんのこと、好きなんでしょ?だから、心配なんだよね」
シルヴィは、意地悪っぽい笑みを浮かべる。その質問に、実野梨は頬を染めるが、すぐに憂いを込めた目になる。
それと同時に思い出す。
実野梨が、青海のことを。
好きになった時のことを。
緒川実野梨と加藤青海は、家を隣同士とする所謂、幼馴染みだ。
お互いの両親からして以前から繋がりを持つ、両家は昔から商店街に根ざしていた。
実野梨が青海との関係が明らかに変わった出来事がある。
実野梨、青海が中学に上がり始めた頃。
実野梨の父親が死んだ。
青海も、物心つく頃から実野梨の父親が病床に伏せていたことも知っている。
実野梨の母親がひとり果樹縁を切り盛りして。隣家の加藤家だけでなく、周囲の助けもありながら、穏やかに日々を過ごしていた。
血相を変えた担任が実野梨のクラス、それは青海の教室に飛び込んできた。
それは実野梨の父親の様態の急変を告げるものだった。
青海は実野梨、光鍔と共に病院に向かうが、すでに息を引き取ったあとだった。
まだ幼い。
それでも快方に向かうと信じて疑わなかった実野梨は、涙に暮れ、心を乱した。近づくのも憚れるほどに、実野梨は混乱し、部屋に閉じこもり。
一生分の涙を流した気がした。
「どっかいってよぉっ!あおちゃんのばかあっ!」
母親だけでなく、幼馴染みの青海の言葉も遠ざけ。涙と悲しみで自らを閉ざして。
それでも青海は実野梨に寄り添い続けた。強引に、実野梨の部屋への窓を渡り。
心を乱した証として、部屋にある実野梨のぬいぐるみは、全てあらぬ方向に散乱して。
だが、それで実野梨の悲しみが癒えるわけではなく。
ひどい言葉を投げつけ、青海を否定して。それでも実野梨を見捨てること無く、側にいてくれて。
その強く、優しい心に、頑なだった実野梨の冷たい身体は解けていって。
今までの無礼と、いくつもの汚い言葉を実野梨は謝罪する。
青海はそんなことを気にする素振りも見せず、いつも通りの日常に実野梨を導いた。その先には光鍔もいて。商店街のみんながいて。
父は亡くなってしまったけど、自分には優しい誰かがいて。
そこに連れて行ってくれた青海を、昔からは勿論、今も好きなのだと自覚した。
青海はそんな少年なのだ。
自分のことを厭わず、誰かのために奔走することを苦としない。
前にコッペリアが亡くなった父の墓前に行きたいと青海に言った話を聞いた時、実野梨は自分の父親とのことが重なったのだ。
コッペリアの行動をただの幼いが故のわがままだと切り捨てず、その願いを叶えようとした。エルドルトに伝わる禁足地に足を踏み入れる禁忌、掟よりも想いを汲み取ることを選んだ。
だから今回の剣も、商店街の誰かに代わって、ウォルテルスという場所から元の世界に帰るヒントを手に入れようとするのだろう。
その手助けを出来ない自分が恥ずかしく、もどかしい。
でも、いつか。
自分に出来ることがあるのなら。
青海の力になることを厭わないつもりだ。




