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27話・披露の儀

 エルドルトの街は、例に見たことがないくらいに盛り上がり、小さな王女の新たな門出を祝福する。

『銀竜亭』には、いつにも増して酒や料理の注文が飛び交い、小さなプリンセスの誕生に歓喜し、騒ぎ立てる客で溢れ返っていた。

 それに伴い、実野梨とシルヴィの慌ただしさはいつもの労働量を遥かに越え、左右上下とくるくると回転しそうな勢いでトレイを捌いていた。

『銀竜亭』の2階席も満員御礼で、特等席である、窓際の席。

 そこはコッペリアの一団が横切る通りに面した席だ。

 店主であるランドの粋な計らいで、青海もその披露の儀の様子を見るために、この席を予約してくれていたのだ。

 コッペリアの一団が通るときは、実野梨も一時バイトを離脱して、ここから外を眺める手はずだ。

「いやー、こんな日が来るとは思ってもいなかったぜ」

「オレはコッペリア様がこーんな小さい時から知ってるんだ」

 酔っ払い共は、好き好きにコッペリアへの思いを吐露する。小さい、とは言っても、今も十分幼いとは思うが。それだけあの少女はこの国の希望であり、みんなの光なのだろう。だからこそ、こんなに愛されている。

 外がにわかに騒がしさが増す。

 窓から外を覗くと、通りを挟んで左右に人垣が連なる先に、巨大な物体が見える。それは自分たちの世界にもあるような神輿か櫓か。

 馬車の後ろ部分のような箱型の車輪付きに、人が乗っている。

 中心にはコッペリア。ドレスでめかしこんで。立派に一端の姫だ。

 その箱櫓を引くのは、数頭の馬。それを従える騎士姿が馬の歩幅と合わせるようにゆっくりと歩みを進め。

 溢れる人並みは、この国を収める王女に惜しみない声を掛け、コッペリアはそんな住民に笑顔と手を振り、応えていた。

 青海達のいる場所からだと、ほぼ目線が箱櫓と水平になる。なるほど特等席とはよく言ったものだ。『銀竜亭』だけでなく、他にも2階席のある店は、同様にプレミアムシートの恩恵に預かりつつ、コッペリアの通過を待つ。

「コッペリアちゃん、もう来た!?」

 ウエイトレス姿の実野梨が駆け込んできて、窓際席に座る青海にタックルをかますが如く、肩をにじり寄せる。

「・・・場所、変わろうか?」

 窓の縁に押し付けられんばかりに圧力を食らう青海が、言葉を絞り出す。

「コッペリアちゃん、あおちゃんに見てもらいたいと思うから、いいよ」

 コッペリアが、青海に懐いているのを知っている。

「みっちゃんも、暮ればよかったのにね」

 光鍔は披露の儀に不参加。商店街で家族や住民と共に守っている。

 ゆっくりと、確実にコッペリアが近づいてくる。その度に喧騒は大きくなり、窓から顔を出す他の客の熱狂ぶりが耳に直接叩きつけられ。

 そして。

 いつものようなあどけない、幼い少女が手を振る姿が見える。

 コッペリアの大きな目が揺れ、青海を捉えた。その表情に抑えきれないものを称えて、目が輝く。ここまで粛々と手を振っていたコッペリアは、青海の姿を認めると両手を大きく振って笑顔を飛ばす。

 青海はそれに応えるべく、手を振り返す。それを認めたコッペリアは、蕩けそうなほどに顔を破顔させ、頬を上気させた。

 時間にしてものの数秒。でも、その時間は永遠にも思えた。

 この煌めきが、この国を守る希望の光になることを願って。


「綺麗だったねー、コッペリアちゃん。あ、もうちゃん付けって失礼かなあ」

 通り過ぎたコッペリアの姿を回顧して、未だ夢見心地な実野梨。

「・・・あ」

 大名行列自体はまだ続いており、コッペリアの姿が進行方向に流れていき、その背後には、王女を守る騎士が護衛をしている。

 この披露の儀は、エルドルトの王を称えるものでもあるが、裏のテーマとして、連なる大隊長の結集も見どころではあるらしい。何しろ、時の大隊長が集結する場なのだ。

 青海はその姿に覚えがあった。

 銀髪も眩しい、ユラナス大隊長だ。実野梨はユラナスのことを知らなかったな。その流麗な姿を見て、コッペリアの時とは違う表情で目を蕩けさせている。

「うわぁ。綺麗な人だね」

 この箱櫓にはこの国の象徴を乗せる。それを守護するのは、それなりの腕利きでなければならないだろう。そして、ユラナスはそれに見合った確かな実力者だ。

 ユラナスの目が、こちらを向く。

 コッペリアを守護するという使命の元、その表情は凛々しく、強い。歩く歩幅に合わせて、流麗な銀糸の髪が、揺れる。

 ユラナスの警戒を切らさない目が、横に揺れ。

 青海の姿を認めたのか、表情を柔らかく崩した。そして。

 口元を僅かに緩めた唇と共に、片目を瞑る。・・・よく解釈すれば、こっちに気付いた、ということだろうか。

「今、ウインクした?」

 驚いたように実野梨は銀麗の騎士に指を差し向け、歓喜。

 何に、誰に向かって目を瞑ったのか。通り過ぎた背中が遠くに見えるユラナスに、聞ける距離ではなかった。


 小さな王女のパレードが過ぎても、店内のお祭り騒ぎが収まることはなく。

 青海も、今日という晴れ姿の日を遠間からでも見届けられたのは、良かった。

 コッペリアとの付き合いは短いが、それでもこの日に招いてくれたのは、嬉しくもあり。それと同時に、身分は元々高かったが、立場上、もう商店街に易易と足を運ぶことができなくなるのだろうなと、どこかコッペリアの存在が遠くなりそうな気がした。


 それから数日が経った。

 エルドルトの王女誕生、披露の儀も終え。街の喧騒は過ぎ去り、穏やかな日々が戻り始めていた。

「おお〜い、青海くん」

 窓の外から声がする。窓を空けて外を確認すると、おじさんが立っていた。

 おじさんは、商店街の出口方面を指差し、

「アルテナちゃんが来てるぞ、それと知らない別嬪さんも」

 その言葉を聞き、青海はベッドから飛び跳ねるように起き、すぐに身支度を整える。

 飛ぶように階段を駆け下り、家を出る。おじさんに礼を言い、示された方へ走る。

 エルドルト方面に近い北口は、青海の家とは正反対の方向で。少し息を切らせながらそこに辿り着く。

 そこには見慣れた少女と、もうひとりの女性がいた。

「おう、来たか」

 アルテナが笑顔で迎え、もうひとり、ディアラは物珍しそうに商店街を見上げている。

「・・・不思議ですね。本当にこれを建造したのではなく、召喚されたのですか?」

 ディアラも魔導に詳しい人物であるらしいから、この規模の建造物が召喚されたという事実は信じられないことなのだろう。

「話には聞いていましが・・・、これは」

 ディアラはかがみ込み、手を地面に触れたりして、それが本物であるかを確かめている。しばらく感触を確かめるように手で触れ、やがて、立ち上がる。その表情は、青海の望む感じではなかった。

「私の一存ではなんとも。そもそも召喚、転送術はまだ未開の技術。実験レベルでも、この規模の召喚成功時案は聞いたことがありません」

 要するに、ディアラでもこの商店街の転移の謎はわからない、ということか。希望が暗礁に乗り上げた。

「・・・でも、私の師匠、レゾン先生なら何かわかるかも知れません」

 レゾン先生?

「ディアラ殿が従事している、魔導の先生だ。ポロンの師でもある」

 青海の疑問を、アルテナが引き取る。

 あのポロンも学んでいるのなら、さぞ高名な操術師なのだろう。

「その人に、見てもらうことは出来ませんか」

 最も早いのは、それだ。だが、ディアラは明るい顔を崩した。

「先生は高齢ですから。ウォルテルスを出ることは現実的ではないと思います」

 ウォルテルスが外界となると、長旅だろう。

「じゃあ、俺がそこに行って聞くことは出来るか?」

 僅かな希望。完全に手が離れてしまうまで、抗う。

「・・・ウォルテルスへは、ここより西の港がある街まで行き、そこから船旅。さらに進み、最終目的地は、険しい山岳に位置する」

 アルテナが言うには、要するに過酷な長旅ということだろう。それに、もしウォルテルスに向かうのなら、旅費も掛かるだろう。日々を生きていくことにコツコツと稼いできた。しかも、徒労になる可能性もあるのだ。

「・・・アオミ?」

 その少年の行動を見て、アルテナは困惑の声を上げた。

「俺をウォルテルスまで連れて行ってくれ」

 そこまでの護衛を、アルテナたちにやらせるのだ。わがままで、勝手で、情けない。少なくとも今の自分達だけでは、辿り着けない場所であるからだ。 

 無様にも頭を下げ、懇願する。それでも、自分たちは元の世界に帰らなければならない理由がある。

 勿論、エルドルトのみんなは優しい。異邦人である商店街を受け入れ。でも所詮、異なる世界の人間なのだ。

みんなが優しければ優しいほど、元の世界が恋しい。実野梨は焦らなくといいとは言ったが、帰れる希望があるのなら、それを諦めたくはない。

「護衛を請け負うのはやぶさかではないが・・・」

 アルテナの思案は、それ以外に困難さを感じているように思える。

「レゾン師父は、気難しい人物ではなかったか?」

 抱える弟子の年齢、性別はバラバラ。気まぐれに取る弟子の条件は、操術の構成に秀でた秀才であること。操術師でもない、一般人の話を聞いてくれるだろうか。そういう部分を危惧しているのだ。

「この商店街の例を引き合いに出せばよろしいかと、興味を引く、前例のない好条件になると思います」

 ディアラが言う。この規模の召喚事例は、そうそうないレアケースだから、と。

「この商店街をそのまま手土産にするということか」

 名案とばかりにアルテナは指を立てる。そして、アルテナの目が青海に向けられる。

「どうする?君が決めろ」

 アルテナは厳しくも優しい言葉で青海に問いかける。

 その長旅には、青海達が元の世界に帰る保証を確約するものではない。無駄に終わる可能性もある。先程も思った通り、チャンスが巡ってきたのなら、それを手にするために抗いたい。

「頼む。力を貸してくれ」

 青海は、アルテナに向かって頭を下げた。その様子を見て、アルテナは薄く微笑む。

「よし。では早速城に提言してみよう。護衛の騎士の選別は、なるべく希望に添えられるようにしよう」

 アルテナの申し出は、本当にありがたかった。

「ディアラ殿のウォルテルスへの帰国は数日後だ。それまでには詰めておくよ」

 そう言って、アルテナとディアラはエルドルトに戻るべく、商店街を去ったのだった。

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