26話・戴冠の儀
ディアラを連れ立って、先程までいたはずのエルドルトへ戻る。城門では、街を出たはずの青海がとんぼ返りしたことに、衛兵が怪訝な顔をしていたが。
ディアラは青海に頭を垂れ、「ありがとうございました」と一礼。結局、あれ以来脅威らしい脅威もなく。距離的にも旅とも言えなかったので、平穏無事にエルドルトに辿り着いた。
「この恩は忘れません」
大げさに思わなくもないが、安堵した表情を見ると、良かった、とは思う。
ディアラは踵を返し、足先を進めようとする。その先には、巨大なエルドルト城が見える。
今、今後行われる戴冠の儀とかで、エルドルトは厳戒態勢の最中だ。城の中に入るのは勿論、近づくこともままならないはずだ。
以前起こった、国を揺るがす事件もあったからだろう。青海も今はみだりに城の方へは近づかないようにしている。
「ディアラ殿!」
青海もディアラを見送るもそこそこに、再度街の入口に向かおうとした時、知った声が聞こえた。
赤い髪を揺らしながら近づいてきたのは、アルテナだ。エルドルト騎士団に身を置く騎士で、副隊長として1部隊に所属している。
「待っていただければ迎えに参りましたのに。ひとり旅など、危険なことを」
アルテナは少し困ったような表情でディアラの元へ近づき、そして、驚いたように側の青海へと視線を巡らせた。
「君は、帰ったのではなかったか?」
今の時間もエルドルトに残っていることに、多少なりとも驚いている様子だ。
それよりも。
アルテナとディアラは知り合いなのか?
青海の疑問符を感じ取ったのか、アルテナはディアラに視線を送る。
「彼女は戴冠の儀への大切な客人だ」
戴冠の儀、だって?
コッペリアがこの国を収める王女と認められる大切な儀式は、この国の重役、友好国からの客人。それ以外は足を踏み入れることは叶わず、粛々と式は進められるらしい。
その式に参加できるなんて。ディアラはどこかのお偉いさんなのか?
「すまんな。式の準備でこちらもバタついている。早々にディアラ殿を城に送り届けなければならないのだ」
また今度で説明する。そう言って、アルテナはディアラと共に城の方角へと足を進めた。その際、ディアラはもう一度振り返り、深く一礼。そんなふたりの姿を、青海は喧騒に飲まれるまで見送ったのだった。
「彼とは、どこで?」
城に辿り着いたアルテナは、ディアラに疑問を問いかけた。
ディアラはここまでの経緯を話した。
「そうですか」
その真実を聞き、正直アルテナは驚きを隠せなかった。旅路の途中で青海をディアラが出会う確率は決して高くないだろう。
まるで、青海はディアラをエルドルトに導くために遣わした騎士か。
つくづく、青海という少年の運命めいた繋がりに、アルテナは半分ほど辟易する。これもエルドルトの聖獣、シャロポロの導きか。
そんなことを思いながら、アルテナはディアラをエルドルトへと招いたのだった。
周囲は夕暮れを通り越して、闇夜が空を覆い始めた。
『銀竜亭』でのバイトを終え、実野梨はアルテナの護衛と共に商店街に現れた。その任務を終え、エルドルトへ変えるため、商店街を出る寸前。
「アルテナ」
呼ばれ、赤髪の少女が振り返る。そこに青海の姿が。
「ディアラさんのことなんだけど」
その言葉に、アルテナは目を丸くして驚く。
「君が女性を気にするとはな」
そういうんじゃなくて、と青海は前置き。
やはり気になったのだ。戴冠の儀に参加できるということは、ディアラは少なからず身分の高い人物なのかと。失礼を働いていたら、もしかしたらこの世界で生きにくくなる要因になるのではないかと思ったのだ。それにしては、女性ひとりでの旅に護衛を付けないのは変だなとは思ったが。
「・・・・・・」
アルテナは少し、思案。そして、やがて口を開く。
「君になら言ってもいいだろう」
もったいぶった言い方が気になる。
「いや、そこまで隠すこともないのだがな」
青海の表情を悟ったのか、アルテナは薄く笑って手を振る。
「ディアラ殿は、コッペリア様の叔母に当たる人だ」
叔母。何かが繋がりかけた。
「コッペリア様の母君が、ディアラ殿の姉上だ」
「じゃあ、ディアラさんが俺のことを知っていたのは、コッペリアを介してだったからなのか」
「コッペリア様はディアラ殿と手紙のやり取りをしていたようだったから、そういうこともあったのかもしれないな」
書き覚え始めた拙い文字を、誰かに読んでもらうことが、コッペリアは嬉しかったようだ、とアルテナ。
わだかまりのような、渦巻く謎が解けた気がした。
「ディアラ殿と王妃は、出身はこのエルドルトでも有数の名家で、姉君が王に見初められ、婚姻、そしてコッペリア様がお生まれになった」
ディアラがエルドルトの町並みを見ても驚く様子がなかったのは、そのためか。
「ディアラ様は姉君がエルドルトに嫁いだ後、この国を離れ、海を隔てた『ウォルテルス』へと勉学のために渡った」
「『ウォルテルス』?」
疑問を口にする青海に、アルテナは指先を立て、答える。
「ここより海を渡った大陸にある、世界に名を轟かす魔導都市だ。そこでは世界中から魔導や神聖術、それを総じた操術師となるべく、勉学に励む人材が集まる」
聞いた感じでは、かなり大きな国に思える。
「うちのポロンもそこ出身だ。ウォルテルス魔導学校を卒業した者は、それだけで就職先を自在に選べるほどの身分になる。それぐらい、ウォルテルス出身の操術師というには、世界に誇れる職種なのだ」
あの幼い少女の才能はそこで磨かれ、そしてこのエルドルトを守護する操術師となったのか。
・・・ちょっと待て。
「魔法、操術。もしかして、ウォルテルスには、この状況をどうにかするヒントやカギがあったりしないのか」
はっとしたように、青海はアルテナに食い掛かるように言葉を放つ。その言葉に、アルテナは顎に指を掛け、思案。
「以前、ポロンが見立てた通り、仮に何者かが、何らかの操術により、この商店街が転送されたとしよう。そのために必要な魔力量は膨大ではあるらしい」
早い話が、この街を丸ごとこの場所に送り込んだ張本人が誰か関わらず、その手段には懐疑的なものが残ると言う。
「だが、今は戴冠の儀が控えてある。それが終わった後でなら、ディアラ殿を紹介しよう」
何でも構わない。ディアラの存在が、この世界から帰れる希望の光になるかも知れないんだ。引いては、それが実野梨や光鍔。商店街のみんなのためになることを、強く信じて。
戴冠の儀は、つつがなく、粛々と行われた。
「今日、連綿と続くエルドルトの歴史に新たなページが刻まれる」
エルドルト城。王の間。
幾人の騎士が連なり、荘厳で、張り詰めた空気の中。
他国の要人を含めたこの間で、まさにコッペリアの、この国を継ぐ権利を与える、重要な儀式が行われていた。
ただ、ある者は純粋に新たな王の祝福のため。ある者は堂々と隣国に足を踏み入れ、その実を目に宿せる。打算的な人間がいないとも言えない。
そんなことは百も承知で招いている。
今日の儀式は、そんなわだかまりすらをも凌駕する、大切な儀式なのだ。それに、何かがあれば、優秀な騎士がそれを振り払う。
この日ばかりは、コッペリアはその顔に緊張を滲ませ、口を真一文字に引き結び。
綺羅びやかなドレスは、幼い少女を大人に変える。
「コッペリア・ド・ロウ・エルドルト。貴女をこの日、この時刻を持って、エルドルトを統べる王とすることを、聖獣、そして歴代の王の御霊のもとに、認める」
大臣もその顔に緊張を宿し、黄金に輝く、無数の宝石が散りばめられた、男系は王冠。女系はティアラがその頭に添えられる。
まだ小さく、腕輪の域を出ない絢爛なリング程の輪が、コッペリアの頭頂部に載せられ、周囲からは惜しみない祝福の拍手が沸き上がった。
コッペリアは、今日この場に青海の帯同を希望した。
コッペリアの座る玉座は、ほんの数週間前、この国を襲った逆賊が侵入した場だ。国の危機。
その地獄のような状況を救い上げてくれた要因のひとつが、異界から来た少年だ。
大人から見れば少年でも、コッペリアから見たら、まるで輝くような力強さが見えて。
両親を失い、寂しい思いを埋めるような温かさがあって。もし、自分に兄がいたらこんな感じなのだろうなと思った。
でもみんなはそれを許さなかった。これは、あくまでも王族に伝わる儀式。そして、周辺国へのお披露目でもある。
この国の人間でもなければ、この世界の人間でもないのだ。
アルテナ達は口添えをしてくれたようだが、上層はそれを認めなかった。
アルテナは、国民にその姿を見せる披露の儀には来てくれると言ってくれたから、今はそれで我慢する。
それだけを目標に、コッペリアはすまし顔で、皆の要望にただ答えて、我慢する時間を過ごした。
「ご立派でした」
アルテナは、とてもl誇ろ強い気持ちで玉座に座する少女くを見据える。
この時を持って、コッペリアは姫ではなく、王女となった。
要人は、城に誂えた部屋に返され、順次それぞれの国に帰宅の道となる。
戴冠の儀は、新たな王を示すのと同時に、その王を守るエルドルトの騎士の戦力を誇示する意味合いもある。
エルドルト最高戦力である大隊長が勢揃いしているこの部屋は、全ての悪族が裸足で逃げ出す威圧感がこれでもかと詰め込まれ、この瞬間は、この王の間が世界で一番強固な空間に違いないだろう。
「・・・アオミにも見て欲しかったのだ」
コッペリアは、足を前後にぶらつかせながら、頬を膨らませる。
大臣には難色を示されたが、本当はこの誇らしい姿を青海にも見せたかった。まだ、その玉座に収まらない幼い身体は、両足を床に着けずに揺らし、不満を滲ませる。
「披露の儀には、国民に見ていただきます」
これより日を空けて、今度はエルドルトをコッペリアが闊歩し、国民に披露される。
闊歩とは言っても、エルドルトを隅々まで徒歩で練り歩く訳では無い。時間も、体力も持たないだろう。
大きな箱状の、神輿や山車のようなものを設え、その上に乗り街中を回るのだ。
立派に勤め上げたな、と褒めてもらいたい。
みんなには悪いが、今日の戴冠の儀よりも、コッペリアは披露の儀が楽しみで仕方がなかったのだった。




