第33話
次に目覚めたとき、俺は天国にいた。というのもさっきと違い、頭は硬い地面から柔らかい枕のようなものの上に移動してるし、目の前にあるのも冷たく微笑む月に代わり、真剣な表情でこちらを見る美少女の姿があったからだ。
「って、よく見たらアイネじゃねえか。というか俺、なんで生きてんだ?」
頭が段々冴えてきて、冷静になってみると場所もさっきまでいた湖のままだし、柔らかな枕のようなものも、アイネの膝枕だ。
「気が付いたな。ほれ、口を開けるのじゃ」
起きて早々、目の前のアイネにそう命じられたので反射的に応じると、彼女の指先から生暖かいものが俺の口内に垂らされる。
「ほれ、黙って飲め」
真剣な口調で告げるアイネ。この鉄っぽい味は。
「ゴホッ! これ、お前の血か?」
「ほかに何に見える馬鹿者」
事もなげに告げるアイネ。そりゃさっきまであった腹の傷も治ってるところを見れば、それ以外の推測などできないが、俺が言いたいのはそういう話ではなく。
「だって、血縁者にしか飲ませないって話だろ。一族の掟、破ったらマズイんだろ?」
「もうそんな面倒なことをいうやつらもおらぬ。それに目の前にいる貴様を救うためなら、ルールなど破るさ。なんといっても我はただの魔人族ではない、その長であるからな」
ふっ、と優し気に微笑む彼女の笑顔には、さっきまであった影はない。
「全く。我の命を奪いに来たものは何人も見てきたが、我に命を奪われようとする人間は初めて会ったぞ」
「だから死ぬつもりはなかったって」
「そうだのう。なあ、エニシよ。貴様はこうして我の血で無事一命を取り留めた訳じゃが……我が魔人族で良かったと、そう思えるか。魔人族の我にも生きる価値があると、そう言ってくれるのか?」
彼女の少しもったいぶった言い方が気になったが、俺は素直に告げる。
「いいや。魔人族の価値なんて俺は知らん」
その返事を聞いた途端、再度アイネの顔に憂いの色を生まれた。
「確かに俺を助けたのは魔人族の血だ。でも、一族のルールを破ってまで俺を助けてくれたのは他の誰でもないお前だろ。『魔人族だったら良かった』じゃない、『お前と出会えて良かった』っていうのが俺の返事だ」
は、とアイネが息をのむ音を聞いた。
「そう、か……嬉しい。嬉しいな、生きててよかったな」
そう言って彼女が笑う。俺は確認するために聞いた。
「もう死のうとなんて思ってないよな?」
「貴様の馬鹿げた行動のせいでのう。死ぬのは相変わらず怖くないが、我の為に貴様を悲しませるのは恐ろしい」
「俺だけじゃねえ。ユイノ荘のみんなもお前が死んだら悲しむ」
「……そうか。なあエニシよ、我はこれから幸せになれると思うか」
「思うよ」
心の底からの言葉が素直に出てきた。
「人は幸せになるために生きてるんだからさ。きっと大丈夫だ」
そうか、とアイネが応じる。
俺の傷が癒え少しした後、アイネはあることを俺に提案してきた。
「もし時間があったらで良いのだが。我の同胞の墓を一緒に作ってくれないか? 皆がどこで死んでいったのかは分らぬが、形としての墓所を作ってやりたいのだ」
「良いぞ。その程度、お安い御用だ。魔人族が滅んだとしても、その痕跡はどこかに残してやらないと可哀そうだしな」
「助かる……。だがなエニシよ貴様は一つだけ勘違いしてる。魔人族はまだ、滅んではおらぬ」
「なに?」
彼女の言葉を不思議に思っていると、アイネが不敵に笑う。
「魔人族にはな、まだ我がおる。我が子をなし、その子がまた子孫を残し続ければ、いずれ再び魔人族を復活させることも出来るかも知れぬ」
なるほど。それは名案だ。
「……それもそうだな。俺も出来ることがあれば協力するからな」
これも心の底からの言葉だ。ひたむきに頑張ろうとするアイネをちょっとでも応援してやりたい。きっとユイノ荘のみんなも同じような事を口にするだろう。
「きょ、協力? そんな恥ずかしい事を堂々と言うでない!」
あれ、なんかアイネの反応がおかしいぞ。なにか俺、恥ずかしいことを言っただろうか。
「協力のなにが恥ずかしいんだ? だったら俺はお前の後ろでひっそりと動いてろってことか?」
「う、後ろで動くなど言うな! なんなのじゃさっきから貴様、おかしくなったのか!?」
さっきまでの仲直りした空気はどこへやら。なんだか嫌われてしまった。
「すまない。俺の協力は迷惑なのか?」
「違う、イヤとはいってはおらぬ。……ただその、色々とお互いの事を知っていかねばならぬじゃろう」
「そうか? もう充分知り合ったと思うが。まだ何かの準備が足りないのか? やろうと思えば明日からでも──」
「明日からじゃと!? しょ、正気か貴様! 気が早すぎではないか!?」
「うん。動くなら早い方が──ひょっとしてお前、何か勘違いしてないか?」
その後、俺の認識を話すと、なぜか顔を真っ赤にしたアイネにボコボコと殴られた。り、理不尽すぎる。




