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第31話

「『慈愛の手』の月報に彼らが保護、支援をしている種族の項目があったのは覚えてますか?」


 覚えている。だが、彼らへの支援など全く行われていなかったことについては、俺からユーリにも伝えてある。


「もう、エニシ殿にも想像がついてしまっているかもしれませんが、あれに記載されていた種族の殆どは既に絶滅してしまっているようです。そして、魔人族もその例に漏れず──」


「そうか。……アイネの不安が的中しちまったってことか」


「元より恨まれる事の多かった種族でしたからね。争いに敗れ、長を失った彼らなどは、いたぶるに丁度いい相手だったのでしょう。万病に効くというその血も、絶滅を早める要因だったのかと」


 つまり、体のいい消耗品として彼らの血は『採取』されたのだろう。想像するだけで胸糞悪い話だ。


「ただ救いと言えることがあるとすれば、ハイロウ帝国の人間殆どは生涯この事実を知ることがないという点です。──たとえ皇族でさえもね」


 皇族でさえも知らない情報をどのようにユーリは知り得たのか、というのは気になるが今は問いただしている時間が惜しい。彼にはそういうツテがあるということで納得をしておこう。


「それで? わざわざそんな話を俺に聞かせて、どうしたいんだ?」


 普段は酒ばっかり飲んでるやつだが、ユーリはこういう時に無駄な時間を使ったりしない。つまり、何かしらの意図があるのだろう。


「あなたには私の共犯者になって欲しいのです」


「共犯?」


 穏やかじゃない表現だ。なに、簡単な事ですよ。と弛緩した表情を浮かべるユーリ。


「あなたはただ嘘を吐けば良いんですよ。『魔人族はどこかで幸せに暮らしてるはずだ。彼らの今の生活を守るため、探しに行ったりなんてしちゃいけませんよ』とね」


「なぜそんな嘘を吐く必要がある。そもそも、わざわざ俺に伝える意味はなんだ」


 ユーリがあんな事を口にしなければ、俺は魔人族が滅亡しているなんて考えもしなかったはずなのに。


「もしもの時の為に先手を打っておきたかったんです。優しいあなたのことだ、きっと『俺と一緒に魔人族の仲間を探そう』なんて余計なことを言うに違いありません」


 確かに自身の寄付が満足に使われておらず、心が傷ついている彼女を前にしたら同じようなことを口にしていたかも知れない。


「真実とは残酷なものです。そして知りたくもない真実ほど簡単に見つかってしまうものなのですよ。ましてや、あなたやアイネ殿のような規格外の存在ですとね」


「分かったぞ。つまり俺にアイネをコントロールしろって言うんだな。『今も仲間たちはどこかで幸せに生きてる』という嘘を守らせるために」


 そうです。と悪びれた様子もなくうなずくユーリ。だから俺も真正面から応える。


「俺は、その事実を伝えるべきだと思う。いや、俺自身が伝えたい」


「なぜです? きっと悲しみますよ、彼女。かつて魔人族を率いた族長としての責任も感じるでしょう。ただただ相手を苦しめるだけだというのに、あなたは残酷な真実を伝えると言うのですか?」


「それこそ報われないからだ。あんだけ不真面目な女が身体壊すまで働いて……その金をだまし取られて。おまけに大切な仲間は今も元気だなんて嘘までつかれるとか……可哀想じゃないか」


「事実を知る者からすれば可哀想かも知れません。しかし、優しい嘘と言う言葉もあります。エニシ殿、あなたも大人なら分かるでしょう?」


「分かんねえよ。あんたからみたら俺はまだひよっこだ、大人なんかじゃねえ。それに、勝手にあいつの幸せを決めつけるんじゃねえ!」


「幸せを決めつけてるのはあなたも同じでしょう? それに、恨まれるかも知れませんよ、彼女は一生立ち直れないほどの心の傷を負うかも知れませんよ? それでもあなたは残酷な真実を告げるのですか?」


「告げるよ。恨まれても良い、全部俺が受け止めてやる。一生立ち直れなくなる? なら一生一緒にいて、助けてやる。俺は俺の目の前で苦しむ人間を助けてやりたい、その為にこの命を捧げたって良い!」


 そんなこんな話している内にミナノの町を出る。潮時と感じたのだろうか、ユーリは馬を止め走りゆくこちらの背中に向かって叫んだ。


「もはやあなたに託すほかありません。手段は問いません、何としても無事に、アイネ殿を助けてやってください。彼女は私よりもはるかに長く生きているようですが、だからと言って命を絶つにはあまりにも早すぎます」


 その通り。これはアイネの今後、命が関わっているのだ。ならば、俺も命をかける必要がある。


 俺はこの世界に降りる前に渡された、女神と交信が出来るという笛を取り出し、吹いた。自らの足音しか聞こえない夜闇にその笛の音は響き渡った。


『ったく、いきなり呼び出したりしてどうしたんだぁ? 急にアタシの事が恋しくなっちまったのか?』


 ずいぶんと久しぶりに聞いた声がした。しかし姿は見えないので、これはいわゆるテレパシー的な魔法なのだろう。


「女神様。冗談言ってる場合じゃないんだ」


 わざわざ考えるまでもなく、この声はあの女神の以外ありえないだろう。


『ちっ。つまんねえ反応だなぁ。お前にとっちゃこの世界で初めての女との再会だってのに、イヤにドライじゃねえか』


「そんな場合じゃないんだ。単刀直入に聞く、俺の頼みごとを聞いてくれるか?」


『ナマイキだからダメだ。と言いたいところだ、余計な時間を使わないって点で高評価だな。良いぜ、忙しいアタシの手を煩わせない範囲ならな』


「俺の身体強化の内容を変えてもらいたいんだ」


『はぁん? あのアイネとかって小娘に追い付きたくって、ステータスアップしようって魂胆か? 上から見てたけどな、今のオマエの足でも余裕で──』


「違う。その逆を頼みたいんだ」


『……どういう意味だ?』


 俺は自分の気持ちを女神に伝えた。最初、彼女は俺の提案に呆れていたみたいだが、


『──ハッ! やっぱりオマエみたいな馬鹿は一度死んでみなきゃわかんねえみたいだな』


 口ではそう言いつつも、どこか彼女は喜んでいるようだった。


『そう、だからこそオマエは……いや良い。せいぜい気張るんだな、この世界をちょっとでもマシにするために』


「世界なんて俺の肩には重すぎるよ。ただ俺は一人の大家として、出来ることをするだけだ」


 俺の頼みごとを聞き入れた女神は、さっさと姿を消した。周りを見れば、もうじきに森林地帯へと到着するころだ。町中では役に立たなかったスキル『気配探知』だがここまでくれば問題なく作用する。


「感じる……アイネだ」


 確かに感じた人の気配に向け、俺はさらに足を速めた。


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