第30話
事情を聞くために俺はユーリと共にユイノ荘にまで戻ると、途方に暮れた様子のサーニャとハオの姿がアパートの前にあった。
「アイネがハオ達と話をしていたら、いきなり部屋を飛び出してったと聞いたが、なにがあったんだ?」
俺は座り込み、うつむいているハオに声をかけた。おそるおそる、と言った様子で彼女は顔を上げ、事の経緯を話し始めた。
「クェンが捕まることを報告した。アイネのお金、返ってくるかもと話した。そしたら──」
一度、躊躇する様に口をつぐむハオ。そんな彼女の姿を見かねて、サーニャが話を引き継ぐ。
「『我の金が使われていなかっただと、ならば我の同胞は──!』って言って、部屋を飛び出していったんだ。ボクもハオちゃんも必死で追いかけたんだけど、追いつけなくって」
「事情を知った私も途中で合流し、アイネ殿を探そうとしていた所だったのです」
「そうか……」
うかつだった。俺はなんて勘違いをしていたのだろう。一件落着なんてとんでもない。確かに今日の一件でアイネの金は戻ってくる、だがそれは俺から見た視点での話だ。
アイネからしたら、自分の一族の保護の為に今日まで必死に働いてきたのだ。その金が正当に使われていなかったとすれば、混乱するのも自然に決まってる。
「ごめんなさい。私、気付かなくて……」
「ハオは悪くない。俺がもっとアイネの気持ちを考えていれば、防げたはずだ。──くそ、俺の責任だ」
「そんな……エニシ君だけが悪いんじゃないよ。ボクも一緒にいたのに、アイネちゃんが出ていくのを止められなかったし」
「ありがとうサーニャ。しかし、アイネの行き先も分からない以上、闇雲に探す以外に手がないぞ……」
『気配探知』のスキルを使って見る。以前はひと際大きい魔力を辿れば良かったのだが、今はノイズが多すぎる。
「アイネは今、不安定な状態だ。どんなことをするか多分、あいつ自身も想像できていないはず。何か事件が起こる前に見つけ出したいが……こんな時にあいつがどこにいるか分かる奴、いるか?」
わずかな期待にすがってみるも、返事はない。やはり俺が駆けずり回ってあいつを探すしかないのか?
「しかたない。二手に分かれて探そう、俺は──ぶっ」
視界が何かに覆われる。手に取ってみると、それは一枚の紙だった。紙にはぽつんと、こんな文字が書いてあった。
【阿呆め。こういう時は登場人物の気持ちになってみるのだ きぃちゃんより】
「これの手紙は、もしかしなくてもきぃちゃんだな! 名前も書いてるし!」
俺は彼(もしくは彼女?)の住む二〇三号室に視線を向ける。見ていると、二階にある郵便受けから重力を感じさせない動きで一枚の紙が滑り出てきたかと思うと、とても自然に俺の手の中へと舞い降りる。
正直、なんのスキルなのか気になるところだが、今はそんな場合じゃない。
「アイネの居場所がわかるのか、きぃちゃん!」
【重ねて言うぞ、阿呆め。まずは自分で思考する事だな。そうだな……人は錯乱状態に陥った際は、無意識に自分の知っている道を行くものだ。そしてアイネはさほど町を散策する性質でもないはずだが、騒ぎになっている様子もないという。更に一人になりたいだろう彼女が向かうところとすれば──】
「この町の外、か?」
【正解だ】
「……どうして分かるんだ?」
【お前が言ったのだろう。あの娘の見張りを頼むとな】
それは、俺がサーニャと一緒にクェンの元へ行くときに告げたセリフだ。
【勘違いするなよ。あのアイネとかいう娘があまりにアホで、興味深く思い観察してやっただけだ。それに、あの女の居所など、お前なら最初から看破出来るはずだろう。はっきり言ってこんな情報は蛇足だ駄文だ紙面の無駄だ】
「俺なら……?」
【片腹痛いな。お前は他の誰よりもあの女と親交があっただろうが。全ての人間の行動には意味がある。意図がある。だから後は思い出すだけだ、こんな時にあの女が行きそうな場所といえばどこかと】
「アイネがこんな時に行きそうな、場所」
思い出す。短いようで長い、長いようで短い彼女の日々を。もし、それらの時間に全て意味が、価値があるとしたら──
『ところで、よく来るのかこの湖』
そうだ。似たようなことは以前にもあったのだ。あれはアイネがバイトを始めたばかりの頃。
『人間どもの作った町は狭く、息苦しくてのう。うんざりする事があると、こうして自然の中に身を置くことで、故郷を思い出すのじゃ』
確か、そんなことを彼女は言っていたと思う。行くところとしたら……と思ったところで何度目かのきぃちゃんからの手紙が来る。そこには一言、
【それだ】
とだけ書いてあった。俺の心中でも読み取ったのだろうか? 本当に不思議な作家様だ。
しかし、良いやつだってことだけは分かる。少なくとも今この場においては、それだけで十分だ。
「ありがとなきぃちゃん、みんなもな。俺、行くよ」
ぶっちゃけ、引きこもってるはずのきぃちゃんが、どうしてアイネの行方を知っていたのかは分からない。
だが、分からなくても良いんだ。そこに誰かを気遣う心があったならば。
「行く。私も一緒に」
ハオの提案を俺は丁重に断る。
「いや、いま彼女がどんな状態か分からない以上、危険かもしれない場所に、誰かを連れていく事なんてできない」
「それはエニシも同じ」
なおも引き下がろうとするハオ。ああ、彼女はこの件についてもきっと責任を感じているのだろう。だが、そんな責任なんて感じる必要はないんだ。
「俺には彼女を連れ戻しに行く必要があるんだよ、大家としてな」
いざ出発、と駆け出したところで、ぬるりとユーリが並走してくる
「ここで伝えるべきかは分かりませんが、一応あなたのお耳には入れておきたいと思います。私が調査で聞いてきた話を」
そう、彼は酒場で聞き込みをしたりと俺たちとは別なルートで『慈愛の手』の不正の情報を聞きに出かけていたのだ。
「後にしてくれ、今は一刻を争う状態なんだ」
「時間は取りません──この馬、かりますよ!」
と言うが早いかユーリは道を歩いていた馬に飛び乗り、移動速度を速めた。これなら多少は時間のロスが少なかろう、という彼の気遣いだろう。といっても、俺の全力には遠く及ばないスピードなどでこちらが相手のペースに合わせる形にはなるが。
俺が先を促すと、ユーリは道行く人を轢かぬよう器用に馬を操りながら話し始めた。




