第29話
「プレゼントって言われたって。ここ、結構高いんじゃない、本当に払えるの? 大変じゃない?」
俺のアイコンタクトに気付き、サーニャが踏み込んだ。
「ふっふっふ、僕はねー実はけっこー結構お金持ちなんだよー」
「やっぱりそうなんだー。ボク、お金持ちダイスキー。ソンケイシチャウー」
「大好き!? 僕も君みたいな純粋な子は好きかもなー」
動揺している。クェンが女性慣れしていないことは、リサーチ済みだったので、想定通りの反応だ。
「どんなお仕事をしてるの?」
「詳しくは言えないけど、亜人関係のビジネスだねー」
にやにやと嬉しそうに答えるクェンは、先ほどから椅子に座っているというのにフラフラと上半身を揺らしている。
「そのお仕事って、もしかして慈愛の手のこと? 亜人に関わるなんてお仕事、他に浮かばないよ」
「おっ、鋭いねえ。うん、すごーく儲かるよー。詳しいことは秘密だけどね」
アルコールのせいで色々タガが外れているのだろう、おもむろにサーニャの手を取ろうとするクェンだったが、
もし彼が酔ってさえいなければ、サーニャの勘が鋭すぎることに疑問を抱いていただろう。しかし、今のクェンの思考力はもはや赤子レベルと言っても過言ではない状態だ。
「ここだけの話。ちょろまかしてんだーお金。ぜーんぶ僕が管理してんだもん」
「えー言っちゃっていいのそんなこと?」
「この店は魔法で認識阻害してるからオッケー……それにぃ君だって僕の言うことが本当だってしょーめーできないだろう? だからぁ君と僕だけの秘密」
俺も聞いてるけどな。それとなくサーニャに『その調子だ』とハンドジェスチャーをする。
「でも、お金を少しちょろまかしてるっていったって、恵まれない人たちに渡していたらすぐになくなっちゃわない?」
「渡してないよぉ、もう。これっぽっちもね」
「え?」
「考えても見てよぉ、少数民族の保護にはたっくさんのお金がかかる訳だろぉ。真面目にやってたら一年も保たずはいぎょーだったよ、は・い・ぎょ・う」
「じゃ、じゃあ少数民族の救済は? どうなってるの?」
「……知らないよぉ。僕だって最初はちゃんとやろうとしたんだよぉ。でも、金は掛かるし、やつらはナマイキだし。やめちゃった」
唖然とした顔をするサーニャ。それは正直俺も同じだった。少ない額の横領をしてるとは考えていたが、まさか一切の支援をやめていたとは。
「やめちゃったって、そんな……一緒に働いてる沢山の人達にはどう説明したの!」
「言えるわけないじゃーん。やつらはお金を集めたり、書類を作るだけ。知ってるは少しの人間だけだよぉ」
何を馬鹿な、と悪びれた様子もない様子のクェンにサーニャが詰め寄る。
「キミの良心は痛まないのかい? キミを信じてお金を渡した人もいるんだろう、ねえ?」
「彼らはね、僕らにお金を寄付しただけでマンゾクなの。弱者の救済になんか興味ないんだよぉ」
「その言葉、キミ達の助けを待ってる人達に同じことが言えるの!?」
「ヘンなことばっかり聞くなあ。どうでも良いじゃん。少数民族のこととか……」
「どうでも良いって、どういう意味なのそれ」
「だってさ、どうせ何もしなくても滅んでくんだよ。彼らはしょせん、人間じゃない。金のなる木、僕らとっての養分なんだよぉ。」
「──!」
怒りがこらえきれなくなったであろうサーニャが、クェンの顔に思い切りビンタをした。店に認識阻害の魔法がかかっているので、周囲の客は異変に気が付くことはなかったが、
「んな、い、いきなり何を……!」
クェンだけはただ一人、文字通り目を見開き、驚いているようだった。
「酷いよ! 沢山の善意を裏切って、その上助けが必要な人たちを見捨てるなんて最低だ!」
「最低だなんて……考えてもみてくれよサーニャちゃん。別に少数民族の絶滅を煽ったわけでも、彼らに危害を加えたわけでもない。歴史から消えていく彼らを、ただ見ていただけじゃないか」
「そんな理屈で命が失われてたまるか! ボクも彼らと同じ少数民族だ! キミはどうせ、こんなボクも人間じゃないって吐き捨てるんだろ!」
サーニャの告白にクェンは、目つきを鋭いものに変える。あの感情は見覚えがある、侮蔑だ。
「君がかい? そう言えば聞いたことがある……妖精族の女は身体を大きくして人間に化けることがあるって。なるほどな、僕は騙されたって訳だ」
言いながらクェンは懐から高価な造りのベルを取り出す。スキル『鑑定』によるとあれは『導きの呼鈴』という名の魔道具で、付属のイヤリングを装着したものにしか聞こえない音色を鳴らすのだという。
酒場の扉が荒々しく開けられ、ドカドカと彼の護衛と思しき数名の男たちが乗り込んできた。見たところかなり腕の立ちそうな者たちばかりで一様に腰に剣を帯びていた。
が、肝心の彼らのレベルはと言うと平均で15程度。俺を倒すには文字通りケタが足りない人数だ。
抜き身の悪意を持った男どもの登場によって、店内に混乱が生まれつつあった。流石の認識阻害魔法もこの物々しい状況全てを隠しきることが出来なかったようだ。
「秘密を知られたからには僕と来てもらおう。サーニャ」
クェンが怒りの表情で、サーニャの肩に手を伸ばす。さて、そろそろ俺の出番だ。
俺は机をぶっ飛ばしたりしないよう注意しながらながら、しかし可及的速やかに二人の間に入り、クェンの腕を掴んだ。
「な、お前はさっきの……! おい、この男もついでに叩きのめせ!」
「そこまでですよ、クェン・コウ殿」
まさに一触即発の状況の待ったをかけたのは、今まさに入り口から入ってきたユーリだった。彼は見覚えのない書類と一人の気弱そうな男性を携えていた。
「ここに『慈愛の手』の不正の証拠と、証人が居ます。これを自警団に持ち込めば、状況的にあなたの行った悪事は全て暴かれることとなるでしょう」
「ユーリ! お前、いつの間にそんなものを!」
「さっきも言ったでしょう。私には色々ツテがあるんです。それと潜入捜査にも慣れていましてね。家宅捜索をさせていただきました」
つまり先ほどまで彼はクェンの自宅へ潜入し、あらゆる情報を確認してきたということか。これが元帝都最強の騎士団団長の手腕か。
「ちぃ! どいつもこいつも僕の邪魔を! おいお前ら、このクズどもを今すぐ叩き潰せ、これ以上余計なことを出来ないようにな!」
雇い主の言葉に彼の護衛たちが、俺とユーリへとにじり寄ってくる。このまま拘束して証拠もろとも消し去るつもりか。
「エニシ君……!」
「ここまでありがとなサーニャ。こっからは俺に任せろ」
心配げな声を上げたサーニャに俺が答えると同時に、クェンの護衛が殴り掛かってくる。この閉所ではむしろ自らを縛る鎖になると判断したのであろう、彼らは腰の剣を使うつもりはなさそうだったが、例え使っていたとしても俺の相手じゃない。
「な……馬鹿な!」
せっかく呼んだ護衛が五秒も経たずノックアウトされ驚いた様子のクェン。まあ、そりゃそうだよな。
「大人しくしろクェン。抵抗をしなければ俺は、お前を殴らない。さっきサーニャが一発殴ったからな。自警団の詰所まで来てもらうぞ」
「お前が仕組んだのか……くそっ最悪な夜だ」
苦々しさを隠さず、吐き捨てるように告げるクェン。
「私の出番、奪われちゃいましたね」
冗談めかして告げるユーリに俺は笑いかける。
「むしろ一番美味しいところを持ってたのはそっちだろ。ハオ、サーニャも今日は助かった。店の人も、騒がせて悪かった」
というこちらのセリフにかぶせ、クェンが忌々しげにがなり立てる。
「何なんだよ、お前ら! 僕を捕まえて、それで正しいことをしているつもりか!?」
男は続ける。
「お前らのせいで僕は破滅だ! ちょっと考えれば分かるだろ、絶滅に瀕してるヤツらを救おうなんてのが無駄なことくらい! 僕はそこでちょっとビジネスをした、それだけのことだ。仮に僕が捕まったとしても、同じような事をする奴は出てくるぞ。弱肉強食だからな! この店にいる金持ち共もそうだ!」
言いながら店内で縮こまっている客たちを示す。どれもみな、高級そうな服を身にまとっている。
「みんな自分が良いものを食うために必死なんだ! 他人の、ましてや弱者のことなんてどうだって良いんだ! おかしいのはお前らの方なんだ、見ず知らずのヤツらを助けようなんてことを考える方が異常者なんだよ!」
「ちょっと、そんな言い訳が通ると思ってる?」
反論しようとするサーニャを俺は止める。
「言うな、サーニャ。今のコイツには何を言っても無駄だ」
「でも──」
「ははは……反論が出来ないんだろう? どんだけ綺麗事を言ってもな、弱者が強者に勝つことなんて無理なんだよ。そいつの持ってる『運命』ってものは変えられないんだ」
俺はまずクェンの首根っこを掴み、告げる。
「クェン、今のお前に言っても理解できないかもしれないが、仮に世界中の誰もが正気を失ってたとしても、お前まで狂人になってやる必要はないんだぞ」
「な、なんだと?」
「俺はこれまで人を助けることを生き甲斐にしてきた。自分でも特に理由はないと思っていた。だけどな、お前と話していて分かったよ。俺はお前の言う『運命』とやらに苦しめられている人を助けてやりたいと思ってたんだってな。きっと俺の両親もそんな風な気持ちで人助けをしてたんだと思う。力無き人間が不幸になるって『運命』を、俺は黙ってみていられないんだ」
「へへっ、聖人にでもなるつもりか? どうせお前みたいなお気楽な頭じゃ、僕の考えなんて理解できないだろ?」
「理解? 出来るさ。それに、悪いことをするのは簡単だ。簡単だからこそ俺は、ここぞというタイミングで正しい行いを選択できる人間でありたいだけだ」
「──綺麗事を!」
こちらの不意を突いたつもりだろう。クェンが懐から大ぶりのナイフを取り出し、俺の腹をついた。もちろん、俺にはダメージが一切ないどころか、逆にナイフがバラバラに砕け散った。
「あ……?」
「綺麗事で良いさ。現実ばかりを口にして、全てを諦めてしまう人間になるよりはずっと良い」
へたりこむクェンを無視し、三人に告げる。既に、事態は収束しつつあった。
「こいつは俺が自警団のところに連れて行くからユーリ達は先に帰っていいぞ」
さて、地味に不安だった自警団への引き渡しだったが、思いのほかスムーズに進んだ。往生際の悪いクェンが証言を撤回する可能性もあったが、杞憂に済んだのが大きかった。
「夜分遅くにご苦労だったな。前々から黒いウワサがあったが、調査のきっかけがつかめなかったのだ」
以前より警戒をしていた集団の悪事のしっぽがつかめたのが余程嬉しいのか、ご機嫌な様子のトオンだった。この様子なら調査も問題なく行われるだろう。
「細かい調査結果については後日報告に行くので待っているように。寄付金の返還についてもその際に詳しく話をさせていただく」
「ああ。頼んだぞ」
クェンを自警団に引き渡し、俺も帰路につくことにした。夜風が高ぶった身体を冷やすようで、とても気持ち良い。
「これにて一件落着だな」
ため息とともに吐き出すと同時に、目の前にユイノ荘が姿を現す。色々あったが今夜はもう帰って寝よう。『慈愛の手』の不正を暴き、アイネの金も返ってくる。身の回りの事件は全て解決したのだ──
「エニシ殿!」
そんなゆったりとした空気を払しょくするような、緊迫感のある声があがる。振り返った先にいたのは、ついさっき先にアパートへ戻ったユーリだ。
「どうしたんだ? そんな急いで」
「申し訳ありません。エニシ殿」
おかしい。事件は全て解決したはずなのに、ユーリの表情は硬く、声には悲壮の色すらも交じっていた。
嫌な予感がした。
「……アイネ殿が、どこかへいなくなってしまいました」




