第28話
そこは、ミナノでは唯一と言える高級酒場。通常の大衆酒場と比べると、光量が控えめで大人な雰囲気がある。俺のいた世界で言うところのバー的なものだろうか。普段の俺ならまず立ち寄らない場違いな場所だったが、そうも言ってられない事情がある。
「君、サーニャちゃんだっけ? こういうお店は初めて?」
「うん……というか、普段はお酒もあんまり飲まないんだ」
「そうか、じゃあ甘いお酒を挑戦してみようか。大丈夫、僕が色々教えてあげるからさ」
そう、今話題のクェン・コウとサーニャがテーブル越しに座り、会話するのを監視する役目があるからだ。ちなみに、サーシャは初日に俺へ見せたように人間サイズの姿となっていた。
「不審な動きあったら、私が制圧する」
「物騒なことはダメだぞ、ハオ」
俺はさっきからジュースを飲みつつ殺気を発しているハオを抑えながら、心から祈る。頼むからこの計画、うまくいってくれと。
時間は少し遡る。
●
夕方過ぎ、『慈愛の手』からユイノ荘へ戻った俺は一〇一号室へサーニャたちを呼び出し、さっきあったことを報告をした。
「つまり、怪しさは増したけど、肝心な証拠までは得られなかったって訳だね?」
「まあ馬鹿正直に聞きに行って『悪いことしてまーす』なんて白状する訳はないでしょうしねぇー」
サーニャの発言に酔っ払った様子のユーリも同意する。
「あ、私は別にサボってませんからね!? 慈愛の手の関係者らしき人物の情報を得たので、この後直接話を聞きに行くつもりですから。ずっとアパートで休んでた訳ではないですよ!?」
「俺は別に疑ってなんかいないが。それはさておき、大事なのはこっからどうやってクェンに自白をさせられるかだ」
気を取り直し、俺は自分の考えを口にする。
「職務中にボロを出す人間なんかはいない。だが、仕事終わりのプライベートな時間だったらどうだ?」
俺はきぃちゃんから渡された冊子の内容を思い出す。クェンは昔から大の酒好きで、仕事終わりに一杯やるのが日々の楽しみなんだとか。
「酒は魔物ですからねー。いかに武術に長けていても、失言ひとつで失脚する貴族や騎士を何度も観て来ましたよー」
「それだ。酒を飲めば気が大きくなり口が滑りやすくなるのは、異世界も俺のいた世界も変わりがない」
「まさか、エニシ君」
サーニャの想像通りだと、俺は応える。
「つまりはな。酒に酔わせて、不正の事実を白状させる! なんなら家まで案内をさせて、あいつの気付かない内に家宅捜索をする! どうだこの完璧な作戦、名付けて『ヤマタノオロチ作戦』!」
「本当にそう上手くいくのかな? しかも、そんな都合よく意識を無くすほどベロベロに酔っ払うなんてあり得る?」
「大丈夫。俺が偶然を装って、あいつと飲み仲間になる。気分を良くして大量に酒を飲ませるって作戦だ。店の特定はハオに任せてあるし、後は実行するだけだ」
「いや、ついさっき相談しにきた人が偶然、同じ酒場に現れるとか普通怪しまない? そんな相手と酔っ払うまでお酒を飲むなんてするかな? でも、当然ちゃんと作戦は考えてるんだよね?」
期待をするようなサーニャの瞳に、俺は堂々と嘘偽りなく答える。
「まったく考えてなかった!」
「エニシ君のアホちん!」
「だって、今日の今日だったし……相手を出し抜いたりするのとかって慣れてないんだよ」
「それにしたって限度があるよ! 無計画すぎ! どうすんのさ!」
と言われても……俺の交友関係なんてユイノ荘の中しかないし。自警団のトオンに頼むって手も浮かんだが、そうなると目的と手順があべこべになってしまう。そもそもあいつが全面的に動けるような証拠を固めるのが発端だから、この案はボツ。
ハオは絶対に無理。顔も知られてるし未成年だし。本人がオッケーしたとしても、見ず知らずの男とお酒を飲むなんてお父さん許しませんよ。
となってくると。
「ええええ! ボクがその人の相手するの!?」
「頼む、他に適役がいないんだ! 俺と出会った日、でっかくなってただろ?」
「でも、知らない人と飲むなんて……危ない目にあうとは思ってないよ、キミが近くにいてくれるならさ」
「ああ。命に代えても、サーニャの安全は俺が守る。約束だ」
「……そ、そこまで言うならやってみるけど、うまく出来るとは限らないよ? ボク、男の人ウケとかよく分からないし」
「だったら私がそのお手伝いをしちゃいますよー。ご婦人のメイクとか得意ですよ」
心強い言葉だが、酔っ払いの発言なので半信半疑だ。
「元騎士団長つっても戦いのプロなんだろう? どこでそんなワザを学んだんだ?」
「そりゃあ私は皇女のお世話係として……いえ、なんでもありませんよー。私はただの騎士団長ですー」
「ただの騎士団長ってなんだよ。皇女のお世話係ってのも気になるし」
「お酒のせいで口が滑ったんですー。気にしないでくださいー」
「ま、まぁ。今はそれどころじゃないしな。それはそれとして、やはり酒はひとの口を軽くするという俺の作戦の裏付けになったな」
と、いうことがあり現在に至る。
●
「しかし、ハオに実際に連れられて来るまでは信じられなかったな。ユイノ荘の近所にこんな店があったなんて」
「普通のお家っぽい見た目だった。私もびっくり」
だが、されども高級店。魔法の力で空間をいじっているので、カウンターや座席間の会話が周りに聞こえないような仕組みになっており、内緒話にはもってこいと言った環境となっている。
そんな中で俺だけが二人の会話を聞けているのは、『魔法無効化』のスキルを使っているからだ。そうして耳にした情報を俺は逐一ハオにも共有した。
「それにサーニャもずいぶんメイクで印象が変わったな。いつもより大人っぽい雰囲気だ」
「私もしたい、メイク。大人の雰囲気、出したい」
「そういうのは大人になってからが良いと思うぞ。子供であれる内は、子供を謳歌しておけ」
俺は世間話をするサーニャ達を横目に店のメニューに目を向けた。うおすげえ、この酒三万イェーンもしやがる。クェンはこんな値段の酒をいつも飲んでるって言うのか。……ここは一番安いものを頼んでおこう。ハオにはお冷だ。
「へえお酒強いんだあ。すっご~い。ボク、お酒が強い人にあこがれちゃうな~」
「そ、そうかい?」
おっとそうこうしている間に状況が変わった。
「うん。ずーっと見てられちゃうよお」
良いぞサーニャ。打ち合わせ通りの話題に誘導出来ているじゃないか。話し方もユーリのアドバイスを意識出来ている。
「ねえ、ボクこのお酒飲むの飽きちゃった。代わりに飲んで」
「え?」
「良いでしょ別に~。これすっごく飲みやすくて、アルコールもほとんど入ってないんでしょ~?」
「そ、そうだね。じゃあ僕が飲んであげるよ」
二人のやり取りを見てハオは不思議そうに俺へ尋ねる。
「クェン、なんで動揺してる? 弱いお酒のはず」
「ナイスな質問だな。あのな、ハオ。こういう場で男が女に勧める酒って言うのは、飲みやすい癖に悪酔いをするえげつない酒ばっかりなんだ」
「そうなの?」
「ああ。200%そうだと言って過言じゃない。よーしクェンめ、墓穴を掘ったな」
「エニシ、詳しい。女の人とよくお酒飲む?」
「……別に、ネットで調べただけの情報ってわけじゃないからな」
別に女の人と酒を飲みに行ったことがないって訳じゃないからな。マジで。ただちょっとこの話をすると悲しい気分になるだけだからさ……。
「ええ? 良いの、ごちそうになっちゃって」
「もーちろん、このお酒もさっき食べた料理も僕から君へのプレゼントさ~」
数十分後、クェンの様子を見るとだいぶ酒が回っているようだった。元々一人で飲んでいた時間もある上、サーニャからおだてられ調子に乗って酒を飲みまくったのだから、自業自得だろう。
さて、そろそろ頃合いだ。




