第25話
診察を受け、帰宅したアイネはサーニャの作った料理を食べたかと思うと、すぐ自室に戻り寝た。
彼女の無事を知ったユイノ荘の面々は胸を撫でおろすと同時に、
「お医者さんはなんて言ってたのかな?」
そう口火を切ったのはつい先ほど、アイネに食事をふるまったサーニャだった。ひとしきり自分のするべきことが終わった住民たちは、特に示し合わせた訳でもないのに一〇一号室に集まっていた。
皆一様にアイネの状況が気がかりだったのだろう。俺は医者に告げられた言葉をそのまま伝える。
「軽い栄養失調。魔人族の回復力なら飯食って寝てりゃすぐ治るって」
「やっぱりね。さっきご飯を食べてるとき、本人から聞いたけど、ここ何日かずっとご飯を食べてなかったんだってさ。でも、理由までは聞かせてくれなくって……どうしてあんなになるまで」
サーニャの口にした疑問に対し、ユーリが応える。彼はハオと共にアイネの部屋を掃除していたのだが、そこでとあるものを見つけたという。
「こちらにアイネ殿の部屋から拝借した通帳がありましてぇ、もしかするとこれに答えがあるのかもです~」
「おいおい、掃除は任せたが通帳を勝手に見るのは流石に──」
「あとで返しますのでだいじょーぶですってば」
まるで悪びれた様子もないユーリだが、通帳を調べる手に無駄な動きは見られない。酒に酔ってはいるものの、彼の几帳面さが伺えた。
「通帳を見る限り、どーやらアイネ殿はここ数カ月、ほぼ毎日、複数の仕事をかけ持ちしていたみたいですね。かなりの給料が振り込まれています」
彼に示されてみると、確かに相当の金額がアイネの口座に振り込まれていら形跡がある。だが、こんなに稼いでいるのなら普通、家賃が払えなくなるほど困窮するような事態になるだろうか。
「ここ見てください。月に一度、決まった日に給料のほとんどが引きとされてるっぽいですね~」
「本当だ。しかも日付的にちょうどあいつが家賃の支払いをストップしたタイミングとも合致するぞ……。しかも月ごとに引き落とされる額が増えてやがる、どうなってる?」
偶然の一致にしては出来過ぎだろう。そして、通帳にはもう一つの謎があった。決して看過できない、大きな謎が。
「この金を引き出してる『慈愛の手』って何者なんだ?」
幸いにもこの世界の通帳も俺の居た世界のものと同様、誰が貯金を引き落としたのかが分かるようになっているのだ。
「よく見る、町で。うるさい人ばっかり」
いつも通りの表情だが、思い出すのもイヤというハオの口調から伝わってくる。
「お金をぼきんしろってうるさい。私、ぼきんが何かわからない、だから無視する。でも、しつこい」
ぼきんって募金か? しかし、アイネがどうしてそんなものに? 自分の体調を崩してまで他人を助けようってキャラじゃないはずだが。
と、そんなことを考えていると、ハオの証言が呼び水となったのか何かを思い出したかのように「あ」とユーリが声をあげる。
「むむっ。そう言えば数か月前に、アイネ殿から募金について色々と聞かれたのを思い出しました」
「どんなことを聞かれた?」
俺の問いにうーん、とユーリが唸る。
「随分前の記憶ですし、あの時は酔っ払っていたので……。アパートの前で寝っ転がってた時にアイネ殿から声をかけられたんですがぁ」
「なんでも良いから思い出してくれ! 大事な情報なんだ!」
頑張ります……。と自信なさげに頷いたユーリはしばらく頭を悩ませるようなしぐさを見せた後、「そうだ」と再び声を上げた。
「『このボキンとやらをすれば、例えば我が魔人族を助けたりすることも出来るのか?』みたなことを聞かれました!」
「それに何て返したんだ?」
「『私は詳しくないですが、そういう事も出来ると思います』と応えると、アイネさんは『そうか……』と呟いてそれっきりです」
結局、決定的な証言を得ることが出来なかった。念のため全員にその募金グループに詳しい人間がいるかと尋ねてみたが。
「当然、いる訳ないよな……」
こうなったら地道に情報を集めるしかないのか。
「しかし、個人にあんだけの金を負担させるなんて、普通の組織じゃありえないぞ」
「ええ。募金というものについては私も詳しくありませんが、人ひとりの生活を追い込むほどの強制的に支払わせるなどということはあってはならないかと思います」
と、ユーリが肯定したタイミングで郵便受けに何かが届く音がした。おかしいな、うちは新聞を取ってないし、チラシにしては質量のある音だ。取り合えず玄関の郵便受けを確認すると、
「これは……『慈愛の手・月報』? 薄い冊子だけど、相当な年数分があるんじゃないか?」
何冊か軽く目を通してみる。驚くべきことに、『慈愛の手』の本部はここ、ミナノの町にあるとのことだった。
「だけど、誰が都合良くこんなものを?」
当然、部屋にいる他のメンバーも思い当たる節はなさそうだ。なにかヒントはないかと全員で冊子をあれこれ見分していると。
「あ、これ裏表紙に名前が書いてあるよ!きぃちゃんだってさ!」
サーニャの声に、「そうだ」と応じるように郵便受けにまた何かが投かんされる。今度の物にも差出人の名はちゃんと記載されてあった。投函されていたのは、シンプルな手紙だった。名前の他に書かれているのはたった一言。
【汚さずに帰すこと】
とだけ書いてあった。
「きぃちゃんは『慈愛の手』の関係者なのか?」
なんとなく返事がもらえそうな予感があったので、扉に向けて話しかける。そしてその予想は見事的中した。
【違う。偶然コレクションの中にあっただけだ。作家というものは常日頃、世界を観測するのが仕事なのだ】
「じゃあ他に『慈愛の手』の黒いウワサだとか、極秘情報を握って居たりしないのか?」
【阿呆め。そんな都合の良いものなどあるか】
「それもそうだな。……無理を言って申し訳ない。でも、どうして急にこんなことを?」
このユイノ荘に引っ越してきてからというもの、きぃちゃんは会話はおろか俺たちの前に姿を現すことすらなかった。それが今になってこんなに協力的になったのはなぜなのか。
「……」
少しだけきぃちゃんからの回答に間が空いたような気がした。そして返事として戻ってきたのは、
【住民が減るということは、即ちこの建物の存続にも関わるのだろう? 自分の住処の危機を救いたいだけだ】
というそっ気のない返事だった。だけどきぃちゃんは作家だ。そして俺は読者だ。なので、彼の書いた文章の行間を読み取ることにした。
「ありがとう、きぃちゃん。アイネのことを大事にしてくれて」
【愚か者。読者風情が作者の意図を読み取ろうとするな】
辛辣な返事が戻ってくるが、これもまた行間を読むと彼の言いたいことが理解できる。
多分やっぱり、きぃちゃんも良い奴なのだと、俺はそう読み解くことにした。




