第23話
数十分後、アイネが村近くの森の中で足を止めたことを俺は察知し、土産物と共にその場所を訪れてみることにした。
どうやら彼女が居座っているのは、木々に囲まれた湖のようで、あたりには風のざわめきと水の波打音だけがわずかに聞こえるだけだった。
「あれ、肝心のアイネはどこにいるんだ?」
周囲の様子を見てみても、それらしき影は見えない。あ、なんか地面に布が落ちてる……見覚えがあるこれは、俺がアイネに買ってやった服!? もしやあいつの身に何かあったのか?
「──」
俺が気配を探ろうとスキルを使おうとしたところで、湖の中からアイネが飛び出してきた。当然、服は俺の目の前にあるから彼女は全裸だった。
「む、エニシか。貴様、どうやってここに来たのじゃ? まさか我を心配して……?」
「そういうのは後で良いから先に服を着ろ、服を!」
「何をいうか。そんなことをしたら服が濡れるじゃろう? ちょうど良い、貴様の足元の服の中にタオルがあるからとってくれ」
「俺は目を塞いでるから自分でとってくれ!」
「この我に無駄な手間を取らせるとは……」
文句を言いたげなアイネだったがいくら彼女の頼みでも出来ないことはある。
数分後、ようやく服を身に纏ったアイネに俺は聞いた。
「さっきは何で湖なんかに入ってたんだよ」
「……別に、頭を冷やそうとしただけじゃ。ここの水は魔力が多く含まれているので、浸かると大変気分が良い。それよりも貴様の方こそどうしてここに来たのじゃ?」
「お前にどうしても謝りたくて来たんだ、さっきは悪かった。こんなものしかないが、このお菓子を食べて機嫌を直してくれないか?」
そう言って頭を下げるもアイネの反応は悪い。なんだこの無言のプレッシャーは。
「貴様、我がなぜ機嫌が悪いか理解しておるのか? いや、別に貴様が誰と何をしてようと? 機嫌なんぞ悪くなるはずないが?」
「そりゃ体調が悪そうだって心配しに行った相手が、異性の……つってもユーリは男だが、人間を連れ込んでたら『心配して損した』って気分になるよな」
「……むー」
あれ、この反応を見るに俺は何か間違ってた感じか?
「もう良い。さっさとその菓子をよこすのじゃ」
「はいっ、つまらないものですが〜」
と言っても5000イェーンくらいしたんだよな、このクッキー。手痛い出費だがこれでアイネ機嫌が治るのなら安いもんだ。
「ところで、よく来るのかこの湖」
共に湖のほとりに座り菓子を食べるアイネだったが、沈黙に耐えきれなくなった俺がそう切り出す。
「人間どもの作った町は狭く、息苦しくてのう。うんざりする事があると、こうして自然の中に身を置くことで、故郷を思い出すのじゃ」
そう告げるアイネは懐かしむような表情で自身の左手を、否、彼女が見ていたのは左手人差し指についている指輪だ。一緒に買い物に出かけた時同様、蒼く輝く美しい宝石がはめられた指輪だった。
「そういえば昨日、その指輪が一族の安否を探す唯一の頼り、みたいなこといってたよな?」
「よく覚えておるのう。この指輪は『純血の聲』という魔道具でな。探したいものを唱えながら自分の血を一滴垂らすとな、探し物が近づいたときに光が放つようになっているのじゃ」
「そうやって自分の一族を探すって寸法か。それにしても綺麗な色をした宝石だな」
「これは我の血の色なのじゃ。美しいじゃろう?」
「魔人族は全員、こんな色をしてるのか?」
「そうじゃ。このような美しい蒼色の血を持つ部族はそうおらぬ。更に、我らの血はあらゆる傷や病を癒す効能もあってのう──永遠の命を求めた権力者が我らの血を求め、何度いくさをしかけてきたことか。今となっては懐かしい話じゃがなぁ」
「もちろん、血液なんかの為に戦争を吹っ掛けるなんて、決して許されないと思う。しかし、何を投げうってでも欲しいと思わせる美しさだな」
俺の素直な簡単にアイネはいたずらっぽく笑い、触れることは許さぬぞ、と告げる。というのも、
「我らの血は一族のもの以外に決して触れさせてはならない、という決まりがあるからのう。もしこの血で他部族の者を癒したり、故意に血を分け与えたりしたら、一族から追放すると言うしきたりでな。……と言っても我らはほぼ外界の人間との交流もなかったので、そのような機会はなかったがな」
そう補足をする彼女の顔には、わずかな憂いが見て取れた。過ぎ去った仲間たちとの日々を思い出し、悲しんでいるのだろうか。
「国を追われ十年が経ったが、未だに散り散りになった一族の居所が分からぬ。元々そう多くない者達だったからな、探すのも一苦労じゃ」
「もしかして、仕事をしてなかったのも」
「同胞の情報を集めてたからじゃ。近隣の町にまで足を運んだが、釣果はゼロだったがのう」
寂しげだったアイネだったが表情を変え、
「さて、余計なことを話したな。そろそろ帰るとしようぞ。一族のものを探しているという件、あんまり他の者には言うなよ」
それだけ言った。
「なぜだ?」
立ち上がり、湖から立ち去ろうとしたアイネの背に問いかける。
「これは我個人の問題だからじゃ。変に気を使われても面倒なのでな」
「それじゃあ、どうして俺には教えたんだよ?」
俺の問いにアイネは少し動きを止めて、
「さあ、なぜじゃろうな。我にも分らぬ」
と、一言だけ答えた。その時の彼女の顔は、答えが分からず惑っているのとはまるで真逆の、むしろ清々しさすらも感じる笑みを浮かべていた。
「しかし、綺麗な場所だな、ここは」
「ああ。もしどうしても死ななくてはならぬのであれば、我はこんな場所で最期を迎えたいものよ」
それから数か月。どうなることか不安だったものの、アイネはしっかりとアルバイトをし、家賃の支払いも問題なく行われ始め、全てが良い方向に向かっていたはずだった━━




